2話
時が、止まっていた。
そう感じるほどに集中力が高まっていたのだろう。
なにしろ数秒だ。
数える余裕もない短い時間のうちに、3つの箇所を目に焼き付けなくてはならないからだ。
肉感的で野性味のある美女のトゥニスは、その抜群のプロポーションを見せつけるかのような、薄くて面積の少ない赤のショーツ。
「……お」
少し目を見開いた程度で、下着を見られても平然としているのは、慌てることの許されない戦士ゆえか。まるで落としたペンを拾うかのように、自然な動作で足元に落ちたショートパンツを引き上げた。
突然衣服が破れたイクスは、クールな素振りから一転、ひどく狼狽していた。
「――わ、ちょ、これっ……!」
身をよじり、破れたスパッツを掴んで、体を隠そうとする。
素早い反応により、その小さくて細身な肢体はすぐにローブの後ろに隠れてしまったが、その僅かな間にも俺の目は捉えていた。破れた黒いスパッツの奥にあった、同じく黒い色をした一枚の布を。
下着とスパッツが同じ色だった事を、果たしてどう捉えるべきか?
残念に思う気持ち……それは確かに……わずかに生じたかもしれない。
だが、それよりも重要な事柄があった。
それは「下着を穿いていた」という事。
これによって、ひとつの存在が確定する。
そう、“ライン”である。
スパッツに浮き出るパンティライン。これが保証されたのは大きい。そのラインの有無は瞬間的な破壊力に関して、無視できない差異を生じる。一説によれば、このラインが一つの到達点である……とも言われている。
縮こまって半眼でこちらを睨むイクスに、俺は心のなかで謝罪し、また感謝した。
そしてオルティ。
そのスカートの下には、白くて厚手の、子供っぽい下着が隠されていた。
王道はいい。
不変的な良さがある。
王道には王道たり得る強さがあるのだ。
その後に両手で股を押さえるのも良い。
顔を真っ赤にして、涙目になって、プルプル震えて睨みつけるさまは、実にマーベラスかつアメージング。
素晴らしい。
素晴らしい状況だった。
そう……今こうして、目の前のオルティが、両手で掲げた杖を振り下ろすまではね。
「何やってんのよ、このバカぁーーっ!」
「ウギャア!」
いでぇ!
本気で殴りやがった!
しかも二度、三度、四……ちょっ、おま、マジ痛い痛い痛いシャレにならないやめろおおおおおお!!
「まあまあ、落ち着け落ち着け」
ようやくトゥニスがオルティを引き剥がしてくれる。
オルティは羽交い締めにされながらも、フーッ、フーッと獣みたいな息を吐いて、こっちを睨みつけてる。こわい。
「なんなの、このバカ! 信じらんない! 別のやつに変えられないの、これ!?」
「残念だが地球人の再召喚は認められていない。諦めろ」
その後もギャーギャーとわめくオルティ。
トゥニスはそれを諭しながら、部屋の外へ連れ出していった。
「いでぇ~……いでえよ~……」
俺はというと、杖の殴打をガードした両腕が痛くて痛くて泣きそうだった。
というか涙出た。
「……ちょっと見せて」
言われて顔を上げると、イクスが俺の殴られた額を近くでじっと見てくる。
無表情だが整った顔が近付く。かわいい。
イクスは小さく頷くと、次はこっちの腕に手を触れた。
小さい手が冷たくて気持ちいい。
そしておもむろに、ギュッと腕を掴まれた。
「あぎゃあぁぁわででででで!!!」
激痛が駆け巡る。
俺はエビのようにのたうち回った。
「ん、大丈夫。折れてない」
イクスはそう言って立ち上がり、サッとこちらに背を向けると、部屋の外へと歩いていく。
え? このまま? 放置?
「いや、折れてないからってさぁ~……痛すぎなんだけどこれ? 何かその、治療的な……ね?」
俺の人道的支援を訴える呼びかけに対して、イクスは肩越しに振り向いて答えた。
「……自分が悪いんでしょ」
言い返せる言葉はなかった。
バタンと扉が閉まる。
そうして俺は暗い部屋にひとり残された。
「いでぇ~……いでえよ~……」
宿屋の一室に力ない声が響く。
そうして俺は一晩中、腕の痛みにうなされ続けたのだった。