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69話

 時刻は夜。

 数時間に及ぶ“尋問”を身に受けたクラマは、薄暗い留置場の一室にいた。


「2回もココに来た地球人はオマエが初めてだよ。何なのオマエ。おれのこと好きなの?」


 鉄格子の中にいるクラマに話しかける看守。

 クラマは両手両足を縛られて、石の床の上に転がされていた。


「そうそう、きみに会いに来たんだよ実は」


「バーッカ! 男に言われたかねェわ、気持ち悪ぃ!」


 そんなことを言いつつも、看守の男はどこか楽しそうに口元を(ほころ)ばせていた。


「ったく、本当に()りねえヤロウだな。そんなになってまでよ」


 看守は倒れたクラマをちらりと見る。

 以前ここに来た時とは違って、クラマの顔に殴られたような跡はない。

 しかしその代わりに、後ろ手に縛られた両手の先……その指先には、爪がひとつも残っていなかった。


「いやあ、初めてじゃないしね、こういうの」


「どういう暮らしをしてきたんだよ……そんなアブネェ世界なのかよ、地球ってのは」


「いやいや、普通だよ普通」


「オマエが普通だったらヤベエだろ! どんだけ荒廃してんだ!」


「アッハッハッ」


 そんな調子で看守と談笑するクラマ。

 しばらくすると時計を見た看守が思い出したように言ってくる。


「おっと時間だ。おら、適当に願いを吐きだせ」


 看守は定期的にクラマの運量を空にするよう指示を受けていた。


「そうだなあ……エグゼ・ティケ。この留置場にあるランタンの灯りがどれかひとつ消えますように」



> クラマ 運量:51 → 0/10000(-51)



「地味な嫌がらせしやがって。めんどくせぇ。しっかし普通、地球人の犯罪者が来てもここまでしねぇんだけどな。だいたい口を塞いでどっか連れてっちまう」


「そうなんだ。そういえば前もどこかに連れて行かれそうになったなぁ……どこに連れて行かれるか知ってる?」


「知らね。ここから出された地球人は二度と姿を見かけねぇからな。どっかで殺されて埋められてるって噂だ」


「へえ~……」


 そんなクラマの様子に看守は違和感を覚えた。


「……オマエ、なんか暗くね?」


「え? そう?」


「前はどーにでもなれって感じで、ノーテンキ丸出しだったろうが。オマエみたいなのは珍しいから、よーく覚えてんだよ」


「そう……そうだね。確かに前はどうなっても良かった。でも……」


 クラマが以前ここに捕まった時は、自分がどうなろうとも構わないと思っていた。

 だが今のクラマの心境は、その時とは違う。


「僕は……こんなところで終わるわけにはいかない」


 クラマは静かにそう呟いた。






 とはいえ今のクラマに出来ることなど、定期的に吐き出す運量で施設内に小さな隙を作ろうと試みるくらいしかないわけで。

 炎症により熱を帯びてくる体を冷たい床に押し付けながら、クラマは脱出の機会を(うかが)う。


 看守はだいぶ長いことクラマと話していたが、今は机に向かって書類仕事をしている。部屋の扉が開かれ、別の看守が入ってきた。

 クラマは脱出の方法を考える。部屋に入ってきた男が机にカップを置く。

 看守との話でこの施設の間取りはだいたい把握できたが、結局のところはこの鉄格子の扉を開けなければどうにもならない。「おつかれさーん」「おーう」看守はぐいっと飲んだ。

 今のクラマにできることは、体力を回復して機会を待つこと。看守の男が机に突っ伏していびきをたて始めた。

 イエニア達が仮に保釈金を用意できても、それではもう釈放されない。後から入ってきた男が看守の腰に下げられた鍵の束を奪う。

 ならばここに直接助けが来るはず。既に近くへ来ているかもしれない。クラマは耳を澄ませた。男はガチャガチャと音をたてて扉の鍵を開けた。

 それにしても耳障りな音だ、とクラマは思った。さっきから近くでガチャガチャと。これでは周りの音を聞き取ることができない。鉄格子の扉を開けた男はクラマに声をかけた。「おお……なんと痛々しい。もうご安心を、この私が助けに参りましたゆえ」

 そんなことよりクラマは静かにして欲しかった。


「……って、ちょっと待った。ノウトニー?」


「そうですとも! ああ、このまま朝を迎えるまで独り言に興じなければならないかと、恐々としてしまいましたよ」


 クラマは仰天した。

 看守の制服を着たノウトニーが突如として目の前に現れたのだから。


「ふふ……驚いておりますな、無理もない。これは我が魔法具、ピックドウォーブ・アトゥーヒによるものです」


 ノウトニーは懐から涙滴(るいてき)状の楽器を取り出し、クラマに説明する。


第三次元(シド)を操り周囲に存在を溶け込ませる魔法です。……といっても、姿を消すわけではありません。意識の焦点が向きにくくなる魔法と言いましょうか……誤解を恐れず大雑把に言えば、誰も気にせぬ脇役……いや、端役(はやく)のような存在になるのです」


「ほほーん、それはすごい便利だね」


 そういえばさっきから視界の端に何か映っていたな……とクラマは今になって気がついた。

 しかしこんなことができるのであれば、どこにでも侵入したり、または奇襲したりもできるのでは? とクラマは思いついたが……


「そう思うでしょう。しかし実のところ、万能には程遠いのです。魔法の効果中でも一度その存在を意識してしまえば、効果は一気に薄れます。今は普通に会話できているでしょう?」


「確かに、そういえばそうだね」


「また、しっかり周囲に溶け込むには変装と演技力が不可欠。私には演劇の経験がありますが……それでも警戒されている場所では安心できません。また、オノウェ調査にも無力です」


 だいぶ繊細な扱いが要求される魔法具のようだった。


「……が、しかし私にとっては最高の魔法具なのですよ! これのおかげで私は獣に襲われることなく、戦士たちの活躍をすぐ傍で目に焼き付けることができるのですから!」


 吟遊詩人ノウトニー。

 なるほどまさしく彼のためにあるような魔法具だ、とクラマは得心(とくしん)した。

 そうしてノウトニーはクラマの縄を切り、クラマはノウトニーの肩を借りて立ち上がった。


「さてさて、話し込んでいる場合ではありません。手早く脱出すると致しましょう」


「そうだね。でもその前に……」


「その前に?」


 怪訝(けげん)な顔で聞き返すノウトニー。

 それに対してクラマは……


「ちょっと寄りたいところがあるんだけど、いいかな?」


 にっこりと笑って、そう言った。






 ティアはこの街に来てからというもの、たいへんな苦労を重ねてきた。

 寝る間を惜しんで様々な場所に潜入し、情報収集に明け暮れる毎日。

 正体を隠して、地道に地道に少しずつ……。

 怪しまれないよう、証拠を残さないよう腐心して、慣れない潜入捜査を続けてきた。

 しかし警備は固く、支援もなく、敵地のただ中では有効な手立てもない。

 手詰まりとも言える状況だった。

 それでも堅牢な城壁に穴を穿(うが)つべく、小さな事からこつこつと積み上げてきた。


 だというのに。


「たっだいま~」


「おかえりなさい、クラマ!」


 パフィーの突進を受け止めるクラマ。

 留置場に入れられたクラマは、ノウトニーの協力によりパーティーのもとへと帰還した。

 しかし、その背後にいる人物に場が騒然となる。


「く、クラマ、その人は……!」


 イエニアも驚き、警戒している。


「ああ、なんか留置場にいたから連れてきたんだ」


 平然とそんなことを言ってのけるクラマ。

 全員の視線を集める、その男。


「……何を見ている、貴様ら」


 この街における二番手の権力者。

 地球人召喚施設長、ディーザであった。




 地道なティアの苦労。

 それをぶっちぎって結果を持ってくる、クラマの剛腕。

 もう何度目になるか分からないが、それでもティアはくらりと眩暈(めまい)を覚えた。






 貸家のリビングルームにはクラマのパーティーと、セサイルのパーティーが揃っていた。

 サクラ達は診療所にいるので、ここにはいない。


 ディーザの話により、ワイトピートとの戦いを終えたクラマ達を襲ったのがディーザの配下で、更にそれを襲撃してきたのがヒウゥースの配下だったことが分かった。


「後から現れた人たちは冒険者ではなさそうですね。冒険者の集う場所で見た覚えがありません」


「奴らはヒウゥースが帝国で奴隷商をしていた頃からの、直属の配下だ。裏の仕事を専門にしていて、表向きの役職を持つ者は少ない」


 代表してイエニアがディーザと話している。

 そこへ横からレイフが口を挟んだ。


「なんだかいろいろ教えてくれてるけど、信用して大丈夫なの? この人が雇った冒険者に私たちは襲われたんでしょ?」


 それに答えるのはクラマ。


「ヒウゥースに切られた彼には、僕らに協力するしか生き残る道がないからね」


 そう言うクラマはパフィーから手当てを受けている。

 両手に加えて両足の爪まで剥がされていたクラマに、パフィーは丁寧に包帯を巻いていった。

 さらにクラマの上半身の服を脱がすと、クラマの背中は鞭で打たれたミミズ腫れが幾重(いくえ)にも走っており、胸部には焼きごてを押し付けられた跡があった。


「ひどい……」


「……!」


 これにはイエニアも目を見張る。


「あはは、大丈夫、大丈夫。これくらい」


 見かねてレイフやイクスも手当てを手伝う。

 ティアが話を戻すために口を開いた。


「信用ができないのであれば、取引と考えれば良いかと。彼はこちらに情報を提供する、我々は彼の身の安全を確保する。その方針でいかがですか?」


 ディーザはメガネをクイッと押し上げながら返答した。


「ふん……忌々(いまいま)しいが仕方あるまい。今は貴様らに協力してやる」


「なんでこんな偉そうなんだこいつ? ちっと絞めていいか?」


「ぐわああああああ何をする野蛮人めが!」


 聞きながら答えを待たずにベギゥフはディーザの関節を極めていた。


「おい、静かにしろ」


 (さえぎ)る声はセサイル。

 セサイルは窓から外の様子を(うかが)っていた。


「囲まれてるぜ。憲兵がざっと20人……ってところか」


「え……」


 その言葉に一同がざわつく。


「対応が早すぎるな。こいつはどうやら、泳がされたか」


 セサイルの分析に、ティアが言葉を繋げる。


「なるほど。オノウェ調査でも尋問でも思った結果が出ないので、あえて逃がせて(かくま)った者達を共犯者として一網打尽に……という腹のようですね」


「おお! どうりで警戒が薄いと思いました……ハハハ、向こうもなかなか面白いことを考えるではないですか!」


「ちょ、面白くないでしょ! ど、どうするんすかこれ……!?」


 取り乱すマユミ。

 突然の窮地(きゅうち)、その中で……イエニア、パフィー、レイフ、そしてティア。

 彼女らは当然のように、一様にクラマへと目を向けた。


 集う視線。

 パフィーの手当てを受け終わったクラマは、ひとつ頷くと、落ち着き払って口を開いた。


「うん。じゃあ、こうしよう」


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