24話
クラマが目を開けると、不安げなパフィーの顔が視界いっぱいに広がった。
「クラマ! 大丈夫!? どこかおかしいところはない? 頭痛とか、手足の痺れとかない?」
「パフィー、落ち着いてください」
「あ、う、うん……」
パフィーに代わって、イエニアが横たわるクラマに語りかける。
「クラマ、苦しかったら答えなくて大丈夫です。何があったか思い出せますか?」
クラマは倒れる直前のことを思い出す。
「たしか……大熊から逃げて……パフィーが魔法で火を……」
パフィーの火の魔法で大熊は倒したが、その直後に起き上がろうとしたら倒れた。
「酸素欠乏症よ」
そう告げたのはパフィー。
落ち着きを取り戻したパフィーは、いつも通りの冷静さで解説をする。
「わたしが使った火の魔法で酸素が消費されて、一時的に周囲の酸素濃度が下がったの。普通はこんなことはないんだけど、狭すぎたから……」
「酸素欠乏症……酸欠か」
火災が起きた際の死亡原因として最も大きいのは、火に焼かれることではなく、酸欠や一酸化炭素中毒だということは、クラマも聞いた覚えがあった。
「酸素が不足したのは短期間で、すぐ広い場所に運べたから大丈夫だとは思うけど、頭痛とか吐き気があったら教えて?」
「ああ、いや……大丈夫だよ」
「あっ、体を起こしちゃだめよ! そのときは大丈夫でも、あとから後遺症が出てくることがあるから。念のために、安静にしておいて。ね?」
クラマはパフィーに従って、起こしかけた体を再び横たえた。
薄暗い天井を見上げて一息ついたところで、クラマの視界にレイフの顔が映り込んだ。
「ごめんなさいね、私が下手やったせいで」
クラマはそれに対して、いたずらっぽく笑った。
「ううん、謝らないで。……仲間でしょ?」
レイフは不意を打たれたように目を見開くと、
「ふふ、そうね」
と、照れ笑いで返した。
その後、パフィーが「運量で酸欠の後遺症を予防する」ことを提案した。
全員がそれに賛成。
運量の性質からすると、運量を使うのは後遺症が出るかどうか判明する前、できるだけ早いうちがいい。
そういうわけで、クラマはこの場ですぐに運量を使用した。
「エグゼ・ディケ……酸欠の後遺症が残らないように」
> クラマ 運量:9157 → 0/10000(-9157)
予想以上に大きく消費されて驚いたが、クラマはすぐに自分のミスに気がついた。
この願い方では、自覚もできないほどの小さい症状も含めた全てが該当してしまう。
さすがにそれは不自然すぎたという事だろう。
クラマはまだ頭がぼーっとしているように感じた。これも後遺症なのか、寝起きのせいなのかは、判然としなかった。
念のため、まだ少し休んでいくことになった。
クラマはレイフが受けた麻痺毒は大丈夫かと尋ねると、クラマが失神している間に、パフィーの胸当てにある魔法具で解毒したとのことだった。
> パフィー心量:415 → 385/500(-30)
「酸素欠乏症は毒じゃないから治せないの……」
と、パフィーは申し訳なさそうに言う。
しかし現時点で発見されている毒物ならば、あらゆるものを無害になるまで分解できるという。
それは相当すごい事なのではないかとクラマが聞くと、この魔法具は先生の形見なのだと、パフィーは答えた。
パフィーは自分の胸当てを外して、魔法具の作りをクラマへ説明する。
そうして講義と雑談と周囲の警戒をしながら休憩していると、なにやら下の方から人の話し声が聞こえてきた。
他の冒険者からの盗難に遭ったばかりなので、一同は警戒する。
「クラマはそこにいてください」
イエニア達が岩の隙間から覗き込むと、そこには冒険者パーティーと思しき4人の男女がいた。
男が3人に女が1人。
クラマが出遭った盗っ人とは違う。
レイフは男2人と女に見覚えがあった。
「夜の歓楽街でよく見る顔ね」
ごく普通の冒険者といった出で立ち。
だが、そのパーティーには明らかに普通ではない箇所があった。
首輪に紐で繋がれた男が、他3人の先を歩かされている。
男はボサボサの髪に、髭も伸び、薄汚れた粗末な服。
まるで浮浪者のようだった。
ふらふらとおぼつかない足取りで歩いていた男だったが、急に立ち止まって地面に膝をつく。
手綱を握った男が怒鳴り声をあげた。
「なに止まってんだコラ! さっさと歩けや!」
首輪をつけられた男は、振り向いて背後の男にすがりつく。
「も……もういいだろ! く、くすり……早く薬をくれよぉ!」
「うるっせえ殺すぞ!」
強烈な蹴りを腹に受け、首輪の男は地面を転がった。
そのまま起き上がれずに、ゲェゲェと口から胃液を出して痙攣する。
「オイオイ、ほんとに死んじまうぞ」
「い~んじゃないのォ~? 地球人が死んだらギルドが再召喚してくれるんでしょ~?」
「そういうこった。オラ! サボってんじゃねえぞ! 薬が欲しけりゃ、運量でいいもん見つけろやカス!」
倒れて苦しんでいる男を心配するどころか、落ちているゴミのような目で見る冒険者たち。
その一部始終を、彼らの死角となる上方からイエニア達は目撃していた。
「なんて事を……」
「ひどい……ひどいわ。こんな……」
地球人に依存性のある薬物を使用し、道具のように扱う冒険者がいるという噂は、イエニア達も聞き及んでいた。
実際に繁華街の路地裏では、そうしたものが堂々と売られているのを、イエニアは目にしている。
似たような効果で依存性のないものがあるにもかかわらず、だ。
イエニアは歯噛みした。
本当ならば今すぐにでも飛び降りて、下にいる連中を叩き伏せたい。
また、騎士たる者として目の前の非道を見過ごすことはできない。
しかし戦闘には危険が伴う。
相手の技量も……立ち振る舞いから自分より格下だろうとイエニアは感じているが、どの程度かはっきりしない。
しかもクラマの運量も切らしており、安静にしなければいけない状態だ。
ここで飛び出すのは、あまりにリスクが大きい。
煩悶するイエニア。
そこへレイフの声が。
「あら? クラマ……クラマ? どこ?」
横になっているはずのクラマがいない。
付近を見渡しても、その姿が見当たらない。
次にパフィーが声をあげる。
「あっ! わたしの胸当てがないわ!」
外してクラマの枕元に置いていた胸当ても消えている。
さらにあることに気がついたレイフが、イエニアを指さして尋ねた。
「ねえイエニア。あなたの盾、どこ?」
「え……?」
言われて見れば、イエニアの盾もない。
3人は顔を見合わせた。
> クラマ 心量:63 → 220(+157)