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28話

 翌日。

 クラマは朝一番でパフィーを連れて診療所へと足を向けた。

 女医のニーオが2人を出迎えたが、濡れた髪に、シャツがずれて鎖骨が露出している姿で現れた。


「悪いわね、水浴びしてたところだから。奥で少し待っててくれる?」


 そう言われて待つことしばし。

 髪を乾かして白衣を纏ったニーオが、カルテを手に戻ってくる。

 ニーオはいつも以上に気だるげで、よく見れば目の下にくまができていた。


「いやあ、すみません。忙しくしちゃって」


「別にいいわよ。患者は待ってくれないのが、この稼業だもの。……ふゎ、まあ眠くなるのはどうしようもないけどね」


 あくびを噛み殺しながら、ニーオは新たに判明した男性の情報を話した。


 男性の名前は「ダイモンジ=ダイスケ」。

 地球基準で29歳。

 目を覚ましたダイモンジから聞いた話を合わて考えると、やはり使用された薬物はこの街で売られている《合成ヴァウル》と呼ばれるもので間違いない。

 この合成ヴァウルは非常に強い身体依存が特徴で、世界中でも法規制されていないのは、この国くらいのもの。

 彼に薬を使った冒険者は貧乏性だったのか、だいぶ薄めて使用していたようなので、おそらく10日ほどで普通に生活できるようになる。

 ただし後遺症は残る。

 また、その後も長い治療が必要になる。

 先ほど目覚めたダイモンジが暴れたので、薄めた薬を使って落ち着かせた。こうして少しずつ薄めていくのが、今後の治療方針となる。

 そして、そのせいでほとんど寝てないから眠い。……とのことだ。


「魔法で解毒しなかったのは正しい判断だったわ。この子が指示したんだって?」


「ええ、本で読んだことがあったから。解毒がかえって危険な場合もあるって」


「へえ~……よく勉強してるのね。ちょっとお話、聞かせてもらっていいかしら?」


「いいわ。わたしに分かることなら、なんでも聞いて?」


 そうしてニーオとパフィーは、なにやら魔法と患者の治療に関して、意見交換を開始した。

 専門用語が2人の口から洪水のように溢れ出る。


「渇望を一時的に抑えるのなら第六次元魔法で可能だけど、精神依存を根本的になくすには第七次元の範疇になるの。でもこれは人格に直接作用するから危険だし、わたしもあまり自信がないわ」


「偽薬効果を高めるやり方は駄目かしら? それか精神への直接作用ではなく、アゴニストとして脳への物質的干渉は可能?」


 これっぽっちもついて行けないクラマには、ニーオの乾ききっていないうなじや鎖骨、細くてきれいなふくらはぎを眺めるくらいしか出来ることがなかった。



> クラマ 心量:81 → 86(+5)



 およそ30分ほど熱い議論は続いた。


「ありがとう、とても参考になったわ。専門の魔法医に匹敵する素晴らしい知識量ね。……で、そこの目つきのいやらしいのにも話があるんだけど?」


 誰のことだろう? と言わんばかりに、クラマは周囲をきょろきょろと見渡した。

 コツン、と木製のボードで頭を小突かれる。


「こら、眠いんだからふざけないの。真面目な話してるんだから」


「はい」


 先に仕掛けてきたのは向こうなんだけどなあ。と、多少の理不尽を感じつつも、クラマは大人しくニーオに向き直った。


「面倒だから単刀直入に言うけど、運量の使い方について、あなたの知ってることを教えてくれない? 報酬として情報ひとつにつき……」


「いいよ。何でも聞いて」


 ニーオがぴたりと止まった。

 そして眉根を寄せて、睨むような目つきをクラマに向ける。


「……あなたね、自分の言ってること分かってる? 魔法に関する知識は私には使えないけど、運量は別。直接私の利益になる事なんだから、釣り上げるなりして出し惜しみなさい」


 親切にも、自分の不利益になることを忠告してくるニーオ。

 やっぱりいい人だなあ、とクラマは思った。

 そんなニーオに対してクラマは答えを返す。


「そうなんだけどね。でも、彼の治療に役に立つことなんだから、教えない理由はないよ」


 ニーオは眉根を寄せたままクラマを凝視していたが、やがて諦めたように溜め息をついた。


「……分かったわ。じゃあ知ってること教えて頂戴」


 クラマは自分がこれまでに調べた運量の法則性を、持ってきたノートのメモ書きを見せつつ詳しく説明した。

 運量については、クラマはダンジョンへ潜るために温存しなければならなかったが、サクラの加入によってデータが飛躍的に増えていた。


「……というわけで、全体を通した僕の印象としては、運命を変えるというよりは、誰も予定を入れていない所をずらすようなイメージかな。同じ願いでも、人や動物が意識していないものほど動かしやすい。曖昧で分かりにくいかもしれないけど……」


「いえ……充分よ。ありがとう」


 そう言うとニーオは、足を組んで深く考えるしぐさをする。

 それからチラッとクラマを見て、もう一度大きく溜め息をついた。


「……ま、いいかな。ついでと言っちゃなんだけど、この子とノート、少し貸してくれない?」


 言って、パフィーの肩に手を置くニーオ。

 クラマはパフィーを見る。

 パフィーはクラマに向かって頷いた。


「わかった。それじゃあ一応、僕の心量を移しておくね」


 クラマは心量譲渡の呪文を唱える。


「エグゼ・アストランス。パフリット、40」



> クラマ 心量:86 → 46(-40)

> パフィー心量:395 → 425/500(+40)



 クラマの体から何十個もの青白く小さな光の玉が飛び出して、パフィーの体に入り込んでいった。

 同時に倦怠感がクラマの体を襲う。


「……ふぅ」


 疲労感にクラマは溜め息をついた。

 その様子を、ニーオはなにやら難しい顔をして見ていた。


「ねえ、あなたたち……それって外から見てると……」


 と、言いかけてニーオは口元を手で覆った。


「……いや、何でもないわ」


 果たして何を思い浮かべたのか。

 パフィーは小首をかしげ、クラマは追求することなく、診療所を後にした。




 クラマが貸家に戻るとイエニアの時間が空いていたので、戦闘の訓練を行うことになった。

 場所は付近の空き地。

 今日は防御と回避の訓練だった。

 先に綿を詰めた訓練用の棒を互いに持って、イエニアが繰り出す攻撃をクラマが捌く。

 小一時間ほど指導を受けたところで休憩。


「ぜぇー……はぁー……あいててて……」


 クラマは汗だくになって地面にへたり込む。

 対してイエニアは、さすがに汗を流しているものの、呼吸に乱れた様子はなかった。


「攻撃はまだまだですが、回避は素晴らしいですね。反応と、動体視力がいい」


「そなの? あんまり目は良くないんだけど」


「視力と動体視力は違うものです。しかし一番凄いのは、こちらの攻撃に対して物怖じせずに、しっかり最後まで動きを見ていることですね。戦い慣れていない人の多くは、最初にここでつまずくのですが」


 そうやってクラマを褒めるイエニアは満足げで、とても機嫌がいい。


「これからダンジョン内で罠が増えていきます。自身の力で罠を回避できるかどうかで、運量の消費が大きく変わりますから、これは大きな長所ですね」


 イエニアは土で汚れるのも気にせず、クラマの隣に座った。

 傍に来たイエニアの頬には、汗で濡れた髪が張り付いている。

 活き活きとした表情をクラマに向けるイエニアには、健康的な眩しさがあった。


「ダンジョンでは防ぐことのできない致命的な攻撃をしてくるものも多いですから、できるだけ回避を心がけてください。」


 ふと、そこでイエニアは、クラマがじーっと自分の顔を凝視しているのに気がついた。


「……あの、クラマ? ええと……私の顔に何かついてますか?」


 そこで肩が触れそうなほどの距離にいたことにも気がついて、急に意識してしまったイエニア。

 しかし今さら離れるのも不自然なので、どうしようかと視線を彷徨わせる。

 そこへクラマが口を開いて言った。


「いやあ……この前のダンジョンでは、無茶しちゃって申し訳ないなって」


「………………」


 それを聞いたイエニアの顔が、次第に仏頂面に変わっていく。


「また蒸し返すんですか。お説教が足りませんでしたか?」


「あれ、イエニア怒ってる?」


「怒っていますとも! まったくもう……」


 イエニアはむくれた顔から、大きく息を吐いた。


「はぁ……あなたが無茶をするのは、もう分かりましたから。だから無茶しても大丈夫なように、しっかり鍛えることにしました」


 そう言ってイエニアは立ち上がる。


「休憩は終わりです。稽古を続けますよ!」


 それから正午近くになるまで、イエニアの厳しい訓練は続いた。


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