61話
天気は当然ながら雲ひとつない快晴!
晴れ晴れとした気持ちの良い朝。
クラマ、イエニア、パフィー、レイフの4人はダンジョン入口前に集合していた。
「さあ、それでは本日で5回目のダンジョン探索です! 準備はいいですか、皆さん!」
「はーい!」
「オゥケーイ! シャゲナベイベェー!」
「なんだか久しぶりねぇ、この感じ」
あれから2日が経って、準備を整えた彼らはダンジョン探索再開と相成ったのだった。
……実のところクラマとイエニアは全快したわけではない。
パフィーの心量も全快には程遠い。
しかし今回はトゥニス捜索を優先するため、探索の再開を早める形になった。
> クラマ 運量:10000/10000
> クラマ 心量:101
> イエニア心量:492/500
> パフィー心量:265/500
> レイフ 心量:470/500
「……あら? クラマ、今日は心量が高いのね。昨日わたしに譲ってくれたのに。何かあったのかしら?」
パフィーがクラマの心量に気付いて尋ねてきた。
クラマの平均心量は地球人の中でも低い方だ。
これまでのダンジョン探索前にも心量を上げてきていたが、クラマの心量が100に届いていたことはなかった。
それが今回に限って100の大台を突破している。
パフィーが疑問に思うのも当然のこと。
しかしそれに答えたのはクラマではなくレイフであって。
「夜のマッサージが効いたみたいね? うふふ」
「そうだね夜にマッサージをしたなら、それは確かに夜のマッサージで間違いないね! うん!」
レイフの意味深な言いように、クラマが訂正なのか肯定なのかよく分からない反応を示した。
そんな会話の流れにパフィーは不満顔だ。
「またわたしの知らない符丁を使って。いいわ、あとで調べるもの」
そしてダンジョンに潜る前から頭を押さえるイエニア。
「もはやこの流れは止められるものではありませんね……ともあれ心量があるのは大いに結構です。気を引き締めていきましょう!」
こうして5度目のダンジョン探索が始まった。
1階、2階はもはや庭のようなもの。
何度か獣と遭遇しつつも問題なく撃退。さらに3階へ。
3階もクラマが危なげなくパーティーを引率して、前回と同じイクスとの合流地点へ。
イクスは後から来たクラマ達に告げた。
「ここに来るまでに少し回ってきたけど、3階には上がってきてないと思う」
クラマも念のため運量ダウジングで「4階をくまなく調べればトゥニスを発見可能か」を調べた。
新たな長棒(ファロス・オブ・プトレマイオス・ザ・ソテル)が導き出したダウジングの答えは「Yes」。
「今回の目的はイクスの仲間を探すこと。急ぎたい気持ちは分かりますが、戦闘になる可能性がありますから、しっかり休憩してから行きましょう」
> クラマ 運量:10000 → 9179/10000(-821)
> クラマ 心量:101 → 97(-4)
> イエニア心量:492 → 483/500(-9)
> パフィー心量:265 → 258/500(-7)
> レイフ 心量:470 → 463/500(-7)
> イクス 心量:403/500
食事と休憩、それからレイフの作ったマップを見直し、クラマ達は再びダンジョンの地下4階へと足を踏み入れた。
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ディーザはその報告を受けて手にした書類を取り落とした。
バラバラと紙の束が宙を舞う。
「もう出発しただと!? 貴様、3日後の予定だと言っていただろうが!」
場所はディーザの執務室。
ケリケイラからクラマ達がダンジョンに向かったという報告を受けて、ディーザは怒鳴り声をあげていた。
ケリケイラは大きい体を小さく縮こまらせる。
「昨日彼らから聞いた話ではそのはずだったのですが……」
ディーザは思考を巡らせる。
思いつきで急にダンジョンへ潜る冒険者など存在しない。
なにせ自分の命がかかっているのだ。準備とコンディションの調整を怠る者はいない。
つまり彼らが今日ダンジョンへ潜るのは予定通りであり。
それはすなわち――
「貴様が内通者だと気付かれていたという事だ……! この無能者めが!」
ディーザはケリケイラを憤怒の眼差しで睨みつける。
「そ、そんな……!」
心当たりのないケリケイラは慌てた。
しかし状況から見れば、それ以外には考えられない。
ディーザはケリケイラを睨み据えながら低く呟いた。
「何をしている……」
「え? えーっと、そのー……?」
ダンッ! とディーザの拳が机を叩いた。
「さっさと奴らと連絡を取れ! すぐに後を追わせろ!」
ケリケイラへの仕置きは後回し。
今は街に散らばる配下をダンジョンへ向かわせるのが先決だった。
ケリケイラは執務室から駆け出していき、ディーザは歯ぎしりをして机にもう一度拳を打ちつけた。
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4階をしばらく進んだところで、クラマは呟いた。
「言われてた通り、罠がなくなってるね」
正確には「少なくなっている」だった。
代わりに罠の残骸がそこかしこに放置されている。
昨日クラマが冒険者ギルドに立ち寄ったところ、前回の探索で出会った学者風の冒険者がいた。
彼らはあれから再びダンジョンに潜ったが、4階の罠が妙に少なかったと語った。
4階の罠は解除してもすぐに再び設置されていたり、以前はなかった罠が増えていたりしていたのだが、使用済みの罠がそのまま野晒しになってたことを彼らは訝しんでいた。
イエニアがクラマの言葉に相槌を打つ。
「ええ。これまでは、あの邪神の徒が罠を設置していたのでしょう。地下4階では壁につけた目印が消されるというのも、彼らの仕業だったと考えれば説明がつきます」
SFチックな施設のわりに、設置された罠がクロスボウなどのブービートラップというのも納得だった。
「でもでも、罠が少ないからといって油断しちゃだめよ。まだ残ってるかもしれないんだから!」
「そうだね。いつも通り慎重にいこう」
> クラマ 運量:9179 → 9128/10000(-51)
> クラマ 心量:97 → 96(-1)
> イエニア心量:483 → 481/500(-2)
> パフィー心量:258 → 255/500(-3)
> レイフ 心量:463 → 461/500(-2)
> イクス 心量:403 → 400/500(-3)
そうしてクラマ達が進んだ先は……連中が潜んでいた隠し通路の奥。
「まだここにいるとは考えにくいけど……他の潜伏場所の手がかりとか、もっと奥に隠し通路があるかもしれない」
中を見て回ったところ、まず目についたのは放置された死体。
イエニア達が捕まっていた場所の前なので、クラマが首の骨を折った男と見て間違いなさそうだった。
“間違いなさそう”というのは、ほぼ破れた服と骨しか残っていなかったからだ。
おそらく獣に食い荒らされたのであろう。
ずたずたにされた衣服と腐敗臭。パフィーとレイフは顔をしかめた。
> イエニア心量:481 → 480/500(-1)
> パフィー心量:255 → 252/500(-3)
> レイフ 心量:461 → 457/500(-4)
> イクス 心量:400 → 399/500(-1)
「僕らが壁を壊したから、あそこから獣が入り込んだんだろうね。注意していこう」
クラマ達は死骸の傍を通り過ぎて進む。
そうして次の部屋に入ろうとするが、扉が開かなかった。
というかドアノブ自体がない。
「これは……自動ドアか」
呟くクラマにパフィーが答える。
「オノウェ情報を登録した人間が触れると開くタイプのドアだわ。どこかに登録できる場所があるはずだけど……」
「では、先にそれを探しましょうか」
とイエニアが言って別の場所に移ろうとする。
が、クラマは皆を引き留めた。
「……ちょっと待っててくれないかな?」
「?」
疑問符を浮かべる一同。
クラマは少し手前に戻り、そしてすぐに帰ってきた。
その手に握られているのは……骨。
「く、クラマ、それは……」
「うん。そこに落ちてた人の骨。一応、試してみようかと」
言いながら隣を通り過ぎるクラマに、思わず一歩引いてしまうパーティーの面々。
クラマが扉に骨を当てると、果たして扉はすんなりと開かれた。
振り向き、後ろの皆に笑顔を見せるクラマ。
「よかった、これで探索を進められそうだね」
その後、骨鍵を使って次々と扉を開いていき、2時間以上かけてくまなく探索するも、手がかりとなるものは見当たらず……。
見つけたものといえば数匹の爪トカゲ。
クラマはティアの黒槍を手にして、狭いダンジョンの中でも立ち位置に気をつけながら器用に使い、イエニアと協力することで難なく撃退した。
> クラマ 運量:9128 → 9200/10000(+72)
> クラマ 心量:96 → 95(-1)
> イエニア心量:480 → 473/500(-7)
> パフィー心量:252 → 247/500(-5)
> レイフ 心量:457 → 450/500(-7)
> イクス 心量:399 → 395/500(-4)
あらかた探索し尽くした最後の部屋。
シックな雰囲気の室内で、獣の剥製を見つけた。
「この剥製は高く売れそうですね。持って行きましょう」
といって剥製を荷袋に入れて、奥の部屋に足を踏み入れようとしたが……
「あれ? 開かない」
骨鍵を使っても開かない扉。
「オノウェ情報を登録するような場所はありませんでしたね」
「そうね、また別の場所にあるんだと思う」
頭を悩ませる面々の中で、クラマは口を開いた。
「これで壊すしかなさそうだね」
と、黒槍をトンと地面に立てる。
皆もそれに同意。
同意を得たところでクラマは、黒槍をレイフに手渡した。
「あ、あら? 私?」
最も心量の余るレイフが行うのは当然の話であった。
「大丈夫。僕も槍を支えておくから」
クラマはレイフと一緒に、扉へ突き立てた槍を持つ。
「ヨイン・プルトンの衝撃は相当なものです。私も持ちましょう」
そう言ってイエニアも掴む。
「あっ! じゃあわたしも!」
さらにパフィーまで参加した。
合計4人がひとつの槍を持つことになった。
「どういうことなの……」
その場の流れとしか言いようがなかった。
ついでに言えば、その様子を部屋の外の通路からイクスがじっと眺めていた。
「な、なんか変なことになっちゃったけど行くわよ! オクシオ・ヴェウィデイー! サウォ・ヤチス・ヒウペ・セエス・ピセイーネ……ヨイン・プルトン!」
> レイフ 心量:450 → 400/500(-50)
轟音と共に部屋の中へ吹っ飛んでいく扉。
巻き起こる風が収まるのを待ってから、一同は部屋の中へと入る。
そこには、異様な光景が広がっていた。
六畳くらいの小さな部屋。
部屋の壁にはびっしりと棚が敷き詰められている。
その棚には数多くの――ざっと数えて300は超える――ガラスの小瓶。
液体に満ちた小瓶の中。
ひとつの小瓶に一個、眼球が入っていた。
「こ、これは……」
「標本……? いえ、でも、これは……」
様々な動物を保存する標本。
そうした学術的なものであれば、どれだけ良かったことか。
この部屋で大量に保存されているものは違う。
赤、橙、黄、緑、青、紫、そして黒。
色とりどりの眼球は、それが紛うことなき人間のものであるという事を示していた。
さらには――小瓶の隣。
そこには、眼球よりも更に色とりどりの髪の毛が、ひと房ずつ置かれていた。
眼球とセットの毛髪。
そして最後に、それらの背景となるように後ろへ貼られた紙。
そこに書かれているのは日付、人名、年齢、性別、職業、出身、簡単な経歴が上半分。
下半分は、彼らが捕らわれ、死に至るまでに行われた凶行の数々が記されていた。
それらは報告書のように事実だけを淡々と記載され……それ故に、人の倫理観を嘲笑うかのような内容の異常さが際立っていた。
「燻った恋人の陰嚢を……な、なにこれ……!? こ、こんな……こんなのって……!」
文の内容を目にしたパフィーが青ざめた顔で震える。
遅ればせながらレイフはパフィーの目を遮って、部屋の外に連れて行った。
「邪神の信徒というのは……まさかこれまで……」
そう言うイエニアの顔色も悪い。
義憤、嫌悪、吐き気……それらがないまぜになって表情が歪む。
「クラマも早く出ましょう。ここにいても良い事は……」
言いかけたイエニアが止まる。
目を見開いて瞳と髪、文章のセットを見つめるクラマの横顔。
その口元が……笑っているように見えたからだ。
ポン、と肩に手を置かれてイエニアはビクッと跳ねた。
手を置いたのはクラマだ。
クラマはいつも通りの――柔和な表情でイエニアに言う。
「僕らも戻ろう。ここには手がかりは何もない」
「え、あ、ええ……そうですね……」
クラマは何も変わらない。
普段通りのクラマだ。
今のは気のせいだったのだろう、と納得してイエニアはクラマの後に続いて外に出た。
ただ、クラマがイエニアの横を通り過ぎた時、クラマの首から下がった札がちらりと目に入った。
> クラマ 心量:95 → 187(+92)




