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45話

 テフラは次のように語った。

 この街が栄えるより以前から、この地でイルラユーヒの養殖業(ようしょくぎょう)を営んでいたテフラの家だが、借金の取り立てによって家ごと奪われそうな状況になってしまった。

 その理由は先日、賭場(とば)で借金をして大負けをした別の地元住民がいたのだが、テフラの父親がその連帯保証人になっていたのだという。


「それは残念ですが、仕方ありませんね……保証人というのは、そういうものですので……」


「いいえ、違うんです! 父に聞くと、確かに賭場には付き添いで行ったけど、借用書にサインまではしてないって!」


 その話が本当ならば、書類の偽造ということになる。明確な犯罪だ。


「しかし筆跡が違えば無効となるはずですが」


「それが……間違いなく父の筆跡だったそうです。でも、父は絶対に書いていないと……」


 苦しい話だった。

 こうなれば、どのような方法によって本物と思しきサインを作り上げたのか、その証拠をテフラの父の側から提出しなければならなくなる。

 重苦しい空気の中で、クラマが口を開いた。


「オノウェ調査で調べられないかな?」


 それに対してノウトニーが回答する。


「ああ、極めて残念ですが……ここでは無理でしょう。こればかりは一流の魔法使いであろうとも……。あるいは、そう……手元にその借用書と、手口の目星(めぼし)があれば話は別ですが」


「借用書はどこに……?」


 クラマがテフラに目を向ける。

 テフラは(うつむ)き気味に答えた。


「金貸しの人達が金庫に保管して、彼らに必要のある時にしか出さないそうです」


 空気がどんどん重くなっていく。

 聞けば聞くほど手詰まりだった。

 誰も口を開かなくなったところで、暗い空気を払拭(ふっしょく)するように、テフラがぱっと明るい声と笑顔で言った。


「すみませんでした、変なこと言ってしまって! 大丈夫ですよ、家がなくなっても働き口はありますから!」


 見るからに痛々しい空元気(からげんき)

 テフラはクラマ達に頭を下げ、別の注文を取りに行った。

 運ばれた料理を平らげてからクラマとイエニアも納骨亭から外に出た。

 クラマがわざわざ納骨亭に戻ったのは、これからマスターに料理を教わる予定だったのだが……。


「イエニア、先に家に戻……う」


 言いかけたところで、じーっと不機嫌な顔を近付けられる。


「行きたい場所があるなら言ってください、私もついて行きますから」


「……うい」




 そうして、その日は街中の様々な場所に足を運んで、聞き込みをして回った。

 すると予想以上に容易(たやす)く話を聞くことができた。


「おう、その話かい! 最近になってやってきた悪徳高利貸しが、地元民から土地を巻き上げてるって話さね。いや気の毒だねえ、ヌアリさんとこも。アタシの知ってるだけで5軒目だよ! このまえ宿屋のリバリーが裁判を起こしたけど、負けちまってね。今は路地裏で残飯(あさ)りしてるとか。アンタも金貸しには気をつけな! 隣のお嬢ちゃんとイイコトできなくなるよ!」


 市場のアピリンおばちゃんから話を聞いて、次は路地裏へ。

 そこでリバリーという男を見つけた。

 悪臭を放ってみすぼらしい布きれに身を包んだ男は、クラマが話しかけても無視を決め込んでいたが、近くで買った串焼きを渡すと語り出した。


「奴らは裁判の当日まで借用書を外に出したりしない。そこで裁判の当日にオノウェ調査をしろって言っても、裁判所は用意しちゃくれねえ。俺は冒険者ギルドの紹介で用意したが……くそっ、あの役立たずのデカ女が! そいつの名前? ケリケイラってやつだよ」


 メグル達の貸家に行ったが、ケリケイラはいなかった。

 代わりに冒険者ギルドに足を運ぶ。

 クラマは受付のリーニオから話を聞いた。


「裁判への魔法使いの紹介ですか? ええ、そういうこともありますけど……私が選んで紹介しているわけじゃないので、正直あまり詳しくは。ええ、魔法使いにも得意不得意がありますから。魔法使いの紹介は、地球人召喚施設長のディーザ様の指定になりますね」


 それからクラマは同じように保証人となって資産を奪われた人達へと、ひとりずつ会いに行った。

 すると、いくつかの共通点が浮き彫りになった。


・賭場に行ったのは、高利貸しから借金のある別の地元民に誘われたから。

・誘われる賭場は、いずれも同じ会員制の場所。

・賭けに負けて大損した本人は、全員が別の街へ移住。なぜか高利貸しも警察もそれをスルー。


「借金をギャンブルで返そうって話はよく聞くが、あいつはそういう奴じゃねぇんだ……誰よりも真面目に働いてよ、休憩時間にゃ毎日、子供と女房の自慢してきやがる……正直うざったかったけどよ……ひとに借金だけ押し付けて、何も言わずに消えちまうような奴じゃないはずなんだ……」


 保証人となって資産を奪われた者のひとりは、そのようなことを語った。

 男と別れてからイエニアがクラマに告げる。


「この国の法では、利息はいくら高くても違法ではありません。合法ですから、夜逃げしないように駅馬車には手配が届くはずです。しかし堂々と駅馬車を使って別の街へ家族ごと移動している……この時点で既に“借金がなくなっている”と解釈するしかありません」


 新たに借金をこさえた直後に、借金がなくなっている。

 おかしな話だった。

 それから繁華街で聞き込むと、高利貸しの連中が件の賭場の裏口から入っていくのを見たという証言も出た。

 さらに聞き込みを続けていると……


「おお! よもやこのような場所で会おうとは! ああ、偶然とは時として運命の流れを感じるものです!」


 ノウトニーが現れた。

 彼は芝居がかった身振り手振りを混じえて続ける。


「おおっと! いや、私としたことが! 夜の繁華街を並び歩く男女に声をかけてしまうとは! いいや、申し訳ない! これは無教養な盾持ちのごとき野暮! 不躾(ぶしつけ)の極み!」


「いやあ、そう見える?」


「違いますから! 今日は別の用事で来ています」


「フフフ、いや失礼。ちょっとした冗談ですとも、ええ。貴方達も聞き込みでしょう? 例の悪徳高利貸しの件についてを……ね」


 どうやらノウトニーもクラマ達と同じように、あれから調査していたようだった。

 丁度いいので互いに情報を交換する。


「これはこれは……驚きました。わずか半日でよくぞそこまで調べ上げたものです。私など、声をかけただけでおおよそ立ち去られてしまうというのに! ああ、なぜなのか!」


 さもありなん。というクラマの感想であった。


「私から差し上げられる情報といえば、ひとつしかありません。例の高利貸しが会員制の高級賭場に出入りしているという話ですが、どうやら彼らは賭場の金庫に書類を保管しているようです」


 賭場の金庫ならば、それは警備に関しては信頼できる。


「賢いですね。賭場と繋がりがあって使用できるなら、事務所に置くよりも遥かに安全でしょう」


「そのぶん、やましいことがありそうな……って感じだけどね」


 そうして情報を得たクラマ達は、ノウトニーと別れた。




 ひととおり回り終えたクラマ達。

 その頃には既に夜も深くなってきていた。


「……なるほどね」


 クラマは呟いて、最後にテフラの家に向かった。

 以前、クラマ達が冒険者を脅かすためにイルラユーヒを使った際に、テフラの両親とは面識がある。

 テフラの父・ヌアリはクラマに気がつくと人の良さそうな微笑みを浮かべたが、その顔には憔悴(しょうすい)の色が濃く浮き出ていた。

 テフラの両親は日本語を話せない。

 この街では地球人相手の商売が多いので多くの人達が話せるが、この世界全体としては、日本語を扱えるのは人口の3割程度である。


 今はイエニアがいるので通訳は可能だ。

 しかしクラマはカタコトの現地語で、身振り手振りを合わせて彼と会話した。


 彼は絶対に自分は借用書にサインをしていない! と強く主張しながらも、家族に申し訳ないと悔やんでいた。

 彼も賭場と高利貸しの噂は聞いていたものの、数十年来の友人の誘いは断れず、ついて行ってしまったという。

 クラマは彼の背中に手を回して慰めながら、ひとつだけ確認した。賭場の会員登録の際に自分の名前を書いた事を。




 テフラの家を離れて、クラマとイエニアの2人はようやく貸家への帰り道を歩いていた。

 静かな仄暗(ほのぐら)い夜道を奏でる2人の足音。

 しばらく無言で並び歩く2人だが、やがてイエニアが口を開いた。


「……状況から考えれば、賭場と高利貸しが裏で繋がっていると見てほぼ間違いないでしょう」


「そうだね」


「しかしこの件はギルドも……いや、行政すら裏で噛んでいる可能性があります。この街の賭場や金貸しは、いずれも評議会議長ヒウゥースの傘下にありますから……」


 ギルドや行政が絡んでいるかどうかは、あくまで可能性であり想像の域を出ない。

 だが可能性の段階であっても、クラマ達にとってはこの件に関わること自体が大きなリスクとなる。


「クラマ……」


「うん、わかってるよ。みんなを巻き込めないからね」


 そう言って、クラマはイエニアに微笑みかけた。

 イエニアは何も返すことができない。

 それからは家に着くまで何も言わないまま、2人は道を歩いた。






 夕食を終えて、深夜。

 人も街も、もうじき眠りにつこうという頃。

 住宅街の外れにある小さな貸し倉庫で、ティアが着替えをしていた。

 ここはクラマ達のパーティーとは別に、ティアが独自に借りている隠れ家。いわゆるセーフハウスであった。

 中は簡素なもので、食料と毛布、後は壁に立てかけられた槍と盾くらいしかない。

 普段のメイド服から黒を基調とした動きやすいパンツルックへと着替えたところで、入口からノック。そして返事を待たずに扉が開く。

 振り返るティア。

 そこに立っていたのはクラマだった。


「やあ、話があるんだ」


 なぜこの場所を、などとは聞かなかった。

 街中に親しい知人のいるクラマなら、この場所を探り当てることなど容易い事だろう。

 ティアは無言で頷き、招き入れる。

 狭くて暗い小屋の中で、クラマの持ち込んだ計画に耳を傾けた。


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