40話
酒が尽きるとともに宴は終わり、メグル達のパーティーは帰り支度を始めた。
彼らはだいぶ飲んでいたはずだが、
「あァ? こんなもん水と同じだ」
とのことだった。
当人の言う通り、足取りもしっかりしている。
去り際にケリケイラがクラマの前に来て、妙なデザインをしたベルトのバックルを渡した。
「冒険者の遺品から見つけた魔法具です。容量は残り少ないみたいですけど……お礼に渡せるものが、そんなものしかないので」
黒い炎を象った禍々しいデザインだった。
「ありがとう。いいの?」
「いいんですよー、私が持ち帰っても、ろくなことに使いませんからねー」
そう言って、彼らは笑顔で去っていった。
クラマは渡された魔法具をイエニアに見せる。
「まあ、彼らが持ち帰ると5割引で換金されてしまいますからね。私たちが持ち帰れば自分たちで使用できますので、元の持ち主にとってもその方がいいでしょう」
確かに、と納得すると同時にクラマは少し引っかかった。
ダンジョンでの拾得物はすべて地上で換金。
じゃあ、どうしてケリケイラは「持ち帰ってもろくなことに使わない」なんて言い方をしたのだろう……?
メグル達のパーティーが去った後。
パフィーはすでに眠っており、イエニアとレイフは酔いが残り、クラマの怪我もある。
というわけで、ここで一晩休んでいくことになった。
比較的安全な場所だが、念のため交代で見張りをする。
……しかし見張りの隙をついて、暗闇の中からひっそりと忍び寄る影があった。
その人影は音を立てずにクラマ達の荷袋へと近付き、手早く開いた。
すると――
「えっ? わあぁぁぁーーーー!?」
人影は網に絡め取られて、宙吊りにされた!
それまで寝たふりをしていたクラマが、バッと起き上がる。
「確保! 確保ぉーーーーーーーーっ!!」
「な、なに? なにこれ!?」
じたばたともがく窃盗犯。
だが、絡まった網からは逃れられない。
クラマの声に他の皆も集まってきた。
イエニアがランタンで下手人の姿を照らしあげる。
犯人は薄汚れたローブを身にまとった、紫の瞳とライトブルーの髪をした少女であった。
レイフは少女の姿を眺めて言う。
「んー、見覚えがあるわね。ギルドで手配されてる殺人犯じゃない? 仲間殺しの……」
レイフの言う通り、少女の人相は冒険者ギルドにある手配書の似顔と一致していた。
イエニアが吊り下がった少女に向けて問いかける。
「という事ですが、どうなのですか?」
「………………」
少女はその頃には暴れるのをやめて、すっかり大人しくなっていた。
代わりに、問いかけに対して何も答えない。
すべてを諦めたように、焦点の定まらぬ瞳でだらりとしている。
その後も名前や、いつからここにいるのか等、色々と聞いてみたが一切の反応がなかった。
「心量が少ないですね……受け答えできない程ではないはずですが」
少女の心量は残り34。
会話できないほどではないが、動いたり考えたりするのが、だいぶ億劫で苦痛に感じる範囲だ。
これ以上減ると行動不能になるので、魔法具も使えない。
「何も言わないのであれば、ギルドに引き渡すしかありませんね」
仲間を3人殺した指名手配犯。
捕まればどうなるかは、法律やギルドの規約を聞かずとも、クラマにも予想ができた。
クラマはしばし思案したが……やがて口を開いた。
「パフィー、調べてもらっていいかな」
「……いいわ。やってみる」
本来なら、何も考えずにギルドに引き渡していい案件である。
そうすればお金も入って、懐も潤う。
わざわざ探索の貴重なリソースを消費することはない。
ただ、イエニアもレイフも、この調査に異を唱えることはなかった。
「オクシオ・オノウェ……ユハイーオハ・ユナ・ヒシイーガ・サワツニシ・サハ・ビージャーボ・ナアシイーオ・セウィウ……ひんやり、すずしい、土の底。眠ってしまったお友達。ちちち、ちちちと、子守唄。あなたのおくちが、奏でたの? さあ、5つめの扉を開きましょう。――オクシオ・センプル」
> パフィー心量:389 → 344/500(-45)
パフィーの魔法が成功。
「違うわ。この人は仲間を殺してない」
パフィーの言葉を受けて、全員が顔を見合わせた。
……また難しいことになった。
つまりは冤罪ということだが、果たしてこれを証拠としてギルドに連れて行っていいものか?
冒険者に制限を課して、あえて攻略させないようにしている冒険者ギルドに対しては、強い不信感がある。
また、クラマたち自体に後ろめたいところが多々あるため、こうした火種を公の場所に持って行きたくないという思いもある。
「……やはり、まずは詳しく話を聞いてからですね」
イエニアは少女を吊り上げた網を降ろした。
そうして自由になった少女に、再び問いかける。
「手荒な扱いをして申し訳ありませんでした。それで、どうでしょう。何があったか話して頂けますか?」
「………………」
少女は答えない。
近付いてくるイエニアから距離を取ろうとしており、まだ警戒しているようだった。
少女のボロボロになった髪の毛や顔つき、衣服を見れば、かなり長いことダンジョン内に潜伏していたことが分かる。
ひとときも休まる事のない過酷な日々の中で、警戒心が強まるのは無理からぬことだった。
どうしたものかとイエニアは考える。
そこへ……
くぅぅぅ。
かわいらしい音が鳴った。
目の前の少女の腹の虫だった。
続く静寂。
目を見合わせる一同。
それから少女に集う視線。
少しだけ気まずげに視線をそらす少女。
その静寂を、クラマが切り裂いた。
「食事にするぞォーーーーーーイ!!!」
部屋中に響き渡る大声で、クラマは宣言した。
そんなわけで、食事の支度である。
今回は携帯食料ではなく、ここぞとばかりにクラマが納骨亭マスターの教えを発揮するべく、腕を振るう。
クラマは鍋に油をひいて、火にかける。
そして取り出したのは、とれたての爪トカゲ肉であった。
使用する部位は、爪トカゲの肉の中では比較的柔らかい、背中から脇腹にかけての部位。
クラマはなんとこれを宴会の前から今まで、お酒の中に漬け込んでいた。
臭みが強くて固い爪トカゲの肉だが、酒に漬けることで臭みが取れ、柔らかくなる。
クラマはそれに調味料を揉み込んで、下味をつけてから焼く。
両側を軽く、表面の色が変わるあたりまで。
表面を焼いておくことで、煮込んだ際に肉の旨みが外に溶け出さず、しっかり中に閉じ込めておくことができる。
焼き上がったところでクラマは水と、爪トカゲの上腕の骨、それと小さく切った腹の皮を入れて煮込む。
爪トカゲは、この上腕の骨が最も良いダシが取れるのだ。
腹の皮は、爪トカゲはあまり腹をつけて歩かないため柔らかく、少し煮込めば食べられる。
ここで本当なら野菜を一緒に煮込みたいところだが、ダンジョンの中では持ち合わせがないので、クラマは少しだけ持ってきた香草と、干しキノコを入れた。
臭みを緩和するために持ってきた香草だが、今回は運良く酒も手に入ったので、奇しくも臭み対策は万全となった。
最後にクラマは、納骨亭マスターから譲り受けた、秘伝のタレを投入。
これはマスターがダンジョンによくいる獣に合うようにと試行錯誤の末に作られた代物で、十数種類の調味料とスパイスを混ぜ合わせたものだ。
味は甘めの味噌に近く、ピリッと辛い。
スパイスは臭みを消したり食欲を増進したりするだけでなく、解毒作用もある。
非常に濃厚で、ほぼ固形に近いそれを鍋に入れてかき混ぜ、後は待つのみ。
……芳ばしい香りが漂ってくる。
「クラマ、ねえまだ?」
レイフが落ち着きなく急かしてくる。
クラマは答えた。
「まだだよ、あと少し」
「……もういいんじゃない!? ねえ、どう?」
「マダダヨー」
宴からそれほど時間が経っていないのに、食い意地の張ったレイフであった。
なるほど、その食欲からくる栄養はすべて胸の方へと流れているのだなあ、とクラマは人体の神秘に感心した。
「……できました~!」
「ひゃっほ~!」
「やっほー!」
レイフとパフィーから歓声があがる。
クラマは湯気をかきわけて鍋から骨を取り除いてから、鍋の中身を取り分けた。
レイフは少し離れた場所でチラチラと鍋を見ている少女に、湯気と香り立つ器を手渡した。
「はい、どうぞ」
「……………」
少女は無言で受け取る。
器が行き渡り、待ちに待った食事の時間が始まった。
クラマはまず、立ち上る湯気から香る薫りを楽しんでから、スープをすする。
かーっと胸の中に温かさが広がった。
ダシの利いたスープに混ざったスパイスが食欲を掻き立てる。
これによって心身ともに準備を整えたクラマは、ついに本丸へと侵攻を開始する。
そう、肉である。
やや大きめのブロック肉。
もうもうと湯気をあげるそれに、クラマは大きく口を広げて歯を立てた。
ぐっ、と力を入れるまでもなく、簡単に歯が沈み込んでいく。
それでいて歯応えがある。
口に入れても臭みはなく、むしろ濃厚で芳醇な肉の味と香りが口いっぱいに広がった!
「おいしーい!」
「これは……なかなか……はふ、はむっ」
「いやー凄いわー、これは重たい鍋を背負ってた甲斐があったわ~」
「いやそれは大変申し訳ないと思っているよ……」
みんな笑顔で、それぞれに箸を進めている。
「この皮もコリコリしていいわね。あー、お酒飲みたくなってきた~」
腹の皮はモツのような食感だった。
そんな和やかな空気で盛り上がるクラマ達を観察していた少女だったが、やがて恐る恐るといった感じに、小さな口に肉を運んだ。
「――!」
一口、二口、噛む。
はむ……はむ……ごくり。
「ぅ…………」
すると突然、少女の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「あら、大丈夫?」
レイフがその肩に手を置いた。
少女は顔を隠すように俯いて、小さく首を縦に振った。
そうして何度も柔らかな肉を頬張る。
「うぅ……おいひぃ……おいひいよぉ……」
泣きながら咀嚼する彼女に、レイフは軽く背中を撫でて優しく微笑んだ。
その後、鍋が空になると少女は自分のことを語りだした。
彼女の名前はイクス。
だいたい30日くらい前に、3人の仲間とともにこの街へ来たという。
冒険者ギルドに登録して、召喚された地球人を連れてダンジョンに潜ったが、地下4階で何者かに襲われた。
イクスは魔法具を使ってその場を逃れたが、仲間達の安否は不明。
助けを求めに地上に戻ったら、なぜか警備員に捕まりそうになったので、再びダンジョンに入ってこれまで逃げ続けてきた。
「わたしが逃げずに戦えば……助けられたかもしれないのに……わたしのせいで……」
俯いてそんなことを言うイクスの肩に、レイフが両手を回してぎゅーっと抱きしめた。
「そんなことないわよー、あなたが生きててくれて良かったわ。よく頑張ったわね」
「…………ん」
イクスはレイフの胸に顔をうずめた。
状況が把握できたところで、クラマが口を開く。
「さて、どうしたもんだかね」
イクスの情報だけでは、何に襲われたのだかも、いまいちよく分からない。
獣と、それを操っていた人物がいるっぽいような話で、なんとも曖昧だった。
「パフィー、調べられるかな?」
クラマはパフィーに尋ねてみるが、パフィーは難しい顔だ。
「……4階の、その襲われた場所まで行けば、いけるかもしれない。今の状況じゃ厳しいけど……試してみる?」
クラマはイクスを見る。
イクスはレイフの腕の中で、じっとクラマを見つめていた。
「そうだね。念のため、やってみてくれる?」
「わかったわ」
そうしてパフィーは、イクスが何に襲われたかを魔法で調査した。
> パフィー心量:344 → 247/500(-97)
「……だめ。ひとつだけ分かったけど、イクスを襲った獣が死んでしまったということだけ」
「ということは……」
クラマとイエニアは視線を交わして、互いに頷いた。
「4階に行くしかない、と」
単純だがハッキリした結論を得て、ひとまずそこで今回の探索を終えることになった。
イクスはクラマ達の貸家に連れ帰ることになり、こうしてまたひとり、新しい仲間が増えたのであった。
ダンジョン地下4階。
ここが冒険者たちにとっての、ひとつの境界となっていた。
地下4階に降りると、そこからの生還率が極端に落ちる。
故に多くのパーティーは、1階と2階を行き来して狩人のような生活をしている事がほとんどだ。
死の色濃い、彼岸に佇む領域。
クラマはまだ知らない。
そこには、クラマにとっての“運命”が待ち受けていることを――




