15話
このアギーバの街は、元々は寂れた農村地であったが、現議長ヒウゥースが主導したダンジョン探索支援政策によって、近年になって急激に経済成長を遂げた街である。
そのため木製の簡素な家屋と、石造りの厳つい建築が混在するという、節操のない街並みとなっていた。
中でも、その経済力を象徴するかのような施設が、冒険者ギルドであった。
クラマの抱いたイメージは「ヨーロッパの銀行か大使館」。
小奇麗で洒落た外観の3階建て石造建築。
施設内では各種手続きの他、探索に使用する道具の販売および貸し出し、武具の整備代行、冒険者の斡旋、ダンジョン以外の冒険者への依頼の仲介、引退者への仕事の紹介、さらには診察室に訓練場、遊技場から室内プールまで、ありとあらゆる設備が取り揃えられている。
なお、サービスはすべて有料である。
クラマとイエニアは手分けして聞き込みすることになった。
とりあえずクラマは受付の女性と話をする。
「こんにちは。こちらが冒険者ギルド受付になります。本日はどういったご用件でしょうか?」
しっかりした営業スマイルに、テンプレ通りの挨拶。
クラマは少し日本にいた頃を思い出した。
雑談を交えながらクラマが聞き取りしたところ、昨日の騒動はクラマが犯人ということで、ギルド職員には周知されているようだった。
「みんな噂してたんですよ。どんな凶悪な地球人だ、って」
「えぇー? こんな人畜無害な僕を? そりゃあナイでしょー」
「あはは、そうですね。でも凶悪な冒険者もいますから、気をつけてください。例えばそこの……」
受付嬢のリーニオは、傍にある掲示板を指した。
そこにはいくつもの似顔絵が書かれている。
「ダンジョンに潜伏している可能性のある、指名手配中の凶悪犯がこちらです」
「どいつも凶悪な面構えだね。……あれ、この子は?」
クラマが指したのは、ライトブルーの髪に紫色の瞳をした少女の似顔。
「それは今日追加されたばかりですね。なんでも、仲間を皆殺しにして逃走中で――あっ!」
リーニオは説明している途中で何かに気付き、クラマの後ろの方へ声をあげた。
「だめですよ、ロビーでの飲酒は禁止です!」
クラマが振り向くと、後から入ってきた冒険者2名が、酒の入った陶器を手にしてくつろいでいた。
「固いこと言いねぇ! どーせお前さんらのお偉方も、今ごろ執務室でいいことしてるんだろーが!」
「違いねえ! ア~~ッヒャッヒャッヒャッ!」
なおも注意をしてくるリーニオを無視して、2人の冒険者は雑談する。
「……で、警備にたてついた地球人があの坊主ってのは、マジな話か?」
「マジだね、あの顔を見ろって。……ん? どこ行った?」
「え、だれだれ? 誰の話?」
いつの間にかクラマは男2人の隣で会話に混ざり込んでいた。
「うおっ! おめぇーの話だよ!」
「うーん、なんか有名になっちゃってるなぁ。これはまさか――」
はっとした表情で、クラマは呟く。
「僕のイケメンに、この世界が気付いてしまったのか……!?」
「ギャーーーハハハハ!! ボコボコに膨れたツラで、なに言ってやがる!」
「アッヒャッヒャッヒャッヒャッ!!」
――それからしばらくの後。
ひととおり聞き取りを終えたイエニアがロビーに戻ってくると、見知らぬ冒険者と肩を組んで談笑するクラマの姿があった。
「何をしているんですか……」
イエニアに気付いたクラマは、冒険者たちに別れを告げて、イエニアと共に施設の外に出た。
「ああいうガラの悪い冒険者には、あまり近付いてはいけませんよ。何をされるか分かりませんから」
「そうかなぁ。でも色々教えてくれたよ。罠の見分け方とか」
クラマは聞き取りした内容をイエニアに話した。
イエニアは頷きながら聞く。
「ご苦労様でした。私はこれから買い出しに行きますが、クラマはひとりで帰れますか?」
「あれ、冒険者ギルドで買わないの?」
イエニアは首を横に振った。
「ギルド内の価格はすべて割高ですから」
「ナルホドね……じゃあ、ついて行っていいかな」
「買い物にですか?」
「うん。荷物持ちくらいはできるだろうし、今の僕じゃ何か手伝おうとしても、買い物もひとりじゃできないからさ。面倒かもしれないけど、色々教えて欲しい」
「面倒ということはありませんが……そうですね、わかりました。今日は市場を回りながら、色々と教えていきます。ついて来てください」
その後、2人は日が沈みかける頃まで街を歩き回った。
街の案内も兼ねて様々な場所に足を運び、ダンジョンの必需品、その使い方から手入れに至るまで、イエニアはひとつずつクラマに教えていく。
イエニアの足取りは早く、重い荷物を持ってもまったく歩調が変わらない。
クラマは置いて行かれないよう、必死になってついて行った。
「ええと……さすがに気張りすぎましたね。すいません」
きまり悪そうに振り向くイエニアの視線の先には、今にも崩れ落ちそうなほどに膝を笑わせながら、大荷物を抱えるクラマの姿。
「ゼー……ヒュー……コヒュー……」
「荷物は私が持ちましょう。貸してください」
そう言うイエニアも、クラマと同じだけ荷物を持っている。
「ダイジョブ……ダイジョブヒィ……」
「どう見ても大丈夫じゃありません。私が持ちます」
クラマからひょいっと荷物を奪うイエニア。
「おぉ……いやー、すごいなあ。イエニアは」
「鍛えてますからね。でも、私なんてまだまだです。騎士団の中では、末席の駆け出しですから」
「どんな魔界なんですかね、その騎士団ってヤツは」
あははと笑って返すイエニア。
「……でも、あまり無理はしないでください。私が女だからと気にしないで、もっと頼ってくれていいんですよ」
イエニアの言葉に、クラマは口をへの字に曲げて苦い顔をした。
「うーん……そうなんだけどさ。やっぱり厳しいなあ」
「……? 何がですか?」
小首を傾げるイエニアに、クラマは少し俯き加減に吐露する。
「僕のせいで、イエニアには色々と迷惑かけちゃってるからさ。だから出来ることを増やして、少しでもイエニアの負担を減らそうと思ったんだけど……だめだなあ」
「いえ、負担だなんて……」
自分は自分のやるべき事をしているだけ。あなたは気にしないでください。これが私の役割ですから。
……といった言葉がイエニアの脳裏に浮かんだが……なぜだか、それを口にするのは躊躇われた。
自分の心にうまく理由をつけることができないでいるイエニアに、クラマは二の句を続けた。
「イエニア、きみの方こそ無理してない?」
イエニアは、ぎゅう、と心臓を掴まれたような気がした。
何事かを、言い返さなくてはならない。
咄嗟に口を開きかけ……しかしその気勢は、ふたりの間に降りる夕闇の中へ紛れて消えた。
真正面から自分を見つめ返す、真摯な眼差しに気がついてしまったからだ。
「私は……大丈夫ですよ」
かろうじて絞り出せた言葉。
その不自然な間に、イエニアは目眩のする思いだった。
彼はどう思ったかと、鼓動の一拍ごとに胸の内のもやが大きくなるのを感じる。
イエニアにとっては、とてもとても永く思える時が流れて……
「うん。それならいいんだ」
日の陰る夕暮れ時でも、クラマの強い視線がイエニアにはよく見えた。
「僕はこれから先、たくさん皆を頼ると思う。だから、僕も皆から頼られるようになりたい。まだ全然だけど……僕が頼れるようになったら、きみも僕のことを頼って欲しい」
返答を自分の中に探して、イエニアは気がついた。
クラマを相手にする際に、自分が抱く漠然とした不安、その正体に。
――彼の前で嘘をつきたくない。
秘匿、脚色、虚偽、虚飾。
自分の言動は何もかもが嘘にまみれている。
そんな現状への拒否感が、彼女の心を苛んでいた。
だが、今さらやめることなど出来はしないということも、イエニアは理解していた。
「……ええ。期待していますよ、クラマ」
だから精一杯の虚勢を張って、イエニアは微笑んだ。
それを受けたクラマも緊張を解いて、相好を崩す。
そうして、どちらともなく2人は歩き出した。
「しかしまずは、その膨れた顔を治すことですね」
「おっと、こりゃ参ったね。せっかくイエニアとのデートなのに、恥をかかせちゃったかな」
と、イエニアの人差し指が、クラマの額を突っついた。
「あたっ」
「そういうところですよ! 診療所でも言われたでしょう。女の人への軽口は、もう少し控えてください」
「いやいやいや、僕は本心からね……おうっ」
つん、つん、と怪我をしていない額をつつく。
「そういえば朝は半端に終わりましたね。この際です、あなたには言いたいことがあります」
「ハイ。ハイ。スイマセン」
クラマは貸家に戻るまで、歩きながらイエニアの説教を聞かされたのだった。