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41話

 ダンジョンから戻ってきた翌日に朝食を終えて。

 クラマはイエニアと一緒に診療所へ行くため、玄関に来ていた。

 そこで見送りに来たパフィーと問答になる。


「だめよ! クラマの頼みだから言う通りに詠唱を入れたけど、クラマが持っていたら絶対に無茶なことに使うもの!」


 先日手に入れた魔法具。

 クラマが提案した新しい魔法をパフィーに入れてもらったが、パフィーはその魔法具を頑としてクラマに渡さなかった。


「そんなことないよー、信用ないなあ。ねえ、イエニアも何か言ってあげて」


「分かりました。新しい魔法具は、そのままパフィーが管理していてください」


「あれぇー?」


 イエニアの言葉に力強く頷くパフィー。

 2人の意思疎通は万全だった。

 そんなやりとりをしてから出発しようとしたところで、奥からそっとイクスが顔を出した。

 イクスに気付いたクラマが問いかける。


「あれ、イクス。どうかした?」


「……食事はクラマが作らないの?」


「ああ、当番制だからね。今日はレイフの番だから」


「そう……」


 イクスはそれだけ言って姿を消した。

 それを見てそういえばと、思い出したようにイエニアは言った。


「途中の道に服屋がありますから、イクスの服も買って帰りましょう」


 そうして、クラマとイエニアはパフィーに見送られて街へと繰り出していった。






 ――ニーオの診療所。


「傷は広いけど、そこまで深くないみたいね。一応ひとりで歩けるようだし。わりかし早く治るとは思うけど……しばらくは松葉杖を使って」


 クラマは女医のニーオから、爪トカゲに受けた傷の診察を受ける。


「肩の傷も化膿(かのう)してる様子もないし……ま、これは解毒魔法のおかげね」


 大丈夫というお墨付きをもらって一安心のクラマとイエニア。

 後は包帯の代わりに軟膏の塗り込まれたシートを張りつけ、傷口を乾燥させない等のアドバイスを受けて、診察は終了。

 帰ろうとしたクラマ達だが、ニーオに引き止められた。


「ああ、ちょっと時間あるかしら? あなた達に是非とも会いたいっていう人がいてね」


「おっと? 僕のファンかな?」


「……かもしれないわね」


 といってニーオが紹介したのは、案の定の人物。

 先日ダンジョンから保護した地球人男性。

 ダイモンジ=ダイスケだった。


「ああ……君たちが助けてくれたんですね……本当にありがとう……」


 深々と頭を下げた彼にクラマとイエニアは少し目食らった。

 病院に運び込んだ時はガリガリに痩せ細っていたので、目の前にいる恰幅(かっぷく)のいい彼と頭の中で一致しなかったからだ。

 逆に言えば、それほどまでに過酷な生活だったという事でもあった。


 話を聞くと彼は、日本ではオーダーメイドの衣装製作で生計を立てる個人事業主だった。

 裁縫ばっかりやってきたので、格闘技どころかケンカもした事がなく、ダンジョン探索なんてどだい無理な話。

 彼がそれを口にして伝えた時の、冒険者たちの呆れた顔と半笑いが目に焼き付いているという。


「それで……助けてくれた君たちに……恩返しできないかと思って……こんなものを作ってみたんだ」


 そう言ってダイモンジが出してきたのは、一枚の白いコートだった。


「まだ作りかけだけど……防刃コートを作ってみたんだ。最初は鎖帷子(くさりかたびら)を考えたけど……重くなると探索の邪魔になると思って……」


 クラマが手に取ると、確かに軽い。

 今は冒険者用のチェインメイルの中で最も軽いものを着用しているが、それに比べても遥かに軽かった。

 しかも滑らかで手触りが良く、光沢のあるような感じで高級感がある。


「中で四層に編み込んであるんだ……元は防弾ベストに使われた技術なんだけどね……こっちでも絹と似たような……弾力のある素材があったから……高貴な身分の人が肌着に使っているようだけど……」


 この前に見たイエニアの下着は、まったくそんな感じはしなかった。

 クラマはイエニアを見る。

 ……イエニアは目を閉じていた。

 黙して語らず。

 イエニアはこの話題に対して反応をすれば、すなわちそれは敗北を意味するということを、しっかりと心得ていた。


 ダイモンジの話へ、ニーオが横から補足する。


「素材はアイーツセヤ……大橋蜘蛛の糸ね。私も試してみたけどメスも通らないし、柔らかいからサンドバッグに最適。ありがたく使わせて貰ってるわ」


「それはいいですね! 私にもひとつ欲しいくらいです」


 イエニアが突然話に乗ってきた。

 クラマとダイモンジが顔を見合わせる。


「こっちの世界の女性はみんなこんな感じなんでしょうか……?」


「この2人が特別だから安心していいですよー」


 イエニアとニーオが、男2人をジロッと睨んだ。


「キャー、コワーイ!」


 クラマはダイモンジに抱きついた。

 心の底からため息をつく、イエニアとニーオであった。


 その後、防刃コートに関してクラマの希望を伝えて、完成したらクラマのところへ持ってきてくれるという事になった。






 クラマとイエニアの2人が診療所を出て、その帰宅の(みち)

 クラマは松葉杖をつき、イエニアがそれに付き添って歩いている。

 その2人の前方に予期せぬ人物が現れた。

 この街……いや、この国の最高権力者。評議会議長・ヒウゥースである。

 ヒウゥースは相も変わらず丸々と肥え太り、成金趣味が丸出しの出で立ちをしていた。


「おお! これはこれは王女殿。このようなところで会うとは奇遇ですな! 王女殿におかれましては、ご機嫌も麗しく……」


「イエニアで構いません。世辞も結構です。今は王女ではなく冒険者としてここにいますから」


「ほほっ、これは失礼」


「では、申し訳ありませんが、急いでいますので」


 と、関わり合いになりたくないという態度を隠そうともせず、通り過ぎようとするイエニア。

 その行く手をヒウゥースが大きな体で阻んだ。


「いえいえ、ここで会ったのも何かの縁! なに、お時間は取らせませんよ。貴女にとっても良いお話がありましてね」


「しかし……」


 イエニアはちらりとクラマを見る。

 ヒウゥースにはクラマの釈放の件で、お目こぼしを貰った経緯がある。

 つまり借りのある状況だ。

 彼の機嫌を損ねた場合、悪くすれば適当な理由をつけて再逮捕……などといった事も有り得る。

 イエニアとしては非常に断りにくかった。

 そんなイエニアに、ヒウゥースはどんどん話しかけてくる。


「いやなに、実はダンジョンの宣伝のために、新しいポスターを作ろうと考えていましてな。宣伝であるからには、見栄えのいい人物画が不可欠! しかし国外にも通じる喧伝力(けんでんりょく)となると、見栄えの他に肩書きもなくては……と、そんな無理難題に頭を抱えていたのですよ」


 クラマやイエニアにも話が見えてきた。

 つまりは、ポスターのモデルになれということだ。


「そう! そんな時に偶然出会えるとは、これ以上ない適任者に! これも私の信奉する芸術の神の思し召しですかな、ほっほっ」


 なんとも白々しかった。

 多忙を極める一国の首長であり商売人が、こんな街中をのこのこ歩いているはずがない。

 最初からこのために出向いてきたのだ。

 だとすると余計に、この話は断りにくい。


「……それなら場末の酒場によくいるセサイルの方が適任では? 旧四大国のひとつソウェナ王国最後の将、“赤熱の双剣”、“怒れる餓狼”英雄セサイルの武勲と勇名を知らぬ者はいないでしょう。小国の第19王女に過ぎない私などより、よほど」


「ハハッ、ご謙遜を! 聞けばイエニア殿は騎士団に入って2年目にして、御前試合に優勝して騎士団最強の称号を得たとか。決して見劣りは致しません。それに宣伝に使うのならば、やはり女性がいい!」


「う……それは………」


「もちろん引き受けて頂ければ、報酬はお支払いしますとも! これは冒険者としての依頼としてお考え頂きたい!」


「………………」


 悩めるイエニアの横で、クラマはヒウゥースに対して感心の思いを抱いていた。

 評議会議長というのは、制度の違いはあれど、他国にすれば国王に相当するものだ。

 それが相手に王女の肩書きがあるとはいえ、わざわざ足を使って出向いて、丁寧な言葉で話を提示してくる。

 ひなびた田舎街を瞬く間に巨大商業都市へと変えた、敏腕経営者。

 権力者である以前に、根っからの商売人。

 それがクラマの察したヒウゥースの人物像だった。


 イエニアが不承不承と口を開く。


「はぁ……仕方ありませんね……」


「おぉ! やって頂けますか! であれば、丁度すぐ近くに懇意にしている画家がおりますので、そちらへ!」


 偶然近くにあるという体で、ヒウゥースはイエニアを連れて行く。

 クラマもそれについて行った。

 画家の家に通されると、イエニアの前に立ったヒウゥースが、その目の前に布切れを掲げて告げた。


「さ、それではこれに着替えを」


「――はい?」


 それは水着だった。

 しかも、とびきり布地の少ない。


「ちょっ……ちょっと! 聞いていませんよ! 水着だなんて!」


「おっと! これは説明不足でしたかな。モデルといえば水着、これは業界では常識ですからな、説明するまでもないかと。ハハッ」


「っ……そういう事でしたら帰らせてもらいます! 行きますよ、クラマ!」


「ままままま、落ち着いて! お連れの方も見たいでしょう、彼女の水着姿を!」


 突然ヒウゥースから振られたクラマは、即答した。


「見たい」


 イエニアの足がぴたりと止まった。

 ヒウゥースが歓喜の声をあげる。


「そうでしょう、そうでしょうとも! その調子で、是非あなたの方から彼女に説得を!」


「イエニアの水着、見たいな~」


「く、クラマ……!」


「モデルになれば目立てるだろうし……」


「うっ、それは……そう、ですが……」


 思わぬところから出現した伏兵。

 イエニアはくらりと目眩(めまい)がした。


「ほほっ、正直なのはいいことだ! あなたとは気が合いそうですな!」


「いやあ、男ならこのくらい当然。普通でしょう」


 そうして、なぜか意気投合した2人の大合唱が始まる。


「み・ず・ぎ! み・ず・ぎ!」


「あっそ~れ、み・ず・ぎ! み・ず・ぎ! ハイッ!」


 イエニアはその合唱を聞きながら目を閉じ……ダンッ! と勢いよく剣の鞘を床に突き立てた!


「――水着は、着ません!!」


 断固とした意思表示。

 その目には、絶対に譲れぬという思いが見て取れた。

 どうあっても無理と悟ったヒウゥースは素早く金額の交渉に切り替えて、モデルは鎧姿のままということで話を決めた。

 そうして、イエニアは画家のアトリエに通される。

 下書きだけでいいからすぐ終わるとのことで、クラマは隣の部屋で待たされることになった。


 隣の部屋に聞き耳をたてるクラマ。

 すると扉が開いて、見知った人物が入ってきた。


「……何してるんですか?」


 壁に耳をつけているクラマに、呆れたように声をかける女性。

 ケリケイラだった。


「いや、芸術と称していかがわしいことが行われているのではないかとね!」


「あはは、真面目な人だからそれはないですよー」


 ケリケイラはクラマにお茶のカップを手渡して、隣に座った。

 クラマはそんな彼女に、当然の疑問を投げかける。


「ケリケイラはどうしてここに?」


 彼女は笑って答えた。


「地球人の運量が溜まるまで暇じゃないですかー。だから普段は配送の仕事をしてるんですよ。この家の主人は買い物を全部配送で注文するんで、一番のお得意様ですねー」


 ネット通販か、というより生協の宅配かな? とクラマは考えた。

 ずず、とお茶をすするクラマ。

 ケリケイラはどこか違うところを見ながら言った。


「……このまえ渡した魔法具、ちゃんと換金できました? いや、かなり容量が少なかったんで、心配になって」


「ごめん、ダンジョンから帰る途中で落としちゃって」


「そ、そうだったんですかー」


「うん。せっかく貰ったのに、ごめん」


「あああ、いやいや! いいんですよー、そんなこと。元から拾い物ですしねー」


 ちょっと微妙な空気になったところで、ケリケイラが話題を変える。


「足の方は大丈夫ですか?」


「ああ、うん。そんなに深くないって」


「それは良かった。ところで、あの3人の誰と付き合ってるんですかー?」


「――ぼふッ」


 クラマは鼻からお茶を噴き出した。


「けほっ! おふッ! ……いきなり来るね。なんだって、そんなことが気になるんだい」


「やー、うちのヒメ……メグルが気にしてたもんで。なんかそっちの貸家の場所を調べてましたよー」


「まじで?」


「まじで」


 急な来客には注意するようイクスに言っておかないとな……と、クラマは考えた。


「それで誰と付き合ってるんです?」


 再度の問い。

 それにクラマは真面目な顔をして答えた。


「誰と……というか全員?」


「はい?」


「むしろ僕のハーレム? 酒池肉林? みたいな?」


「あっはっは、またまたー」


「いやいやいや、昨夜もイエニアが離してくれなくてねー、いやあ参った参った」


 ……などと話し込んで時は過ぎ。

 コンコン、と扉をノックしてイエニアが顔を出した。


「お待たせしました。帰りますよ、クラマ」


 部屋を見たイエニアはケリケイラに気付き、軽く挨拶をする。

 そうしてクラマとイエニアは、画家の屋敷を後にした。



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 クラマ達が帰った後。

 アトリエとはまた反対側の、クラマがいた隣の部屋。

 ケリケイラが扉を開けると、暗い室内にディーザがひとり佇んでいた。


 彼は最初から隣の部屋に潜んでおり、クラマの言動に嘘がないかどうかを、魔法で検知していたのだ。

 結果――


「……心音と感情の揺らぎはなかった。貴様との会話の中で、奴は一切嘘をついていない」


 ケリケイラはディーザに気付かれないよう、小さく安堵の息をついた。

 ディーザは思ったような結果が出ず、苛立った気配を見せる。

 怪しい、と感じている。しかし結果が提示された以上は、それに従わなくてはならない。ただ「怪しい気がする」という理由で動いては、他の冒険者との公平性を欠いてしまう。


「……杞憂(きゆう)か。いや、いやいや……奴はすでに問題を起こしている危険分子には違いない。……そうだな。おい、それとなく奴を見張っておけ。何か不審な点があればすぐに報告しろ。また隠し事をすれば……分かっているな?」


 ディーザの目が射抜く。

 ビクッ、とケリケイラの肩が震えた。


 それからディーザがケリケイラを押しのけて部屋を出ていった後。

 ケリケイラは薄暗い部屋の中、虚ろな視線を彷徨(さまよ)わせて、呟いた。


「私……私は………」


 顔を覆う。

 その手は小刻みに震えていた。


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