14話
翌朝。
全員で朝食をとった後、サクラ達の処遇についての話し合いとなった。
「まずは反省してください。それから、二度とああいった騒ぎは起こさないように。いいですね?」
「はい……ごめんなさい……」
昨日の威勢とはうってかわって、サクラはシュンとして頭を垂れる。
「面目ねぇ……」
「すいやせんっした」
「同上でござる」
仲間の3人もそれに追従した。
「不平、不満はあれど、あなたもパーティーの主導者なら軽率な行動は慎むべきです。あなたが抱えているのは、自分ひとりの命ではないのですから。仲間の生死を預かる責任は、そう軽いものではないはずです」
「まあまあまあ、彼女も反省してるみたいだし、その辺で、ね?」
その場をとりなそうとするクラマ。
だが……
「あなたもです、クラマ! 無事に帰れたから良かったものの、とても危険な立場にいたのですよ! 分かっているのですか!」
「うへあ。すいませんでした……」
火に油を注ぐ結果となった。
クラマは深々と頭を下げて陳謝した。
イエニアの説教がヒートアップしてきたところで、レイフが声をかける。
「あ、お茶が入ったみたいよ?」
パフィーが台所から木製のトレイを持って現れた。
「お茶が入ったわー♪」
クラマが手伝って、それぞれの前に運ぶ。
一息ついて落ち着いたところで、今日の行動について取りまとめた。
まず昨日の騒ぎについて、当局が真犯人であるサクラ達を把握しているのかどうかを調査する。
それが終わるまでは、サクラ達4人はこの家から外に出てはいけない。
そして調査を行う者以外は、昨日簡易的に行ったダンジョン内の隠蔽を、今日一日かけて念入りに行うことになった。
「それでは、私は冒険者ギルドを見に行きます。パフィー、レイフ、こちらは任せましたよ」
「ええ、任されたわ」
「あ、ついでにクラマも連れて行ってくれる?」
レイフはクラマの顔に人差し指を向けて、言った。
「お医者に」
クラマの顔は腫れがさらに大きくなっていた。
「そうですね。大丈夫かとは思いますが、念のため診てもらいましょうか。行きましょう、クラマ」
「ウイーッス。みんなー、いってきまーす!」
「いってらっしゃーい!」
「はい、行ってらっしゃい」
「おみやげにタピオカミルクティ~!」
奥から変な声が混ざってきていた。
なのでクラマは大声で返した。
「イエニアさ~ん! あいつ反省してないっすよ~!」
「ひええ~! ごめんなさ~い!」
クラマが後ろを向くと、イエニアは外に出て嘆息していた。
「はぁ……遊んでないで行きますよ」
「ハイ。ゴメンナサイ」
そうして2人は街へと繰り出した。
まずは病院へ――
イエニアがクラマを連れてきたのは、通りから外れた目立たない場所にある、小さな診療所だった。
イエニアの調べでは、他にも大きな病院はあるが、ここの医師が最も腕が良いとのことだ。
医者は若い女医で、名前をニソユ=ニーオといった。
ベージュ色のショートボブ。オレンジ色の瞳にメガネをかけて、ボタンも襟もない白衣を着用している。
スレンダー体型で、愛想を振り撒くこともなく、淡々と診察する。
クラマの印象は“クールビューティー”の一言だった。
「……骨は大丈夫だね。視界にも異常なし……口の中はかなり切れてるけど、縫うほどじゃないね。一応、薬は塗っておこうか。治りは早い方がいいでしょ?」
「うん、おねがいします。……あっ! あだっ! いたたたた、しみる!」
「こら、動かないの。男でしょ?」
「いや! 僕は男女平等主義でして。それに女性の方が痛みに強いという噂があだだだだだ」
「はいはい、すぐ終わるから我慢しなさい」
クラマは痛みから逃れるために、なにか気を紛らわせるものを探した。
するとニーオの黒いホットパンツから伸びた、すらりとした生足に目が留まる。
> クラマ 心量:82 → 86(+4)
「ん? 心量が上がったわね。あなた被虐倒錯の気があるの?」
「いやいやいや、こんな美人の女医さんに診てもらえるなんて嬉しくて」
ニーオはジロリとクラマを睨む。
「私、口が軽い男は嫌いなの。だいたい、付き添いの子もいるのに、そういうこと言う?」
ニーオの言う通り、クラマの少し後ろでイエニアが椅子に座っている。
イエニアはなんとも難しい表情だ。
「まぁ……こういう人ですから。私にもだいたい分かってきました」
「そ。苦労してるのね」
「あれ? なんか僕がしょうもない奴みたいな流れ?」
クラマをフォローする人間は、この場にいなかった。
釈然としないクラマに構わず、治療は続く。
「……さ、これでいいでしょ。後は熱を持ったら冷やして。数日待って腫れが引かなかったらまた来て。他に何かある?」
「いや、あー……ついでに質問してもよろしいでしょうか?」
「なあに、改まって。暇だからいいけど」
「こういう怪我って魔法で治せないのかなと」
ニーオの肩がピクリと反応した。
「ああ……そっか、召喚されたばかりでまだ聞いてないのね」
イエニアが申し訳なさそうに頭を下げた。
「すいません、話しそびれていまして」
「いえ、いいのよ。私は魔法は使えないけど、医療魔法の知識はあるから教えてあげる。慣れてる冒険者でも、間違って覚えてる事あるからね」
お願いします、とイエニアが言い、ニーオがそれに応える。
「まず地球人に多い勘違いだけど、怪我に限らず“癒やす”という事は魔法では出来ない。これは漠然として定義できないからよ。とはいえ、事実上それに近い事はできる」
なんとなく授業じみた雰囲気になってきたので、クラマは居住まいを正した。
「じゃあ魔法に何が出来るのか? といったら、魔法の特性について1から講義する事になって、今日中に終わらないから割愛するわね。今日のところは、冒険者がパーティー内の魔法使いに期待できる事を挙げていくから覚えておいて」
クラマとイエニアは頷いて傾聴する。
どこまでリスクを承知で行動できるのか、という事になるので、クラマにとっては重要だった。
「まず代謝の促進による疲労回復と負傷の治癒。これは老化が早まるのと、状態が悪いと壊死するから気をつけて。
次に血流の停滞による止血。包帯だけじゃ止まらない血も止められる可能性がある。でも加減を間違うと脳に血が届かず貧血になる。
最後にこれが最も重要で、解毒。体内の毒素を無害になるまで分解するのだけど……難しいから使えない魔法使いも多い。仲間の魔法使いに確認しておいて」
イエニアがそれに答える。
「解毒は魔法具で用意していますので、大丈夫です」
「ああ、それが一番いいわね。賢いわ」
ニーオはそこで一息ついて、足を組み直した。
「こんなところね。専門の魔法医なら、もっと色んなことができるけど……根本的には通常の医療と変わらない。どう、がっかりした?」
意地悪そうな笑みを浮かべて、ニーオが言う。
クラマは答えた。
「いや、充分です。ありがとうございます」
そう言って頭を下げるクラマを、ニーオは興味深げに見る。
「ふーん、地球人はみんな落胆するんだけどね。あなた、変わってるわね」
「やだなあ。普通ですよ、フツー」
そうして診察は終了し、会計を済ませたイエニアが外に出る。
クラマも続こうとしたところで、ひとつ思い出した。
「あっ、そうだ。睡眠薬ってないですか?」
「睡眠薬? あるわよ」
ニーオは薬包をいくつか袋に入れてクラマに渡す。
「初診特典でサービスにしとく。でも寝てる子を相手にするのは、健全じゃないわよ?」
「どうしてそういう目で見るかなあ……でも、ありがとう。何かあったら、また来るよ」
「もう来ないようにしなさい。お大事に」
クラマは診療所の扉を開けてイエニアと合流すると、次は冒険者ギルドへと向かった。