38話
そこは学校の教室くらいの、少し開けた空間だった。
声がするのは上の方。
壁に備え付けられた金属の梯子の上に、4人の男女がいた。
男2人に女2人。
見るからに冒険者パーティーだ。
先ほどの助けを求める声の主は彼らだろうと推察された。
そして彼らを下から見上げる10数匹の、人間と同サイズの爬虫類――爪トカゲ。
状況を見るに、上にいる冒険者たちは爪トカゲから逃れるために梯子を登ったが、降りられなくなった。
爪トカゲは冒険者を追い詰めたが、その異様に長い爪のために梯子を登れず、獲物が降りてくるのを待っている。
……といった感じだった。
そんな現場に乗り込んだクラマ達に対して、爪トカゲの群れがその狙いを変えるのは必然の出来事であった。
10数体の爪トカゲが、一斉に振り向いた。
「――下がって!」
イエニアが叫んだ。
いかに数が多くても、通路まで戻れば一度に相手するのは2匹程度。
無傷でとはいかないだろうが、解毒の魔法もある。
まだ何とかなる範囲……のはずだった。
レイフが通路ではなく、反射的に部屋の端へと逃げてしまわなければ。
「え? あっ……!」
不手際に気付いて切り返しても、もう遅い。
最も手前にいた爪トカゲが、すでにレイフの目前に迫っていた。
――ドッ!
鋭く長大な爪が肩に突き刺さる!
しかしそれはレイフの肩ではない。
咄嗟に割って入った、クラマの肩だった。
「クラマ……!」
クラマに押し倒される形で倒れたレイフ。
その瞳に、もう一方の腕を振り上げる爪トカゲの姿が映った。
「クラマ! 後ろ!」
レイフが叫ぶ。
だがクラマはレイフを庇って動けない。
槍のごとき長爪がクラマの首筋に振り下ろされる!
……だがその寸前、イエニアの投じた剣が爪トカゲの首を貫いていた。
血しぶきをあげて倒れる爪トカゲ。
しかし、倒したのは10匹以上もいるうちの1匹に過ぎない。
入れ替わるように何匹もの爪トカゲが、クラマとレイフの眼前に迫る。
「お――あああああああああああああ!!」
イエニアが雄叫びをあげた。
そのまま盾を前方に構えて突撃する!
横合いからの猛烈なチャージ。イエニアはクラマに迫ろうとしていた3匹を押し倒しながら、2人の前まで駆けつけた。
パフィーもしっかりとついて来ている。
これで4人が部屋の角で固まって、爪トカゲの群れに包囲される形になった。
クラマが叫ぶ。
「イエニア、上だ! 2人を上に!」
上、と言われてイエニアの目が一点に向いた。
部屋の奥で4人の冒険者が梯子を使って上部に逃げているのと同様に、自分たちの側にも金属の梯子があった。
――トカゲ達が迫ってきている。
考えている時間はない。イエニアは盾を捨て、パフィーとレイフを掴むと飛び上がるように梯子に足をかけた。
そしてパフィーを上に放り投げ、レイフを担いで登る。
……イエニアの気持ちが逸る。
レイフを担いで上がる4~5秒。この間に、下に残したクラマがトカゲの爪に引き裂かれ、惨殺されているのではないかと。
そんな想像を振り切って、イエニアはレイフを投げ込むようにして押し上げた。
「クラマ……!」
イエニアが振り返った時、爪トカゲ達を押し留めていた木の棒が弾けたように割れるのを見た。
クラマは部屋の角と棒で三角形を作るように、棒を横に突っかけてトカゲ達の侵攻を防いでいた。
その防壁の役割を果たした棒も破壊されると、雪崩のように爪トカゲがクラマに押し寄せ――
それより先にクラマは動いていた。
腰に下げた銀の鞭。これを上に向かって振り上げる!
――イエニアがレイフを上にあげて振り向いたのと、ほぼ同時の事だった。
目の前に飛んで来た鞭の先。
それをイエニアは掴む。
そして力いっぱい引き上げた!
クラマの体が宙に浮く。
間一髪、爪トカゲの波に押し潰される寸前で、クラマは空中に身を逃れた。
引き寄せたクラマを、しっかりと抱きとめたイエニア。
こうして4人はなんとか当座の危機を脱することができた。
部屋の上部はかなり広く、下を見下ろせるように豪華な椅子が並べられていた。
しかしそんな周辺の作りを見分するよりも先に、クラマは指示を出す。
「レイフ、水を出して! ひとつ残して全部! パフィーは詠唱を。あれを使うよ」
「ま、待ってくださいクラマ。先に手当を」
クラマは肩を刺されている。
しかもこれは汚物にまみれた爪トカゲの爪なので、解毒もしなければならない。
しかしクラマは首を振ってそれを否定した。
「あいつらがこの下で固まってる今がチャンスなんだ」
と、クラマは下にいる爪トカゲの群れを指す。
すぐ下では、あと一歩のところで獲物を取り逃した爪トカゲの群れが、恨めしそうに頭上のクラマ達を見上げていた。
イエニアもそう言われては、クラマを信じるしかない。
パフィーは既に詠唱を始めている。
「オクシオ・ヴェウィデイー……ボース・ユドゥノ・ドゥヴァエ・イートウ」
パフィーの胸当てが淡く輝く。
そこへレイフが荷袋から水を取り出した。
「イエニア、下の連中に水をぶちまけて」
イエニアは怪訝な顔をしつつも、クラマに言われた通りに水袋に入った水をばら撒いた。
下にいる爪トカゲ達と、その床下が水浸しになる。
クラマはそこへ、先端に鉤爪を取り付けた鞭を振るう!
鉤爪は手前にいた爪トカゲの背中に突き刺さり、刺されたトカゲはギィッと鳴き声をあげた。
「ここにはない、どこかの光。あるはずなのに、だれも知らない、世界のひみつ。今だけ顔を覗かせて。自然の中の、4つの力の、そのひとつ」
パフィーが両手を前に差し出す。
それに合わせてクラマは銀の鞭の根本をパフィーの手の前に合わせた。
そうして、パフィーの詠唱が完成する。
「さあ、4つめの扉を開きましょう。――ディスチャージ!」
> パフィー心量:429 → 404/500(-25)
パッ、と下で光が散った。
火花と言うには大きな瞬きが、部屋を満たす。
それと同時に不快な音が鳴り響いた。
――ヂィィィイッ!!
突然のことに驚いて耳をふさいだイエニアとレイフ。
それはほんの一瞬の出来事で、すぐに収まった。
イエニア達は恐る恐る下を覗き込む。
……そこには折り重なるように倒れて、痙攣する爪トカゲ達の姿があった。
電撃。
クラマが火炎放射の代わりにパフィーへ魔法具の設定を頼んだのが、これであった。
パフィーは電気を知っていたが、この世界では電気の存在を知る者は少ない。この世界には雲がなく雨も降らず、雷が存在しないからだ。
また、知っている者でも普通は攻撃に使おうとは考えない。
魔法の作用範囲は狭い。魔法で作ったものを遠くへ飛ばすことはできるが、発生させられる距離は非常に短かった。
どうしても使うなら槍で鍔迫り合いの際に使用する程度だろうが、木は電気を通さないので全て金属製、なおかつ手元は絶縁体、という特別仕様にする必要がある。
しかも継続的に電気を流すとなると、相当な心量が消費されてしまい割に合わない。
しかしクラマは、違法露店で銀の鞭を見て、これは使えると思った。
銀の電気伝導率は、あらゆる金属の中で最大である。
長く伸びる鞭は、遠くの敵へ減衰することなく電気を届かせることができる。
後は手元の握りをゴムにして、感電を防ぐ。
これに一瞬だけ電気を通すことで、少ない心量の消費で、大型獣をも一瞬で仕留める必殺の一撃が可能となった。
「もう降りても大丈夫。イエニア、すぐ起き上がるかもしれないから、とどめをお願い」
今回は銀の鞭から直接当てたわけではないので、威力は弱まっているはずだった。
イエニアは若干不安そうな顔をしながらも水浸しの床に降りて、一匹ずつ爪トカゲの首を狩った。
その間、上ではクラマがようやく手当を受けることができていた。
上半身の服を脱いだクラマに、パフィーが包帯を巻く。
レイフがパフィーの胸当てを借りて解毒の魔法を使用した。
> レイフ 心量:420 → 390/500(-30)
パフィーは心量の使い道が多いため、緊急時でなければ、レイフが代わりに魔法具を使用することになっていた。
「これでよし……あっ!」
包帯を巻き終えたパフィーが声をあげた。
パフィーの視線の先はクラマの足。
ふくらはぎのあたりが引き裂かれ、血まみれになっていた。
鞭で引き上げられた際に、トカゲの爪が届いていたのだ。
「な、なんで言わないの!」
パフィーが慌てて手当をする。
「いやあ、気付かなかったね。でも言われてみると……あ、急に痛くなってきた。いたたた、いた、あ、パフィーそれちょっとマジいだだだだだあいいぃぃぃ!!」
パフィーは止血剤を振りまいて、傷口をギュッと縛った。
緊急事態においてはアドレナリンやエンドルフィン等の脳内物質の働きにより痛覚が抑えられるが、気が緩むと同時に痛覚は復活する。
クラマはしばらくの間、ギャーギャーと騒いでのたうち回った。
> クラマ 運量:7898 → 7900/10000(+2)
> クラマ 心量:87 → 89(+2)
> イエニア心量:482 → 466/500(-16)
> パフィー心量:399 → 390/500(-9)
> レイフ 心量:420 → 406/500(-14)




