35話
クラマはそろそろパフィーと仲直りをしなければと考えていた。
そういうわけでクラマは夕食後にサクラを連れて、2人でパフィーの部屋の前まで来ていた。
「別にいいけど、なんであたしなの?」
「歳が近いからさ、話しやすいと思って」
「そこまで近くもないけど……」
日本の基準であればパフィーは小学6年生、サクラは中学2年生、クラマは高校2年生である。
「細かいことはいい、突入だ! うぇーい! パフィーこんばんうぇーい!」
「えっ!? なにそれ、都内の高校生ってそういうノリなの!?」
異様に高いテンションでパフィーの部屋に突撃したクラマ。
サクラはクラマの後を追って部屋に足を踏み入れる。
すると、それに気付いたパフィーが慌てた声をあげた。
「クラマ? あっ、入ってきちゃだめ!」
パフィーの部屋で2人の闖入者が目にしたもの、それは……
「ウェェェェェェイ」
緑色の小鳥だった。
パフィーが体で覆い被さって隠そうとしているが、腕の間からひょっこりと小鳥が顔を出し、変な鳴き声を漏らしていた。
よく見ると、近くに割れた緑色の卵の殻もある。
「こいつはまさか……1階の?」
地下1階の奥で発見したフォーセッテという希少な鳥の卵。
クラマは今の今まですっかり忘れていた。というより、イエニアあたりが換金したのだろうと勝手に思い込んでいたのだ。
パフィーはあわあわと狼狽えて、腕の中から逃げ出そうとする小鳥を捕まえようとしている。
「パフィー……ひょっとして、隠してたの?」
パフィーの体がびくっと震える。
やがて上目遣いでおそるおそる見上げてきた。
「う、うん……ごめんなさい……」
クラマは膝をついて緑の小鳥に手を差し伸べた。
「大丈夫だよ。取って食べたりしないから」
小鳥は握り拳くらいの大きさで、ひよこに似ている。ひよこと比べて大きな違いといえば、クチバシがギザギザな事と、翼が大きい事だ。
小鳥はパフィーの腕から抜け出して、クラマに向かって跳んだ。
そしてクラマの額を鋭いクチバシで突っついた!
「ギャーーーーーーッ!」
「ヴェオオオオオオ!」
「あーっ! な、なにしてるの! だめよ!」
クラマを威嚇しながらつついてくる小鳥を、パフィーが引き剥がす。
「ご、ごめんなさいクラマ。普段は大人しい子なんだけど……」
クラマから離れてパフィーの腕の中に戻ると、小鳥の威嚇は収まった。
「普段の行いが出てるんじゃない? それか男嫌いの鳥とか」
言って、サクラが小鳥に手を差し伸べる。
「ヴェオオオオオオ!」
「ひぎゃーーーーっ!?」
サクラも額を激しくつつかれた。
再びパフィーが引き剥がす。
サクラはよほど痛かったのか、涙目になっていた。
「な、なんなのよこいつ~」
「なんだろうね、日頃の行いか、あるいはサクラが実は男だったのではないかな?」
「ひっぱたくわよバカちん!」
「バカちんはさすがに?」
サクラは目をそらした。
失言に気付いたので見逃して欲しい、という反応であった。
寛大なクラマは『サクラバカチン事件』としてそっと記憶に銘記し、代わりにひとつの違和感を問う。
「サクラ、なんか運量減ってない?」
「へっ?」
> クラマ 運量:3357 → 3238/10000(-119)
> サクラ 運量:8017 → 7885/10000(-132)
サクラだけでなく、クラマの運量も減っていた。
「これは……」
小鳥に視線が集まる。
サクラは試しにもう一度手を近付けてみた。
「ヴェオオオオオオ!」
> サクラ 運量:7885 → 7848/10000(-37)
触れてもいないのに近付いただけで、みるみるうちに運量が減っていく。
クラマ達は顔を見合わせた。
どうやらこの鳥は、地球人の運量を吸うようだ。
「すごいわ! こんな話、どこの文献にも載ってない! 世紀の大発見よ!」
パフィーは跳び上がって喜んだ。
が、クラマとサクラは渋い顔だ。
近付いただけで貴重な運量を奪われるなど、迷惑極まりない。
しかも地球人を目の仇にして襲いかかってくる。
特にクラマの運量を吸われてはたまらないので、パフィーはひとまず鳥籠に入れて部屋の端に置いた。
「ウェェェェェェイ……」
改めてクラマは卵を手に入れた当時のことを思い返してみる。
あの時、運量を使用してから運量の減りを確認するまでに、2~3くらいは回復するだけの時間はあった。
それなのに札に書かれた運量が0のままだったのは、よくよく考えてみるとおかしい。
上にいたあの親鳥に吸われていたのだろう、とクラマは納得した。
「まあ……きちんと隔離すれば大丈夫かな。でもイエニアにはどう話すかなあ」
ダンジョンの獲得物を隠匿していたとなれば、イエニアのお説教は必至である。
パフィーも不安顔だ。
なんとか説教を回避する方法はないものか、とクラマが思った時だった。
「どうかしましたか? あ、その鳥は……」
「あ」
騒ぎを聞きつけてイエニアがパフィーの部屋に顔を出した。
「なになに、乱交?」
さらにはレイフまで現れた。
突然の乱入者に対して、クラマの動きは素早かった。
クラマはクローゼットを動かし、部屋の入口にバリケードを張った。
「ちょっ……なんですかクラマ、これは」
「え~、要求する! ここであった事について、怒らないと約束したまえ!」
クラマは両手をメガホン状にして、入口に向かって声を張り上げた。
「なんですかそれは。怒るか怒らないかはそちら次第です」
「要求を飲まなければ、ここを通すわけにはいかない! こちらにはストライキの専門家もいる、諦めて要求を受け入れろ!」
「専門家って、あたしのこと!?」
驚愕のサクラ。
この悪ふざけ、どうしたものかとイエニアが頭を悩ませていると、その間に後ろからレイフが身を乗り出した。
「班長殿! 相手は幼女2名を監禁し、人質に取っております! このままでは幼女の貞操が危険です!」
「班長とは私のことですか?」
「あたしは幼女じゃないんですけど!?」
イエニアとサクラのツッコミを無視して、クラマはレイフに言い返す。
「人聞きが悪い! 後ろの2人は協力者であり共犯者。我々は一蓮托生、一心同体であり、ここを通りたくば僕とサクラを倒してからにしてほしい!」
「いつの間にか共犯者にされてた……んー、まあ、クラマにそういう風に思われるのは、別に嫌じゃないけど……」
サクラはそんなことを言って、髪の毛の先端を弄っている。
それに対して再びレイフが応戦。
「ハイそこのデレデレしてる子はいいとして! もうひとりの子とは、ちょ~っと距離感があるんじゃないかしら!?」
「うっ……!」
クラマが言葉に詰まる。
クラマの後ろにいるパフィーとは、事実として物理的な距離も離れている。
普段ならば、パフィーはこうしたノリには誰よりも乗ってくるところだ。
しかし今はこうして、一歩引いて大人しくしている。
「クラマ……いいのよ、そんな。わたしが悪いんだから……」
味方の援護もなく進退窮まったクラマを、レイフがさらに畳みかける!
「どうやら反論できないようね、この変態どすけべロリコン地球人! いくら自分が幼女を好きでも、あなた自身はパフィーから嫌われてることを自覚しなさい!」
「ち、違うもん! わたし、クラマを嫌いじゃない!」
突然、パフィーが大声を張り上げた。
そうしてパフィーは、クラマに背後からぎゅっと抱きついた。
「パフィー……」
「ごめんなさい、クラマ……わたしのせいで迷惑かけて」
「そんなことないよ。悪いのは僕だから」
クラマはパフィーの頭に手を置く。
パフィーは顔を上げ、クラマを見つめて言う。
「あのね、わたし……先生からすけべえな男は最低だから近付いたらいけないって教わってたの。でもレイフに相談したら、スケベな男の方が自分に正直だから信用できる、って」
「あれ? これは僕がスケベな事は確定な流れ?」
「2人の言うことが相反しているのは、きっと正解がない事なのよね。それなら、わたしは自分の好きなものを信じたい……」
パフィーも気まずいままでは駄目だと思って、色々と考えていたのだ。
ただ、考えをまとめる時間、自分の気持と向き合う時間、そして思いを伝える機会が必要だった。
ここでようやく機会を得たパフィーは、包み隠さず思いのたけを告げる。
「だからクラマを信じるわ! クラマのことが好きだから!」
「パフィー……!」
がしっ! とクラマはパフィーの肩を抱きしめた。
「えへへ……」
嬉しそうにはにかむパフィー。
残った3人の女性陣は、無言で視線を交わす。
イエニアはやれやれといったふうに肩の力を抜き、レイフはニマニマしており、サクラは「あたしなんでここにいるんだっけ?」と首をかしげた。
一件落着したふうな雰囲気が立ち込めたところで、イエニアが話をまとめるために口を開く。
「えー……まあ、誤解は解けたようで何よりです」
それでクラマは気がついた。
解決はしたが、誤解は解けていないことに。
しかし蒸し返す空気でもないので口を挟めなかった。
それからクラマはバリケードを片付け、パフィーがフォーセッテの卵を隠していたことを皆に謝って、パフィーが希少なフォーセッテの生態を調査してまとめた資料をお金に換える、という方針で話がついた。
「それでは私は部屋に戻ります。皆もあまり夜更かししないように」
「バイバ~イ♪」
用事が済んだイエニアとレイフが部屋から出ていく。
去り際に手を振るレイフに、クラマはグッと親指を立てた。
レイフは親指と人差し指で輪っかを作り、もう一方の手の人差し指で穴を抜き差しするジェスチャーで返してきた。
クラマは上に立てた親指を下に向けた。
「ウェェェェェェイ」
部屋の隅でフォーセッテが鳴いた。




