21話
どれだけ気をつけようとも、危険な生き物との遭遇が避けられないのがダンジョン探索というものである。
「イエニア!」
クラマはイエニアに声をかけてから、手にした棒をイエニアの後ろから思いきり突き出した!
「ギャウ!」
鳴き声をあげて怯んだのは、2メートル近い巨体の、6本足の獣。
獣はアリクイのような顔で、2本の足で直立している。
獣が目を突かれて怯んだ隙に、イエニアは盾を構えながら詠唱を行う。
「オクシオ・ビウヌ! サウォ・ニノ・シニセ・ノウツ――ファウンウォット・シヴュラ!!」
> イエニア心量:416 → 386/500(-30)
詠唱が完了した瞬間、イエニアの盾に燃えるような赤い紋章が浮かび上がる。
「クラマ!」
「おう!」
イエニアに呼びかけられたクラマは、もう一度イエニアの後ろから棒を出して突く!
が、獣は学習したのか前足を上げてそれを阻む。
さらには圧倒的なパワーで押し返してきた。
「ふんっぐぐぐぐ……!」
クラマは負けじと押し返そうとするが、獣の前足はぴくりとも動かない。
「もういいですよ、クラマ」
獣がクラマに目を向けている間に、イエニアは獣の腿に乗り上げていた。
颶風のごとき唸りをあげる盾が、獣の側頭部へ直撃する!
ガァァァァアン!!!
破裂音にも似た轟音が鳴り響く。
フックの要領で大きく遠心力をかけた、イエニア必殺の一撃。
打撃など効果があるとは到底思えない獣の巨体だったが、ゆらり、ゆらりと体を揺らし……最後に身を投げ出すように倒れた。
仲間達から安堵と喜びの声があがる。
イエニアは大きく息を吐くと、獣が動き出す前に剣を抜いてとどめを刺した。
「お疲れ、イエニア。どうだったかな?」
「ええ、いい感じでしたね。ただ、突きを止められてから粘るのは、押し返されて壁と挟まれる危険があるので、すぐに引いて手数で気を引く方がいいですね」
「ふーむ、なるほど」
クラマとイエニアは連携について軽く話し合う。
話を終えたクラマは地面に投げ出された棒を拾い上げると、既に持っている棒と先端を合わせてひねる。
すると2本の棒が、長い1本の棒になった。
「よく考えますよね、そういうの……」
イエニアの若干呆れの混じった感嘆に、クラマはフッと笑うと、棒を構えて声高に叫んだ。
「これこそは、古代ギリシアはマケドニアが当時世界最強を誇ったファランクスより着想を得た、ランス・オブ・ピリッポス・ザ・セカンド!」
だが棒であった。
「でも作ったのはパフィーですよね?」
そして作ったのはパフィーであった。
クラマが自分も戦闘で出来ることはないかとイエニアに相談した結果、すったもんだがありつつも最終的に出た結論が、棒であった。
剣道の経験もないクラマが、剣を持っていきなり戦えるわけがない。
そもそも刃物は素人が扱うと、誤って仲間や自分を斬ってしまう危険が大きい。
そういうわけで、しつこいクラマに折れたイエニアは、イエニアを盾にしてクラマが後ろから棒でサポートするという、クラマの案を受け入れることになった。
それからクラマはパフィーと相談して、探索用の棒を分割・連結して、戦闘にも使える棒を作ってもらった。
この長物を分割・連結する事と、味方の背後から長い武器で攻撃するというアイデアは、先ほどクラマが言っていた通り、マケドニア王ピリッポス2世が考案した長槍・サリッサによるファランクス戦術をもとに考えたものだった。
もっとも、本来は槍を分割して持ち運び、戦闘時には繋げて使用するものであるが、それはダンジョン内で使うには長すぎた。
そうしてクラマは、3日前からこの棒を使って、毎日イエニアに稽古をつけてもらっていた。
「何度も言いますけど、忘れないでくださいね。あなたが武器を持つのは敵を倒すためではなく、パフィーとレイフ、そして自分を守るためですよ」
「うん、わかってる」
丁度いい時間だったので、一行はそのまま食事休憩に移ることにした。
倒したばかりの獣は、イエニアの主導によってシンプルなブロック肉のバーベキューとなった。
作り方は以下。
1.適当に切った肉に調味料をまぶす。
2.肉に鉄串を刺す。
3.火の上で回しながら焼き上げる。
4.完成!
食欲をそそる焼肉の香りが広がった。
クラマは豪快にブロック肉へとかじりついた!
「はぐ、あむ、ん………………………」
固い。しかしあれほどの筋肉の塊なのだ。仕方ないとクラマは考えた。
だが。だがしかし。口の中に広がる、強い臭み。こればかりは如何ともしがたかった。
「どうしました、クラマ。食が進んでいませんよ」
イエニアは肉の固さも匂いも物ともせずに、がつがつと食いちぎっている。
「あ~、やっぱりダメみたいねぇ」
「わたしもこの臭みはちょっと……」
パフィーもこれには不満顔である。
次の探索までに、必ず何らかの対策を講じる。
クラマは固く心に誓った。固い肉をかじりながら。
【クラマのメモ】------------------------
イーノウポウ(別名:舌伸び大熊)
地下2階で遭遇。洞窟や山岳地帯に生息し、微生物から大型の獣まで何でも食う悪食。
熊の体にアリクイの顔。二本足で直立する。ごつい体格で、大きいものは全長3メートルを超える。
六本足を器用に使ってどこにでも入り込んでいき、細長い舌を伸ばして微生物を舐めとったり、小動物を捕食する。唾液には麻痺毒の成分が含まれており、獲物を逃がさない。
爪や牙だけでなく、舌による攻撃にも警戒する必要がある。
肉は臭みが強い。そして固い。
体の大きさのわりに食べられる部分は少ない。
毛皮は高く売れる。
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食後の休憩時間にて。
クラマは先ほどの戦闘で気になったことがあった。
「そういえばさ、イエニアの盾って魔法で硬度を強化できるんだよね?」
「ええ、そうです。陳情句まで入れれば、熱や冷気、腐食液に至るまで、あらゆる外敵からの脅威を遮断できます」
魔法については、クラマもあれから簡単に説明を受けていた。
魔法は詠唱によって発動し、詠唱は「始動句」「律定句」「陳情句」「発動句」の4つから成る。
「オクシオ・○○」の部分が始動句。後半部は魔法の種類で変わる。
その後に続く、長くて意味の分からない呪文が律定句。これで具体的な魔法の効果を決める。
次に続く日本語の部分が陳情句で、これは魔法の効果を高めるもの。省略しても良い。
そして最後に発動句。これを言うことで魔法が発動する。
本来はこの他に「心想律定」といって、律定句の部分を空間的にイメージする必要があるのだが、これを省けるようにしたのが、魔法具というアイテムである。
代わりに魔法具では、あらかじめ決められた魔法しか使えない。
それでも、それまで極度の集中を要するために戦闘時にはほぼ使用が不可能だった魔法を、限定的とはいえ戦闘中にも使用できるようにした魔法具の存在は大きい。
現在このパーティーが保有している魔法具は3つ。
1つ目はイエニアの盾。魔法によって防御力が上がる。
2つ目はパフィーの胸当て。解毒と、火炎による攻撃の2つが使用できる。
3つ目はレイフの短剣。心量の低い者を眠らせる魔法が入っている。
心量の低い地球人はほとんど魔法を使用できないが、いざという時のためにクラマも詠唱は暗記している。
……というわけで、クラマは尋ねた。
「盾で殴る時に使っても、あんまり意味なくない?」
「……………………」
沈黙。
もしや何か聞いてはいけない事だったのだろうか?
クラマが様子を窺っていると、イエニアが口を開いた。
「クラマ、効率ばかりを求める風潮はいかがなものかと思います」
「うん」
あ、やっぱり効率悪いんだ。と思ったがクラマは口に出さなかった。
「それに、この盾は誇りある王国騎士として叙勲した折に賜る正騎士の証。たとえ剣と命をなくそうとも、盾と誇りを失うなと言われています」
「へえ、じゃあ他の騎士もこうやって盾を使って戦うんだ」
「……………………」
再びの沈黙。
イエニアはとても言いにくそうにしている。
「……イエニア?」
クラマが呼ぶと、イエニアは伏し目がちに語った。
「他の騎士たちは皆、様々な武器を巧みに操り流麗に戦います。彼らは幼い頃から騎士となるべく武芸百般を身に着けますから。このように地味な戦い方をするのは私だけです」
「そっか。お姫様だもんね」
イエニアの気さくな態度のために忘れそうになるが、19番目の王女とはいえ、れっきとしたお姫様なのである。
姫として育っていたのが、事情により騎士とならざるを得なかったのだろう。とクラマは得心した。
クラマは何度かイエニアの過去を尋ねていたが、いつも適当にはぐらかされていた。
このようにイエニアの方から語ってくれるのは珍しい。
以前よりもイエニアとの距離が縮まっているのを、クラマは感じていた。
「はーい、時間よー! みんな休憩終わりー!」
パフィーが休憩時間の終わりを告げる。
「えぇ~、もうちょっとだけ……だめ?」
「だめー! 起きなさーい!」
そんな微笑ましいやり取りを眺めながら、クラマとイエニアも探索再開の準備にとりかかった。