65話
「――タエロイノ」
> ワイトピート心量:424 → 404/500(-20)
その魔法が発動した瞬間、その場にいる全員が立ちくらみのような感覚を覚えた。
「う……」
「これは……?」
> クラマ 心量:129 → 65(-64)
> イエニア心量:328 → 164/500(-164)
> パフィー心量:163 → 82/500(-81)
> レイフ 心量:309 → 155/500(-154)
> ワイトピート心量:404 → 202/500(-202)
「これは心量を半分にする魔法よ!」
パフィーの叫びにワイトピートは頷いて応える。
「そうとも! さて、これでもまだ前のように重ねがけが出来るのかな?」
出来る。
が、心量とは別の理由でクラマには出来ない。
『二度と重ねがけなんて莫迦な真似はしない事だね。次やったら確実に廃人だよ』
このように、ありがたい忠告を受けている。
ジャガーノートは慎重に使わなければならない。
まずはイエニアがワイトピートへ突っかけた!
「覚悟は出来ていますね!」
「無論、きみらと別れる覚悟はね……!」
打ち下ろされる刃!
それを迎え撃つワイトピートのサーベル。
……が、予想された打ち合いは起きなかった。
刃が当たる直前、イエニアが剣を止めた。
「むう!?」
そして刃と刃が触れたところで、剣を外側に押し出すと同時に盾を振りかぶる!
「せあぁっ!」
「ぬ――!」
宙を巻き込む颶風。
その剛腕をワイトピートはすんでのところで躱した。
「ふ、さすがに対策されたか」
前回、イエニアは立ち合いの直後に剣を断ち切られて不利な戦いを強いられた。
しかし相手の剣が優れた切れ味を持っているとはいえ、イエニアの用意した剣もなまくらではない。
よほどタイミングを合わせて、互いの剣速が乗っている状態でなければ、そうそう正面からの打ち合いで剣を断ち切られる事などない。
「考えとしては間違っていない。だが……」
ワイトピートがサーベルを振るう!
――ギィンッ!
盾で防ぐイエニア。
しかしワイトピートはそれで止まらない。
傍目にも分かるほど重く、苛烈な斬撃を立て続けに繰り出す!
「くうっ……!」
盾だけでは凌ぎきれない。
反撃しなければ、いずれ圧殺される。
イエニアはわずかな隙をついて剣を振るった!
……が、ワイトピートの剣に弾かれる!
イエニアはその直前に自らの剣を引いていた。
しかし剣の刃はわずかに欠け……さらには、打ち負けたことでイエニアの体勢が崩されてしまう。
「ははは! 当然こうなるな!」
「く……!」
やはり形勢不利。
クラマはパフィーに目配せをした。
頷いたパフィーは詠唱を開始する。
「オクシオ・ヴェウィデイー! ボース・ユドゥノ・ドゥヴァエ・イートウ……」
その詠唱に剣を打ち合わせている2人が反応する。
そして律定句の終わりと同時にイエニアが下がり、クラマは銀の鞭をワイトピートに飛ばした!
電撃の魔法。
前線で味方が交戦中でも使えるように、クラマ達はあらかじめ打ち合わせをしていた。
人間相手ならこの魔法は陳情句が不要であるため、律定句が終わった瞬間に敵から距離を取ると。
そうして伸ばした鞭が当たった瞬間に、パフィーが発動句を唱える。
相手の武器で鞭を弾かれても、鞭が武器に触れてさえすればいい。巻きつけるように鞭を飛ばすのはクラマも相当練習をした。
難しいのはパフィーの発動句のタイミングであり……
それは、ワイトピートも見抜いていた。
ワイトピートは詠唱を聞いた瞬間、剣を打ち合わせている相手が下がることを推測。
目の前の相手から意識を外し、飛んでくる鞭に視線と意識を集中。
さらに剣や盾の追撃がないという予測から、大きく鞭の方へと踏み込んで――迫り来る鞭を叩き切る!
次の瞬間……
「ディスチャージ!」
> パフィー心量:82 → 57/500(-25)
パフィーの魔法が発動!
しかし、その時にはワイトピートの剣は銀の鞭から離れており……断ち切られて短くなった鞭も、標的まで届かなかった。
驚愕の声をあげるパフィー。
「う、うそ……どうして!?」
「……見切られた」
悔しさに歯を噛むクラマ。
付け焼刃の工夫では通用しない。
実戦経験に差があることをクラマは痛感した。
ならば仕方がない。
「オクシオ・イテナウィウェ!」
駆け引きなど不要な力で、圧倒するしかない。
クラマのベルトが光を放つ。
「ドゥペハ・イバウォヒウー・ペヴネ・ネウシ・オーバウェフー・トワナフ!」
詠唱を行うクラマを、パフィーは心配そうに見つめる。
しかし、ここで止めることはできない。
「打ち崩せ! 万象五行を圧倒する力。境界を打ち壊し、おまえの軌跡を破壊する」
クラマの詠唱が完了するまでの間、イエニアが必死に敵の猛攻を押し留めていた。
「行くぞ――ジャガーノート!」
> クラマ 心量:65 → 40(-25)
クラマは黒槍を掴んで地面を蹴った。
獣のように駆け、飛び跳ねるように迫る!
「おおおおおおおぉっ!!」
繰り出す直突き!
禍々しいフォルムの黒槍を牙のように突き立てる!
「ぬううううぅっ!?」
舞い散る火花。
耳をつんざく金属音。
クラマの一撃を刀身で受け止めたワイトピートは、予想以上の重さに膝を曲げる。
その隙にイエニアが剣を突く!
「はあっ!」
「うおおおお!?」
のけぞって身を躱したワイトピート。
そのまま転がるように離脱し、距離を取った。
すぐに起き上がったワイトピートは、顔を上げて2人を見据える。
ワイトピートに見えたのは、盾を構えたイエニアが前、そのすぐ後ろから槍を構えるクラマ。
左右にわずかにずれて並んだ彼らは、まるで盾と槍を構えたひとりの戦士のようだった。
「行きますよ、クラマ」
「いつでもいいよ」
こうして2対1の戦闘が開始した。
幾重にも重なる槍と剣、剣と剣、剣と盾の攻防。
優劣はすぐに出た。
何度も立ち位置を変え、飛び跳ね、相手に隙を作ろうと必死に動くワイトピートに対し……クラマとイエニアはまるで崩れる様子を見せなかった。
鉄壁、そして堅牢。
「ぬううぅぅぅ……よもやこれほどとは……!」
ワイトピートの目には移動して迫る要塞のように見えた。
イエニアもかつてない安心感を背中から感じていた。
ついこの間まではイエニアに着いていくだけで精一杯だったクラマが、対等に肩を並べている。
まるで数年は轡を並べた戦友のごとき息の合い方だった。
クラマは体が軽いと感じていた。
重い金属の槍が、筋力増強魔法の効果で普段から手にしている木製の棒と変わらぬように扱える。
だが、そうした物理的な軽さだけではない。
体がスムーズに動く。
次に何をするべきか、どう動くべきかがハッキリと頭に浮かぶ。
理由は分かっていた。
ティアとの特訓の成果だ。
彼女は訓練の形で、イエニアとの付き合い方を教えてくれていた。
これならいける。
クラマがそう思った時だった。
……その男には“前触れ”がない。
何らかの決意、覚悟。
意を決した時に自然と体から表れる“気配”。
人間なら必ずあるべきものが完全に消失している。
それがワイトピートという男だった。
その時も、影のようにぬるりと意識の隙間を抜けてきた。
ワイトピートはクラマの突きに脇腹を抉られながらも内側に踏み込む。
フォローのためのイエニアの剣をサーベルで受け止め――
「ぬぅぅああああああッ!!」
剣と槍を弾き飛ばした!
「うっ……!」
ほぼ重なるように一体となっていたクラマとイエニアの陣形を、力業で強引に崩したワイトピート。
イエニアから引き剥がされたクラマ。
そこへすかさずワイトピートは詰め寄った。
ワイトピートは鋭く踏み込みながら、懐からナイフを取り出し突き出す!
身をひねって躱すクラマ。
その、クラマが避けると同時。
ワイトピートが突き出したナイフの刃が飛んだ!
帝国軍特殊部隊が好んで使う、バネ仕掛けで刃の飛び出すナイフだ。
狙いはクラマではない。
奥にいるレイフ――
「――!」
咄嗟にクラマの体が動いた。
噴き出す血潮。
刃が突き立ったのは、クラマの手のひらだった。
「っく……!」
βエンドルフィンの効果によりクラマに痛みはない。
しかし痛恨。
これではもう、十全に槍を握れない。
そしてワイトピートは、衝撃を受けるクラマを放置する男ではない。
まるでナイフを突き出すところから一連の流れのような、流麗迅速な前蹴りがクラマの顎を捉えた!
「……!」
苦悶の声も出せずに、吹き飛ぶように後方へ倒れるクラマ。
次の瞬間、ワイトピートの体も吹き飛んでいた。
イエニアの盾殴り。
クラマ、ワイトピートがそれぞれ別方向に向かって倒れた。
「クラマ、大丈夫ですか!?」
イエニアの呼び声。
クラマはそれに答えることができなかった。
痛みはない。
痛みはないが……クラマは視界が揺れて焦点が定まらない。
思考がうまく働かず、平衡感覚が狂って立ち上がることができない。
ワイトピートは、脳内麻薬分泌による身体強化の弱点を的確に突いてきた。
たとえ痛覚を遮断しようと、ダメージを受けないわけではない。
脳が揺さぶられてはダウンするしかない。
こればかりは肉体を如何に強化しようと無関係だ。
一方のワイトピートは、すぐに立ち上がっていた。
頭部を狙ったイエニアの盾パンチ。
しかしワイトピートは直前で肩を入れて、頭部への直撃を防いでいた。
面積の大きい盾では人間の小さい頭部を狙いにくい。
これもまた盾殴りの弱点を突かれた形だった。
「皆さん、下がってください!」
イエニアの撤退指示。
こうなっては完全に不利。
せめてクラマが戦えるようになるまで、何処かに退避する必要がある。
「オクシオ・ヴェウィデイー」
イエニアがクラマ達を守る位置取りをしたその時。
後ろに下がりつつワイトピートが詠唱を開始していた。
その手には黒光りする球体。
「っ……!」
イエニアは歯噛みした。
敵との距離をあけすぎた。
今から詰めたのでは、先に詠唱が完了してしまう。
「……オクシオ・ビウヌ!」
対抗して唱えながら、イエニアは走った。
発動はされてしまうが、陳情句を中断させることはできる。
「サハ・ノジャエ・イービナ・バエシ・アヤセ」
だが、その詠唱を聞いてパフィーが叫んだ。
「受け止めたらだめ! 重しよ!」
イエニアの目が驚愕に開かれた。
そこへ間髪入れず――
「イーベケフト」
> ワイトピート心量:202 → 177/500(-30)
ワイトピートの魔法が発動。
イエニアに向かって射出される黒い球体!
「くっ!」
イエニアは瞬間的に横へ飛んで回避した。
球体の射出速度があまり速くないのは幸運だった。
ワイトピートの口元が吊り上がる。
球体は飛来する。
倒れたクラマに向かって。
「しまった、クラマ……!」
悲痛なイエニアの呼びかけ。
しかしもう遅い。
クラマに避けることなどできない。
球体はまっすぐクラマに迫り――
その直前で覆い被さったレイフの太腿に直撃した。
「うっ……!」
「レイフ!」
球体が当たったレイフの太腿。
そこには、太腿と同化するようにひっついた黒い球体があった。
「な、なにこれ、重っ……!」
球体はとてつもない重量だった。
レイフは立ち上がるどころか、球体を引きずることすらできない。
そしてフロアに響き渡る、落ち着いた紳士の声。
「ふむ、狙いとは違ったが……まあ、誰に当たっても一緒だな。撤退の判断が早いのは良いことだ。が……」
それは絶望を届ける宣告。
「残念、私からは逃げられないよ」




