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52話

 話し合った結果、イクスはパーティーから少し遅れてついて来ることになった。

 今回はなんとか誤魔化(ごまか)せたものの、さすがに続けて一緒にいるところを他のパーティーに目撃されるのは良くない。


「イクスのおかげで、だいたい罠の傾向は分かった。ここからは僕に任せて」


 というわけで選手交代。

 ここからはクラマがパーティーを先導していく。

 イクスほどではないが、そつなく探索を進めていくクラマ。



> クラマ 運量:8473 → 6617/10000(-1856)

> クラマ 心量:87 → 84(-3)

> イエニア心量:488 → 481/500(-7)

> パフィー心量:435 → 430/500(-5

> レイフ 心量:490 → 485/500(-5)

> イクス 心量:437 → 433/500(-4)



 そうして探索を進めていると、かなり広い場所に出た。


「これは……工場かな」


 ベルトコンベアのような低い橋が、部屋の中をいくつも走っている。

 ただし動く気配はない。

 その代わりに、部屋の中で(うごめ)く者達がいた。

 長くて鋭い爪を持った、二足歩行の爬虫類。

 爪トカゲ(クリッグルーディブ)である。


「またこいつらか!」


 しかし前情報から、この階層に爪トカゲの群れがいることは分かっていたので驚きはない。

 イエニアが皆を(かば)うように前に出る。


「下がりながら迎え撃ちます!」


 一斉に襲いかかってくる爪トカゲの群れ。

 その数、10以上。

 イエニアが盾と剣を駆使して、通路を下がりながら応戦するが、いかんせん数が多い。

 通路もそこまで狭くもない。

 (あふ)れた爪トカゲが、イエニアの横をすり抜けようとしてくる。


「くらえっ!」


 そこへすかさずクラマの突き!

 クラマの手にした棒が爪トカゲの顔を打つ。

 が、止まったのは数秒。

 クラマの突きでは、たいしてダメージを与えることができない。


「オクシオ・イテナウィウェ!」


 クラマは迷わず唱えた。


「ドゥペハ・イバウォヒウー・ペヴネ・ネウシ・オーバウェフー・トワナフ……」


「クラマ、それは……!」


 パフィーが制止しかけて、途中で言葉を止めた。

 クラマの腰、ベルトにつけたバックルが輝きを放つ。

 これはケリケイラから譲り受けた魔法具。

 新しく魔法を入れたが、クラマに持たせると危険という判断から、ダンジョンの外ではパフィーが預かっていたものだった。

 クラマの新たなる武器が、ついに解禁される。


「――ジャガーノート!」



> クラマ 心量:84 → 59(-25)



 発動句(はつどうく)と同時、クラマは再び突きを繰り出した!

 ドゥッ! と、先ほどとは違った重く鈍い音。


「グィアッ!」


 突きを受けた爪トカゲは奇声をあげて地面を転がった。

 倒れた爪トカゲは泡を噴いて痙攣(けいれん)して、起き上がることができない。



 これは精神・感情を司る第六次元(イテナウィウェ)を操る魔法。

 精神状態を操作し、アドレナリンを分泌。

 心筋収縮力が上昇、血流増大、気道拡張、これによる運動機能の一時的向上。

 そして無意識にかかる筋肉へのリミッター解除。



 クラマは今、体の内側が燃えるように熱くなっているのを感じていた。

 ドッドッドッと鐘のように鳴る心臓の鼓動。

 口からは体内で熱せられた呼気が白い煙となって吐き出される。

 クラマは魔法による精神状態の変化、そして体の変化に思考が引きずられないよう、ひと呼吸を置いて向き直る。


「……よし。いくよ、イエニア!」


「ええ!」


 クラマとイエニアが連携を開始。

 イエニアの攻撃の隙を後ろからクラマがカバーし、一体、また一体と爪トカゲを打ち倒していく。


「うわ~、すごいわねぇ」


「本当、息ぴったりね!」


 後ろのレイフとパフィーが感嘆の声を漏らす。

 クラマとイエニアが連携の練習を始めてから、それほど長くはない。いや、むしろかなり短い。

 しかし2人は息の合った動きで、爪トカゲの群れを次々と仕留めていった。


 実際、それほど形のできた連携ではなかった。

 技量において、クラマはイエニアについていけない。

 ミスも多く、そのたびにイエニアの鎧が不快な爪音を鳴らす。

 だがイエニアはそれが気にならなかった。

 後ろの仲間が何度もミスをしている。なのに、それが怖くない。

 イエニアにとっても初めてで、不思議な感覚だった。


 信頼。

 仲間がミスをしないのを信じるのではなく、「仲間のミスで傷を負っても構わない」とする思い。

 “仲間”とは何か。イエニアは、その言葉の意味を理解できた気がした。




 やがて最後の一匹をイエニアの盾パンチが吹き飛ばし、戦闘が終了した。

 地面には大量の爪トカゲが死屍累々(ししるいるい)

 その中で額から汗を流し、荒く息をつくクラマとイエニア。

 2人はどちらともなく手を上げ、爽やかな笑顔でハイタッチした。




「クラマ、大丈夫!?」


 パフィーがクラマに駆け寄ってくる。


「ああ、うん。大丈夫、だいじょう……」


 そう言うクラマの手から、ポロリと棒が滑り落ちた。

 クラマの手は小刻みに震えている。


「う……」


 安心して気を抜いたと同時に、クラマの全身を激しい疲労感が襲った。

 膝から力が抜けて、ガクッと倒れそうになる。


「クラマ!」


 咄嗟に手を伸ばしたパフィーによって支えられる。


「あ、っと……ごめん、ごめん」


 クラマはパフィーに笑いかけた。

 そんな痩せ我慢も、首まで汗びっしょりで、まともに立てないほどに膝を震わせているようでは無理があった。

 クラマの激しい動悸は未だに収まらず、頭の全体が圧迫されているような頭痛もしている。


「どこか休める場所を探さないと……」


 と、パフィーが周りに目を向けた時だった。

 その目が通路の奥へ釘付けになる。

 クラマもそちらを見ると、奥の方からゆっくりと迫ってくるものがあった。


「……カバ?」


 それはカバに近かった。

 足が短く、ずんぐりと大きな体。そして大きな顔。カバと違ってその体は赤い。

 そいつは奇妙な唸り声をあげて近付いてくる。


「ンーーーーーー……ンンオオオーーーー……」


「下がって! 危険な相手です!」


 イエニアが非常に強い警戒の色を見せる。


「ンンンオーー………………」


 その獣はある程度まで近づいたところで、ぴたりと唸り声を止め――


「ブルオオオオオオオオオオオッ!!!」


 突如、狂ったように襲いかかってきた!


「くっ……!」


 イエニアは踏み込み、打ち下ろすように盾の一撃を与える!

 敵の突進が加速する前に止めようというイエニアの考えだが……


「ブルッ……ルオオオオオッ!!」


 止まらない。

 まるでダンプカーのようにイエニアを押しのけ、突き進む!


「このっ……止ま、れっ……!」


 盾越しに押し返そうとするイエニアだが、わずかに勢いが弱まる程度。

 まるで止まる気配を見せなかった。


 その時には既にパフィーが詠唱を開始していた。


「オクシオ・ヴェウィデイー! ボース・ユドゥノ・ドゥヴァエ・イートウ……」


 だが、まだ発動できない。

 威力を高める陳情句(ちんじょうく)が必要だ。

 脂肪は電気をほとんど通さない。

 人間を痺れさせる程度の電撃では、ぶ厚い脂肪に阻まれて効果を発揮できないことを、パフィーは知っていた。


 しかし、陳情句を唱える暇もなかった。

 敵の勢いは止まらず、もう目の前まで押し寄せてきている。


「パフィー、続けて」


 迷うパフィーに告げるクラマ。

 次の瞬間、背後からパフィーの横を白銀の刃が通り過ぎた!


 ドドドッ!


「ブギュルッ、ルオッ、オオオオッ!!!」


 何処からか投擲(とうてき)されたダガー。

 3本のダガーは獣の顔に突き刺さり、そのうち1本が目を刺し貫いていた。

 痛みに暴れる獣。その勢いでイエニアが壁に叩きつけられた!


「ぐっ!」


 衝撃に苦悶の声を漏らすイエニア。

 だが、その間にパフィーが詠唱を(つむ)ぐ。


「ここにはない、どこかの光。あるはずなのに、だれも知らない、世界のひみつ。今だけ顔を覗かせて。自然の中の、4つの力の、そのひとつ。さあ、4つめの扉を開きましょう」


 同時に、クラマが力を振り絞って銀の鞭を飛ばす。

 そして――詠唱が完了する!


「ディスチャージ!」



> パフィー心量:430 → 405/500(-25)



 パッ! と大きな火花が散った。

 火花の後、獣は大きく口を開けたまま静止する。

 周囲に漂う焼け焦げた匂い。

 見れば獣の体からは煙が漏れ出し、銀の鞭が触れていた場所は真っ黒に炭化していた。


 そうしてしばらくしてから、獣は思い出したかのように、ゴロリとその巨体を横に倒した。


 ふーっと安堵の息をつく一行。

 クラマは後ろのイクスに向かって手をあげた。


「イクス! よくやってくれた!」


 ダガーの投擲によってパーティーの窮地を救ったイクス。

 イクスは特に何も返事することなく、「じゃ」とでも言うように片手をあげて去っていった。

 あまりにもクール。

 しかし、その表情は心なしか得意げであった。




 その後、罠のない部屋まで戻って休憩をすることになった。

 イエニアに手伝ってもらい、倒したばかりの獲物の肉を、みじん切りにして挽肉(ひきにく)状態にする。

 そこに刻んだ香草、香辛料、さらにチェーニャ鳥の卵とウォイブの粉を混ぜ込む。

 それを拳程度の大きさに分けて、少し平たくして、後はフライパンで焼きあげる。


 ――クラマ作・ダンジョン風ふっくらハンバーグ、完成!


 挽肉にすることで固い肉でもおいしく食べられるという、クラマの発想であった。

 ただしイエニアの存在が必須の料理である。

 固い獣の肉を専用の道具もなしにミンチにする作業は、結構な重労働であった。


 そうして完成したところで、外に向かって言う。


「ごはんだよー」


 壁の影からイクスが顔を出した。




 そうして5人揃って楽しい食事の時間。

 ソースは卵に香味(こうみ)野菜と植物油を混ぜ合わせたニニオソースと、納骨亭秘伝のタレを薄めたものの二種類を用意した。

 パフィーはニニオソースをかけ、レイフは両方のソースを混ぜるという新しい試み。

 イクスはハンバーグを2つに分けて、それぞれに別のソースを使用した。

 そしてイエニアはソースをかけずに、そのまま食べた。


 「失敗した~!」とかいうレイフの悲鳴を聞きながら、クラマも食べる。まずはソースをかけずに。

 口に入れるとウォイブの粉を入れたせいで、普通のハンバーグよりも食感がもっちもっちしていた。

 独特だが悪くない。香辛料のおかげで臭みも気にならない程度に抑えられていた。

 次に秘伝のタレをかける。

 すると臭みがほぼなくなって、非常に食べやすくなった。ピリリと辛みもあって、食が進む。

 最後はニニオソースをかける。

 こちらはソース自体の香りが強く、かなり誤魔化している感はあったが、それだけに普通の美味しさがあった。

 仕込みの段階でしっかり臭みを取れば、もっと良くなりそうだとクラマは思った。


 ……と、イクスにじっと見られていることにクラマは気がついた。

 その手にある皿は空になっている。


「イクス、まだ食べる?」


「……ん」


 イクスは首を縦に振った。

 そこに横から追従する者が現れる。


「ええ、育ち盛りの人達には、これだけでは少ないでしょう。しかし安心してください。挽肉は私が作りますので、クラマは料理に専念してください!」


 意気揚々と挽肉作りを始めるイエニア。

 どうやらイエニアにも足りなかったようであった。


「じゃあ、今度はつみれ汁にしてみようかな」


 こうしてゆっくり食事に時間を取って、クラマも体と心を休めることができた。



> クラマ 運量:6617 → 6719/10000(+102)

> クラマ 心量:59 → 67(+8)

> イエニア心量:481 → 476/500(-5)

> パフィー心量:405 → 401/500(-4)

> レイフ 心量:485 → 480/500(-5)

> イクス 心量:433 → 430/500(-3)


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