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55話

 いくつかある監禁部屋の一室。

 イエニアとレイフは後ろ手に手錠をかけられて、乱暴に地面を転がされた。


「ぅ……」


「あいったたた……」


 イエニアは体を打ち付けられても、ほとんど反応を示さない。

 出血多量により意識は混濁しており、薄く開いた瞳は虚ろで、焦点を結んでいない。

 イエニアの体には包帯が巻かれてはいたが、もっと本格的な治療が必要なのは明らかだった。


 レイフは上半身を起こして、部屋にいる3人の男に声をかける。


「ねえ、あなたたち。ちょっとお願いがあるんだけど、いいかしら?」


「あぁーん?」


 反応してきた手前の男に向けて、レイフは上目遣いに言う。


「この子にしっかりした治療をしてあげられないかしら? そうしたら……とっておきのサービス、してあげるんだけど……ね?」


 レイフはちらりと唇から舌先を覗かせ、男たちに向けて意味深な微笑みを見せた。

 同時に足を崩してしな(・・)を作り、わずかに肩を張ることで豊満な乳房を揺らして強調してみせた。

 洗練された男を誘う動作。

 男たちの目も、レイフの体に釘付けになる。

 が……


「プッ……ハハハハッ! まーまーまーまー、そのうち自分からやりたくなってくるから、焦んなって!」


 さも可笑(おか)しそうにヘラヘラと笑っている男たち。

 その連中の様子を見て、レイフは悟った。

 彼らにとって、こうした事は一度や二度ではない。日常に近い出来事なのだと。

 自分たちの絶対的優位を自覚しており、目の前の獲物が「思い通りになる」ことを確信している。

 ……つまり、彼らとの間で交渉は成立しない。

 レイフは苦々しく奥歯を噛んだ。


「まーしかし、言うだけあるよなぁ、コレは」


 そう言って男はナイフを取り出し、レイフの上半身の衣服を下から上に切り裂いた!

 胸部を押さえていた布が取り払われ、弾かれたように巨乳がまろび出た!


「ウヒョー、でっか! 今までの中で一番じゃね?」


「たまんねー、とりあえず挟んでみっか」


 下卑た笑いを浮かべて、品のない言葉を口々に吐き出す男たち。

 その態度はワイトピートがいる時とは大違いだった。

 彼らは敬愛するワイトピートの前では、気に入られたい一心で猫を被っていた。

 ワイトピートと出会う以前の彼らは、貧民街で窃盗や恐喝を繰り返すギャング気取りであった。

 地元のシーフギルドに目をつけられた彼らは捕まって殺されかけたが、そこをワイトピートに救われ、その悪辣(あくらつ)かつ伊達男の振る舞いに魅了されて配下となった。

 元軍人のワイトピートに合わせて彼らも軍人の真似事をしているが、ワイトピートの目を離れれば、こうして元のチンピラに戻ってしまう。


 とりわけ、その傾向が顕著(けんちょ)なのが……


「ハァァァァ~~~~……まァたババアかよ。いいかげんにしてくれやマジでよォ」


 レイフの乳房を見ようともせず頭を掻く男。

 コーベルである。


「肝心のやつを逃がしてんじゃねェよクッソババアが! ああああーイライラしてきた」


 そう言ってコーベルは手近にあるバケツを蹴り飛ばした。


「出たー、ロリコンコーベル」


「そうカリカリすんなよ。ほら、そっちの女はお前好みじゃね? 真っ平らじゃん、胸」


「あァ?」


 仲間に言われてイエニアに目を向けたコーベル。

 鎧を脱がされて素肌に包帯を巻かれたイエニアの胸を見る。

 起伏の少ないなだらかな平面が、呼吸のたびに浅く上下していた。


「筋肉つきすぎだろ。あー、でも……あーーーーーー……顔隠せばイケるか」


 コーベルはイエニアの顔にバケツを被せて、胴に(またが)って馬乗りになった。


「お! 案外いけるかもしれん。包帯の中に突っ込んでみるか」


「おいおい、そんな事したら死ぬぞそいつ」


「知るか。この傷ならどうせ死ぬだろ。お前らもやってみろよ、グズグズの傷口でこすると、ぬめりがあって病みつきになるぞ」


 そんな事を言いながら、カチャカチャとズボンのベルトを外そうとするコーベル。

 そこへ横からレイフが声をかけた。


「――女の人が怖いの? あなた」


 ぴた、と手を止めたコーベルがレイフを見る。


「……あァ?」


「ふふふ、だって小さな女の子じゃないと安心できないんでしょ? 分かるわ~、自信がないのよね、男として。うんうん」


 にやにやと笑いながら、小馬鹿にするような目をコーベルに向けるレイフ。

 言われたコーベルの顔が石像のように固まり、瞳孔が開いていく。


「あら、怒った? ああ~、ごめんなさいねー、図星刺しちゃって。でも大丈夫! 私のおっぱいで挟んでも先が出てこないくらい小さくても、私は別に気にしたり――」


 レイフが喋っている途中で、コーベルはレイフに馬乗りになって殴りかかった。


「っだるおォ!! くそっラァ! あァッ!?」


 意味の通じない怒声をあげて、コーベルは押し倒したレイフの顔面を何度も何度も殴りつける。

 手錠で手を塞がれているレイフは、防ぐこともできずに殴られ続けた。


「おい、その辺にしとけって! せっかくの上玉なんだからよ!」


 と言って仲間がコーベルをレイフから引き剥がす。


「あーあ、ボコボコじゃん。こんなんじゃ俺らも萎えちまうじゃんよー」


 レイフの顔を見た男がコーベルに文句を言う。

 しかし興奮したコーベルには周りの言葉も届いていないようで、奇声をあげて暴れ回っていた。


「アアアアアアアアアーーーーークソアアアアアアアーーーーッ!!!!」


「だめだこりゃ。外つれてけ、外」


 そうしてコーベルは仲間のひとりによって部屋の外に連れ出された。


「ふー……ったく、俺らのことも考えろよなー。しゃーねえ、俺も同じアイデアを借りるとすっか」


 そう言って残った男は、イエニアに被されていたバケツをレイフの頭に被せた。


「さーて、それじゃあ使わせてもらいますよっと」


 男はベルトを外し、自らのズボンを下ろした。

 レイフの意識は鮮明にあったが、繰り返し殴られた痛みに口を動かすこともできず、ただ男の行為をその身で受け止める事しかできなかった。



----------------------------------------


 ワイトピートは己の私室でひとり、手鏡(てかがみ)を相手に睨めっこをしていた。


「ふぅ~む……やはり似ている……むむ……」


 すでに救助隊の装備は脱ぎ去っており、普段着だった。

 そのワイトピートのもとへトゥニスがやって来る。


「おい、話がある」


「おお、きみから会いに来るとは珍しい。嬉しいよ、私は」


 トゥニスはその軽口には応じず、鋭く睨み据えるような目で()く。


「……あの女たちも、私のようにするのか?」


 あの女たち。

 その言葉が先ほど捕らえたイエニアとレイフを指していることは、問い返すまでもなかった。

 ワイトピートは手鏡を机上に置いて答える。


「ふむ。そうだと言ったら、きみは怒るかね?」


「別に。お前がそういう人間だということは承知している。だが、あいつらに任せておいたら死ぬぞ。お前の部下は自制心を忘れたトカゲの群れだ」


 その言葉にワイトピートは手を叩いて大笑する。


「ぬあっはッはッはッ!! これはひどい、せめて人間として扱ってあげる気はないのかね!?」


 ワイトピートはひとしきり笑ってから、椅子に座ったままトゥニスに向き直った。


「しかし誤解しないで欲しいな。捕らえた冒険者は可能な限りの悲劇を演出し、“奉納”するのが本来のやり方だ。我々の心量回復のためにね。……そう、きみは特別なのさ。きみの美しさに、私が惚れ込んでしまった」


 紳士の口から突然、情熱的な言葉を捧げられたトゥニスはしかし、不機嫌そうに目を細めた。


「どうせ、あの騎士の女が仲間になれば同じ事をのたまうのだろう、その口は。お前は優秀な部下が欲しいだけだ。あの能無しどもに愛想が尽きている。違うか?」


「まさか! 彼らはよく働いてくれているよ。いや、しかし……きみが我々を恨むのは当然だ。仲良くしてくれなどと言うのは、少々虫が良すぎる話か……すまない」


 しょんぼりとしょげて頭を下げてくるワイトピート。


 トゥニスはワイトピートの言葉を信じていない。

 彼は根っからの嘘吐きだ。

 口当たりの良い言葉とで人をたぶらかす、真性の詐欺師。

 控えめに言って、その人間性はクズにあたる。

 信用できる要素などなかった。


「……で、どうする? 放っておくのか?」


「ふむ。きみがそう言うのなら、私から彼らに伝えておくとしよう。代わりにひとつ頼まれてくれるかな?」


「なんだ?」


「第四区画に罠を設置して貰いたい」


 第四区画は、先ほどの襲撃で使用した通路だ。

 トゥニスはワイトピートの意図を問う。


「……どういうことだ?」


「近いうち……明日か明後日には、逃げた者達が集めた冒険者の一団か、あるいはギルドからの討伐対がここへ来るはずだ。今のうちに備えておかねばな」


「そうか。……改めて聞くが、本当にあの連中は追わなくて良かったのか?」


 襲撃した相手を逃せば、大事になるのは目に見えている。

 追跡困難だからといって、早々に諦めたりせずに捜索するべきだったのではないかとトゥニスは考えていた。


「いいのさ。いずれ必ず来るものが、いま来ただけのことだ」


 地下に籠もって降りてきた冒険者を襲撃。

 そのような事が取りこぼしも目撃者もなく、延々と続けていけるわけがない。

 元より無理のある計画。

 そしてそれは、この計画を立案した者も承知している。

 すなわち予定調和であった。


「ここが襲撃された際、少しでも危ないと思ったらすぐに逃げたまえ。きみだけでもね」


 その言葉にトゥニスは眉をひそめる。


「あの3人には伝えないのか?」


 ワイトピートは椅子から立ち上がった。

 そしてトゥニスの前に立ち、肌を重ねるほどに近付いて囁く。


「言っただろう、きみは特別だと」


 ワイトピートはそのまま、トゥニスの唇へと自らの唇を重ねた。

 深く、貪るような情熱的なキス。

 ワイトピートは舌を差し入れると、トゥニスの舌と絡めて――


 ガリッ! と差し入れた舌を噛まれてワイトピートは唇を離した。


「おおっと! これは熱烈な挨拶だ……」


 ワイトピートの口内を血の味が広がる。

 トゥニスは鋭く一度ワイトピートを睨みつけると、


「罠を作ってくる」


 とだけ言って、部屋を出ていった。


「フフ……さて」


 改めて椅子に座り直すワイトピート。

 監禁部屋へ忠告に行くつもりなどない。

 あれはトゥニスの機嫌を取るためだけの嘘だ。


「果たしてどちらが来るかな? 願わくば……」


 ワイトピートは机の上に置いた手鏡を拾い上げると、もう一度その鏡面を覗き込んだ。



----------------------------------------


 ティア達はここに来る途中に戦闘のあった場所へ寄ったが、血痕しか残されていなかったという。


「まぁ生き残りがいただけでも上々だ。その襲ってきた奴らってのが何だか分からねぇが、ダンジョン内で人探しをするには人手が足りねぇ。まずは上に戻ってからだな」


 というセサイルの提案を、クラマは却下した。


「いや、時間が経つほどオノウェ調査の精度は落ちる。追跡するなら今しかない」


「おいおい……相手の素性も分からねぇのに、これだけの数でか? そりゃ危険が過ぎるだろ」


 それに対して横からティアが回答する。


「そのための貴方です、“赤熱の双剣”セサイル様。依頼は『我々のパーティーの救助』です。途中で戻られるようでは、報酬はお支払いできかねます」


「チッ、報酬相応って事か……まぁ、そんなウマい話はねぇわな。しょうがねえ」


 セサイルは頭をかきつつ納得して、イクスに目を向けた。


「ところでそこの嬢ちゃんは何だ? どこぞの掲示板で見かけたツラだが」


「彼女は協力者です、我々の。これもまた他言無用でお願い致します」


「ハァ……抜け道は掘るわ、とんでもねぇ不正行為の塊だなお前ら……。だが正解だ。本気でダンジョンの踏破を目指すなら、それくらいしないといけねぇ。ま、目をつぶるくらいならいくらでも構わんぜ。それくらいの報酬だからな」


 クラマは以前、レイフに聞いた話を思い出した。

 クラマ釈放のための保釈金で、イエニア達の資金がほとんどなくなったという話。

 一体どの程度の金額をセサイルに提示したのか気になるところだったが、今はそこを聞くより先にするべき事がある。


 クラマ達5人は戦闘があった場所へ戻った。

 パフィーはオノウェ調査の魔法で、彼らの行き先を探る。



> パフィー心量:318 → 291/500(-27)



 その行き先は……


「ここ……のはず、だけど……」


 パフィーが指し示したのは戦闘のあった地点の少し後ろ。

 すぐ先が行き止まりになった道。

 戦闘中に背後から2人の増援が現れた場所である。


「やっぱり隠し通路か。パフィー、隠し通路の位置と、開け方を調べて」


「わかったわ」


 まずパフィーは隠し通路の位置を特定する。



> パフィー心量:291 → 268/500(-23)



 奥の行き止まりから少し手前あたり。

 見た目はまるっきりただの壁だ。

 そして開け方を調べる。



> パフィー心量:268 → 190/500(-78)



「だめ……開けられない。これは登録した人間が手を触れることで開く仕組みだわ」


 まさかの生体認証だった。

 途方に暮れるパフィーの前に、ティアが出る。


「皆様、少し下がってください」


 言って、ティアは盾を背中にかけて黒槍を両手に持つと、槍の穂先を壁に押しあてた。

 その槍の穂は、独特の形状をしていた。

 四つの切っ先を束ねたような形で、通常なら尖っているはずの先端は、逆に円錐状にくぼんでいた。

 クラマは槍というより、どことなく砲身に近いイメージを受けた。


 パフィーが下がると、ティアは詠唱を始める。


「オクシオ・ヴェウィデイー……サウォ・ヤチス・ヒウペ・セエス・ピセイーネ……其は正義の使途、悪を潰やすヴィルスーロの槍よ。今こそ激憤の咆哮を上げよ――ヨイン・プルトン!」



> ティア 心量:488 → 438/500(-50)



 ――爆音、衝撃。

 槍の先端より発生した爆発が、通路内に轟音と突風を巻き起こす!

 離れていてもたたらを踏むほどの強烈な衝撃波。

 もうもうと立ちこめる煙が収まるとそこには、人が余裕で立って通れるほどの大きな穴が、壁を打ち破って穿(うが)たれていた。


「ヒュ~……こいつはすげぇ」


 セサイルが口笛を吹いて感嘆する。

 すさまじい威力だった。


「さあ、行きましょうか」


 一同は扉であったはずの穴から、隠された場所へと侵入した。


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