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44話

 相も変わらず晴れ晴れとした、アギーバの街の昼下がり。

 ここは空き地。

 普段、クラマとイエニアが鍛錬をしている場所である。

 そこに今日はひとり、普段と違う人物がいた。


「よぉーし、準備はいいな?」


 セサイルである。

 彼は両手に刃を潰した模擬刀を携えている。


「ええ、いつでも構いません」


 答えるのはイエニア。

 これから彼ら2人による手合わせが始まる。

 クラマは少し離れた場所に座って、2人を見守っていた。


 事の発端は、クラマの付き添いでイエニアが納骨亭に顔を出したことだった。

 もう松葉杖も不要なほどに回復し、付き添いは必要ないとクラマは言ったのだが、イエニアは頑として譲らなかった。

 納骨亭に入ったクラマは、いつも通りに入り浸っていたセサイルを発見。

 そしていつも通りにしつこく教えを請うたクラマ。

 そこでセサイルは、これ以上教えて欲しければ授業料としてイエニアと手合わせをさせろと言い出したのだ。

 イエニアもこれを受け、そうして今に至る。


「突然の不躾な申し出、快く応じられたことに感謝する。過ぎ去りし勇名なれど、今は亡きソウェナ王国へと、我が剣の誉れを捧げん。……てなわけで……いくぜ?」


「ええ。ラーウェイブ王国騎士団の名のもとに、パウィダ・ヴォウ=イエニア、参ります!」


 互いの名乗りを開始の合図として、試合が始まった。

 まずは挨拶とばかりに、真正面から刃が衝突する!

 響く金属音。傍目にも分かる強烈な衝撃。

 初撃は互いに譲らぬ、互角の立ち会いだった。

 二度、三度、四度。

 繰り返すうちに浮き出る構図。

 双剣のセサイルは角度と方向を変えて、手数をもって攻める。

 対するイエニアは剣で弾き、弾けないものは盾で止め、相手の体勢が崩れるカウンターの機会を待つ。

 奔る剣閃。舞い散る火花。

 十合、二十合と続けるうちに、やがてクラマの目にも、形勢の傾きが見え始めた。


 押しているのはセサイル。

 押されているのはイエニアだ。


 カウンター狙いとはいえイエニアも最初のうちは剣による反撃や、攻撃のための踏み込みも見せていたのだが、それが徐々に少なくなっていく。

 攻めの姿勢を見せることで生まれる双方の隙。そこから派生する読み合いで、どちらの技量が上かを測る戦いのプロセス。

 しかし実力差があれば、そこへ辿り着く以前に圧殺されることとなる。

 今の2人の状態が、まさにそれだ。


「そろそろ終わりにするか。――おらぁっ!」


 ×字に交差させた双剣の、猛烈な打ち下ろし。

 そのタイミング。それまで防戦一方だったイエニアは、タイミングを合わせて前へと踏み込んだ!


「っぁぁああっ!!」


 渾身の盾アッパーが、宙を滑り落ちる双剣へと正面から打ち出される!


 ――ガァンッ!


「ぐっ……!」


 弾かれる双剣。

 上方向に弾かれた剣に引かれてセサイルの重心が上がり、棒立ちに近い形になる。

 隙だらけの体。

 見逃すはずはない。すかさずイエニアは必殺の盾殴りを繰り出した!


 セサイルの眼前に迫る盾。

 それをセサイルは……両手で掴んだ。

 そのまま盾の勢いに逆らわずのけぞりつつ、同時に片足をイエニアの太股の付け根に押し当て、掴んだ盾をひねって後ろへ投げ飛ばす!


 ――巴投げ。


 ガシャン! と背中から地面に落ちるイエニア。


「っ――は……!」


 衝撃に息が詰まる。

 イエニアが起き上がろうとする前に……カン、と鎧の胸部で音が鳴る。

 セサイルの剣に叩かれる音だった。

 その気になればどこでも斬れたという合図。

 それが、試合終了のゴングの代わりとなった。


 はぁー、っと大きく息をつくイエニア。


「参りました」


「おう、お疲れさん。付き合ってくれてありがとよ」


 ゆっくりと体を起こすイエニア。

 パチパチパチ……と横からクラマの拍手が鳴った。


「いやあ、惜しかったねー」


 それに対してイエニアが困ったような顔をする。


「ありがとうございます。でも実際は軽くあしらわれたようなものです。最後のあれも、誘いだったのでしょう?」


「まあな。そんなに時間もかけてらんねぇしな。アンタの守りがやけに堅いもんだからよ。……とはいえ、お互い様だろ? ラーウェイブの姫騎士といえば、黄金の鎧に漆黒の槍。比類なき槍使いと耳にしてる」


「……ダンジョン内では長い槍は不利になりますから。黒槍は置いてきました」


「なるほどな。残念だが、本気の手合わせはまた今度にするさ」


 そうして3人は納骨亭へと戻る。

 道中、とりとめのない雑談をしながら。


「しかし世の中、上には上がいるんだねえ。セサイルより強い人っているの?」


「さてな。だいたい、1対1で勝てる方が強いなんて事はねえよ。戦場じゃあ、自分と相手だけじゃなく、もっと広い目を持つ必要がある。ダンジョンでも同じ事だ」


 そう言うセサイル自身、1対1の試合よりも戦場やダンジョンを得意としている。


「ダンジョンの師匠の話は説得力があるね!」


「オレは弟子にしたつもりはないんだがな……」


 現在、クラマの師匠はイエニア、パフィー、納骨亭のマスター、セサイルと4人もいる。

 師の多い男だった。

 クラマの節操のなさをイエニアが代わりに詫びる。


「うちの人がご迷惑をかけて申し訳ありません……ところで貴方のパーティーはダンジョンの何階まで進んでいるのですか?」


「あー……まぁ、5階まではひとりで潜ったけどよ」


「そうですか、5階……えっ!? ひとりで!?」


 イエニアは仰天する。

 しかしセサイルは自慢するでもなく、なんとも言いにくそうにしている。


「うちのパーティーは……ダンジョン向きじゃなくてな。まぁ……ギルドの斡旋なんて、そんなもんだろうけどよ。冒険も戦場も知らねえ引退した組み技格闘チャンピオンに、名場面に立ち会うのが目当ての吟遊詩人。極めつけに、召喚した地球人はペンより重いものを持ったことがないときた。……まぁ無理だわな。ギルドも攻略させる気ねぇし、とっくに攻略は諦めてる」


 一気に不満を垂れてくるセサイル。

 彼は彼で、なかなか溜め込んだものがあるようだった。


「なるほど……しかしそれなら、どうしていつまでもこの街に?」


 さっさとパーティー解散して別の街に行く方が良さそうな話であった。


「……街の外に地球人を連れ出すのが禁止されてるからな」


「ひとりで行けばいいんじゃないの?」


 クラマの口から出た疑問。

 それに対してセサイルは眉根を寄せて、露骨に嫌そうな顔をして答えた。


「てめえの都合で地球人を喚び出しておいて、役に立たねえのが来たからトンズラ……ってのは、あまりに無責任すぎんだろうがよ。せめてこっちの世界で、ひとりでも生きていけるようにしてやらねえと……おい、なんだそのツラ。オレが何かおかしいこと言ったか?」


「んーにゃ。なんでもないにゃー。師匠はいい人だにゃー」


「なんだその口調は。バカにしてんのか? ええ、おい?」


 若いながらも義理堅い男、セサイル。

 かつては一軍の将だったという、彼の歴史が垣間見えた。


 そうこう話しているうちに、3人は納骨亭へ到着。

 店内に足を踏み入れると、朗々とした声が出迎えた。


「おお! 勇者セサイルよ! 麗しき騎士王女との決闘に、私を呼んで頂けないとは! ああ、ああ、今! 私の心は、地底湖よりも深い悲しみに打ち震えている……!」


 まるで歌劇でも始まったかのように芝居がかったセリフを吐く男。

 セサイルのパーティーメンバーのひとり、吟遊詩人のノウトニーである。

 生粋の芸術家を表す、紫の長髪と同じ色の瞳。

 ノウトニーはオカリナに似た涙滴状の楽器を取り出し、悲しげな曲を吹いてみせた。

 なお、演奏はかなり上手かった。


「お前がいると気が散るからだよバカ野郎」


「一理あります。しかし、ああ、ああ! そんな時のための我が魔法具! 思い出せないとは、悲しいまでの記憶力……!」


「ちょっとうるさいです。静かにしてもらえないすか」


 ノウトニーに苦情を入れたのは、一番奥のテーブルで紙にペンを走らせている女性。

 セサイルのパーティーに入れられた地球人女性だった。

 歳は30付近。ボサボサの髪に、縁の大きな四角いメガネをしている。

 化粧っ気は微塵もなく、サイズの合わないぶかぶかの服を着込んだ、見るからにインドア派の女性だった。


 クラマはマユミの手元を覗き込む。


「マユミさーん、続き描けたー?」


「うぇ、だっ、からっ……描いてる途中はあんまり覗き込まないでって……!」


 慌ててマユミはテーブルの上を隠す。

 紙に描かれているのは、複数の分割線の中にいくつもの絵が描かれ、そこに言葉が入れられた、言葉と絵が融合された特殊な様式の芸術作品――要するに漫画。英語で言えばコミックである。


 なにやら親しそうに話している2人を見て、イエニアは思った。


 ――またクラマが知らない人と仲良くなってる!


 衝撃を受けているイエニアをクラマは呼び、女性に紹介した。

 イエニアが名乗ると彼女も答えてくる。


「あ、ども。ヒラガ=マユミです」


 イエニアはマユミから話を聞いた。


 マユミは日本にいた頃に、アンソロジーで何度か商業誌の掲載経験はあるものの連載は取れず、プロを目指すのをやめるべきかと悩んでいた頃に、この世界へと召喚された。

 腰痛持ちのたるんだ体でダンジョンなど行けるわけもなく、宿屋に引きこもっていたとという。


「――ってセサイルから聞いて、行ってみたんだ」


「コッチはいい迷惑でしたよ。……まあ、やる事もなかったからいいんすけど」


 強引に部屋へ入り込んだクラマに説得されて、マユミは少し前から外に出てくるようになったという。

 今では、この世界に漫画文化を普及するという目標を掲げて、この納骨亭の隅っこのテーブルを根城に活動している。


「なるほど。ところどころ分かりませんが、よく分かりました。つまりは、クラマがここでもご迷惑をおかけしたということで……」


「あれぇー? そういう話だったかな?」


「そーすねー。人の話を聞かない人っすからねー」


 集中的に批難され、クラマは異議を唱える。


「すぐ女の人は結託する! そういうのはよくないと思うなー! ねえノウトニー、そう思うよね?」


 傍にいるノウトニーの肩に手をかけるクラマ。


「ああ! かつてこれほどまでに説得力の欠如した言葉があったでしょうか! 浅ましきは地球人のサガなのか……!」


「なんか私もディスってないすか? ノウトニー」


 ノウトニーはそれに答えず、手にした楽器で悲しい音色を奏でることで誤魔化した。

 なお、セサイルは自分の話が出たところで、そそくさと店を退出していった。

 クラマ達がとりとめのない話をしていると、奥からマスターが口を出してくる。


「おい、てめえら。騒ぐのは構わんが注文もしろ。ここを何の店だと思ってやがる」


 はーい、と返事をして軽い食事を注文する。

 しばらく待つと看板娘のテフラが料理を運んできた。


「……焼きウォイブにボイシーとラインチのサラダです」


 ぷくーっと膨らんだ餅パンと、果物入りのサラダがテーブルに置かれる。

 そこでふと、クラマはテフラの様子がいつもと違って元気がないのに気がついた。


「テフラ、浮かない顔だね。何かあった?」


「そ、そうですか? いえ、まあ……」


 問われて言い淀むテフラ。

 少しの逡巡の後、彼女は口を開いた。


「実家が、なくなりそうなんです」


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