37話
> クラマ 運量:9196/10000
> クラマ 心量:92
> イエニア心量:495/500
> パフィー心量:472/500
> レイフ 心量:441/500
諸々の準備を整えて、三度ダンジョンへ降りたクラマ達。
今までと変わらずクラマが先を進み、イエニア、パフィー、レイフがそれに続くという構図。
幅狭い坑道の地下1階。
獣多き海蝕洞の地下2階。
これらをパーティーは難なく歩を進め、地下3階へと降り立った。
> クラマ 運量:9196 → 9083/10000(-113)
> クラマ 心量:92 → 89(-3)
> イエニア心量:495 → 489/500(-6)
> パフィー心量:472 → 467/500(-5)
> レイフ 心量:441 → 433/500(-8)
地下3階は、これまでとはまた雰囲気がガラリと変わっていた。
不揃いの赤い石が敷き詰められた壁面。
古めかしくて、狭い通路。
どこか陰鬱な、息苦しい空気が漂う。
「……ダンジョンか」
そんな呟きがクラマの口をついて出た。
「ダンジョン」とは本来、「地下牢」を意味する言葉である。
地下3階の雰囲気は、まさに中世ヨーロッパの地下建築といった様相だった。
探索を始める前にクラマがピッと手を挙げた。
「ハイ、報告があります。ワタクシ、今回はカンニングいたしました!」
ここ数日間、納骨亭でセサイルから地下3階の情報を仕入れていたことを告げる。
おー、と3人から感嘆の声があがった。
「セサイル……あの人ですか。意外ですね。あまり人にものを教えるようなタイプではないと思っていましたが」
「ていうか、今回もよね? 前も他の冒険者から先に教わってたでしょ」
「でも油断しちゃだめよ! 何か必要なことがあったら遠慮なく言ってね!」
クラマは頷いて、地下3階の探索を開始した。
カツン、カツン。
石畳を進む4人の足音が反響し、迷宮の奥へと澄み渡っていく。
地下3階ではこれまでと違って、一瞬で人を即死たらしめる機械仕掛けの罠が張り巡らされている。
それに対してセサイルから教わった対策は簡単なものだった。
この階では、先に攻略した冒険者パーティーが、罠のある手前に目印を残している。
目印は光に当たると反射して発光しているように見える、ウェユートバドという獣の毛皮。
これが壁に打ち付けられているのだ。
「へぇ~、楽でいいじゃない」
このフロアは2階と違ってマッピングも簡単なので、レイフもご機嫌だった。
「でも4階から先は駄目なんだって。なんか、目印をつけてもいつの間にか消されたり、分からなくされてるんだとか」
クラマは目印を頼りに、ひとつひとつ罠を回避して進んでいく。
蜘蛛の巣状に刃が張り巡らされた落とし穴。
仕掛けを踏むと壁から出て両足を切断する刃。
手をつくとトラバサミに挟まれ、そのまま小さな壁の穴に全身を引きずり込む壁。
どれも残虐極まりなく、落ちている人骨が目印の代わりになっている場所も多々あった。
「うぇ~、嫌すぎるわねこれ」
探索を進めると、ご機嫌だったレイフの顔がどんどん引きつっていく。
そうして歩いていると、不意に金属音が鳴った。
キン、キン……。
クラマが気付いて足を止める。
音の発生源は、クラマの手元。
棒にくくりつけた糸から垂らした、2つのコイン。
クラマはこのフロアの探索を始める際に、「目印の消えている罠が近くにあったら、危険区域に入る前にコインがぶつかって音が鳴って欲しい」という願いを、あらかじめ使用していた。
これまでに何度か鳴っていたが、今回は札を見ると運量が消費されていた。
> クラマ 運量:9083 → 9031/10000(-52)
ダウジングの手法からクラマが考案した新しい方法であった。
通常、ダウジングでは振り子や曲がった針金などが使われるが、ダンジョン内での気付きやすさを考慮してコインを使用することにした。
クラマは立ち止まり、メガネをかけて周囲を観察する。
すると前方右側の壁にあるドアの前、天井にいくつもの穴が開いているのに気がついた。
クラマは棒の先にラバーを取り付ける。
前回、大熊と一緒に焼けてしまった棒の代わりに新しく(パフィーが)作り、クラマの発案によって先端を付け替え可能になるよう(パフィーが)進化させた棒。名付けてファランクス・オブ・アレクサンドロス・ザ・サード……略して“棒”であった。
クラマは棒を操り、遠くから器用にドアノブを回す。
その瞬間、数十本もの鉄の槍が天井の穴から突き出した!
「よし。パフィー、この付近に他にも罠が残ってないか調べてくれる?」
「ええ、わかったわ! オクシオ・オノウェ! イーギウー・ダジェエヨ・ナウェ・ユイーネバエハ・ギヒ・イウェハシ……真っ赤な布団に眠る彼。寝ようと誘う鉄の腕。他にも腕は伸びてるかしら? さあ、5つめの扉を開きましょう。――オクシオ・センプル!」
> パフィー心量:467 → 439/500(-28)
パフィーが魔法によって周囲の罠を探知する。
「……大丈夫よクラマ、近くに他の罠はないわ!」
「ありがとうパフィー。じゃあ、皆ついて来て」
クラマの後についてイエニア、パフィーが槍衾の横を通過する。
最後にレイフだが……
「あら? あらあら? ちょっ、引っかかって……!」
横歩きで通り抜けようとしたところで、背中に荷袋を背負っているレイフは、胸部前方に搭載した脂肪の塊が引っかかって通れずにいた。
どうやら早く通ろうと焦って、荷袋を下ろせばいいということに気付いていないようだった。
「……………………」
3人は無言で顔を合わせた。
そうしていると、降りた槍が天井の穴に戻る。
――ジャキッ!
「うひゃあっ!? うわわわわ……」
レイフは慌てて罠を抜けた。
……3階の探索を始めてから2時間。ダンジョンに入ってから計4時間ほど経過したところで、パーティーは落ち着ける場所を見つけて食事休憩に入った。
> クラマ 運量:9031 → 8428/10000(-603)
> クラマ 心量:89 → 88(-1)
> イエニア心量:489 → 485/500(-4)
> パフィー心量:439 → 434/500(-5)
> レイフ 心量:433 → 426/500(-7)
全員が輪になるように座って、レイフが降ろした荷袋から携帯食料を広げた。
彼らが頬張っているのは乾燥ウォイブ。原料は違うが、だいたいパンと同じようなものだ。
乾燥させれば長時間保存ができ、携帯にも便利。
水をかければ、もちもちした餅のような食感になる。
この世界では多くの国で主食として愛されている食べ物で、焼く、揚げる、鍋に入れるなど、国によって様々なバリエーションの調理法がある。
レイフは水でふやけすぎてベトベトになったウォイブに苦戦しながら話す。
「そういえば、ここは獣が出ないのね」
3階に降りてからこっち、罠の処理ばかりで獣とは一度も遭遇していなかった。
イエニアはガリガリと乾燥ウォイブをかじりながら答える。
「罠が危険すぎますからね。何度か小動物の気配はしましたが」
「はぁ~……ああいう罠は見るだけで嫌ね。スイッチさえ押さなければ動かないって分かってても」
レイフは心底嫌そうにため息をついた。
そこにクラマが横から口を挟んだ。
「そうなんだよね。ここの罠って、怖がらせるために作られてると思う。お宝も眠ってないだろうし、できるだけ罠を避けて下の階を目指した方が良さそうだね」
そう言いながら、クラマは水でふやかしたウォイブに塩をつまんで味を調えている。
「確かにおおよそ探索されているでしょうから、拾得物はあまり期待できませんね」
「それもあるし、このフロア自体が侵入者の行く手を阻もうという気がなさそうなんだよね。罠は凶悪だけど、多くて2人くらいしか巻き込まないし、先に誰かが引っかかれば残りの人は先に進める仕組みになってる。機能的じゃないんだよね」
「確かにそうですね……」
「それに大切なものを隠しているなら、自分は通れなきゃならない。罠をオフにできないと危なすぎる。けど、これまで色んな冒険者に探索されてるのに、いまだに罠が作動してる。つまりここを作った人間は、ここを自分で通る気がないんだと思う」
「なるほど。……では、こことは別に、宝へ向かう別のルートがあるという可能性はありませんか?」
「あるかもしれないね。1階の時みたいに、誰にも知られていない場所が。……でも、探すにもある程度の目星がついてないとなぁ……パフィー、できる?」
クラマはパフィーに疑問を投げた。
パフィーは乾燥ウォイブを少しずつ水につけて、お行儀よく食べている。
「ううん、難しいと思うわ。仮にできたとしても、ものすごく心量を消費してしまうわ。ここが何の施設で、隠されているものが何なのかが特定できていればいいのだけれど」
何を調べたいのかが漠然としていると駄目だということだった。
「じゃあ、こうしてみよう」
クラマは棒を地面に立てると、呪文を唱えた。
「エグゼ・ティケ。この施設に隠されている裏道があるとして、このフロアをくまなく探索すれば発見することが可能かどうか? 可能であれば右へ、不可能なら左に倒れて」
棒は左に倒れた。
> クラマ 運量:8428 → 8204/10000(-224)
「ダメみたいだね。大人しく次の階に進もう」
先ほどのコイン・ダウジングと同様、サクラの運量を使って調査することで新たに発見できた、二択の裏技である。
もちろん何でも調べられるわけではなく、ポイントは「時間をかければ今の自分たちでも可能なこと」だ。
今の自分達ではどうやっても調べられないことは特定できないが、調べても意味のないことを調べる無駄な時間を省くことができる。
それを聞いてレイフは、もう一度大きなため息をついた。
「ふわぁ~。それじゃあ、ここを作った人は単なるド変態のサディストだってコトね」
「そういう事だね」
「そーゆープレイはお断りなのよーーー」
レイフは子供のようにゴロゴロと床の上を転がった。
そんなレイフにパフィーは近付いて尋ねた。
「ねえレイフ、そういうプレイって何かしら……?」
クラマとイエニアは、ハッと顔を見合わせる。
そしてレイフの口を塞いでパフィーから引き離した。
「もがもが……こ、こういうソフトな拘束プレイなら……むぐ」
そうして、パーティーは探索を再開。
クラマはこれまでに得た知識・経験を駆使して、次々に罠を攻略して奥へ進んでいく。
目と鼻の先をノコギリの刃が通り過ぎようと、腐敗した冒険者の亡骸があろうと、狼狽することなく体を張ってパーティーの安全を確保する。
まるで熟練の冒険者に率いられるような頼もしさを、イエニア達は感じていた。
探索の最中、クラマ達は奇妙な一行に遭遇した。
5人組で、全員が同じ灰色の、同じ装備。
ガスマスクと頭がすっぽり覆われる兜、チェインメイルを装備した一団だった。
「救助隊ですね。彼らは冒険者ギルドの職員で、冒険者からの救助要請があると出動します」
こちらに気付いた救助隊の隊員も、手をあげて挨拶してきた。
そうしてクラマに声をかけてくる。
「お! 納骨亭にいた兄ちゃんじゃねぇか!」
「え、誰?」
マスクのせいで全く分からなかった。
「おう! ちょっと待ってろ、今外すからよ」
「おいバカ、外すなって言われてんべよ」
「おおっと! そうだった、そうだった」
別の隊員に止められて手を止める。
「わしらはこれから帰るとこだからよ、気ぃつけてくれや! 突き当たりの右奥の部屋は毒ガスが出るから入るんじゃねぇぞ!」
「うん、ありがとう」
そうして救助隊は立ち去っていった。
彼らが横を通り過ぎる際に、生々しい血まみれの死体が肩に担がれているのがクラマの目に留まった。
救助隊が見えなくなってから、イエニアが口を開く。
「救助隊といっても、ダンジョンから戻った冒険者の要請を聞いてから出動たところで、とても間に合いません。彼らの仕事は遺体と遺品の回収になるようです」
「なるほどね……」
クラマは得心して、探索を再開した。
それからだいぶ探索は進んで、そろそろ夜営の準備をしようかという頃。
依然として変わらぬ様子の赤い迷宮。
しかし突如として、何処からか人の声が、石の通路を反響してクラマ達の耳に届いた。
「誰かーーーーっ! 助けてくれーーーー!」
声を聞き、クラマ達はその発生源へと向かった。
クラマ達が進んだ、その先に待ち受けていたのは……
> クラマ 運量:8204 → 7898/10000(-306)
> クラマ 心量:88 → 87(-1)
> イエニア心量:485 → 482/500(-3)
> パフィー心量:434 → 429/500(-5)
> レイフ 心量:426 → 420/500(-6)




