表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/115

67話

 ……さて、うまくいっただろうか。


「安心おし。眠りの魔法は発動した。おまえさんの勝ちだよ」


 僕の?

 ふっ……いや、違うね。僕の、じゃない。これは……


「おまえさんたちの勝利だね」


 いいセリフを取っていくのやめてもらえないかな!?


「はん、もったいぶるのが悪いのさ。あたしにゃ、もう時間がないもんでね」


 ああ……ここまで消えないでいてくれて良かった。


「分かってて合わせたんだろう、あたしが消える前に。探索の日取りを早めて。まったく、本当に人使いの荒い男だね」


 ……まあ、ここで嘘をついてもしょうがない。

 探索を早めた理由のひとつではあるね。

 パフィーの心量が少ないぶんを、あなたの知識で補うことを期待した。


 結果として、知識を貰うんじゃなくて心量が0になった僕の体を動かしてもらう形になったけど。


「戦いはあたしの領分じゃあないからね。……それより、よく覚えていたね。あの娘の魔法具の効果を」


 レイフの魔法具、『眠れ、母の胸にヤンヨート・レリーパー』。

 消費心量200。

 心量の低い周囲全員を眠らせる魔法。

 陳情句(ちんじょうく)なしなら心量100以下の者が、陳情句(ちんじょうく)が完璧ならば心量200以下の者が対象となる。


「こっちからしたら向こうの心量は見えないから、だいぶきわどい賭けだったね」


 そうかな?

 相手が心量を半分にした魔法は、律定句(りつじょうく)に範囲指定がなかった。

 つまり使った自分も半分になってるんだ。

 最大値の500あったとしても、これで250。

 その前に何度か大きい魔法を使っていたし、“奉納”の内容は僕の目から見てもお粗末だった。

 あの時点で高くても200付近だったはずだ。

 そこから重りを飛ばす魔法を使ったのだから、すでに200は確実に下回っているはず。


「……そうさね。しかし陳情句が完璧に成功して、200だよ。届かないかもしれないとは思わなかったのかね?」


 可能性はあるね。

 でもまあ、それは別にいい。


「別にいい?」


 うん。レイフが失敗して全滅しても、別に構わない。


「……そうかい。いや、野暮(やぼ)なこと聞いたね」


 などとグンシーは自嘲(じちょう)気味に呟いたのであった。彼らの絆の深さを垣間見た彼女は、自らの若い頃を思い出していた……。


「変なナレーションつけるんじゃないよ!」


 ごめんちゃい。


「ふん……もうあたしの若い頃を語れるほどの心量は残ってないよ。残念だが、そろそろお別れだ」


 そっか。寂しくなるね。


「ここのダンジョンでの用事が終わってまだ生きてたら、イードの森まで会いに来な」


 いいの?


「ま、あたしの記憶は本体には行かない。その時は初対面になるけどね。パフリットと一緒なら会えるだろうさ」


 記憶は本体に戻らない。

 ここにいる彼女は、本当の意味で消滅するというわけだ。

 ……イードの森の魔女、グンシー。


「なんだい、改まって」


 ありがとう。

 あなたに会えて良かった。


「……ふん。あんたの中は居心地が最悪だったけど、消える前の思い出作りとしちゃあ悪くなかったよ」


 最期まで憎まれ口を貫く姿勢は変わらない。

 しかしその声も次第に小さく……


「最後にパフリットと少し話せた……それに……前も言った……感謝するの……こっちの…………ありが………………」



----------------------------------------


「……て………きて……! 起きて、イエニア!」


「う……」


 パフィーに体を揺り動かされて目が覚めたイエニア。

 イエニアの周りではクラマ、レイフ、そしてワイトピートが眠りこけていた。

 ワイトピートは縄で後ろ手に縛られている。

 クラマの指示でレイフの魔法の効果範囲外に離れていたパフィーによるものだ。


「勝ったのですね……よかった」


 イエニアは状況を把握して立ち上がった。

 そうして、これからどうするかをパフィーと話し合う。


 クラマとレイフは心量がないので起こしても動けない。

 しばらくここで待機するしかない、というのが結論だった。

 しかし気になるのはイクス。

 後ろをついて来ていたはずだが、最後まで姿を現さなかった。


「ひょっとして、あのレーザービームに巻き込まれて……」


「ま、まさかそれは……」


 ふたりは大部屋の入口を見る。

 奥まで続く破壊の爪痕。

 トンネルのようになってしまった通路の姿に、冷や汗が流れる。


「…………確認しに行きましょう」


「わ、わたしも行くわ!」


 熱線により抉り抜かれて変わり果てた通路を、ふたりは足を滑らせないよう進んでいった。






 通路を戻ったイエニアとパフィーが目にしたのは、蹴とばされて地面を転がるイクス。

 そして、それを取り囲んだ大勢の男たちだった。


「ぐぅっ! う、ぅぅ……!」


 うめき声を漏らして震えるイクス。

 すでに体中が傷だらけの、まさに満身創痍。

 起き上がることすらできない様子だった。


 そして男たち。

 数は8人。

 格好からして冒険者と見て間違いなかった。


「イクス!」


 パフィーの声に男たちの目が向く。


「なんだぁ? この娘のお仲間か?」


「いやいや違うだろ。あっちが本来の標的だ」


 などとイエニアとパフィーを見て話している。

 イエニアは無駄だとは分かっていたが、男たちに向けて言った。


「その子に何をしているのですか。ダンジョン内での冒険者同士の争いはご法度(はっと)ですよ」


 男たちは互いに顔を見合わせ、鼻で笑った。


「こいつは賞金首じゃねぇか。“善良”な冒険者が、ダンジョン内でギルドの依頼をこなしてるだけじゃん?」


 その言葉には含みがあった。

 周りの男がクスクスと笑う。


「ま、俺らにとっちゃアンタらの首も同じなんだけどな!」


「いやいや違うだろ。あっちの首の方が何倍も高い」


「そういやそうだった!」


 ハッハッハッと笑いが巻き起こる。


「く……!」


 イエニアは歯噛みするが、剣の柄に手をかけることができない。

 目の前の男たちは弱くない。

 4階まで来られるあたり、当然ではあったが。

 さらにイクスを人質にされる位置取りとあっては、どうする事もできなかった。


「とまあ、そういうワケで……」


 男たちの目がイエニアとパフィーを射抜く。

 獲物を狩る獣の視線だ。


「抵抗しないで捕まってくれると助かるんだけどなぁ?」


 その目は「楽しいから抵抗してくれ」と言っていた。


「イエニア……」


「パフィー、彼らの言う通りにしてください」


 イエニアは抵抗せずに捕まることを選んだ。






 イエニアとパフィーは後ろ手に縄をかけられ、大部屋に連れて来られた。

 大部屋の床には眠ったままのクラマとレイフ。

 ……イエニアはすぐに気がついた。


「う……」


 ワイトピートがいない。

 代わりに小さな血だまり。そして人間の手首が残されていた。

 男たちがそれを見つけて声をあげる。


「なんだぁ? この手首は」


「おいッ! こっちには生首も転がってるぞ!」


 男たちはクラマとレイフを縛りながらイエニアに()く。


「なんだこいつら? ってゆーか、なんだこの部屋? ムチャクチャじゃねぇか」


 そう言いたくなるような惨状(さんじょう)だった。

 イエニアは男たちの中に魔法使いらしき者がいるのを見て、適当な嘘で誤魔化(ごまか)すのは得策ではないと判断した。


「彼らは邪神の使徒。悲劇の神の信者です。この部屋を破壊したのも彼らの魔法具です」


 イエニアの言葉を聞いて男たちは話し合う。


「ホウ……手間が省けたって所か? 邪魔な奴らって言われてたよな」


「そだな。この生首も持ってきゃ、報酬上乗せできるかもしれん」


「おい待て、本当にこの部屋を壊したのは、そっちの連中なのか」


「どういうことよ?」


「そのヤベー魔法具をこいつらが持ってるんじゃないかって事だよ」


 男たちの目がイエニアとパフィーに向く。


「……嘘だと思うなら魔法で判定してはいかがですか」


 イエニアの返答に魔法使いらしき男が口を開いた。


「そんな無駄な事はせん。お前らが危険な魔法具を持っていようと、詠唱を始めたら首を飛ばせば良いだけだ」


 男の指摘通り、この状況で魔法は無意味。自殺行為だ。


「ええ、それに、その魔法具はダストシュートに捨てられてしまいました。……ときに貴方たちはギルド所属の冒険者ですね。見覚えがあります。誰からの依頼を受けて私たちを?」


 イエニアは聞かれてもいない事をぺらぺらと喋りだす。

 とにかくイエニアとしては時間を稼ぎたかった。

 なんでもいいので会話を続ける。

 そうしなければ、目の前の連中は……今にも自分達の首を()ねてきそうな、剣呑(けんのん)な空気を発していたからだ。


「……言うと思うか?」


「察しはつきます。一国の首長たる者が冒険者を頼るとは……兵隊の都合に苦労しているようで」


「ぷっ、へへ、そうか……」


「……?」


 男たちの妙な反応。

 イエニアの言葉に対して、誰もがニヤニヤと口元を緩ませている。

 ……雇い主はヒウゥースじゃない?

 ならいったい誰が……とイエニアの中に疑念が膨らむ。


「クク……まあ何だっていいだろう。ここで何を聞いても結果は一緒だ」


 そう告げる男の凄惨(せいさん)な表情。

 イエニアは察した。

 この男たちは「生死不問で連れて来い」ではなく、おそらく「地下で全員始末しろ」と言い含められている。

 イエニアは自分の盾や武器の位置を再確認した。

 こうなっては、自分ひとりでも逃げなければならない。

 ひとりでも逃走すれば、向こうは残った者をおびき出すための人質、()()に使える。

 イエニアは床に落ちた手首を見た。

 最悪、自分の手首を斬ってでも――


 そう覚悟を固めた時だった。


 大部屋の入口、裏手、さらに壁と思われた場所が突如として開き、大勢の男たちが一斉に雪崩(なだ)れ込んできた!


「な、なんだてめぇら……ぎゃっ!」


 問答無用で斬りかかってくる男たち。

 いたるところで斬り合いが始まり、大規模な乱戦になる。

 響く怒号と剣戟、そして血しぶき。

 瞬く間に大部屋は阿鼻叫喚(あびきょうかん)の舞台と化した。


「パフィー! もっと近くに!」


 いった何が起きたのかイエニアにも分からなかったが、とにかく巻き込まれないように仲間と固まろうとする。

 その時、ざりっと背後で音がした。


「縄は切ったぜ。嬢ちゃん、仲間を連れて逃げな」


 背後から聞き覚えのある声。

 セサイルだった。




 クラマとティアの予想通り、クラマ達からだいぶ遅れてダンジョンに入っていった2組の冒険者パーティーがあった。

 セサイルは隠れてそれを尾行。

 しかし8人パーティー相手に向かい合うのは無茶が過ぎる。

 さらにダンジョン内での尾行の最中、別の怪しい一団も見つけてしまい、迂闊(うかつ)に手を出せない状況になってしまった。

 それがこうして乱戦となったことで、ようやく紛れて近付くことができたという訳だった。




 イエニアは盾を拾い上げた。

 そして仲間を確認する。

 しかし……


「ちょっと待ってください、クラマが!」


 視線の先には床に倒れ、眠ったままのクラマ。


「今は無理だ、諦めろ。いったい誰が連れてくってんだ」


「う……」


 セサイルの両手は抱え上げたレイフとイクスで塞がっている。

 乱戦を抜けるには、仲間を守る者が必要だ。

 イエニアは苦渋(くじゅう)に奥歯を鳴らした。


「……行きます。皆さん、ついて来てください!」


 イエニアは皆に告げると、盾を振るって乱戦の中を突破した。


「クラマ……必ず……必ず助けますから……!」


 騒音に()き消された言葉を、その場に残して。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ