25話
「オクシオ・ヴェウィデイー」
地下2階へ来る前に、クラマはパフィーと陳情句の詠唱について検証していた。
「ヤハア・ドゥヴァエ・フェエトリ」
まず基本として、陳情句は効果の拡大を神に訴えるためのもので、その内容は唱える本人によって異なる。
法則は細かく解明されていないが、基本的には長くて凝っているほど効果が高まる。
「燃え落ちろ、焦熱地獄、あるいは煉獄より来たれ、浄化の炎」
その上で、詠唱時間に対する効果の効率が良いのは、ごく短い一節を4~5つ繋げるのが良いという結論になった。
「おまえたちの軌跡はここで途絶えた」
さらにその上で、何かしら“独自性のあるフレーズ”を混ぜることで、効果の上昇率が跳ね上がる。
「フレインスロゥア」
突如として現れた炎の奔流。
広い空洞内に慌てふためく冒険者の悲鳴と怒号が響き渡った。
「きゃあ~~~!! 何これぇ~!?」
「魔法だ! 魔法で攻撃されてる!」
広々とした空間を所狭しと暴れ回る炎は、まるで怒れる大蛇のようであった。
炎の射程距離外まで逃げ延びた冒険者たちは、炎の発生源――クラマの姿を認める。
クラマの顔は盾の影に隠れて、冒険者たちからは見えない。
「ちくしょう、いきなり何だってんだ! おい、やり返してやれ!」
言われるまでもなく冒険者のひとりは詠唱を始めていた。
炎の噴射が終わるとほぼ同時、詠唱が完了する。
「巨石によりて潰れろ! トナホ・トラッグ!」
床の一部が大きく剥がれ、3メートルほどの岩石がクラマに向かって一直線に飛来する!
岩石は見事にクラマへ命中した。
「よォし! 避けられもしねえウスノロが! ……んん?」
クラマは倒れない。
よろけてすらいない。
何事もなかったように、瓦礫の間に立っている。
クラマが前方に構えた盾には、真紅の紋章が浮き上がるように輝いていた。
「オクシオ・ヴェウィデイー」
淡々としたクラマの詠唱が、冒険者たちの耳に届く。
「ヤハア・ドゥヴァエ・フェエトリ。フレインスロゥア」
クラマが掲げた胸当てから、再び炎が噴き出した!
「うおぁ! あちいッ!」
「なに!? こいつ何なのよ~!?」
クラマは一歩ずつ、ゆっくりと歩み寄る。
クラマの歩みと一緒に、掲げた胸当てから噴き出る炎の蛇が冒険者たちへと近づいていく。
「く、来るなッ! おいてめえ! 運量でなんとかしろ! 助けろ!」
冒険者は倒れている地球人へ命令する。
しかし倒れたままの男は、蹴られた腹の痛みで声もあげられない状態だ。
炎の噴射が終わる前から、クラマは詠唱を再開した。
「オクシオ・ヴェウィデイー。ヤハア・ドゥヴァエ・フェエトリ……」
そして炎が消えると同時に、再び発動。
「フレインスロゥア」
繰り返す。
何度でも。
お前たちを呑み込むまで終わらぬとばかりに、悠然と、一歩ずつ確実に炎が冒険者へにじり寄る。
「オクシオ・ヴェウィデイー」
そして、もう一度。
「ヤハア・ドゥヴァエ・フェエトリ……」
「う、う……うわああーーーーーーっ!!!」
得体の知れない恐怖に耐えかねた男のひとりが、ついに背中を向けて逃げだした!
すると、それまで抑揚なく無機質に唱えていたクラマの声色が変わる。
「逃げ惑え! 地獄へ落ちろ! 灼熱の燃え盛る紅蓮の猛る業火の紅に染まる赤い焼却炉はすぐそこだ!」
「やばい、陳情句だ!」
「やばいやばい! 待って待って待ってよ~!」
残る2人も先に逃げた男を追って、ばたばたと足音をたてて逃げていった。
「フハハハハ! くらえ、我が必殺の! アルティメット・カイザー・ダーク・レコンキスタ・フレアァーッ!!」
クラマは腰を落として、両手の手首を合わせ、何かを撃ち出すように開いた両手を前へ突き出すポーズをとった。
もちろん何も出ない。
「出ないか……」
出るわけがない。
そもそも何かが出たとしても、標的となる冒険者たちの姿は、もはやどこにもなかった。
とはいえ、きちんとした詠唱を行ったとしても、魔法は発動しなかったのだ。
炎の魔法を発動するだけの心量は、もうクラマには残されていない。
> クラマ 心量:220 → 190(-30)
> クラマ 心量:190 → 140(-50)
> クラマ 心量:140 → 90(-50)
> クラマ 心量:90 → 40(-50)
疲労感がクラマの肩にのしかかっていた。
心量が50付近になると、倦怠感や集中力の低下が自覚できるようになる。
その後、クラマは降りてきた3人と一緒に、倒れている地球人の男を介抱した。
男がたどたどしく語るには、2ヶ月以上前に召喚された彼は、先ほどの冒険者たちに引き渡されて、それ以来ずっと家畜のように扱われていたという。
口枷を嵌められ、薬を嗅がされて、狭くて汚い個室とダンジョンを行き来する日々。
勝手に喋ったら殺すと脅されて、この世界のことを何ひとつ教わっていない彼には、誰に助けを求めたらいいか分からなかったという。
> クラマ 心量:40 → 64(+24)
そこまで語ったあたりで落ち着きをなくし、薬を求める発言を繰り返すようになったので、レイフの魔法具によって眠らせることになった。
> レイフ 心量:386 → 186/500(-200)
クラマは薬物を解毒の魔法で抜けないかと聞いてみたが、パフィーは難しい顔をした。
「こうした薬物は本来、治療に使われるものよ。だから毒物として登録されていない可能性が高い。それに……薬物依存は、急激に使用量を減らすと重篤な危機に陥る場合があるの。まずはお医者さんに見せた方がいいわ」
兎にも角にも、すぐに地上へ戻るべきということであった。
男に与えたために、水の残りもない。
イエニアが男を担いで、一行は帰還の路を急いだ。
幸いにも特に障害もなく地上へと帰還したが、帰りの道中は誰もが陰鬱な表情で、気詰まりするようなよそよそしい空気が漂っていた。
男の処遇にも一悶着あった。
普通なら当然、冒険者ギルドに預けるしかない案件である。
彼を預け、事の次第をギルドに報告し、例の冒険者を罰してもらう。
イエニアもそう提案したが、クラマがそれに反対した。
結果としてイエニアがあっさり折れた形になったが、言いたいことを耐えているのが見て取れる様子だった。
そうして荷物と一緒に抜け道から地上に引き上げられた男は、ティアと一郎によって診療所へと運ばれた。
パーティーが貸家に戻り、諸々の後片付けを終えたのが正午近く。
そのまま全員で昼食――という流れにはならなかった。
「あ~……あたしら用事を思いついたから! じゃっ、またね~」
ピリピリしたイエニアの様子を察したサクラ達は、逃げるように自分らの貸家へと帰っていった。
「……昼食をとったら、部屋に戻って休みましょう。みんな疲れたでしょう」
というイエニアの言葉により、食事を済ませてそれぞれが自室へ戻っていった。