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32話

 朝。

 クラマとイエニアとレイフとパフィーは食卓を囲んでいた。

 ティアは早朝からどこかへ出かけていた。

 基本的に朝食はパーティーごとに。昼食はそれぞれ好きな場所で。夕食はサクラ達もこっちに押しかけてくるのが、いつものパターンとなっている。

 今日も一見して普段通りの食事風景だが……


「あ、パフィー。調味料取ってくれるかな」


「………………うん」


 パフィーは小瓶を掴まず、指先でそろそろとクラマの方へ押し出す。


「ありがとう、パフィー」


「………………うん」


 その様子をイエニアは奇異の目で眺め、レイフはにやにやしながらクラマの顔を見ていた。

 食事を終えたところでクラマはパフィーに声をかける。


「パフィー、このあとちょっと時間あるかな」


「ごっ、ごめんなさい忙しいの! じゃあね!」


 パフィーはばたばたと慌てた様子で駆けていった。


「おぉ……」


 クラマがうなだれる。

 見かねたイエニアが声をかけた。


「ゆうべ何かあったようですが、パフィーに何かしたんですか、クラマ」


「何もしてないよ! ただ、その……ボタンの掛け違いというか、少し誤解が」


 そこへ横からレイフの揶揄する声が。


「誤解ぃ~? ほんとに誤解かしらね~?」


「誤解ですぅー。僕はロリコンじゃないですー」


「ふぅん? ……説得力って知ってる?」


 2人の様子を見てイエニアはため息をついた。


「だいたい何があったか分かりました。クラマ、誤解ならきちんと話し合って解いてください」


「うん、わかってる」


「誤解でないなら、人としてきちんとしてください」


「その仮定いる?」


 ともかくも、次にダンジョンへ潜るまでには何とかするということで、その場はお開きになった。




 その日の夕方。

 クラマはティアと一緒に、人混みで賑わう市場を歩いていた。

 当初はイエニアと来るはずだったが、予定が合わずにティアが代役を務めることになった。


「たまには休んだ方がいいんじゃないの?」


 とクラマが言うと、


「いいえ、お気になさらず。わたくしにとっても、この方が都合がいいので」


 とのことだった。


「むしろクラマ様のご予定に空きがないのが、予定が合わない原因かと存じますが」


 以下がここ最近におけるクラマの1日の予定である。


・イエニアと修行。

・パフィーの講義。

・サクラと運量調査。

・市場で買い出し。

・冒険者ギルドで最新情報をチェック。

・ニーオの診療所に顔を出す。←New!

・納骨亭で料理を習う。←New!

・セサイルからダンジョン知識を教わる。←New!


「それ以外にも何か(いさか)いがあれば介入しておられますから、時間はいくらあっても足りないでしょう」


「え? そんなことまで知ってるの?」


「このあたりでは、だいぶクラマ様のお顔は知られていますよ。最近、面白い地球人の若者がいる……とのことで」


「いやあ、本当はひっそりと生きたいんだけどねえ……おっ、アピリンおばちゃん! 腰の具合はもういいの?」


 と、クラマは市場で野菜を広げている中年の女性に向かって、片手をあげて話しかけた。


「おう、クラマかい! アンタがあの診療所を紹介してくれたおかげさね。まるで20年は若返ったみたいだよ! 昨夜は旦那もベッドで喜んでたわ、アッハッハッ!」


「そんな事までは聞いてないんだよなあ。でも調子が良さそうでよかった。旦那さんにもヨロシクね」


「おう! アンタも腰には気をつけな! アンタが腰をやったら、隣の子も悲しむからね!」


「そういうんじゃないからやめて!」


「アッハッハッ! 悪かったね、お詫びにこれでも持っていきな!」


 おばちゃんから放り投げられた野菜をキャッチして、クラマはその場を後にした。

 ティアも野菜売りのおばちゃんに軽く会釈して、クラマについて歩く。


「いやー……ごめんね、なんか。いい人なんだけどね、アピリンおばちゃん」


「いえ、気にしておりません。市井(しせい)に活気があるのは良いことだと思います」


 その後もクラマは行き交う人達と挨拶を交わしながら市場を歩いていたが、やがてティアの先導で人通りのない路地裏に入り込んだ。

 ひとたび通りから外れると、足の踏み場もないほどに大小様々なゴミが散乱していた。

 ゴミだけでなく、浮浪者と思われる男達とも何度か通り過ぎる。

 彼らは一様にクラマ達を見つめるが、何もしてくることはなかった。


「こうした路地裏では違法取引が日常的に行われていますが、今回ご案内するのは《固定魔法品(エンチャント)》を中心に扱う商人です」


「エンチャント? おっと、大丈夫?」


 クラマはゴミに足をとられて転びそうになったティアを抱き留めた。

 ティアはすぐにクラマから体を離して、頭を下げる。


「……大変失礼いたしました」


「いえいえ、お構いなく」


 ティアは足元に注意して歩き始めた。

 クラマは自分の手のひらを見る。

 一瞬だが掴んだ感触を思い出していた。

 ――やはり、大きい。



> クラマ 心量:77 → 81(+3)



 ティアは歩きながらクラマに説明する。

 通常の魔法はその効果が永続せず、時間とともに弱まる。

 しかし固定魔法品は、失われた古代の技術により、永続的に魔法の効果を発揮する物品である。


「ひょっとしてこれも?」


 クラマは首から下げた金属の札を見せた。


「いえ、運量・心量の計測器は冒険者ギルドが製造しているものですので、固定魔法品ではありません。現代の技術で最高硬度を誇るユユウワシホで造られています」


「あ、そうなんだ」


 確かに失われた技術で造られたものだったら、数が限られてしまうので支給品には向かない。

 クラマは納得した。


 そんな話をしながら2人は進む。

 路地裏を進むうちに喧騒が徐々に遠のいていく。

 日も陰りだした夕刻。街の明るさから切り離されて、クラマはまた別の世界へと入り込んでしまったような錯覚を覚えた。

 入り組んだ道をだいぶ進んだ奥。

 ゴミの中で店を広げる男がいた。


「……またあんたかい。新しいモノは入ってないよ」


 義手、義足にゴーグルをつけた男は、ティアを見るなりそう告げた。

 ティアは男に返答する。


「今日は彼に品定めして頂くために来ましたので。商品の説明をお願いできますか?」


 ティアに言われた男はゴーグル越しにクラマを見た。

 クラマは笑顔で手を振る。


「……ケッ、まぁいい。気になるモンがあったら聞きな」


 クラマはゴミのようにゴチャゴチャに並べられた品を見た。

 刃物や手甲はいいとして、鉄の箱や変な形をした棒など、なんだかよく分からないものが大半だった。

 クラマは気になるものをひとつずつ質問していき、男が答える。


「それは投影箱。ここに嵌め込んだガラスの模様が壁に映し出されるやつだ。そっちはチリ取り虫。地面を勝手に走ってチリを吸い取ってくれる。造りが虫みてえだろ」


 などと説明を聞いていくが、いまいち探索で使えそうなものは見当たらない。


「むむっ? こ……これは……!」


 クラマが手に取ったのは、先端が柔らかくてイボイボのついた、短剣くらいの長さの棒。


「そいつを手に取るたぁお目が高い。下の突起を押し込んでみな」


 クラマは言われた通りに押し込んだ。

 すると棒が突然、激しい振動を始めた!


 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ!!


「ケッケッケッ……何に使うか分かるか?」


「えぇっ? 見当がつかないね! ティアは分かる――」


 と、振動する棒を掲げてティアを見上げたクラマだったが、自分を見下ろすティアの薄い微笑みを見て固まった。


「クラマ様、あまり時間は多くありません。探索に有用なものをお探しくださいませ」


「うん……すいません」


 クラマはスイッチをオフにして元の場所に戻した。

 しかし今のような反応を返すということは、ティアにも使い方が想像ついたんだなあ、とクラマは思った。

 思ったがしかし、決して口には出さないクラマなのであった。


「といっても他にはもう……これは何かな」


 クラマが拾い上げたのは切れ目がたくさん入った銀色の鞭だった。


「銀の鞭だな。断層ごとに固定化の魔法がかけられてるらしく、傷つくことがない。そのくせ柔らかくて、しかも振ると伸びる」


「ほほおう」


 クラマが試しに振ってみると、体積を無視したかのように、想像以上に伸びた。


「これは……薄い破片を組み合わせて……内側の破片が遠心力で出ていくのか……」


 クラマは鞭を持ってぶつぶつと独り言を呟いていたが、やがてひとつ頷くと、ティアに顔を向けた。




 路地裏から大通りに戻ったクラマとティア。

 クラマの腰には皮のホルダーに入った銀の鞭が下げられていた。


「本当にそれだけで良かったのですか?」


「うん、他のは高いしね。てゆーか半分くらいは騙されてるよ、アレ。投射箱なんて単なるピンホールカメラだし」


「そうなのですか?」


 クラマは一点の穴に光を通して対面側に像を映し出すピンホールカメラの原理を説明した。


「……もっと詳しくご教授頂けますか?」


 妙に食いついてくるティア。

 その後もティアに根掘り葉掘り聞かれ、クラマはダ・ヴィンチが写生に利用したカメラ・オブスクラから、ヨーロッパで流行したファンタスマゴリア、フィルムカメラの仕組みまで話すことになった。


「大変参考になりました。クラマ様は博識でいらっしゃるのですね」


「いやーこれくらいフツーだよフツー」


「お礼に、先ほどの破廉恥な振る舞いは忘れることに致します」


「い、いやあ……そんなのあったっけ。忘れちゃったなあ、僕は」


「ええ、わたくしも忘れました」


 そうして2人は帰り道……ではなく、ティアはまた違う場所にクラマを連れてきた。

 繁華街の近く、冒険者向けの宿屋が立ち並ぶ地域。

 冒険者ギルドに斡旋された即席パーティーや、私生活に干渉されることを嫌う冒険者は、こうした宿屋に宿泊している。


「クラマ様、先日ダンジョン内で争いになった冒険者のことですが……」


 と、ティアが切り出した時だった。

 宿と宿の隙間から、見知った顔が現れる。


「旦那、丁度いいところに。調査が終わったところっスよ」


「メイドをはべらせるクラマ殿……うらやましいでござる」


 次郎と三郎であった。

 ティアは怪訝な顔でクラマを見上げる。


「クラマ様、彼らに何を……?」


「うん、このまえ遭った、地球人を薬漬けにしてた冒険者がどこに泊まってるのかを、彼らに調べてもらってたんだ」


 ティアはそれを聞いて、自分の額に手をあてた。

 クラマは続ける。


「被害者の地球人……ダイモンジさんをギルドから隠してる僕らとしては、あの冒険者を通報できない。でも野放しにしたら、また次の犠牲者が出るかもしれないし……彼らを辿って、僕らの不正が暴かれる可能性がある。だから僕らの手で何とかしないといけない」


 いくらか、クラマは意図的にぼかした所があった。

 ……地球人を隠すのは利用するためだ。

 ……何とかするというのは、この街から存在を消すということだ。


「平和裏にやるには、みんなの協力が必要なんだよね」


 ティアが見上げるクラマは、普段通りのゆるい笑顔でそのように告げた。


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