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72話

「はぁ~? 貸家の床を掘って地下に降りていっただとぉ~!?」


 ここはヒウゥース邸の3階、ヒウゥースの寝室。

 家具のひとつひとつに至るまで色とりどりの宝石が散りばめられ、装飾の凝らされた室内。

 壁に立てかけられた子供の落書きのような絵画は、時価にすると平均的な冒険者が生涯で稼げる金額のおよそ10倍。

 他にも5年前を境に発見が報告されていない幻の一角獣、エフェクアの頭蓋骨も。

 全体の調和や統一性を考えずにひたすら高価なものを詰め込んだ、「成金趣味」という単語を切り取って形にしたような内装である。


 そして今、頭蓋骨のかかった壁の前。

 キングサイズのベッドに寝そべる寝間着のヒウゥースが、部下から報告を受けていた。


「はい。彼らはダンジョン内と地上の二手(ふたて)に別れたようで、地上では我々の実行部隊が交戦しましたが一蹴され、見失いました」


 淡々と報告する女性は、冒険者ギルド経理役のコイニー。

 ディーザの不倫相手だった女性だ。

 ……しかしそれは仮の姿。

 彼女の正体は、ヒウゥース直属の配下であった。


 それから部屋にはもうひとり、ヤイドゥークの姿も。

 ヤイドゥークはテーブルに乗っている残り物をボリボリと頬張りながら、ヒウゥースと一緒に報告を受けている。


「やりますねぇー、(やっこ)さんたちも。こう、(つか)んだはずなのに、手の中からするりと抜けていく感じ。なんとも捉えどころがない」


 言葉のわりに緊張感が欠けているヤイドゥーク。

 彼は自分の手が汚れるのも気にせず、コイニーに(にら)まれているのも気付かず、一所懸命に木の実を()いている。


 余裕の態度はヒウゥースも同様だった。

 報告された逃亡手段には仰天(ぎょうてん)したものの、すぐに落ち着きを取り戻して、どっしりと構え直している。


「ふん、全員で一気に街の外へ逃げなかった時点で、先が見えとらん。街の門番には通達してあるな?」


「はい」


「なら、まずダンジョンの出入り口を封鎖。地球人に埋め込んだ発信器から、魔法で探知しろ」


 ヒウゥースの指令にヤイドゥークが答える。


「そう言うと思って、ここに来る前に地上の絞り込みは命じときました。今ごろ反応のあるポイントと照らし合わせて、連中が隠れられる場所を地図に書き込んでる頃でしょ」


「フハッ、相変わらずお前は仕事が早い。よし、それが終わり次第、憲兵を向かわせろ!」


「はっ。それでは失礼します」


 コイニーは一礼して退室した。

 ヒウゥースはキングサイズのベッドに見劣りしない丸々とした巨体をベッドに沈ませると、天井を眺めてほくそ笑んだ。


「ふふん、要らぬことを()ぎ回ったばかりに哀れな連中よ。どこに逃げようと地球人を連れている以上は、逃げることも隠れることも不可能よ。フフ……ククク……ファ~ッハッハッハッ!」


「じゃ、俺もやる事あるんで失礼」


 ヤイドゥークは食べ残しの皿を小脇に抱えて出ていった。



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 そして翌日。


「チェックされたすべての場所に踏み込みましたが、発見できませんでした」


「なぜだ!」


 再び寝室にてコイニーの報告を受けるヒウゥース。

 そしてやはり食べ残しの果物をしゃくしゃくと(かじ)りながら、ヤイドゥークは答えた。


「あの魔法具はディーザの設計ですからねぇ。探知の裏をつく方法を知ってるんじゃないっすかね?」


「どうにかならんのか」


 ヒウゥースの問いにヤイドゥークはポリポリと(あご)()く。


「いやぁ……キツイっす。彼、魔法使いとしちゃそこそこですけど、詠唱開発は一流ですからね。さすがは元帝国魔法研究所の副所長、ってとこですかね」


「ち、見苦しい悪あがきを。なら普通に足を使って探せばいいだけだ。憲兵を総動員して住民へ聞き込みをさせろ!」


 それからヒウゥースは、果物の種を吐き出しているヤイドゥークに向けて()いた。


「ダンジョンに逃げた方はどうなった」


「いや、こっちも見つからないんですわ。単純に人手が足りないっすね。4階にいるのは分かってるんですが、そこまで行ける憲兵が少ないようで」


「むぅ……人手不足か」


 たるんだ顎に触れて思案するヒウゥース。

 そこへ直立したコイニーが告げた。


「ヒウゥース様、もうひとつご報告が」


「なんだ、言ってみろ」


「ダンジョンを封鎖したことで、冒険者たちから不満が出ています。これでは日銭を稼げない、ダンジョンで稼げないことによる損失を補償しろ……などと言って、押しかけた冒険者でギルドのロビーが塞がれています」


 問題というのは、えてしてこのように連鎖して生じるものだ。

 それに対してヒウゥースはすぐさま対応策を打ち出す。


「丁度いい、ギルドを通して依頼を出せ! ダンジョン内に逃げた連中の捜索を、冒険者どもに手伝わせればいい!」


「承知しました。それでは失礼します」


 頭を下げて部屋を出るコイニー。


「じゃ、俺も眠いんで失礼」


 コイニーの後を追うように、ヤイドゥークは置いてあった果物を小脇に抱えて出ていった。




 自分の後からヒウゥースの部屋から出てきたヤイドゥークを、コイニーはジロッと睨んだ。


「あんた食べ物を勝手に持ち帰る癖、いいかげん直しなさいよ」


 相手によって自在に態度を変えるコイニーだが、こうしたぞんざいな口調で話すのはヤイドゥークが相手の時だけだった。

 ヤイドゥークとコイニー、ふたりは元奴隷仲間だった。

 ヒウゥースから裏の仕事を任される直属の配下たちは、その多くが元奴隷である。

 中でもヤイドゥークとコイニーは最古参の同期。

 意識としては同僚というより、家族に近かった。

 立場上はヤイドゥークの方が上だが、こうしてふたりきりになると口調に遠慮がなくなる。


 素行を注意されたヤイドゥークは、しばらく考え……手にした果物をコイニーに差し出した。


「……食う?」


「バカ、誰も催促(さいそく)なんてしてない」


 と言いつつ、コイニーは奪い取るように果物を掴んで、しゃくりと(かじ)った。


「ん、おいし」


「だろ? いいもの食ってんだよ、あのオッサン」


「だからって勝手に持ってきていいって事にはならないけどね」


 シャクシャクと果物を齧りながら、ふたりは廊下を歩く。


「ディーザが連中の仲間になるとは意外だったわね。しかも向こうには“怒れる餓狼”セサイルがいる……ここの警備、気をつけなさいよ」


 コイニーの忠告。

 ヤイドゥークはそれに対して、冴えない口調で異論を返す。


「んー……そっちは警戒しなくていいだろ。ディーザが何を知ってるかはこっちも分かるから、対策は立つ。“英雄”セサイルも数で囲めばいい。問題になりそうなのは……アイツじゃねえかなぁ」


「あいつ?」


「クラマとかいう地球人……アレはちょっと得体が知れない。証言の内容も、拷問中の態度も……どっかオカシイ。見てて違和感しかない。こっちの予想できないおかしな事をやらかすとしたら、多分アイツだ」


「……………」


 コイニーは珍しく真面目なヤイドゥークの横顔を見た。

 果物を食べ終えたヤイドゥークは、ひらひらと手を振ってコイニーに背を向けた。


「まぁ、適当にやるさ。最低限の給料分はね」


 そうしてヤイドゥークの姿は、薄暗い地下室へと沈んでいった。


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