7話
「あー、オタクら初めての人ね。ハイ、じゃー、ココに代表の人がサインして。ハイ、ハイ、ハイじゃー行ってらっしゃっせー」
こんなやり取りを警備員と行い、トンネル状の入口から洞穴に入る一行。
「いやあ、まさかこんな手続きが必要とは」
なんとなくクラマは、開幕から風情を台無しにされた気分であった。
イエニアがそれに答えてくれる。
「このダンジョンは法的には冒険者ギルド……すなわち、国と自治体が管理する施設となっていますからね。ダンジョンから帰った際に、持ち帰った品物を彼らが査定して、手数料5割を引いた上で換金してくれます」
「5割? 多くない?」
「ボッタクリよねえ」
レイフもそれに同意する。
「……まあ、一介の冒険者では行うことのできない地球人の召喚を、冒険者ギルドが代わりに行い、冒険者へ提供……パーティーの一員として加えていますから。召喚のコストを考えれば、むしろこれでも安いかもしれません」
「なんだか複雑な感じだね」
イエニアは言い方に気を使っているが、これは人身売買だな、とクラマは思った。
話しながら進んでいると、地下へと降りる梯子を見つける。
イエニアが先に降り、一人ずつ後に続いて降りていった。
「ああ、明かりはついてるんだね」
地下1階へ降りると、意外なことに照明の光がパーティーを出迎えた。
通路は高さ、横幅ともに3メートルほど。
壁、天井ともに剥き出しの土で、まさに穴ぐらといった風情だった。
「照明があるのは始めのうちだけのようです。ランタンを持って後ろをついて行きますので、光が足りなければ言ってください」
そう言ってイエニアとパフィーがランタンを用意する。
「では進みましょう。私が指示を出しますので、クラマは先行して罠を探してください」
こうして探索が始まった。
イエニアの言った通り、先へ進むと壁に嵌め込まれたランプはなくなり、暗い闇がその濃さを増していく。
暗くなるにつれ、通路の狭さも相まって、クラマは強い閉塞感を覚えていた。
その中をクラマは目を凝らしながら、怪しそうな所がないかと注意しながらゆっくり進んでいく。
ダンジョンの空気に慣れる、と言ったイエニアの言葉の意味をクラマは実感していた。
地上では感じられない独特の重圧、緊張感は相当なものだった。
> クラマ 心量:97 → 90
しかし――
「ああそこ、そこです、そう……そう……いいですよクラマ、そこはもっと奥……ん……あー、いい! いいですよ、上手ですクラマ」
「…………………」
クラマはどうも、いかがわしい事をしている気がして仕方がなかった。
> クラマ 心量:90 → 93
最初は長くて重くて使いにくかった3メートル棒にも次第に慣れて、クラマは滞りなく探索を進めていく。
クラマは途中、機会を見つけては色々な場所で運量を使っていく。
しかしイエニアの言った通り、探索され尽くしている地下1階には、これといった罠もなければ宝箱もなかった。
あるものと言えば――
「シャアアアアアアアアアアッ!!!」
見たことのない大型の爬虫類が現れた。
トカゲのようだが前足が異様に大きく、鋭い鉤爪が生えている。
トカゲは狭い通路を塞ぐように屹立し、こちらを威嚇する。
「皆さん、下がってください!」
クラマは言われた通りに下がり、同時にイエニアからランタンを受け取る。
後ろから見ると、イエニアと背を伸ばしたトカゲは丁度同じくらいの顔の高さだった。
「大丈夫なのか……?」
こんな大きな動物と、人間が正面から戦えるのか? 目の前で見て、クラマは不安になる。
クラマの横でパフィーが解説する。
「クリッグルーディブ……爪トカゲね。獰猛で怪力。毒はないけど、彼らは汚物に爪をひたす習性があり、爪で傷を受けると破傷風の危険があるわ。洞窟などの暗がりを好んで、毎年、何人もの冒険者が犠牲になっている指定害獣ね」
どうやらクラマが思った以上に危ないヤツのようだった。
「心配は無用です! 私の剣の冴え、お見せしましょう!」
やけに活き活きとしているイエニアを、クラマは固唾を呑んで見守る。
じりじりと爪トカゲに近寄るイエニア。
その爪が届く距離に入った瞬間、爪トカゲは恐るべき俊敏さで、弾けたように動き出した!
長大な爪が闇を切り裂く!
だが、その爪はイエニアには届いていない。
爪と爪の間に差し挟んだ剣によって、外側に逸らされていた。
「たああぁっ!」
もう一方の手に持った盾で、イエニアは爪トカゲの顔面を殴る。
爪トカゲはよろめいた。
が、再び爪を振るって襲いかかる!
それもまた剣で逸らされる。
そして同じようにイエニアは盾で殴打。
「はあっ!」
側頭に命中。
よろける爪トカゲ。
また爪を振り上げる爪トカゲ。
剣で逸らすイエニア。
「せいやっ!」
三度、盾で殴られる爪トカゲ。
爪トカゲは倒れた。
爪トカゲの失神を確認したイエニアは、振り向いて後ろの3人に向かって手を振った。
「見ましたか、皆さん! 私の活躍を!」
なんとも言えない空気が漂う。
クラマの感想は――“地味”であった。
「うーん……剣の冴えとは一体?」
イエニアは剣によって敵の攻撃を無力化していた。
確かにそれは間違いがなかった。
そんな微妙な空気にも、パフィーとレイフは慣れた様子だった。
「わたしもよくわからないけど、騎士の中では、剣を使わなくても戦いのことを“剣”って呼ぶ風習があるみたい。『お前の剣を見せてみろ』って槍使い同士が言うお話を読んだことがあるわ」
「そういう文化もあるのか、面白いね」
「ちょっと残念なところはあるけど、あれで強いのよねえ。本当に」
そんなことを言っていると、イエニアが爪トカゲを担いで戻ってきた。
「それでは少し戻って、広い場所で解体しましょう」
「かいたい」
「ええ、1階では売れるものは残っていませんので。こうした動物の肉や鱗などを持ち帰って、お金に換えます」
「なるほどね……」
神妙な顔をしているクラマの様子を見て、レイフが思い出したように言う。
「あ、地球の人ってこういうの苦手なのよね? いや私も得意じゃないからイエニアに任せきりだけど」
「わたしもちょっと苦手……」
「ひとりで出来ますから大丈夫ですよ。皆さんは周囲を警戒しながら待っていてください」
「いや、僕もやるよ」
クラマの言葉に、イエニアは少し驚く。
「……そうですか?」
「うん、慣れておかないとね。こういうのも」
「分かりました。それでは教えてあげましょう」
仄暗いランタンの光の中で、クラマはイエニアからトカゲの解体方法を学んだ。
> クラマ 心量:93 → 85