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33話

 男の名はヌヴィといった。

 彼はしばらく前からこのアギーバの街で、ダンジョン踏破を目指す冒険者として活動していた。

 パーティーメンバーの2人は、この街に来る前から徒党を組んでいる間柄だ。

 だが、宿はひとりずつ別々に部屋を取っていた。

 女を部屋に連れ込んだ時に周りが騒がしくては、たまったものではないからだ。


 ヌヴィは今、自分の部屋へ帰ろうと道を歩いている。

 目につくものに悪態をつきながら歩き、路端へ唾を吐く。

 彼は荒れていた。

 理由は今しがた打ってきた賭け事で負けが込んだから……という、それだけではなかった。

 どうもここ最近、やる事なす事にケチがつく。

 気に入った巨乳の踊り子を誘ってみれば袖にされ、苦労して口説いた冒険者ギルドの経理役は偉いさんのお手つき。

 挙げ句の果てには、美人のウェイトレスがいるとの評判を聞いて足を運んだ酒場では、変な小僧に邪魔された上に、頭のおかしな店主に包丁を投げつけられる始末。

 その時にできた頬の切り傷はまだ治っていない。


「あああ~~~~、くそがっ!」


 ヌヴィは地面を転がった酒瓶を蹴り飛ばした。

 背後から彼のパーティーメンバーのひとりである、魔法使いのリスウが声をかける。


「オイオイ、そんなことで足を痛めたらつまらんぞ」


「うーるせっ! くそがよォ~~……あの野郎、見つけたらぶっ殺してやる」


 そう、思えば先日のダンジョン探索で、わけもわからず襲われたのがケチのつけ始めだった。


「またその話か。ろくに顔も覚えてないのに探しようがない。諦めろ」


 クラマに炎の魔法で追い立てられて逃げ出した彼らだが、その時のクラマはイエニアの盾で顔を隠していた。


「うるせェ! 盾はどっかで見覚えあんだよ……くそっ」


 苛立ちを隠そうともせずに、ぶつぶつ言いながら深夜の街を歩くヌヴィ。

 ついて行くリスウは冷めた顔だった。彼は金にならない事には関わらない主義である。

 リスウは彼らしい建設的な提案をする。


「そんな事より、思ったんだがよ。今申請してる次の地球人を受け取ったら、別の街に行くのはどうだ? ダンジョンなんかより宝石店に潜った方がよっぽど稼げるんじゃねえか」


 ヌヴィはぴたりと足を止めて、背後に向き直った。


「お前、天才かよ……」


「フッ、褒めるな。地球人を街の外に連れ出すのは禁止されてるが、それこそ運量で何とかなるだろ」


 ヌヴィは先ほどまでの苛立ちを忘れたかのようにはしゃぎ、リスウと肩を組む。

 静寂に沈んだ通りに、2人の男の笑い声が響く。

 2人が歩いている所は繁華街の中心から外れており、周囲に立ち並ぶ店は全て戸締まりがされていた。


 そんな静まり返った道の途中。

 男たちは道の真ん中に、ぽつんと女が立っているのに気がついた。

 女は真っ黒な服を着て、闇に溶け込むように佇んでいたので、彼らはすぐ近くに来るまで気付かなかった。

 女好きのヌヴィは一も二もなく話しかける。


「どうした姉ちゃん、人待ちか? こんな所にいたら危ないぜ、俺の部屋に泊まっていけよ」


 女は彼らに顔を向けずに、事務的な口調で返答した。


「……あなた方に御用があってお待ちしていました」


「あァ? 俺らに用?」


「はい。彼が、もう一度どうしても会いたいと」


 そう言って、女は手を向けて指し示す。

 男たちは指された方を見た。

 そこは店と店の間。路地裏へと続く、真っ暗な道。


 暗い。だが目を凝らせば、人影があるのに気付くことができた。

 ずり……ずり……と人影は足を引きずりながら、少しずつ近付いてくる。

 それにつれて、その姿が徐々に明らかになっていく。



 ぼさぼさの黒い髪。

 薄汚れたボロボロの服。

 闇に溶け込む漆黒の髪は、地球人の証だ。



「お、おい、あれ……」


 彼らは、その姿に覚えがあった。

 名前は忘れたが、薬漬けにして、ダンジョンに置き去りにした地球人の男。


 男は路地裏から這いずるように近付いてくる。

 その喉奥から、絞り出すような、か細く震えた声が届いてきた。


「……く……り…………くす、り……を……お、ぉぉ……」


 ……まさかひとりで戻ってきたのか? と彼らは思いかけたが、そんなはずはない。

 ダンジョンから出れば警備員がいる。突然こんな所に現れるわけがない。

 では目の前の男は何だ?


「おい! 何だこりゃあ!」


 ヌヴィは傍の女に怒鳴りつける。

 しかし、既にそこには何もいなかった。

 どこに行ったのか、と周囲を見回そうとしたその時だった。


 突如、路地裏の男の両腕に火がついた!


「あ、あ、あ、あああああああああああ!!!」


 耳をつんざくような絶叫。

 そして男は燃え上がる両腕を突き出し、2人に襲いかかってきた!


「うおおおおおおおお!? なんだコイツ!?」


「やべえ、やべえやべえ! 逃げろ!」


「ああああああああああああああああ!!!!」


 男たちは脇目も振らずに駆け出した。

 とにかく目の前で起きたことが何なのか分からない。

 正体不明の恐怖から逃れるために、一心不乱に走る。


 そうして走り回って男たちが逃げ込んだのは、そこから最も近くにあるパーティーの女性メンバー、プルヌの部屋だった。


 そこは冒険者向け集合住宅の一室。

 男たちが扉をダンダンと叩いていると、扉が開き、仏頂面のプルヌが顔を出した。

 プルヌの返事も聞かずに、男たちは我先にと部屋の中へ飛び込んだ。


「何なのも~、これから寝るとこだったんだけど~?」


 寝ぼけ眼で文句を言うプルヌ。

 ヌヴィとリスウは先ほど起きた出来事を口々にまくしたてた。


「ハァ~? ワケわかんないんだけど? あんたらクスリやってる~?」


「やってねえよ! マジだっての!」


「あ~ハイハイ、眠いんだからさっさと帰って~」


 プルヌはあくびをしながら2人を追い出そうとする。

 するとそこで、床に這っている1匹の虫に目が留まった。

 いや、1匹だけではない。

 気付けば周囲のいたるところから虫が這い出してきていた。


「は? ちょっと、なにこれ? なにこれぇ~!?」


 慌てるプルヌに、絶句する男たち。

 青い甲虫はどんどん増えていき、見る見るうちに壁や天井を覆い尽くして、一面真っ青の異様な空間へと変貌した。


 3人は悲鳴をあげて飛び出した。

 外に出た彼らは、口々にわめき立てる。


「なんなの!? なんなのよ、あれ~!?」


「知らねーよバカ! 俺が知るか! 知るわけないだろバカ、俺が!」


 そうやって大声で口論していると、隣の部屋からスキンヘッドで筋肉質の男が出てきた。


「うるせーぞ、てめーら! 夜中に騒ぐんじゃねー!」


 3人はその男に事情を話した。


「あぁ? クスリやってんのか。ったく、最近の若い奴らはこれだから……」


 だが男は与太話と一笑に付して取り合わない。

 やってない、本当に起きたことだと口々に訴える3人。

 男は最初こそ話を聞いていたが、次第にめんどくさくなったのか、ため息をついて提案する。


「グダグダ言ってねーで中を確かめりゃいいじゃねーか。開けるぞ」


 そう言って男は、無造作に部屋の扉を開けた。

 するとそこには……


「……虫なんていねーじゃねーか」


 言われて、3人も恐る恐る中を覗き見る。

 ……確かに、何もなかった。

 あれだけ這い回っていた虫が綺麗さっぱり消え去っている。

 扉を開けた男は、深い深いため息をついた。


「ハァ~……お前らな、安モンのクスリなんて使ってっからそうなるんだ。よく知らねーうちは正規のモン使っとけ、な?」


「い、いや、俺らは……」


「おれぁ寝るからな。次に騒いだら絞め殺すぞ」


 3人は何も言えなかった。

 もう一度顔だけ出して中を覗いてみたが、やはり虫はいない。

 さりとて中に戻ろうという気にもなれず、しばらく顔を見合わせた後に、男2人のどちらかの宿で今夜は過ごすことにした。




 リスウの部屋は狭くて3人も泊まれないのでヌヴィの部屋へ。

 3人は口数少なく歩いた。

 何がなんだか分からない。

 しかしとにかく今は、何も考えずに休める場所が欲しかった。


 やがて部屋の前に到着した。

 ヌヴィは扉を開けて中に入り、2人がそれに続く。

 中に入ったヌヴィはきょろきょろを目を走らせて警戒しつつ、これ以上何も起きないでくれと願いながら寝室へ向かう。


 果たしてその希望は、彼が寝室へと足を踏み入れた瞬間、脆くも打ち砕かれた。


 ――部屋の中央で、首に縄をかけられた男が吊るされていた。

 ボサボサの黒い頭。

 汚れたボロボロの服。

 入口から背を向けていて顔は見えないが、見覚えのある男の風体。

 入口で硬直しているヌヴィの背後から顔を覗かせた2人が、ヒッと声をあげた。


 その声に合わせたように、ぶつりと縄が切れた。

 がたがた、と男の体が壊れた人形のように床に落ちる。

 しかし、それは人形ではない。

 その証拠に、ずるずると不器用に手足を動かして、床の上を這いずってる。


「ぅ………ぅ……………な………で………」


 男の口から漏れ出てくるのは、地の底から響いてくるような恨みがましい声。

 地面を這いずる男は、やがて入口の3人の方へと頭を向けると……


「なんで……なんで逃げたああああああ!!!」


 絶叫し、虫のように這い寄ってきた!


「きゃあああああああああああああああ!!?」


「うおおおおおお!! やばい、逃げろ!!」


「お、おまえら待て! 俺を置いて行くな!」


 3人はもつれ合いながら競うように出口へと向かい、玄関から外へ逃げだした。


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