67話
……さて、うまくいっただろうか。
「安心おし。眠りの魔法は発動した。おまえさんの勝ちだよ」
僕の?
ふっ……いや、違うね。僕の、じゃない。これは……
「おまえさんたちの勝利だね」
いいセリフを取っていくのやめてもらえないかな!?
「はん、もったいぶるのが悪いのさ。あたしにゃ、もう時間がないもんでね」
ああ……ここまで消えないでいてくれて良かった。
「分かってて合わせたんだろう、あたしが消える前に。探索の日取りを早めて。まったく、本当に人使いの荒い男だね」
……まあ、ここで嘘をついてもしょうがない。
探索を早めた理由のひとつではあるね。
パフィーの心量が少ないぶんを、あなたの知識で補うことを期待した。
結果として、知識を貰うんじゃなくて心量が0になった僕の体を動かしてもらう形になったけど。
「戦いはあたしの領分じゃあないからね。……それより、よく覚えていたね。あの娘の魔法具の効果を」
レイフの魔法具、『眠れ、母の胸に』。
消費心量200。
心量の低い周囲全員を眠らせる魔法。
陳情句なしなら心量100以下の者が、陳情句が完璧ならば心量200以下の者が対象となる。
「こっちからしたら向こうの心量は見えないから、だいぶきわどい賭けだったね」
そうかな?
相手が心量を半分にした魔法は、律定句に範囲指定がなかった。
つまり使った自分も半分になってるんだ。
最大値の500あったとしても、これで250。
その前に何度か大きい魔法を使っていたし、“奉納”の内容は僕の目から見てもお粗末だった。
あの時点で高くても200付近だったはずだ。
そこから重りを飛ばす魔法を使ったのだから、すでに200は確実に下回っているはず。
「……そうさね。しかし陳情句が完璧に成功して、200だよ。届かないかもしれないとは思わなかったのかね?」
可能性はあるね。
でもまあ、それは別にいい。
「別にいい?」
うん。レイフが失敗して全滅しても、別に構わない。
「……そうかい。いや、野暮なこと聞いたね」
などとグンシーは自嘲気味に呟いたのであった。彼らの絆の深さを垣間見た彼女は、自らの若い頃を思い出していた……。
「変なナレーションつけるんじゃないよ!」
ごめんちゃい。
「ふん……もうあたしの若い頃を語れるほどの心量は残ってないよ。残念だが、そろそろお別れだ」
そっか。寂しくなるね。
「ここのダンジョンでの用事が終わってまだ生きてたら、イードの森まで会いに来な」
いいの?
「ま、あたしの記憶は本体には行かない。その時は初対面になるけどね。パフリットと一緒なら会えるだろうさ」
記憶は本体に戻らない。
ここにいる彼女は、本当の意味で消滅するというわけだ。
……イードの森の魔女、グンシー。
「なんだい、改まって」
ありがとう。
あなたに会えて良かった。
「……ふん。あんたの中は居心地が最悪だったけど、消える前の思い出作りとしちゃあ悪くなかったよ」
最期まで憎まれ口を貫く姿勢は変わらない。
しかしその声も次第に小さく……
「最後にパフリットと少し話せた……それに……前も言った……感謝するの……こっちの…………ありが………………」
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「……て………きて……! 起きて、イエニア!」
「う……」
パフィーに体を揺り動かされて目が覚めたイエニア。
イエニアの周りではクラマ、レイフ、そしてワイトピートが眠りこけていた。
ワイトピートは縄で後ろ手に縛られている。
クラマの指示でレイフの魔法の効果範囲外に離れていたパフィーによるものだ。
「勝ったのですね……よかった」
イエニアは状況を把握して立ち上がった。
そうして、これからどうするかをパフィーと話し合う。
クラマとレイフは心量がないので起こしても動けない。
しばらくここで待機するしかない、というのが結論だった。
しかし気になるのはイクス。
後ろをついて来ていたはずだが、最後まで姿を現さなかった。
「ひょっとして、あのレーザービームに巻き込まれて……」
「ま、まさかそれは……」
ふたりは大部屋の入口を見る。
奥まで続く破壊の爪痕。
トンネルのようになってしまった通路の姿に、冷や汗が流れる。
「…………確認しに行きましょう」
「わ、わたしも行くわ!」
熱線により抉り抜かれて変わり果てた通路を、ふたりは足を滑らせないよう進んでいった。
通路を戻ったイエニアとパフィーが目にしたのは、蹴とばされて地面を転がるイクス。
そして、それを取り囲んだ大勢の男たちだった。
「ぐぅっ! う、ぅぅ……!」
うめき声を漏らして震えるイクス。
すでに体中が傷だらけの、まさに満身創痍。
起き上がることすらできない様子だった。
そして男たち。
数は8人。
格好からして冒険者と見て間違いなかった。
「イクス!」
パフィーの声に男たちの目が向く。
「なんだぁ? この娘のお仲間か?」
「いやいや違うだろ。あっちが本来の標的だ」
などとイエニアとパフィーを見て話している。
イエニアは無駄だとは分かっていたが、男たちに向けて言った。
「その子に何をしているのですか。ダンジョン内での冒険者同士の争いはご法度ですよ」
男たちは互いに顔を見合わせ、鼻で笑った。
「こいつは賞金首じゃねぇか。“善良”な冒険者が、ダンジョン内でギルドの依頼をこなしてるだけじゃん?」
その言葉には含みがあった。
周りの男がクスクスと笑う。
「ま、俺らにとっちゃアンタらの首も同じなんだけどな!」
「いやいや違うだろ。あっちの首の方が何倍も高い」
「そういやそうだった!」
ハッハッハッと笑いが巻き起こる。
「く……!」
イエニアは歯噛みするが、剣の柄に手をかけることができない。
目の前の男たちは弱くない。
4階まで来られるあたり、当然ではあったが。
さらにイクスを人質にされる位置取りとあっては、どうする事もできなかった。
「とまあ、そういうワケで……」
男たちの目がイエニアとパフィーを射抜く。
獲物を狩る獣の視線だ。
「抵抗しないで捕まってくれると助かるんだけどなぁ?」
その目は「楽しいから抵抗してくれ」と言っていた。
「イエニア……」
「パフィー、彼らの言う通りにしてください」
イエニアは抵抗せずに捕まることを選んだ。
イエニアとパフィーは後ろ手に縄をかけられ、大部屋に連れて来られた。
大部屋の床には眠ったままのクラマとレイフ。
……イエニアはすぐに気がついた。
「う……」
ワイトピートがいない。
代わりに小さな血だまり。そして人間の手首が残されていた。
男たちがそれを見つけて声をあげる。
「なんだぁ? この手首は」
「おいッ! こっちには生首も転がってるぞ!」
男たちはクラマとレイフを縛りながらイエニアに訊く。
「なんだこいつら? ってゆーか、なんだこの部屋? ムチャクチャじゃねぇか」
そう言いたくなるような惨状だった。
イエニアは男たちの中に魔法使いらしき者がいるのを見て、適当な嘘で誤魔化すのは得策ではないと判断した。
「彼らは邪神の使徒。悲劇の神の信者です。この部屋を破壊したのも彼らの魔法具です」
イエニアの言葉を聞いて男たちは話し合う。
「ホウ……手間が省けたって所か? 邪魔な奴らって言われてたよな」
「そだな。この生首も持ってきゃ、報酬上乗せできるかもしれん」
「おい待て、本当にこの部屋を壊したのは、そっちの連中なのか」
「どういうことよ?」
「そのヤベー魔法具をこいつらが持ってるんじゃないかって事だよ」
男たちの目がイエニアとパフィーに向く。
「……嘘だと思うなら魔法で判定してはいかがですか」
イエニアの返答に魔法使いらしき男が口を開いた。
「そんな無駄な事はせん。お前らが危険な魔法具を持っていようと、詠唱を始めたら首を飛ばせば良いだけだ」
男の指摘通り、この状況で魔法は無意味。自殺行為だ。
「ええ、それに、その魔法具はダストシュートに捨てられてしまいました。……ときに貴方たちはギルド所属の冒険者ですね。見覚えがあります。誰からの依頼を受けて私たちを?」
イエニアは聞かれてもいない事をぺらぺらと喋りだす。
とにかくイエニアとしては時間を稼ぎたかった。
なんでもいいので会話を続ける。
そうしなければ、目の前の連中は……今にも自分達の首を刎ねてきそうな、剣呑な空気を発していたからだ。
「……言うと思うか?」
「察しはつきます。一国の首長たる者が冒険者を頼るとは……兵隊の都合に苦労しているようで」
「ぷっ、へへ、そうか……」
「……?」
男たちの妙な反応。
イエニアの言葉に対して、誰もがニヤニヤと口元を緩ませている。
……雇い主はヒウゥースじゃない?
ならいったい誰が……とイエニアの中に疑念が膨らむ。
「クク……まあ何だっていいだろう。ここで何を聞いても結果は一緒だ」
そう告げる男の凄惨な表情。
イエニアは察した。
この男たちは「生死不問で連れて来い」ではなく、おそらく「地下で全員始末しろ」と言い含められている。
イエニアは自分の盾や武器の位置を再確認した。
こうなっては、自分ひとりでも逃げなければならない。
ひとりでも逃走すれば、向こうは残った者をおびき出すための人質、撒き餌に使える。
イエニアは床に落ちた手首を見た。
最悪、自分の手首を斬ってでも――
そう覚悟を固めた時だった。
大部屋の入口、裏手、さらに壁と思われた場所が突如として開き、大勢の男たちが一斉に雪崩れ込んできた!
「な、なんだてめぇら……ぎゃっ!」
問答無用で斬りかかってくる男たち。
いたるところで斬り合いが始まり、大規模な乱戦になる。
響く怒号と剣戟、そして血しぶき。
瞬く間に大部屋は阿鼻叫喚の舞台と化した。
「パフィー! もっと近くに!」
いった何が起きたのかイエニアにも分からなかったが、とにかく巻き込まれないように仲間と固まろうとする。
その時、ざりっと背後で音がした。
「縄は切ったぜ。嬢ちゃん、仲間を連れて逃げな」
背後から聞き覚えのある声。
セサイルだった。
クラマとティアの予想通り、クラマ達からだいぶ遅れてダンジョンに入っていった2組の冒険者パーティーがあった。
セサイルは隠れてそれを尾行。
しかし8人パーティー相手に向かい合うのは無茶が過ぎる。
さらにダンジョン内での尾行の最中、別の怪しい一団も見つけてしまい、迂闊に手を出せない状況になってしまった。
それがこうして乱戦となったことで、ようやく紛れて近付くことができたという訳だった。
イエニアは盾を拾い上げた。
そして仲間を確認する。
しかし……
「ちょっと待ってください、クラマが!」
視線の先には床に倒れ、眠ったままのクラマ。
「今は無理だ、諦めろ。いったい誰が連れてくってんだ」
「う……」
セサイルの両手は抱え上げたレイフとイクスで塞がっている。
乱戦を抜けるには、仲間を守る者が必要だ。
イエニアは苦渋に奥歯を鳴らした。
「……行きます。皆さん、ついて来てください!」
イエニアは皆に告げると、盾を振るって乱戦の中を突破した。
「クラマ……必ず……必ず助けますから……!」
騒音に掻き消された言葉を、その場に残して。




