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30話

 冒険者たちが追い出された後の納骨亭。

 まだ残っている者も数人いたが、食器はすべて下げられている。

 酒場の中央では、テーブルに突っ伏したクラマが一郎に介抱されていた。


「大丈夫ですかい、旦那」


「だめだ~、パフィ~、解毒してくれ~い……」


 クラマはさんざん飲まされてまともに歩けない状態だったので、マスターの厚意で少し休ませてもらっていた。

 そこへウェイトレスの女性がグラスを持って現れた。


「あの……酔い覚ましの特製アイードジュースです。どうぞ」


 クラマは渡された橙色の液体を飲んだ。

 苦みを濃くしたグレープフルーツのような果実の味の中に、これまた強い甘さが加わり、どろっとした喉越しもあってジュースというより薬のようだった。


「ぐええ……まずいー、にがいー、でもなんか頭スッキリしてきた。ありがとう」


「いいえ、お礼を言うのはこっちの方です。庇ってくれてありがとうございました」


 それから少しの間、ウェイトレスの女性と話した。

 彼女は明るい笑顔でテフラと名乗った。

 両親ともにこの街で生まれ育った生粋の現地民で、家族はこの付近でイルラユーヒの養殖業を営んでいるという。

 彼女がこの酒場で働いているのも、この店のマスターがイルラユーヒの買い付けに来たのがきっかけだった。


 クラマは酒場のマスターのことも聞いてみた。

 しかし彼女もあまり多くは知らないようだった。

 ヤイツノという名で、この街に来たのはごく最近。

 あとは元冒険者らしい、という事だけ。

 あまり自分のことを語りたがらない男のようだ。


「何回聞いても、はぐらかして答えてくれないんですよね」


 テフラは口を尖らせてそう言った。

 そこへ噂をすればといった感じに、奥からマスターが顔を出す。


「テフラ、調味料が足りなくなった。買い出しを頼む」


「あ、はーい! それじゃあ失礼しますね」


 テフラはマスターからメモを受け取って、店の外に出ていった。

 そうしてマスターがクラマを見やる。


「……うちの看板娘が世話になったな。口は軽いが、よく働いてくれる。こんな寂れた場末の酒場には、勿体無い娘だ」


 クラマは心の中で頷いた。

 こんな通りから外れた目立たない場所で働くにはもったいないくらい、テフラはかわいい。

 そして胸も大きい。

 しかしそれはそれとして胸の内に仕舞っておいて、クラマは別の言葉を口から吐き出した。


「いやあ、そんな事ないですよ。この店の料理はもうホント最高でしたから」


 隣の一郎もそれに同意する。


「えぇ、アッシも料理人のはしくれとして尊敬しまさぁ」


「……そうかい、ありがとよ」


 マスターは礼を言いながらも、仏頂面で顔を背ける。

 気難しい性格が表れていた。


「俺は仕込みに戻る。お前らも落ち着いたら帰れ」


 そう言って背を向けるマスターを、クラマは呼び止めた。


「すみません、折り入ってお願いがあるんですが」


「……あぁ? 何だ?」


「僕に料理を教えてもらえないでしょうか?」


 クラマの頼み事に、マスターは露骨に嫌な顔をした。


「教えてくれっておめぇ……そういう事はしてねえんだ。俺のガラでもねぇ」


 そんなマスターの言葉に、店の隅に残っていた男のひとりが口を挟んできた。


「ハン、人にものを教えるのなんざ、アンタが一番得意な事だったじゃねえか」


「セサイル、てめぇ」


 セサイルと呼ばれた男は、長身のハンサムだが、野性的な雰囲気のする男だった。

 くすんだ黄色の髪に、黄色い瞳。

 先ほどの騒動の中でも気にせず食事をしながら、暴れていた冒険者に忠告をした男だった。

 セサイルはテーブルに足を乗せて、小馬鹿にするようにマスターに言う。


「いっつも人には『受けた恩を忘れるな』っつっといてよぉー、ありゃ何だったんだ? オレの空耳だったかぁ?」


「うるせえ、黙れ」


 マスターに凄まれても、セサイルは臆することなくカッカッと笑っている。


「……チッ、しょうがねえ。おい、軽く教えてやる。入ってこい」


「はい!」


 クラマはマスターを追って厨房へ向かう。

 途中、クラマがセサイルに向けてグッと親指を立てると、セサイルはひらひらと手を振って返した。




 そうしてクラマは納骨亭のマスターより、ダンジョン内での調理のいろはを教わった。


「お前は別に料理人になりたい訳じゃないんだろう。ダンジョン内での調理に限るなら、薬味、香辛料を思いきり使っていけ。凝った料理は“上”で作ればいい。まずはシンプルにいけ」


「押忍! 師匠!」


「師匠はやめろ」


 その教えは効率的かつ実践的であった。

 クラマがすぐに使えるように、要所を押さえて具体的に話してくれる。

 端的に言って、教え上手だった。


「いやあ、分かりやすいっす。自分で調べたんですか、こういうのって?」


「まあな。……俺も昔は冒険者でな。料理なんざまるで興味なかったが、組んでた奴らは自分でメシを作りたがらねえ。仕方なくいつも俺がやってたんだが、そのうち面白くなってきてな」


 ひととおり教え終わったあたりで、ぽつぽつとマスターはかつてのことを語りだした。


「そうして旨いメシを作れるようになってきた頃に、思ったんだよ。あいつらが死んじまう前にも、もっと旨いメシを食わせてやりたかった……ってな」


 クラマの方からは眼帯で目は見えないが、その横顔からはいくらかの後悔が滲んでいるように見えた。


「冒険者って奴らはろくでもねえクソッタレばかりだが、旨いメシを食った時だけは、どいつもこいつも一丁前に感謝の言葉を吐きやがる」


 その気持ちはクラマにもよく分かった。

 豊かな食事は心を豊かにするということを、クラマはこの世界に来てしみじみと感じていた。


「だからこの街で冒険者を集めてるって聞いてな。バカどもが死ぬ前に一度くらいは、旨いメシを食わせてやろうと思って来たんだよ。そうしたら何だ? どいつも奥まで行かずに戻ってきて、何度もメシを食いにきやがる。バカッタレどもが」


 そんな悪態をついてはいたが、その口元は笑っているのがクラマには分かった。


「……フン、無駄話しちまった。ほら出ろ、今日はもう終わりだ」


「ウッス! ありがとうございました!」


 そうして厨房からカウンターに出ると、まだ店の中にいたセサイルが笑いかけてきた。


「カッカッ、ずいぶん熱心に教えてたじゃねえか。この教えたがりめ」


 マスターはそんなセサイルを指さして、隣のクラマに言った。


「よし、次はあいつにダンジョンでの動き方を教えてもらえ」


「オッス! よろしくオナシャッス!」


「はぁ!? ちょっと待てよ、なんでオレが!?」


 慌てて椅子から転げ落ちそうになるセサイルを、マスターはジロリと睨みつける。


「あぁ? てめぇ、いつから俺に意見できるようになった?」


「ぐっ……! いや、オレはもうアンタの生徒じゃ……」


「なんだ、溜まったツケを今すぐ払いたいってか。そりゃ感心だ」


「チッ! クラマっつったかお前、外に出ろ! オレが特別にダンジョンの歩き方を教えてやる!」


「ウィッス! アザーッス!」


 そうしてさらにセサイルからダンジョン探索の心得を学ぶ。

 クラマと一郎が帰宅する頃には、すっかり日が暮れていた。


「いやあ、申し訳ないね一郎さん。こんなに遅くなっちゃって」


「いえ、旦那の役に立てたようで何よりでさぁ」


 2人は仲良く料理の感想なぞを言い合いながら夜道を歩いた。


「チェーニャ鳥は卵が凄いんすよ。次に来た時に頼みやしょう」


「へえ、卵か。それは楽しみだね。……ん?」


 クラマは妙な引っかかりを感じた。

 なにか忘れているような……?


「旦那、どうかしやしたか?」


「ああ、ううん、なんでもないよ」


 思い出せないことなら大したことではない。

 そう思い直して、クラマは帰途についた。


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