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43話

「ついにできた」


 ……と、パフィーの部屋でひとり呟いたクラマ。

 つまんだ指先からは紐が垂れ下がっており、緑の小鳥がだらーんと吊り下げられていた。

 それは犬の体につけるハーネスに近い。

 しかし小鳥に装着されたそれは、羽とクチバシが開かないように塞いでいる、要するに拘束具であった。


「クックックッ……貴様は風来の神の眷属という話だったな。ならば神話より魔狼フェンリルを拘束した魔法の紐からとって……名付けてグレイプニール零式!」


「ンンンンンンン!」


 小鳥は自由を奪われながらも、血走った目でクラマをつつこうと体を揺らしている。


「フハハハハ! 無駄よ無駄よ! 我が拘束術、貴様ごときに解けるものではないわ!」


 小鳥を相手に勝ち誇るクラマ。

 足の怪我のためにあまり外へ出られないクラマは、昼間からこうした事に勤しんでいるのであった。

 そこへ部屋の外からレイフの声がかかった。


「クラマいるー? お客さんよー?」


「はーい」


 クラマは小鳥を鳥籠に戻して、玄関に向かった。


「ンンンンンンン!」






 お客さんというのは、メグルであった。


「あれ、どうしたの。何か用かな?」


「別に。何もする事なかったから、顔出してみただけ。……なんかケリケイラには、すっごい気をつけるように言われたけど。……何かやったの?」


「いや、ぜんぜん心当たりないね」


 むしろ心当たりがありすぎて絞れないという方が適切かもしれない。

 それはともかくとして、クラマは玄関先でメグルと雑談に興じた。主にこの世界へ来た感想などを語り合う。

 ……それを家の外、柱の陰からじっと見つめる影がひとつ。

 サクラである。

 サクラは談笑している2人を見て、思った。


 ――またクラマが女の人と仲良くなってる!


 衝撃に打ち震えていると、サクラの存在に気付いたクラマに声をかけられた。


「サクラー? そんなところに隠れてどうしたのさ」


 見つかってしまったサクラは渋々、姿を現した。

 そしてクラマの後ろに隠れるようにして、警戒心もあらわにメグルをじっと見上げる。


「……どちら様?」


「サクラには言ってなかったっけ? このまえダンジョンで会った地球人のメグル」


「このまえ会ったっていうか、前から知ってはいたけど」


「えっ!?」


 こちらの世界に来る前からの知り合いという衝撃の事実に、サクラは動転する。


「なにそれ!? ど、どどっ、どういうこと!?」


 さらにメグルがクラマに助けられた経緯なども聞く。

 ここにきて強力なライバル出現。

 サクラの警戒心は頂点に達した。


 そんなサクラを見てメグルは言った。


「でもあの3人の他にも、こんな可愛い子もいたんだ。薄々思ってたけど、あなたってアレよね」


「――えっ、かわいい?」


 サクラが敏感に反応した。


「なによもう、いい人じゃない! ほらほら、こんな外で立ってないで、中に入って! パフィーの部屋にいるから、クラマはお茶淹れてきて!」


 途端に態度を一変したサクラ。

 サクラはメグルの腕をとって、家の中へと連れ込んでいく。

 クラマはそんなサクラの後ろ姿を眺めて呟いた。


「なんというちょろさ、そして行動力。これには一郎さんも父性に目覚めますわ。……ところでメグル、アレってなに?」


 メグルはサクラに引っ張られながら、クラマに顔を向ける。


「……言っていいの?」


「あ、嫌な予感がするから言わなくていいです」


 そのクラマの返事に対して、メグルはピッと人差し指でクラマを指して、言った。


「女たらし」


 メグルはサクラと一緒に家の中に消える。

 家の外でぽつんと取り残されたクラマは、ひとり呟いた。


「そんなことないよー?」


 その言葉に同意する者はおらず。

 ただ風だけが、彼の虚しい言葉を何処か遠くへ運び去る優しさを見せた。





 クラマがお茶を持ってパフィーの部屋に行くと、2人の話は盛り上がっていた。


「やっぱそう! そうでしょ!? どこにもないのよブリーチ! も~先っちょだけ色が変わったままだからおかしくて……」


「いいじゃん、かわいいよ」


「そっ、そう!? そっかな~」


「こっちの世界の人は髪を染めても、すぐ戻って意味ないらしいんだよね。まあ、私はそれよりパーマかけられないのがあれかな」


「えぇー!? もったいないよ! せっかくサラサラで綺麗なのに!」


 ……などと、異世界の不満で盛り上がる女子高生と女子中学生。


「お茶だよ~」


 そして、そんな空気にも臆せず突撃していくのがクラマという男である。

 小さな丸テーブルを囲んで、お茶をすする一同。

 サクラはカップから口を離して言った。


「うーん、お茶はパフィーのが一番ね。パフィーいないの?」


「今日は街の図書館に行ってるね」


「ふーん、勉強熱心ね~。あたしは本とか見るだけでダメ」


「眠くなるよね」


 うんうんと同意するクラマに、メグルは嫌疑の目を向ける。


「あなたは勉強できるから違うでしょ」


「え、そうなの!?」


 驚くサクラ。

 メグルはクラマを指さして言う。


「このひとの通ってた高校って都内でも有名な……」


「あ~っ! そういえばパフィーが作ったお茶菓子あったんだ~! サクラちょっと下から持ってきてくれないかな!?」


「え、なんで。自分で行ってよ」


「あぁ~、足が~、足が痛い~、けどサクラが言うならしょうがないか~、足が悪くなってもサクラの言う事ならな~」


「うっ……い、行くわよ! ちょっと待ってなさい!」


 サクラは席を立って階下へと向かった。

 すっくと立ち上がるクラマを、メグルは見上げる。


「……昔の話されるのは嫌なの?」


「そんなことないよ。ああそうだ、いいもの見せてあげる」


 と、クラマは鳥籠に入った緑色の小鳥、拘束されたフォーセッテを取り出してメグルに渡した。


「ンンンンンンン!」


「なにこれ? なんでこんな縛ってるの?」


「凶暴なんだそいつ。メグルにも反応してるから、やっぱり地球人が嫌いみたいだね」


「ンンンンンンン!」


 フォーセッテは狂ったようにメグルの手をつついているが、クチバシを覆う拘束具のおかげで無傷。

 メグルはフォーセッテを自分の目線に上げて、目を見つめる。


「怖くないよ……大丈夫だよ」


 優しくフォーセッテの頭を撫でるメグル。


「ンンンン……ンン……ン……」


 するとフォーセッテは徐々に目蓋を下げていき……やがてコトリと手のひらの上で転がった。


「……寝てる」


「かわいーじゃん」


 新たな生態の発見だった。

 その後、お茶菓子を持ってきたサクラと共に、しばらくジャパニーズトークに花を咲かせた。

 夕方近くになるとサクラは用事があるからと言って出ていき、メグルも自分の貸家に帰る。




「……で、松葉杖ついてる人が送っていくってのはどうなの?」


「いやあ、僕も外に出る用があったから」


「ふーん」


 と、道を歩いていると横道から突然、人の群れが通り過ぎた!


「どいたどいた!」


「うわっ、とぉ!」


 クラマが道ばたに転倒した。

 一様に同じ装備をした5人の集団。

 冒険者ギルドの救助隊だった。


「わりぃな兄ちゃん! 急いでるんでよ!」


 男たちはそれだけ言って走り去っていった。


「……大丈夫?」


「うん、ありがとう」


 メグルが手伝ってクラマを立たせる。

 クラマが立ち上がったところで、メグルが口を開いた。


「救助隊か……バコスとナメロトは、救助隊に入ろうかなって言ってるんだよね。なんか3階までしか行かなくていいし、実際は救助じゃなくて遺品回収しかやらないから、すっごい楽なんだって」


 救助隊は3階まで進んで攻略を諦めた冒険者が、よくスカウトされる。

 肩書きは冒険者ギルド職員となるので給料が良く、装備も支給されるので赤字になることがない。冒険者を引退する者にとっては人気の就職先であった。


 ハァー、とメグルはため息をついた。


「また運量が溜まったらダンジョン行かなきゃいけないんだよね。私もダンジョン行くのやめたいけど、ケリケイラが反対してるし……」


「そうだね。僕もそう思う」


 理由なくダンジョンに行かないでいると、冒険者ギルドから罰金が課せられてしまう。

 どうしてもダンジョンに行きたくない地球人が、ギルドに泣きついたという話はあるが……その地球人がどうなったかまでは、誰も知る者はいなかった。


 そうこう話していると、メグルの貸家に到着。

 クラマと別れて家に入ったメグル。

 それを出迎えたケリケイラは、持っていた荷物を放り出してメグルのもとに駆け寄った。


「だだだだ、大丈夫でしたかヒメ!? 2人きりになったりしませんでした!?」


「ヒメじゃない。なんでそんな慌ててるの。2人きりになったけど何もなかったよ」


「そうですか……それは良かった」


 ほっと胸を撫で下ろすケリケイラ。

 その様子にメグルは首をかしげる。

 確かにメグルの目から見てもクラマは女たらしな所はあるが、ケリケイラの反応では、まるで女と見るや誰でも彼でも襲いかかる淫獣のような扱いだった。


「やっぱりクラマと何かあったの?」


「いえー……それは……あれ? ヒメ、なんか運量少なくないですかー?」


「え?」


 メグルが自分の札を確認すると、2000近くあったはずの運量が、ほぼゼロに近くなっていた。


「何に使ったんです?」


「あれ? 使ったかな……? んんー……?」


 思い返してみても、運量を使用した記憶はどこにもなかった。


「しょーがないですねー、次の探索の予定は後ろにずらしましょう」


「あ、うん……」


 どこか釈然としなかったが、探索までの日取りが伸びたことをメグルは喜んだ。






「ンンンンンンン!」


「あっ! こんな口枷つけて! かわいそう!」


 その日の夜、返ってきたパフィーが拘束されたフォーセッテを見つけて、慌てて拘束を解いた。


「ウェェェイ」


「いやあ、誰だろうねこんな事したの」


「クラマしかいないわ!」


「ヴェオオオオ!」


 そこへイクスがひょっこりと顔を出す。


「クラマ。ご飯、まだ?」


「あっ、今行くよ」


「わたしも手伝うわ!」


 クラマとパフィーが台所に立ち、夕飯を作る。

 その日の献立はチェーニャ鳥をメインに据えて、唐揚げに卵のスープ、それから鳥肉と卵焼き、焼きウォイブで野菜を挟んだハンバーガー風。


「はい、めしあがれ」


「めしあがれー!」


 歓声があがって、皆が箸を進める。


「唐揚げは初めて作ったけど、どうかな」


「うんまぁ~い! ニニオソースが抜群に合うっスねぇ~!」


 大絶賛の次郎。

 皆口々に、美味しい美味しいと同意する。

 そんな中でイクスは一心不乱に食事へ集中していた。


「イクス、どう?」


 クラマの声にイクスはぴたっと手を止めて顔をあげた。

 そしてコクリと首を縦に振ると、再び食事に戻る。

 その姿は一生懸命に食べ物を頬張る小動物のようだった。

 その隣でサクラが不満を漏らす。


「唐揚げにはレモンでしょ。レモンないの?」


「ああ、代わりになりそうなのは一応あるよ」


「もー、最初にかけておいてよー」


 あ、これ渡しちゃ駄目なやつだ。とクラマは思った。




 食事の後。

 片付けを終えたリビングに、クラマとイエニア、パフィー、レイフ、イクスが残る。

 そこへ何処かから帰ってきたティアが顔を出した。


「遅くなりまして、申し訳ございません」


 ティアが到着したところで、会議が始まった。

 今回はイクスのパーティーについて詳しく聞くのが目的だ。

 イクスは皆に向けて語る。


「わたしたち3人は、ここに来る前から組んでたパーティーだった。初めて会った時は10人くらいの洞窟探索の募集で一緒になったんだけど、わたしたち3人だけが生き残って。なんだかんだでパーティーを組むことになったの」


 大剣使いのトゥニスに、魔法使いのオルティ。

 とりわけリーダーのトゥニスは、相当な手練れだったという。


「感覚が鋭くて、トゥニスが不意打ちを受けてるのは、それまで見たことがなかった。本人は“敵意の動きが分かる”って言ってた。感覚派だから、理屈をこねるのが好きなオルティとはいつも喧嘩してたけど」


 そう言うイクスの口ぶりには、親しみが込められていた。


「ふたりとも生きてないかもしれないけど……生きてるなら助けたい。それを手伝ってくれるなら、なんでも協力する。……あと、あの地球人も」


「地球人はどんな人?」


 クラマが尋ねると、イクスはクラマを見上げる。


「クラマと似てる。同じくらいの歳の男で、名前はアンジ」


「アンジ……苗字は?」


「えっと……忘れた。ごめん」


「……何か特徴とかは? 背丈とか、体格とか」


 クラマの矢継ぎ早の質問に、イクスは少ない記憶を思い起こした。


「身長はクラマより少し高い。でもクラマより細かった。あと、特徴は…………すけべだった」


 その言葉に反応するイエニア、レイフ、そしてパフィー。


「あ、それはクラマと似てますね」


「そっくりじゃない。ねえ?」


「……地球人って、みんなすけべえなの?」


 突然の集中砲火を受けたクラマ。

 クラマはやおら立ち上がり、弁明に走る。


「ちょ、ちょちょちょ、ちょーっと待った! 僕はそこまでの変態ではないよ! 一緒にしてもらっては困る!」


「スケベとしか言ってないのに。でもスケベだってこと自体は認めたみたいね」


「その件に関してコメントは控えさせていただく」


 クラマはキリッとした顔で椅子に座り直した。

 場が混迷としてきたところで、イエニアが仕切り直す。


「後は当時の状況を、可能な限り詳しく教えてもらえますか?」


 言われてイクスは覚えている限りを話した。

 イクスが語り終えた後……


「……分かりました。それでは、私たちはその3人の救出を手伝う。そしてイクスは私たちの探索を手伝う。という事で、皆さんいいでしょうか」


 全員が頷く。

 クラマは表情に不安げな色の残るイクスへと、力強く告げた。


「大丈夫、絶対に助けるから。僕に任せて」


 まっすぐに見据える真剣な瞳。

 イクスは半ば諦めかけていたが、クラマのその言葉に、希望が湧き上がるような気がしていた。

 クラマを見上げていたイクスは、俯いて言う。

 希望とともに湧き出た涙を隠すために。


「……うん。ありがとう……」


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