82話『クラマ#03 - 陽だまりの賢者ヨールン』
必死になって逃げて、逃げて、逃げ続けて。
そうして生き延びた先に何があるのだろう。
もう終わりまでの流れは出来ている。
僕が戻らなくても、きっと大筋の流れは変わらないだろう。
ティアに求められた僕の役割は果たした。
ここまで頑張ったなら、おっぱいを揉ませてもらってもバチは当たらないはずだ。
しかし。
イエニア、パフィー、レイフ。
僕が戻れば必ず彼女たちに害を成す。
彼女たちのことを考えるなら、僕は戻らない方がいい。
僕と密接に関わった人ほど不幸になる。
そういう生き物なのだ、僕は。
絶望というならとっくの昔にしている。
自分がおかしいと気付いた時から。
……しかし僕はせいぜい気付いてから10年そこら。
この何倍もの歳月を歩き続けた男がいた。
ワイトピート。
彼は未来の僕だ。
終わりの見えない絶望の道を歩き続けた結果……あのようになった。
僕が生き残り、彼女たちのもとに戻ればおそらくは……遠くない未来に、あの“展示室”に彼女たちも並ぶことになる。
……戻るべきじゃない。
でも……
だけど……
僕はどうしても、彼女たちのもとに帰りたい。
……そうして僕は、目が覚めた。
目に映った景色は鍾乳洞。
さっきまでいた地下6階とは、また少し違った風情の洞窟だった。
周りを見ると、湖が広がっていた。
地底湖。
湖からは湯気があがり、暖かな熱気が広がってくる。
まるで温泉のようだ。
「ここはいったい……」
「あっ、起きましたね! 大丈夫ですか?」
鈴のような少女の声。
目を向けると、湖の淵にパフィーと同じくらいの年頃の少女が立っていた。
瞳は紫。
暗めの紫色の髪は編み込まれて、頭の左右に2つの輪っかになっている。
背筋がよく、どこか気品を感じる落ち着いた立ち姿の少女だった。
そして、少女の隣に座して、湖に釣竿を向けている青年がひとり。
白に近い緑色の長髪をした青年は、こちらに赤い瞳を向けて口を開いた。
「平気じゃろう。沼で溺れたというのに胃にも肺にも泥が入っておらん。奇特な奴じゃ、みずから息を止めて窒息するとはな」
その喋りに面食らった。
声も姿も若いのに、まるで年寄りの話し口調。
こちらに青年を向ける青年の顔は、やはり若い。
それも、これまで見たことのないような美青年だった。
透き通る白い肌に、鼻筋の通った均整のとれた面貌。
洞窟の暗闇をその面で照らし出すような、光り輝く絶世の美男子だ。
僕がひとりじゃなくて近くに仲間がいれば、「僕の次にイケメンだね」などと小粋なジョークを飛ばしていたところだ。
僕は立ち上がって、そのふたりのところに歩く。
……すると突如、青年の足の上に乗っていた黒い何かが、ダガガッと勢いよく跳び出した!
「ヤイ! ヤイ! ヤイィィ……!」
奇妙な声? を発して、その黒いモノは鍾乳洞の陰に隠れた。
……一瞬だけ、ちらっと見えたその体。
なんだろう。
なんとも形容しがたい。
その形も、走り方も、僕が知るどの生物とも似ていない。
というかアレは生き物なのだろうか……?
青年はその黒いモノに向かって優しく呼びかける。
「おお……怖がらずともこやつは神じゃない。心配いらんですよ」
しかしその黒いモノは隠れたまま出てこない。
……なんだか分からないが、危険はなさそうだ。
ひとまず気にしないでおこう。
僕は青年と少女に向かって口を開いて言った。
「地球人のクラマ=ヒロです。助けてもらったみたいで、ありがとうございました」
まずはお礼から。
礼儀は通さないとね。ワイトピート以外の人には。
対して青年は、湖に垂らした釣り糸に目線を戻して答えた。
「ああ、儂に自己紹介などはせんでええ。そこで寝とった間に、おぬしが召喚されてからの事はすべてエーテル調査で見たからの」
「……エーテル?」
疑問符で返す僕を見て、隣から少女が口を挟む。
「お兄様、彼らに合わせてオノウェと言った方がいいんじゃないですか?」
なるほど、僕にオノウェ調査をしたのか。
でも僕が召喚されてからの事すべてを見た……?
パフィーですら……いや、パフィーよりもオノウェ調査が得意な三郎さんですら、3日も経ってしまえば絞り込みのキーワードなしにはろくに調べることができないのだけど……。
「ふん、意外そうな顔をしおって。儂にかかれば100日くらいの記憶を抜き取ることなど造作もないわ。おぬしがこっちの世界に来て最初についた嘘を教えてやろうか?」
「いや、結構です」
わざわざ僕に対して嘘というワードで牽制してくるあたり、どうやら本当のようだ。
そうするとこれは、とんでもない技量を持つ魔法使いのようだ。
あっさり受け入れたのは、僕に心当たりがあったからだ。
それはすなわち……
「あなたがヨールンですか」
パフィーの師、イードの森の魔女グンシーが探していた男。
陽だまりの賢者ヨールン。
グンシーは確か、このダンジョンの地下に賢者ヨールンがいると言っていたはずだ。
彼は皮肉げに口の端を歪めて答える。
「いかにも。あのババアに見つかったということは、ここも潮時じゃな」
そうか、この人がゴミクソペドフィリアと噂の……。
いや、それにしてもだ。
「まさか最下層と言われた地下6階の下に、真の最下層があるなんてね。これは見つけられないわけだ」
「ん? ここはダンジョンではないぞ。あのダンジョンの最下層は、おぬしのいた6階で間違いない」
「え?」
「ここは天の太陽と地の太陽に挟まれて生まれた、地底の大空洞。この空洞は世界の端から端まで繋がっておるから、ダンジョンと呼ぶにはいささか広すぎるじゃろうな」
「天の太陽……地の太陽……」
世界の端から端まで繋がる地底の大空洞。
スケールの大きな話に圧倒される。
天の太陽というのは、おそらく地上で普通に見える太陽だろう。
この言い方では、地の底にも同じものが?
「おぬしに必要のない事じゃから、誰も教えなかったようじゃな。どれ、儂がひとつ、この世界について教授してやろう。……天の滝のことは覚えておるな?」
「ええ。空に4つある、ものすごい勢いで水が落ちてる滝ですよね」
地上に出れば必ず目にする壮大な滝。
あれを見るたびに僕は、この世界が地球とは違うのだと改めて意識するのだ。
「天の滝から地表に落ちた水は、いくつもの川に枝分かれして、この世界に行き渡る。この川に沿って人は寄り集まって、街を作っておる。おぬしの世界と違ってここは雨が降らない。故に、川の流れが文字通り生命線なんじゃ」
そのあたりは知ってる。
どの家でも川から水を汲むのが一番大事で、大変な仕事。
うちはイエニアがいて正直助かってる。
水を汲みに行けば分かるが、この世界では水の扱いが厳しい。
汲んでいい場所には監視員がついて、汲み方も決められてる。
仮にこの、すべての人間の生命線である川が汚れでもしたら、それこそ個人の問題では済まされない。
国際問題に発展する可能性が普通にある。
「水はやがて隙間を通り地に沈んでゆくが、天にしか太陽がないのであれば、すべての水はいずれ地の底で凍りついてしまう。この世界は地熱が生じるほど質量もないし、太陽も動かぬからの」
そうだ。この世界の太陽は動かず、地上で丁度いいくらいの熱を放射してくれている。
という事は、これだけだと地下は極寒地獄になるはずなんだ。
「そこで神は地の底にも太陽を置いた。これにより地上から降りてきた水は地の太陽に熱せられ、蒸発して浮き上がる。そうして、その間に出来たのが……この湯湧き上がる地底湖よ」
「そ、そうか、つまり……やっぱりここは温泉だったって事か!!」
「……そうじゃな」
ようやくこの世界の観光っぽいスポットを見つけた気がする!
薄暗い鍾乳洞の温泉、これはこれで乙なものかもしれない。
いつかみんなを連れて来てみたい。
ここなら男湯と女湯の区別もないしね!
「……ま、とりあえずまとめるとじゃな。この地底湖に溜まった水をホースで吸い上げて、また上から落としてるのが天の滝というわけじゃな」
「なるほど、ありがとうございます」
「礼には及ばん。こんなもんは誰でも知っとることじゃからの」
……よくよく考えれば、僕はこの世界に召喚されてからこっち、ダンジョン探索を第一にしてやってきた。
そのせいで知識に偏りがある。
この世界の人間なら誰でも知ってることでも、いまだに知らなかったりしている。
地上に戻れて、この件が落ち着いたら……パフィーに膝枕されながらゆっくり話を聞きたいなぁ。
「こんなところにおったら暇で暇で死にそうでな……挨拶代わりのサービスと思うてくれればええ。ついでに、この儂が陽だまりの賢者ヨールンと知って聞きたいことはあるかの?」
べつにない。
とはいえ質問があるかと言われたら、何か訊いてみるのが世の習い。
まずは話を合わせよう。
「グンシーから相当悪く言われてましたけど、あなたグンシーの師匠ですよね。弟子と仲が悪いんですか?」
「儂に対して言い方に気を遣わんでええぞ。おぬしが脳内であのババアとした会話も知っとる。ゴミクソペドフィリアか……カカッ、まったくその通りじゃな」
「隠さないんですね」
「己の趣味嗜好を隠してなんとする。こうして儂の愛を受け止めてくれる者もおるしな」
そう言って隣の少女の腰を抱き寄せるゴミクソペドフィリアこと賢者ヨールン氏。
少女もまんざらではないようで、嬉しそうに頬を染めた。
「あっ、いけません、お兄様……人前でそんな……」
イチャイチャしだした。
というかお兄様ってなにさ。
聞いてみよう。
「お兄様?」
「うむ、儂の妹というわけではないが、この体とは兄妹の関係だったのでな」
……この体。
彼の弟子であるグンシーは、自分の人格をコピーして他人の中に入れていた。
であれば、これは……
「他人の体に乗り移ってるのか」
「やはり聡しいの」
ヨールンはにやりと笑った。
「元の持ち主の人格は?」
「邪魔だったのでな、潰してしもうた。何も悪い事はしとらんかったが……ま、儂の入れ替えの時期に、若くて健康なイケメンだったのが不運じゃな、かっかっ」
陽だまりの賢者ヨールン。
この世界の歴史では、地球時間で千年以上も前から生きているらしい。
彼はこうして体を換えて生きてきたのだろう。
ヨールンはその美貌を僕に向け、紅玉と見紛う燃えさかる瞳を、秘めるように妖しく細めて言った。
「――で、それを知っておぬしは何とする?」
「え? 僕はそんなことより、地上への戻り方を教えてもらいたいんだけど……」
ぶっちゃけ興味ない。
ヨールンは僕の答えを聞いて大笑した。
「かかか! さすがは生まれもっての精神病質じゃの。儂も長く生きるうちに良心が薄れていったが、さすがに本物は違うの」
………………。
そうか、知ってるのか。
「帰り道は教えてやろう。じゃが、数年に一度の珍しい来客じゃからな。道を教える対価に、儂の話し相手になって無聊を慰める……これでどうじゃ?」
「わかりました。ただ、僕がどれだけ寝ていたのかを教えて欲しい。戻った時に何もかも終わってたんじゃ何にもならない」
「心配せんでええ、その辺の事情も分かっとる。たいして時間は経っとりゃせんよ」
そうだった。
オノウェ調査で僕の記憶を調べたのなら、僕の事情も熟知してる。
……でも、それなら何も話せる事がないような。
「ま、おぬしの話にはたいして興味はない。おぬしのような者を相手にするのも、儂は初めてではないしの」
やはり知っている。この男は、地球のことを。
それも、これ以上興味が沸かないと言ってしまえるくらい詳しく。
ひょっとすると僕より地球の知識がある……という可能性すら感じさせる雰囲気がある。
「じゃからおぬしの知りたいことを教えてやろう。何でも訊いてみるが良い。ただし……儂が答えるのは、おぬし自身には役に立たない事に限るがの」
「はい? どういうこと?」
「儂がどうしてこんな地の底で隠遁を決め込んでいると思う? 儂はな、常に監視されておる。これ以上歴史の表舞台に関わると、奴らに消されてしまうのじゃよ」
「奴ら?」
「神――などと自らを称しておる者達」
「神……」
この世界を創ったという6柱の神。
どうやら彼には含みがありそうな言い方だったが……?
「恩知らずな連中よ。奴らの注文通りに詠唱学や錬金術を発展させてやったというのに……知りすぎれば今度は消しにかかる。魔術の腕で越えても、しょせん人形の身では奴らに抗えんのが歯がゆいところよ」
何を言ってるのか分からない意味深な愚痴。
要領を得ないので、気になったところから聞いてみよう。
「人形って?」
「儂を含め、この世界の住人は神に造られた。それだけでなく、奴らは自らと同じ色をした目から、こちら側を覗き込む。そして時にその体を操り、この世界の歴史を操ってきた。まあ、奴らの被造物とは違うおぬしら地球人は、奴らに操られることはないから心配せんでええ。……それだけ警戒もされとるがの」
監視されているというのはそういうことか。
文字通り、視界を監られているのだ。
この口ぶりからすると視界だけでなく声も。
そこで僕は気がついた。
「っていうことは……世界中の女の子の私生活を覗き放題ってこと!?」
「そうじゃ」
「ずるくない?」
「ずるい」
ふたりの意見が一致した。
男ふたりが思いを重ねたところで、ヨールンに背中を預けたままの少女が口を開いた。
「でも祈りや奉納の序献句で神の視線を引くわけですから、それはつまり、神は世界中を同時に見ているわけじゃないのでしょう? では神にも知らない事の方が多いのでは」
「なにを悠長なことを言っとるか。儂は常に見られておるから、おぬしとの事も全部見られとるんじゃぞ」
「えっ……ええええええーーーっ!?」
真っ赤になって慌てふためく少女。
いったい何をしてたんだろうね、この人たちは。
ふたりがイチャイチャしだしたので、僕はすかさず別の質問に移る。
「じゃあ、そこに隠れてる黒いのは何? さっきからずっと気になってたんだけどさ」
「魔物」
「え……」
魔物?
……こういう世界なら普通にあると思っていた、その言葉。
今まで一度も聞いていなかったので、てっきり僕はこの世界には魔物なんていないと思ってた。
ヨールンは澄ました顔で次を続けた。
「――と、呼ばれている。じゃが、あまり失礼なことを言ってはいかんぞ。彼は、儂らこの世界の住人全員の先輩なんじゃからな」
先輩とは。
「どゆこと?」
「この世界にはかつて、神に逆らい滅ぼされた文明があった。彼はその生き残りじゃよ」
「へえ~、そうなんだ。あの姿は元から?」
「……おぬしの性質は分かってはおるが、そう平然とされると面食らうのう」
ヨールンはちょっと面白くなさそうな顔だ。
そんなこと言われても困る。
「普段はもっと周りに合わせるんだけどね。あなたの前で猫かぶってもしょうがないから。“彼”の姿に普通の人が恐怖とか不快感とかを感じるだろう、ってのは分かるよ」
「さもありなん。かつてはヒトでありながら、彼らはもはや人間どころか生物ではない。さりとて機械でもなく、その形貌は奇怪。神が遣わした天使の魔の手から逃れるには、そのように“成る”しか道が残されていなかったのだ」
「天使の魔の手とは、また妙なワードを繰り出してきたね」
「あらゆる生物を虐殺するモノなぞ、そちらの方が遥かに魔物と呼ぶに相応しかろうよ」
物騒な話だ。
おそらく、かつて神が古代文明を一掃したという《神の粛清》を指しているのだろう。
どうやら天使という兵器を用いて古代人を虐殺したらしい神。
賢者ヨールンが神や天使を憎む……あるいは毛嫌いしているのは伝わってきた。
でも僕はぶっちゃけたところ、この世界の成り立ちとかにはそれほど興味がない。
そんなことより今日の自分やパーティーの仲間たちの方が大切だ。
……そういう、僕にとってどうでもいい事だからこそ、教えてくれてるんだろうけど。
ただ、ちょっと思いついた事があるので聞いてみる。
「ねえ、この世界の神様って、地球人なの?」
「――!!」
ヨールンは素早く僕のもとに駆け寄り、僕の口を塞いできた。
そのままじっとヨールンは周囲を警戒。
何もないのを確認して、口を開いた。
「……それは奴らが何よりも隠していることじゃ、二度と口にしてはならん」
えぇ~? 早く言ってよ~。
「おぬしが操られることはないが、奴らはおぬしの周りにいる者を操り、その言葉を聞いたすべての者が殺されるじゃろう」
僕が頷くと、ヨールンは僕の口から手を離した。
そして再び釣竿を手にして座り込んで言う。
「……が、儂がこうして要らんことを語っているのも、そういうスリルを味わいたいからでもある。長く生きるのにもだいぶ飽きとるからな。どうやらここで言うぶんには奴らも見逃すようじゃし、せっかくだからおぬしがそう思った理由を聞こうか」
「え? 僕はそんなリスクを冒したくないんだけど?」
「言わなきゃ帰り道は教えてやらん」
「うーっわ! 老害! 老害だこれ!」
分かっていたけどクソヤロウだ!
僕が言うのもなんだけど。
地上に帰るためには逆らえない。僕は仕方なく自分の考えを語った。
「しょうがないなぁ……じゃあ言うよ。まず地球人と神には共通点があるよね? 心量を他人に……この世界の住人に譲り渡せるっていう。この世界の人間は神に祈りや奉納を捧げて、代わりに心量をもらう……これって地球人が使える心量の譲渡とよく似てるよね」
そういう目で見ると、祈りや自分好みの奉納を捧げられて心量を授けてくれるというのも、僕ら地球人と同様に彼らもそれで心量が高ったので、その見返りに心量を分けているのではないか? と思える。
規模はまったく違うけれど。
「そうじゃな……で?」
「で? って言われても、あとは疑問を補強するおまけだけど……とりあえず、きっかけはあれだよね。さっき僕から逃げた“彼”にあなたが言ったでしょ、『こいつは神じゃない』って。なんでそんなこと言うのか? 神と勘違いするほど僕が神に似てないと、そんな言葉は出て来ないよね。神に滅ぼされかけた“彼”が神を見て怯えるのは当然。じゃあ、僕を見て逃げるのは……そういうことなんじゃないの?」
推察を伝えた僕は、ヨールンの様子を見る。
僕の話を聞いた彼はというと――
「……ん? なんじゃ? 儂は肯定も否定もせんぞ? おぬしが勝手に言っとるだけじゃ」
「うーわ! うーーーーっわ! 人にだけリスク負わせて高みの見物! 最低野郎だこいつ! ねえ、これどう思う?」
僕は少女に話を振った。
彼女は頷いて答える。
「はい。賢くて、とても素敵だと思います」
「あ、そうですか」
「ははは、愛いやつめ」
「あっ、お兄様、そんなところ……!」
そんなところだかどんなところだか知らないけれど、まともに相手するとこっちが損をするということは分かった。
「しかし、だとするとおぬしは良いのか?」
ヨールンが少女の体をまさぐりながら聞いてきた。
「良いのかって、何が?」
「この世界の住人は、すべて神に造られた人形。作り物の心臓では魔力を生み出すことができず、外から補充しなければすぐに停止する……生物として不足のある存在よ」
……魔力って心量のことか。
そして“人形”とは、ただ神に操られるというだけでなく……言葉通りに、彼らは人形なのだと。
「儂らは自ら増えることもできん。肉体も脳も設計図に沿って工場内で造られ……おぬしら地球人とは肉体の組成が異なっておる。そこで生産されたものが、男女のつがいへと配布されるのだ」
生産――配布。
まるで機械のような言いようだ。
いや、機械のよう……ではなく、人の形をした機械だと言っているのだ、彼は。
そして、彼の意図はこちらの変化を見逃さぬよう探るように覗き込んでくる目を見れば分かる。
彼は自分や、隣にいる少女のことを言ってるんじゃない。
僕の仲間。
イエニア、パフィー、レイフ。
彼女たちも、人の手で造られた人形だが……その事実を知った今、お前はどうするのかと訊いているのだ。
……思えば納得できる話はいくつかある。
鎧を着たまま崖を軽々と登っていくイエニア。
彼女の体は筋肉質だったが、それにしても、その筋肉量に対して力が強すぎる。
また、脳の作りも。
この世界の人は心量が平気で500近くになる。
しかし僕は心量200を超えたことがあるが、アレはまともな精神状態ではいられない。
10年かけて自分の振る舞いを客観視する癖をつけている僕ですら、渦を巻く激情に流されてしまいそうになる。
あれの倍以上の高揚状態にもかかわらず、彼らは表面上おかしな点が見られない。
その精神構造はちょっと想像できない。
魔法の使用に関してもそうだ。
詠唱を立体的に心に思い描く心想律定を――おそらくビジュアルプログラミングのようなものだと思うのだけど――僕もパフィーに教わって練習してみたが、まったく出来る気がしない。
脳の構造が違うと言われれば、このあたりも納得できる。
彼女たちは……この世界の住人は、人間じゃないのだと。
「それでも、造りに違いがあるだけで人間には違いないと思えるかもしれぬ。……じゃがな、違うんじゃ。これは本来、言うことではないが……運量とは意思の力。心量ではない。運量こそが、意思持つ生物の証明なんじゃ」
彼の言葉を理解するには、僕には知識が足りない。
ただ、伝えたいことは分かる。
彼らが人間じゃないという事実だ。
理解できないが……きっとそれは正しいのだろう。
「儂らはおぬしらと違って、内面的な経験を持たぬ。見た目が精巧な、AIを積んだ機械と同じよ。おぬしが絆と思うておるのは錯覚に過ぎぬ」
陽の届かぬ地の底で、かつて陽だまりの賢者と呼ばれた男は語った。
「おぬしは地上に帰りたいと言ったな。だが、よく考え、己の胸に問いかけよ」
僕を見据えるその瞳。
紅玉の瞳が、無機質に輝いていた。
「地上の仲間が人間ではないと知っても、なお――おぬしは本心から、仲間に向けて笑いかけることが出来るのか?」




