70話
クラマ達の貸家に突入した、完全武装の憲兵たち。
玄関に足を踏み入れた彼らの耳に、男の声が一階奥から届いた。
「やばい、もう来た! みんな早く!」
憲兵は声のした部屋に踏み込む。
するとそこには、床に開いた穴から上半身だけを出したクラマの姿が。
「き、来たぁ! やっぱり全員で降りるなんて無理だったんだって!」
情けない声をあげて騒ぎたてるクラマ。
それを確保するべく、憲兵は手を伸ばす!
「ウワァーッ! もうだめだ、捕まるぅ~!」
憲兵の手がクラマに触れる直前。
ストン、とクラマの頭は憲兵の手をすり抜けて、穴の中へと落ちていった。
「……ちっ!」
舌打ちする憲兵。
「どうします、隊長?」
「ひとりは屯所に戻ってダンジョン探索の物資と増員を手配! ひとりは冒険者ギルドへ指名手配と人集めを……あと2人がここに残って、人が入らないよう封鎖! 残りは全員降りて奴らを追うぞ!」
「はっ!」
隊長の指示に従って素早く行動に移る憲兵たち。
15人の憲兵が順々に、床に開いた穴からダンジョンの中へと降りていった。
「……行ったみてえだな。残ったのは2人か」
貸家の屋上。
全員がダンジョンに降りたと見せかけて、セサイルのパーティー4人とティア、そしてディーザの計6名が屋上に隠れてやり過ごしていた。
ダンジョン内に逃げたのはクラマ、イエニア、パフィー、レイフ、イクスの5人だけ。
『この大人数じゃ、憲兵を振り切っても逃げ込める場所がない。二手に分かれよう。ダンジョンの中と外に』
……これがクラマの提案だった。
振り分けは、ダンジョンに慣れているクラマ達のパーティーがダンジョン内へ。
そして正騎士の盾でイエニアと連絡をとれるティアは地上に残る。
「さぁて、どうするか。俺らの宿には戻れねえだろうしな」
「ご心配なく。こんな事もあろうかと、セーフハウスをいくつか用意してございます」
「オーケー、それでいこう。案内してくれ」
「はい」
そうして屋根の上からゆっくりと降りていく一同。
外にいる憲兵に見つからないよう、暗闇の中を抜き足、差し足。
というところで、不意にマユミの足元でバキッ! と音が鳴った。
「ん……? あっ、なんだあいつら! 上に残ってたのか!」
あえなく見つかってしまった。
「こっ、この中じゃ私は軽い方でしょ!? なんでぇぇ!?」
「一点に負荷をかけない重心の移動っつーのがあってだな……まあいい、逃げるぞ!」
見つかってはもう忍び足をする意味もない。
セサイル達は一斉に屋根から飛び降りる。
涙目のマユミを引っ張り、憲兵の追跡を逃れるべく夜の街を駆けた!
なんとか憲兵を撒けそう……とセサイル達が思いかけたところ。
道の先で待ち構えている者達がいた。
それを見たディーザが叫ぶ。
「あれは……ヒウゥース直属の部隊だ!」
「逃げそうな場所に配置してやがったか。どんだけ段取りがいいんだよ」
皮肉を吐きながらも、セサイルは苦い顔をする。
遠目からでもセサイルの目には判別できた。
敵の立ち姿、その雰囲気から、その辺の冒険者よりもだいぶ手強い連中だということを。
走りながら、どう乗り切るかと思案するセサイル。
そのセサイルの隣をベギゥフが追い抜いた。
「おれは、たるんでいた」
「あん?」
前触れもなくいきなり、口を開いて語り出したベギゥフ。
次の瞬間ベギゥフは、猛然とダッシュをかけて敵陣に突撃した!
待ち受ける敵から、当然のように突き出される剣の刺突!
ベギゥフはそれを紙一重で回避。
そして回避と同時に伸びた敵の腕を両足で挟むように飛びつき、相手を地面に転がした!
すぐさま相手を離して立ち上がるベギゥフ。
……しかし、相手は起き上がれない。
「ぐわああぁぁぁっ……!」
悲痛な呻きが夜の街を通る。
ベギゥフに転がされた相手は、肘から先がおかしな方向に折れ曲がっていた。
ベギゥフは相手を転がすと同時に、関節を極めてその腕を一瞬にして折っていた。
あまりにも鮮やかな関節技。
その一連の動作には一分の淀みもなく、無駄なく、機械のように精密だった。
セサイルがヒューッと口笛を吹く。
「あのバカ、何があったか知らねぇが本気になりやがった。ダンジョンじゃ組み技が使えねぇってんで腐ってやがったのによ」
「全盛期にはまだ遠い……が、丁度いい。お前ら、おれの勘を取り戻すのに付き合ってもらうぞ」
ベギゥフは腰を低く落として構えをとる。
その筋骨隆々の肉体から発せられる威圧感と、それに相反するように冷え切った氷の眼光。
ヒウゥースの配下たちはベギゥフに気圧され、思わず一歩引いた。
「あいつの手が届く範囲に入った時点で終わりだ。人間の形をしてる以上、抗う術はない」
そう言ってセサイルも敵陣に切り込む!
2人の男は数の差をものともせずに、真正面から圧倒していく。
「うおおっ、なんだこいつら! 強いぞ!?」
「ふははははっ! これはいい練習相手だ! 相談もなしに勝手にでかい依頼を受けやがった時は、どうしてやろうかと思ったが!」
「またその話か。悪かったっつってんだろ、報酬がデカすぎたんだよ」
などと会話を繰り広げながら、セサイルとベギゥフのコンビは次々に敵を薙ぎ倒していった。
相手も決して弱くはない。
この街の冒険者と比べれば上位に入るだろう。
しかしこの2人、とりわけセサイルは実力の格が違った。
そうして全ての敵を打ち倒した時……
「うわあっ! き、貴様、何をする!?」
後方にて突如あがった悲鳴。
なんと片腕を折られた男が起き上がり、ディーザの首元に剣を突きたてていた。
セサイルは隣のベギゥフに目を向ける。
「おいおい……ちゃんとオトすか両腕折っとけよ」
「まだ勘が戻らんのだ。おまえが練習に付き合わんのが悪い」
「練習で迷わず折りにくるバカに付き合ってられるかバカ!」
そんな話をしている2人にディーザが叫ぶ。
「貴様ら何をしている! 早く私を助けないか!」
助けたくねぇ~。
セサイルとベギゥフは互いにそう思った。
が、だからといって見捨てるわけにもいかない。
ティアはセサイル達に謝罪する。
「申し訳ございません、気がつくのが遅れました」
「いや、このハゲも悪い。さて、どうしたもんか……」
「ハゲは悪くない! おれが悪い!」
ハゲと己の同一化を否定するベギゥフ。
軽口はともかく困った状況になった。
時間をかければ憲兵が集まってしまう。
憲兵から依頼を受けた冒険者が敵になる可能性もある。
すぐにディーザを取り戻してこの場を離れなければならないが……
と、思案していたところへ、響いてきたのは馬が大地を駆ける足音。
セサイル達からすれば、人質となったディーザ達の奥から。
地響きとともに迫ってくる馬。
その上に乗り手綱を握るのは――ケリケイラだった。
「いぃぃーーーやっはーーーーー!!」
馬で通り過ぎざま、ケリケイラのラリアットがディーザもろとも敵兵を吹っ飛ばした!
「ごばぁーーーーーーっ!?」
強烈なラリアットを受けたディーザは、空中できりもみ回転した後、セサイル達の前に顔面から着地した。
ケリケイラの腰に手を回して馬に同乗するメグルが叫んだ。
「ねえ、今のって賞金首が人質にとられてたんじゃないの!? 吹っ飛ばしちゃったらだめなんじゃない!?」
「あれー? そうですかねー? まあいいでしょー!」
そんな適当なことをのたまうケリケイラ。
その表情、その声は、今までメグルが見てきた中で最も爽やかで、最も嬉しそうな様子であった。
口から泡を噴いて痙攣するディーザを見下ろすセサイルら一同。
「なんだったんだ今のは」
「どっかで見たような気がするが……」
なんともいえない気分で顔を見合わせる男たち。
皆が呆気にとられる中で、ティアは冷静にディーザを抱え上げて言った。
「今のうちです。行きましょう」
ベギゥフがティアからディーザを受け取ると、一行はティアの用意したセーフハウスへ向かう道を急いだのだった。




