42話
画家の屋敷を出たクラマとイエニア。
連れだって帰り道を歩いていた彼らは、その途中でパフィー、レイフ、サクラ、一郎の4人組を発見した。
クラマは4人に声をかける。
「おっ、珍しい取り合わせだね。買い物かな?」
「ええ、アッシは荷物持ちでさぁ」
答える一郎。
パフィーはイエニアの前までぱたぱたと走ってきて尋ねた。
「イエニア、イクスの服は買った?」
「ええ、ちゃんと買いましたが」
「ちょっと見せて」
イエニアが購入した荷物をパフィーが確認する。
確認後、パフィーは顔をあげて言った。
「やっぱり! これじゃあ全然足りないわ!」
「えっ、そうですか?」
「必要最低限じゃだめよ。イクスは家の中から出られないんだから、お洒落したり、家で楽しめるものも買ってあげないと」
「うっ……」
お洒落に関して年下の子供に説教をされて、何も言い返せないイエニアであった。
確かにそうした事には疎いんだろうなあ……と、クラマはこれっぽっちも飾りっ気のないイエニアの下着を再び思い出していた。
そこへ、レイフがひらひらと手を振って言う。
「こんなことだろうと思ったのよね~。まあ、ひとり遊びできるモノは私が選んでおくから、安心してちょうだい」
「これっぽっちも安心できないんだよなあ、その言葉。なんでだろうなあ」
クラマの言葉にレイフは両手の拳を前に出し、人差し指と中指の間からニュッと親指を突き出すジェスチャーを返した。
不安しか感じられない動作だった。
一方、イエニアはそんなやり取りも目に入らない様子で、じっと思案していた。
やがて意を決したように口を開く。
「……すいません一郎さん、クラマを家までお願いできますか?」
「ええ、アッシは構いやせんが」
「私は彼女たちの買い物についていきます。クラマは先に帰っていてください」
いかなる風の吹き回しか。
サクラと一郎が首をひねるかたわら、パフィーとレイフは何かに納得したように頷いている。
そうして、女性たちは雑踏の中へと消えていった。
「……なんだか寂しいもんですねぇ、旦那」
「いや、寂しくなんてないよ」
一郎の言葉に、クラマはフッと笑う。
「一郎さんがいるからね」
「旦那ぁ……!」
男2人も仲良く街を闊歩するのであった。
クラマは家に戻る前に納骨亭でセサイルに教えを受けたり、居合わせたバコスやナメロトに昼食をおごってもらったり、迷子の子供の親を探したりしてから、貸家に戻った。
そして夜……。
「――狭いわ!」
揃って食卓を囲む夕飯の最中、サクラがそんな叫びをあげた。
5~6人用のテーブルを囲んでいるのはクラマ、パフィー、レイフ、イエニア、サクラ、一郎、次郎、三郎、ティア、そして新たに加入したイクスで計10人。
あまりに狭すぎた。
すでに限界を突破していた。
「ごめん。わたしのせいで……」
イクスがうつむき加減に顔を伏せた。
慌ててサクラがフォローする。
「あ! 違う違う、イクスを責めてるんじゃないから!」
そこへ、ここぞとばかりに男たちが囃し立てていく。
「あーあー、新人が入った途端にパワハラかぁ~」
「アネゴ……」
「かぁーっ! 失望したっスよ俺っち!」
「おっぱい小さい同士、仲良くして欲しいでござる……」
「パワハラじゃない! でも三郎のそれはセクハラだから!」
と、そんなふうに騒いでいるところへ、イエニアから冷静なツッコミが入る。
「そもそも、サクラ達がここへ食事をしに来るのが原因なのでは?」
正論であった。
とはいえ反論もある。
すかさずクラマが擁護した。
「いやあ、でも一郎さんがおかずの種類を増やしてくれるから成り立ってる説があるからね。あ、ティア。そこのイルラユーヒ炒めのお皿取って」
「どのお皿でしょう」
「ティア、あなたの一番手前にあるイルラユーヒが2つ残っているお皿ですよ」
イエニアに教えられて、ティアはどうぞとクラマに皿を渡す。
サクラはその皿を恐怖の眼差しで見つめている。
「クラマはよく食べれるわね、あんなの……」
サクラの隣にいるイクスが、フォークに刺さった青白い幼虫を見せながら言う。
「……食べないの?」
「絶対やだ!」
「そう……」
視線を落とすイクス。
イクスの落胆した様子を見て、サクラは何か悪い事をしたような気がしてしまう。
テーブルの奥ではクラマがウマイウマイと、わざとらしい大声を出して炒めた幼虫を食べる。
「うー……」
サクラはなんだか自分だけが取り残されているような空気を感じた。
迷っている様子のサクラに、イクスがもう一度声をかけた。
「おいしいよ?」
「う……うぅ……」
クラマと同様に、サクラもこちらの世界に来てから美味しいものに飢えていた。
誘惑、孤立、罪悪感、焦燥、そして嫌悪。
様々な感情がないまぜとなった葛藤。
そうした果てに……サクラはとうとう震える手で、その物体を口に入れた。
身震いするような悪寒を必死に押さえこんで、咀嚼。
……そして、サクラは言った。
「おいしいーーーーーやだーーーーーーーー」
それは善きも悪きも織り込んだ、なんとも複雑な感想であった。
食後。
食器を片付けてクラマが部屋に戻ろうとしたところで、その背中にイクスの声がかけられた。
「……クラマ」
「うん? どうかした?」
振り向いたクラマに、イクスが尋ねる。
「明日はクラマが作るの?」
「食事の当番? いや、明日はパフィーだけど」
「そう……」
イクスはそれきり何も言わない。
ただ、じーっとクラマを見つめている。
「ええと……他に何か?」
「べつに、ないけど」
何も用事はない。
用事はないが、イクスはクラマの顔をじっと見つめてくる。
「……………明日は僕が作ろうかなあ」
「そう」
その言葉を聞くと、イクスはスッと引っ込んでいった。
残されたクラマは漠然と思った。
ひょっとして、このまま僕が専属料理番になる流れなのではないか……と。
それからクラマはパフィーの講義を受けて、サクラと一緒に魔法の練習をしてみるも全く使える気がしなかったりと色々あって……。
「う~っ、いててて……」
クラマは浴室にいた。
一面が木で出来た浴室は、温泉旅館を思い起こすような、なかなか風情のある空間であった。
肩と足の傷を庇いながら、クラマは体を洗う。
そうしていると不意に、脱衣所の方から物音がした。
何かなと思って目を向けると、磨りガラスの奥には特徴的な影。
鎧を着たイエニアのシルエットだった。
クラマは怪訝に思って声をかける。
「イエニア? どうかしたの?」
「……クラマ、怪我の具合はどうですか」
「全然大丈夫だよ。水が染みて痛くて死にそうなくらいさ!」
イッツジョーク。HAHAHA。……とアメリカンに笑っていると、脱衣所の方からガチャガチャという金属音がしてきた。
続いてゴトッ、と重いものが床に置かれる音。
クラマが扉を見やると、磨りガラスの奥のシルエットには、鎧を脱ぎ去ったイエニアの輪郭が映し出されていた。
はて、これは……と無言で注視するクラマ。
シルエットはゆっくりと扉へと近付き、扉の前でしばらく停止した後……ゆっくりと扉が開かれ、その姿を現した。
そこにいたのは、水着姿のイエニアだった。
水着は上下に分かれているタイプで、バスト部分は白のハイネック。
胸元を首まで広く覆った、露出の少ない形である。
ショーツ部分は2枚の重ね穿きだった。
青を基調とした爽やかな柄のビキニの内側に、白のTバックショーツがちらりと見える。
重ねて2枚穿いているので守りが堅いという体裁を持ちつつ、その内側への想像力を掻き立てる前衛的な構造だった。
間近で見るイエニアの体は、鍛えているだけあって健康的で、瑞々しさがあった。
肩や二の腕、太股、腹筋などにはしっかり鍛えた跡が浮き出ており、ところどころに傷跡も見られる。
水着のチョイスはそれらをあえて隠さず、修飾するようであった。
布地を多く守りの姿勢を見せながらも、攻める所は攻める。
イエニアの格好良さと可愛らしさを、見事に両立させていた。
そんな姿でクラマの目の前に立った彼女は、普段の凛とした佇まいとはうってかわって、ひどく緊張した面持ちだった。
「あ、あの……そんなに見ないでください」
イエニアはクラマの視線から目をそらし、両手で体を隠そうとする。
しかし見るなというのは、クラマにとってみれば無茶な話だった。
イエニアは申し訳なさそうに言葉を続ける。
「水着を見たいと言っていましたが……失望したでしょう? レイフと違って、私の体は女らしさが微塵もありませんから……」
「そんなことない。綺麗だよ」
クラマの直球の返しに、イエニアは狼狽えた。
「え、あ、いや、それは……ありがとぅ、ござぃ、ます……」
イエニアにしては珍しく、しどろもどろな対応。
およそ今まで生きてきた中で、異性から一度も言われた記憶のない言葉であるため、その動揺は無理からぬことであった。
どう返したら良いか分からぬイエニアは、朱に染まった顔で、ちらりとクラマの様子を見る。
にこっと笑って返すクラマ。
……その顔。表情を見て、はっとイエニアは気がついた。
「い、いや! 分かってますよクラマ! あなたは誰にでもそう言うのでしょう!」
「えぇー? いやいや、そんなことないよー」
そんなことないわけがない。
と、気を取り直したイエニアは、クラマの背後へと回った。
「怪我で体を洗いにくいでしょうから、今日は手伝いに来たんです」
「水着を自慢しに来たんじゃないの?」
「いえ、それは……まあ………ち、違いますよ」
イエニアは喋りながら、液状の石鹸を布に垂らして泡立てる。
「それに……水着はサクラが選んでくれたものですし……」
「あ、そうなんだ」
確かに言われてみれば、日本っぽいセンスだとクラマは納得した。
イエニアはクラマの背後から足の方へと手を伸ばして、傷に触れないよう、丁寧に泡のついた布でこすっていく。
体勢としては、かなり無理がある。
クラマの足を洗おうと手を伸ばせば必然、体は密着することになる。
イエニアの胸がクラマの背中に押し付けられた。
「よっ、と…………あっ」
自分の体が押し付けられていることに気付いて、慌てて体を離すイエニア。
その感触にクラマは、あることを思い出していた。
イエニアが着ているハイネック型の水着。
これはクラマの知識によれば、肩幅を小さく見せる効果があり、また、胸パッドをたくさん入れられるタイプの水着であった。
水着を選んだのはサクラだという。
背中に押し付けられた感触に、クラマはサクラの優しさを垣間見た。
イエニアはどうしたものかと逡巡していたが、意を決してクラマの背中を離れた。
そうして極力クラマの下半身へ視線を向けないようにしながら、足の先にまで手を伸ばしていく。
「あ~、いい。いいよー、イエニア。そう、そこ……もっと強くしていいよ。そう! そうそうそう……いい! 上手上手……あー、気持ちいいね~」
「……あの、クラマ……痛くないかどうかだけ教えてくれればいいのですが……」
イエニアに注意されて口を閉じるクラマ。
そうすると今度は、浴室の中をイエニアの微かな吐息と息遣いだけが聞こえるようになる。
「んっ……しょ………ふぅ………ん……」
無言だと集中できるのか、イエニアの動作にも次第に熱が籠もってくる。
それにつれて吐息も徐々に大きくなり、浴室を水っぽい音色が反響していった。
足だけで終わりではなく、イエニアは再びクラマの背後に戻ると、背中、肩、腕と続けていく。
それまで熱心に洗体していたイエニアだったが、不意にクラマに向かって話しかけた。
「……こうして見ると……傷、多いですね……」
クラマの腕や背中には、いくつもの傷跡があった。
「そうかな。冒険者の人たちの方が多いと思うけど」
「それはそうですが……地球では、あまり争い事がないと聞いていましたので」
地球というより日本の話だった。
「手の火傷は、こっちに来てからですね。私の知らないところでも……あなたはどこにいても、そうなのですね……」
その口調からは、若干の批難が混じっているように感じられた。
「私は望んで騎士になりましたが、あなたはどうしてそこまで、人のために体を張るのですか?」
「うーん、僕もこっちの世界に生まれてたら、騎士になってたかもね」
「それは無理でしょう。騎士には多くの規則がありますから、クラマはすぐに除籍されるでしょうね……一応、うちの騎士団には例外がひとりいますけど……あ、いや、ふたり……かな……」
「例外多くない?」
「……色々あるんです」
「色々ですか」
「はい……」
イエニアはクラマの両手を洗い終わって、次は胸へと手を伸ばす。
するとイエニアの顔がクラマの耳元に近付き、吐息が直接、クラマの耳へと届いてくる。
背後から抱きしめるような形で、イエニアの両手がクラマの胸板を這う。
「……ただ……私はもう、騎士ではないのかもしれませんけど……」
どういうこと? とクラマが尋ねると、イエニアは自嘲するように答えた。
「爪トカゲの群れから逃げる時に、盾を捨ててしまったから……」
クラマは以前にイエニアが言っていたことを思い出す。
彼女の盾は正騎士の証であり、たとえ剣と命をなくそうとも、盾と誇りを失うなと言われている……と。
しかし一時的に床へ投げただけで、盾はすぐに回収されている。
「いやいやいや、それはノーカンじゃない? さすがに厳しすぎるでしょ」
イエニアはクスリと笑う。
「ふふっ、そうですね。ちょっとした冗談です」
こうした冗談をイエニアが言うのは珍しかった。
……イエニアの手はクラマの胸板からお腹の方へ下がる。
後ろから鼻歌のようなリズムが漏れてきているのに、クラマは気がついた。
浴室で2人きりという、いつもと違う状況がそうさせるのか。
気付かぬうちに、普段は見せない別の一面が表に出てきているようだった。
イエニアは詩の一節を吟ずるかのように、クラマの耳元で囁いた。
「でも……たまに思うんです。私が騎士じゃなかったら……飾りのない、ただの自分として出会えていたら……」
その声は次第に懺悔じみた色を帯びる。
まるで、秘した胸の内を告白するかのように――
「……偽らずに、あなたと向き合えたら……」
その時。
それは、まるで図ったようなタイミングだった。
――コン、コン。
脱衣所の扉が叩かれる。
イエニアは電気に打たれたようにビクッ! と跳ねた。
脱衣所の外から声が聞こえてくる。
「ご入浴中、申し訳ございません。クラマ様」
届いてきたのはティアの声。
「……!!」
イエニアが今までに見たことのないくらいに狼狽している。
クラマはとりあえず外のティアに返事をした。
「どうかしたー?」
「探し物をしておりまして。脱衣所に入ってもよろしいでしょうか?」
クラマはイエニアを見た。
イエニアはぶんぶんと首を横に振っている。
クラマは答えた。
「いいよー、どうぞー」
「~~~~~!?」
慌てふためくイエニア。
イエニアはきょろきょろと周りを見るが、隠れる場所などない。
磨りガラスの外から脱衣所の扉が開く音。
イエニアは咄嗟に湯船の中に飛び込んだ!
そのすぐ後に、脱衣所へ踏み込んだティアが呟いた。
「おや、この鎧は……」
「ああ、それね。僕が来た時には置いてあったんだ」
「左様ですか」
「うん。ティアは何を探してるの?」
クラマの質問。
それに対してティアは、脱衣所と浴室を隔てる磨りガラスの目の前に立って答えた。
「イエニア様を探しております」
ちゃぷん、と湯船に水が跳ねる音がした。
「そっかー、どこにいるんだろうね」
「クラマ様」
磨りガラスの目の前に直立したティアのシルエットは、そこから微動だにしない。
「はい」
「ラーウェイブ王国の王女たる御方が、よもや婚姻関係にない殿方に対して、自ら肌を晒すような真似などなさる事は決してないと、わたくしは固く信じております」
コポコポコポ……と空気の音が湯船から聞こえてくる。
クラマはわずかに思案し、ティアの言に対して、こう返した。
「それはつまり……イエニアの素肌を見たら、結婚しろっていうことかな?」
ゴボゴボゴボッ!
湯船から人が溺れるような音がした。
「いいえ、そういう事ではございません。……ただ念のため、浴室の中を拝見してもよろしいでしょうか?」
クラマは答える。
「うん、いいよー」
湯船の中が一転して、しんと静まり返った。
緊張した空気。
静寂が、湯気の立つ浴室の中を反響する。
しかし、それも数秒のことだった。
「……いえ、やはりやめておきます。失礼いたしました。引き続き、ごゆっくりお寛ぎください」
そうして、ティアは脱衣所から退出していった。
しばらくしてから、湯船の中からざぱ、とイエニアが立ち上がる。
クラマが見上げると、イエニアは両手で自分の顔を覆い隠していた。
「……先に出ます」
「あ、うん」
ずーんと沈んだ足取りで、イエニアは扉に向かう。
そして去り際に一言。
「すいませんでした。ここでのことは忘れてください……」
なんだかひどく落ち込んだ様子で、よろよろと外へと出ていったイエニア。
残されたクラマはというと……
「いや、忘れてくれと言われてもなあ」
まったく忘れられそうになかった。
言われた言葉も。
イエニアの水着姿も。




