表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/115

75話

 暗く深い谷底へと落下したクラマ達。

 生い茂る植物が緩衝材(かんしょうざい)となったおかげで最悪の事態は(まぬが)れていた。


「いってててて……」


 全身の打ち身、()り傷の痛みを(こら)えながらクラマは身を起こす。

 近くでは一緒に落ちた男が似たように(うめ)いて起き上がろうとしていた。

 クラマは上を見上げる。

 崖はかなり高く、上がよく見えない。

 また傾斜(けいしゃ)がきつく登れそうになかった。

 崖から落ちた際に傾斜をかなり転がったようで、落ちた場所からは相当離れているようだった。

 上からパフィー達の声も聞こえない。


 クラマは暗い中を半ば手探りで黒槍を探す。


「……あった」


 運良くすぐに見つけることができた。

 クラマは黒槍を拾い上げると同時に、すぐ傍で折れた棒も発見した。


「ああ……僕のプラエトリアニ・オブ・ザ・パテル・パトリアエが……」


 壊れた棒の前で膝を折って嘆くクラマ。

 その鼻先に、剣の切っ先が突きつけられる。

 起き上がったヒウゥース配下の男だ。

 クラマは見上げて声をあげた。


「えぇ~? まだやるの? 協力して元の場所に戻ろうよー」


「黙れ! もとより己の命など惜しくはない。俺の使命はここで貴様の息の根を――」


「ちょ、ちょっちょっちょっーと待った!」


「なんだ? 命乞いなど俺には……」


「後ろ! 後ろ見て後ろ!」


「なに……?」


 男が振り返る。

 するとそこには――何もなかった。

 視界の劣悪な薄暗い谷底。

 男は注意深く見るが、どれだけ目を凝らしても先には暗闇が続いているのみ。


「おい、何が……」


 と、再びクラマの方へ男が顔を向けた時、そこにクラマの姿はなかった。

 男が目を離した隙にクラマは脱兎(だっと)のごとく駆け出していた。


「きっ……さまァァァァァァ!!!」


 男は憤怒の形相でクラマを追いかけた!


「よくも騙したな貴様! 止まれ、逃げるな!」


「いやいやいや、逃げる。逃げるよね普通。それとも止まったら許してくれる?」


「許すわけがあるか! たわけ!」


「だよね。だから僕もこうして逃げているわけで……っと?」


 その時、クラマの足に何かが絡まった。

 それはワイヤー。

 植物ではなく人工のワイヤートラップだった。


「はぁ!? なんっ……でぇえ!?」


 あらかじめ植物の罠は運量で避けていたが、人の手による罠は願いの対象に入れていない。

 クラマは足をとられた勢いのまま、盛大に地面を転がった。


「くうっ……!」


 クラマは黒槍で足に絡まったワイヤーを切断するが、その間に追ってきた男に追いつかれてしまった。


「フゥーーーーッ……小賢しい奴め。だがもう逃がさんぞ、覚悟を決めて神妙にしろ」


 剣を構える男。

 片膝をついたまま男を見上げるクラマは……


「あ……」


 大きく目を見開いて、男の背後を指さした。


「ちょっ……後ろ後ろ!」


「貴様……二度も同じ手を食うと思っているのか」


「いや嘘じゃないって今度は! ホントにホント! ヤバイって後ろ!」


「見苦しいぞ貴様! 今、引導を渡してくれる!」


 男が剣を振り上げる!

 その上げた手が、コツンと何かにぶつかった。


「なんだ……?」


 振り返る男。

 そこいたのは、人間よりも遥かに大きな昆虫。

 ずんぐりとした巨体に、深緑色の甲殻。

 その背中には植物の葉に似たトゲがびっしりと生えており、口からは(かに)の足のような歯が外に飛び出て妖しく(うごめ)いていた。


「お……うおおおおおおおおおおっ!?」


 ふたりは全速力で駆け出した!


「なにあれ!? この世界ではあんなのが普通なの!?」


「普通ではない! あれはこのダンジョン特有の古代種……緑迷彩大甲虫だ!」


 走りながらクラマは背後を見る。


「だめだ、追いつかれる! 戦うしか……」


「奴の甲皮は鉄よりも硬い! 生半可な武器では傷ひとつつけられんぞ!」


 とはいえ、このまま走って逃げ切れるものでもない。

 クラマは覚悟を決めて、足を止めて振り返った。

 気付いた男が叫ぶ。


「無理だ、やめろ!」


「……生半可な武器じゃないんでね」


 ティアから授けられた黒槍を構えて、クラマは迫り来る甲虫を迎え撃つ!

 渾身の力で突き出される、漆黒の穂先。

 歪な四つの刃は甲虫の頭部に突き刺さり、その巨体を止めた。


「刺さった! けど……」


 甲虫は止まらない。

 槍が体に刺さろうが関係なく進み、槍の穂先を沈み込ませながらクラマに迫ってくる。


 昆虫は痛覚を持たない……昔そう聞いたことがあるのを、クラマは思い出していた。


 クラマの眼前に迫る甲虫の顔。

 甲虫の口から飛び出た脚のように動く歯。

 それらが大きく広がって、クラマの顔を掴もうと伸びる!


 だが、その歯はクラマに触れる直前で断ち切られた。


「槍を離して下がれ! 今ならそいつは早く走れん!」


 断ち切ったのはヒウゥース配下の男の剣だった。

 しかしここで槍を離して逃げれば、次の脅威が現れた時に使える武器がなくなってしまう。

 出来ることならそれは避けたい。

 クラマはなんとかしてこの場を乗り切りたいが……さりとて都合よく妙案(みょうあん)も浮かばなかった。

 黒槍の魔法を使用するには心量が不足しているのが致命的だった。


「く……!」


 槍を捨てて逃げるしかない。

 クラマがそう結論付けたその時だった。

 ――声が届く。

 何処(どこ)かで聞き覚えのある、頭に響く低い声。


「いいや、そのまま(つか)まえていてくれたまえ」


 声がした次の瞬間、シュカッ! という軽快な音と共に、甲虫の背で閃く白銀の軌跡。

 一刀のもとに巨大な甲虫が二つに断ち切られた。

 続く地響き。ズシンと地面に落ちた甲虫の半身。


 そして、クラマは見た。

 その甲虫の背に悠然(ゆうぜん)と降り立つ男の姿を。


「……ワイトピート」


 クラマは(うめ)くようにその名を呼んだ。


 邪神の徒。

 悲劇の神の信奉者にして、彼らの裏切り者。

 死と不吉を周囲すべてに巻き散らさなければならない、災禍(さいか)の中心人物。

 青い瞳のワイトピートが、そこにいた。


「やあ諸君! 奇遇(きぐう)だね、このような所で会おうとは!」


 来客を歓迎するかのように両手を広げるワイトピート。

 右手にはサーベルを持ち、左手首から先は失われている。


 その剣呑(けんのん)な両の手とは裏腹に、彼が見せる笑みは爽やかで、あきれるほどに優雅で紳士的だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ