36話
役割を終えて帰ろうとするサクラに、パフィーが残念そうに声をかけた。
「もう帰っちゃうの? ねえ、今日は一緒に寝ましょう? いいでしょ?」
特に断る理由のないサクラは、快く承諾する。
「いいわよ」
「やったあ!」
「よーし、今日は一緒に寝ようか」
パフィーとクラマは両手でタッチする。
その流れにサクラは首をかしげた。
「え? なんでクラマも? おかしくない?」
「3人一緒に寝られるなんて、今日は賑やかね!うれしいわ!」
パフィーの純真な笑顔に、サクラは何も言えなくなる。
代わりに隣で何か粉薬を飲んでいるクラマに言った。
「……なに飲んでるの?」
「睡眠薬。サクラも飲む?」
「いらない……」
「ウェェェイ」
灯りを消した部屋で、大きめのベッドに3人が横たわる。
クラマとサクラの間にいるパフィーはにこにこ顔で、両側の2人と布団の下で手を握っている。
「おかしい……絶対おかしいと思う、これ……」
サクラは布団で顔を半分隠しながら、ぶつぶつと呟いていた。
一方のクラマとパフィーはダンジョン攻略について話している。
「魔法具に入ってる魔法って変えられないのかな?」
「できるわ。でも心想律定を入れ込む魔導結晶に容量があって、入れ直すたびに容量が減ってしまうの。レイフの魔法具なんかは、これ以上減ったら何も入らなくなってしまうわ」
「じゃあさ、提案があるんだけど……」
……などと話している様子を、サクラは呆れた顔で眺める。
「こんな時でも、そういう話なのね……」
仕事中毒ってこういう事かしら、とサクラは思った。
会話に入れないサクラを見て、パフィーが話題を変える。
「せっかくサクラがいるんだから、サクラも関係ある話をしましょ! サクラは基本的に心量が100以上あるわよね?」
「ん。ええ、そうだけど」
「実はね、地球人は魔法具で設定したものしか魔法が使えないと思われているけど、これって少し違うの。わたしたち魔法使いも、心量が100以下になると成功率が著しく落ちるのよ。これってどういうことか分かる?」
すかさずクラマが合いの手を入れる。
「ほほう、という事は……心量が100以上なら、地球人も魔法具に頼らず魔法が使えると」
「そう! 正解よ!」
心量が最高の状態のサクラでも、多くて2回しか使えないわけだが、それでも覚える価値はありそうだった。
そしてそれは普段100を超えないクラマでは、魔法具でしか魔法を使えないということでもあった。
……確かに特異な精神状態ではクラマも100を超えることはある。
しかしパフィーによれば、そうした普段と違う精神状態では、心量が100以上でも成功率が落ちるという。
「ふふーん、魔法を覚えるのはあたしに任せておきなさい」
サクラはなぜかクラマに対して得意げだ。
「そうだね。魔法少女サクラにお任せするよ」
「ちょっ……魔法少女はやめて!」
「なら魔法天帝・四天王天インドラ☆サクラ、これでどうかな」
「どうかなじゃない! 全然意味が分かんない!」
サクラの苗字である帝釈をもじったクラマの発案であったが、あえなく切り捨てられた。
しばらくするとパフィーが寝息をたて始めた。
サクラはパフィーを挟んだ先にいるクラマが気になって眠れない。
部屋の隅では小鳥も寝静まっており、目が冴えたサクラには静寂が逆に耳に痛い。
そんな気を紛らわすために、サクラはクラマに話しかけることにした。
「……ねえ、前から思ってたんだけどさ。パフィーみたいな小さな子を危険な場所に連れていって大丈夫なの?」
「それを言えば僕もサクラも子供だよ」
クラマは間髪入れずに答えた。
「あたしはそこまで子供じゃないし」
パフィーとサクラのどちらが子供か、と問われれば難しいところだった。
クラマからすれば、どちらも同じ子供だ。
むしろパフィーの方が分別があり、空気を読んだ言動もできるぶん、大人であるとも言える。
だが人は誰しも、「自分はもう一人前」という認識をしたがるものだ。
たとえ世間的には子供に属していても、子供扱いされたくないという思いがある。
サクラの立場では、子供扱いされたくないから自分は大人。でも自分より下は子供。
しかしこれがクラマに視点を移せば、サクラもパフィーもどちらも子供、という図式になる。
「立ち位置の問題なんだよね。僕からしたらサクラもパフィーも子供だし、レイフからしたら僕ら全員子供だ。でもレイフに君たち子供だからダンジョンに来るなって言われても、納得できないよね」
「それはそうだけど……大人だからって強いってわけじゃないし」
「そう。パフィーもそうなんだ。下手な大人よりパフィーは能力がある。その自覚もあると思う。そのパフィーの立場で考えてみて。子供だから駄目って言われて、納得できると思う?」
「……まあ、できないだろうけど……」
理屈はわかるが腑に落ちない。
これはサクラの中にある倫理観。「子供は守るもの」という認識から生まれる感情によるものなので、最初から理屈でどうにかなるものではないのだ。
しかしサクラはまだそこまで客観的に自分を見つめて、自分を納得させるという方法を得意としていない。
布団の中で、渋い顔をして頭を悩ませるサクラ。
そこにクラマの呟き声が届く。
「大丈夫だよ……いざという時は僕が守るから……もちろんサクラも……」
「あ、あたしは別に守ってもらわなくても……」
と言い返したものの、サクラはすでにクラマの機転で窮地を救われているので、説得力がなかった。
サクラもそれを分かって、言葉を濁した。
そうしてサクラが黙ってしまうと、再び静寂が訪れる。
時おり小鳥の寝言のような唸りが聞こえてくるだけで、時間だけが過ぎ去っていった。
今のやり取りで余計に目が覚めてしまったサクラは、まったく眠れる気配がない。
その頭の中では、先程のクラマの言葉が繰り返し響いていた。
――大丈夫だよ、僕が君を守るから……
なんてことを言うのだろう。
サクラは信じられない思いだった。
まさか自分がそんなことを言われる日が来るとは思ってもいなかった。
クラマはサクラが理想とする高身長ヴィジュアル系イケメンには程遠いが、最近ではサクラも「少しは妥協してもいいかな?」などと考えるようになっていた。
思えばクラマは初対面で地球人という以外に何の関わりもない自分を、危険を顧みずに助けてくれた人物である。
なので多少の恩返しというか、クラマがその気なら、こっちも妥協して付き合ってやってもいいというか、そもそも危険を冒して助けるとか、実はクラマは自分に一目惚れしてるんじゃないのとか、そしたらどうしよう、自分は別にいいけど周りの子たちはどうなのとか、目が冴えたサクラの脳内では連鎖的にどんどん想像が進行していく。
年頃の男の人と(パフィーが間に挟まっているとはいえ)同衾するという特殊な状況が、元からあまり冷静でないサクラの思考から、さらに冷静さを奪っていた。
やがて布団をかぶって悶々としているのに耐えきれず、サクラは口を開いた。
「……ねえ、パーティーの人達のことは、どう思ってるの?」
「……ん……」
クラマは身じろぎした。
サクラは返事を待たずに続ける。
「レイフは歳が離れすぎてるわよね。パフィーは……まさか本当にロリコンじゃないわよね? イエニアが一番年齢的に……かっこいいし、落ち着いてるし、よく一緒にいるわよねクラマ。でもイエニアってあたしより胸が――」
「ウェェェイ!」
「わっ! びっくりした……鳥の寝言か……」
サクラは大きく息を吐いた。
それでもまだサクラの心臓は大きく高鳴っている。
「……ねえクラマ、さっきあんた、あたしのこと子供って言ったでしょ。そりゃ確かに大きさは平均以下だけど……だからって、そんなに子供ってわけじゃないんだからね」
「………………」
「な、なによ。信じてないの? ど……どーしてもってんなら、確かめてみる……?」
とんでもないことを言っているという自覚はあったが、クラマがどう答えるかが、今現在のサクラにはどうしても気になって仕方がなかった。
仮にこれでクラマが乗ってきても、いやクラマならまず間違いなく乗るだろう、しかしそれは自分が頼んだわけではない。クラマがやりたくてやる事なのだから、別に自分から誘ったとかそういう事ではない。
という完璧な理論がサクラの頭に出来上がっていた。
サクラはクラマの返答を待つ。
……だが、どれだけ待っても反応がない。
しばらくじっと待っていたサクラだったが、あまりの無反応ぶりに次第に腹が立ってくる。
こっちはこんなに緊張して言ってやってるのに。
まさか聞こえないふりなんていう、優柔不断で卑怯な対応か。そんなものは断固として許せない……と。
実際のところ不安な心を誤魔化すために怒りに置き換わっていることを、サクラは自覚できていない。
そして、とうとう業を煮やしたサクラは、クラマの上に乗りかかった。
「ちょっと! 黙ってないでなんとか言ってよ!」
そのサクラの行動に対してクラマは……
――寝ていた。
それはもう完全に寝ていた。
揺すっても叩いても目覚めぬ、熟睡であった。
「あーーーーーーーー……」
サクラは思い出してしまった。
クラマがベッドに横になる前に、睡眠薬を飲んでいたことを。
「うあああああああああ……」
サクラはクラマから降りて布団に潜り込むと、布団を自分の顔に思いきり押し付けた。
じたばたと足をばたつかせる。
顔は火が出るように熱く、全身が汗でびっしょりだった。
サクラは結局、夜が明けるまで一睡もできず……クラマに勧められた時に睡眠薬を飲まなかったことを後悔した。
そんなこんなで、それぞれに慌ただしい日々が過ぎ去っていき、前回の探索から10日後。
クラマ達の、3度目のダンジョン探索の日がやってくる。




