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73話

 追っ手を振り切ってティアの貸し倉庫(セーフハウス)に逃げ込んだセサイルたち。

 ティア、セサイル、ベギゥフ、ノウトニー、マユミ、そしてディーザの6人は、狭い小屋の中で顔を突き合わせるような状態だ。


「……オクシオ・センプル!」


 ディーザの魔法。

 定期的にディーザが唱える魔法により、マユミの中にある発信器の機能を無効化していた。

 ティアは丁寧に礼を言う。


「ディーザ様が無効化できて助かりました。()(がと)うございます」


「ふん、地球人召喚魔法の詠唱も、探知魔法具も、すべてこの私が作り上げたものだ。この程度のことは造作(ぞうさ)もない。……が、このままではすぐに心量が尽きるぞ」


「はい、承知(しょうち)しております。我々には時間がございません。一刻も早くヒウゥース邸へ忍び込んで、目的を果たさなければ……」


 首尾(しゅび)よくヒウゥース邸に潜入し、放送ができれば、後は逃げればいいだけだ。

 そのためにはディーザからの情報提供が不可欠(ふかけつ)となる。


「ディーザ様、ヒウゥース邸の地下に忍び込むために、何か良い方法はありませんか?」


 ティアの質問。

 ディーザは即座に答えた。


「そんなものあるわけがないだろう。お前たちは馬鹿なのか」


「……………………」


 にべもなく否定され、ついでにさりげない罵倒(ばとう)まで受けて、呆気(あっけ)にとられる面々。


「あの屋敷に常時詰めている使用人と警備員の計101人は、その全てがひととおりの訓練を受けた戦闘員だ。多くは奴隷の身分から引き揚げられた者達で、恩義からか何なのか、ヒウゥースへの忠誠心と指揮が高い」


 それがティアを大いに悩ませた点だった。

 警備の隙をついて侵入するのに、最も効果的な方法は警備員の買収である。

 しかしヒウゥースがこの街に来てからというもの、外部から使用人や警備員を雇ったことがなく、聞き込み調査をしても彼らの素性は知れず、隙と言える隙が見当たらなかった。


「そしてヒウゥース邸の地下には、連中を統率するあの男が入り浸っている。帝国時代からのヒウゥースの側近(そっきん)……ヤイドゥークという魔法使いの男だ」


 聞いたことのない名前が()げられ、セサイルが口を(はさ)んだ。


「あんたがヒウゥースの側近じゃなかったのか」


「……表向きはそうだったがな。私とヒウゥースは互いの利害が一致し、有能な私が組織のナンバーツーまで上り詰めただけのこと。本来、奴とは単なるビジネスパートナーに過ぎん」


「そのヤイドゥークってのは、どんな奴なんだ?」


「詳しくは知らんが、元はヒウゥースが何処(どこ)かから買い取った奴隷だったそうだ。私ほど能力のある男ではないが……魔法の精度と危機管理と指揮能力だけ(・・)は一流だ」


「……だけ?」


 だけ、とは一体。

 セサイルは言葉の定義を問い(ただ)したいところだったが、ディーザはそんな機先(きせん)を制する怒鳴り声をあげた。


「それよりこんな場所で何をしている! 発信器を無効化しようが、憲兵が捜査をすればすぐに見つかるんだぞ。さっさと街の外に脱出しろ! 私を連れてな!」


 正論といえば正論だったが、ティアはそれを否定する。


「……地下に潜った彼らを置いては行けません」


 とはいえ、ヒウゥース邸に潜入できないとなれば、もはやこの街に留まるのは危険しかない。


「ええい、こんなところにいつまでもいられるか! もう干しウォイブは食い飽きた! さっさと調達して来ないか、この無能者どもが!」


「やっぱこいつ絞めていいか?」


「ぎぃええええええええ野蛮人ぎえええええ」


 果たしてどうするべきか。

 ティアの決断が迫られている。

 クラマ達と合流して国外へ逃亡するか。

 それとも合流を待たずに、先にこちらだけでも離脱するか。

 あるいは見えない何かに期待して、このまま(ねば)るか……。


 そこへティアの盾に通信が入った。

 連絡を受け取ったティア。

 その目が驚愕(きょうがく)に見開かれる。


「え……? そんな、まさか……!」



----------------------------------------


 ダンジョン地下4階をクラマ達は逃げ回っていた。

 ダンジョンでの生活経験のあるイクスのおかげで助かっているが、その心量も残りが心もとない。

 また、少しずつ増えてきた追っ手たちによって、ダンジョン内の逃げ道が狭められていることも由々(ゆゆ)しい問題だった。


「見覚えのある顔が増えてきたね」


 クラマ達は通路を走りながら会話する。


「ええ、憲兵だけでは我々を捕らえられないと見て、ギルドを通して指名手配してきたようですね」


「はぁ~、やらしい事してくるわね~」


「じゃあ、これでわたしたちもイクスとお(そろ)いね!」


「……ん」


 先頭を走るイクスがわずかに頷いた。


「そりゃ助かるね。他の冒険者と遭遇した時に、誤魔化(ごまか)す手間が省ける」


 クラマの小粋(こいき)なジョークも飛び出すが、それほど笑っていられる状況でもなかった。

 ……逃げ続けるのも限界だ。

 後方から追ってくる足音は振り切れる気配がないし、前方向からも人の声が届いてくる。

 包囲網が狭まり、追い詰められた。


「いたぞ!」


「追いついた! 挟み込め!」


 通路の前後から挟まれた。

 もう逃げられない。


「くっ、仕方ありません。囲まれる前に反転して――」


 剣を抜くイエニア。

 クラマは記憶を呼び起こし、壁に目を向けた。


「ここは……! オクシオ・ヴェウィデイー!」


 黒槍を掴んで詠唱を始めるクラマ。

 詠唱の間にも、間近に迫ってくる憲兵と賞金狙いの冒険者たち。

 彼らの手が届くより先に、クラマの詠唱が完了する!


「サウォ・ヤチス・ヒウペ・セエス・ピセイーネ――(とどろ)け! ヨイン・プルトン!」



> クラマ 心量:95 → 45(-50)



 直後、爆轟と鳴動。

 クラマが破壊したのは壁。

 敵が来る直前に、クラマたち一同は壁に開いた穴へと逃げ込んだ!


「ちぃっ、追いかけろ!」


 憲兵のひとりが穴の淵に手をかけ、くぐって通り抜けようとした時。

 ぬうっ、穴の向こうから緑色の顔が出てきた。


 小さくて丸いつぶらな瞳。

 びっしりと覆われた鱗。

 出会い頭に顔を突き合わせた憲兵は、しばらく固まった後……


「うおわァ! 爪トカゲかよっ!!」


 慌ててのけぞる憲兵。

 さらに穴を通って、次々と爪トカゲが通路に(あふ)れだしてきた!


「ゲェーッ! 爪トカゲの巣だァァァッ!!」


 大量に現れた爪トカゲの群れに通路は騒然となり、なし崩し的に激しい乱戦が開始された。




 イエニアを先頭にして爪トカゲの群れの中を一気に駆け抜けたクラマ達。

 爪トカゲ生産プールの場所を覚えていたクラマの機転により窮地(きゅうち)を脱したが、しかしそこで終わりではなかった。

 獣の群れを振り切った先に現れたのは、憲兵でも冒険者でもない第三の敵。

 ヒウゥース直属の配下たちだった。


「くっ、数が多い……!」


 ざっと10人近く。

 まともに相手ができる数ではなかった。

 地図を手にしたレイフが叫ぶ。


「逃げ道はこっちしかないわ!」


 レイフの差す方。

 そこは地下5階へと向かう道だった。


 顔を見合わせるクラマとイエニア。

 クラマが頷き、イエニアもそれに頷き返す。


「みんな、こっちだ!」


 クラマが先頭を走って仲間たちを導く。


 こうしてパーティーは、怒涛の勢いでダンジョン地下5階へと突入した。


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