5話
この世界に来てから10日間の間に、医療スタッフらしき人達から聞き出せた情報は、以下の通り。
・自分は冒険者と一緒にダンジョンを攻略するために召喚された。
・他にも喚び出された地球人はたくさんいる。
・地球人だけが持つ“運量”が求められている。
・運量は幸運を起こす力。
・時間の経過で運量は回復していく。
・“心量”という魔法を使う力もある。
・心量はどっちの世界の住人も持っているが、地球人は量が少ない。
・地球人が自力で心量を生み出せるのに対して、この世界の人間は神から授かる。
・地球人はこの世界の人間に、心量を分け与えることができる。
・粉薬や飲み薬を山ほど飲まされたのは、この地で生活できるように免疫をつけるため。
・召喚初日に目覚める前に、体内の洗浄と病原菌の駆除が行われた。
・この世界(国?)では姓が先で名が後。
・地球人召喚施設責任者のディーザは、冒険者ギルド経理役のコイニーと不倫している。
・コイニーの友人である冒険者ギルド受付のリーニオは、非常に酒癖が悪い。
ここから先は推測と考察。
・昔から多くの地球人が召喚されているから、日本語が通じるのだろう。
・彼らは日本語を「地球語」と言っていた。もしかして召喚されるのは日本人だけ?
・心量の譲渡は
……と、ここまで書いて、クラマはノートに走らせていた筆を止めた。
人の足音がするのに気付いたからだ。
もう誰もが寝静まる深夜。酒場から響く馬鹿笑いも聞こえない。
クラマはランタンを掲げて、2階の窓から外を覗き込んだ。
果たして家の裏手にいたのは、ひとりのメイドさんであった。
暗くてクラマの目では細かく見えないが、飾り気のないシックなエプロンドレスのようだった。
「やあ、こんばんは」
物怖じせずに挨拶をするクラマ。
しかしメイドはそれに応えず、背中を向けて駆け出した。
「とうッ!」
なんとクラマは、躊躇せずに2階の窓から飛び出した!
「――えっ!?」
まさか追ってくるとは思っていなかったのだろう。メイドが驚きの声をあげる。
「待てぇい、不審者……って、速っ!」
メイドの走力は明らかにクラマより上だった。
そして傍から見れば、深夜に女性を追いかけるクラマこそが不審者だった。
「くっ、エグゼ・ディケ……止まれ!」
クラマは運量を使用する。
願いの通りにメイドは何かに足をとられて停止し……またすぐに走り出した。
「う、だめかこれ……!」
なら他の願いで、というのをクラマは思い留まる。
首からかけた札を確認すると、運量が200ほど減っていた。
200回復するのにどの程度の時間を要するのかクラマには分からなかったが、明日はダンジョンに潜ることになっている。あまり減らすことはできない。
クラマは諦めて走り去るメイドを見送った。
そして帰ろうとしたところで、ばったりイエニアと遭遇した。
「え、クラマ? どうしたのですか?」
「いやあ、家のそばで不審なメイドさんを見つけたもんで。あ、メイドで分かる? 女中さん?」
「それは分かります。しかし不審なメイド、ですか……」
イエニアは少し思案してから、
「まあ、メイドなら危険はないでしょう。あまり気にしないように。それより明日はダンジョンですから、早めに寝ておきましょう」
そう言ってクラマに帰宅を促した。
「そうだね、そうする。……ところで、なんで寝る時間なのに鎧を着てるの?」
「鎧でないと目立てませんから」
「…………なるほど」
一体いつ脱ぐのだろう、とクラマは気になった。
そうして部屋に戻ったクラマは、先ほど使用した願いと消費した運量、場面をノートに記載してから床についた。