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13話

 留置場から出ると、パフィーとレイフが待ち受けていた。


「クラマ!」


 パフィーが勢いよくクラマに抱きついた。


「お、っと、と……」


 クラマが勢いに負けて倒れそうになる。

 留置場での尋問と長時間の拘束で、まともに歩くのも難しいほど憔悴していた。


「あっ……ごめんなさい。大丈夫……?」


「うん、大丈夫、大丈夫」


 クラマは心配そうに見つめるパフィーに笑ってみせる。

 そうして顔を上げて、皆の顔を見てクラマは言った。


「みんな、心配かけてごめん」


 それに対してパフィーは大きく首を振る。


「ううん、いいのよ。クラマが無事なら」


 レイフは宵闇で薄暗い中、クラマの顔をじっと観察して言う。


「ま、そんな男前の顔で言われちゃ、こっちも何も言えないわね」


 クラマの顔はいくつもの殴られた跡が変色して、膨れてきていた。


「今日のところは早く帰りましょう。後始末は終わっていますので、ゆっくり休んでください」


 イエニアに促されて、4人は帰路につく。


 こうして長かったダンジョン探索の1日目が、ようやく幕を閉じたのであった。



----------------------------------------



 貸家に戻ってすぐベッドに横たわったクラマだったが、寝付けないでいた。

 顔の上の手ぬぐいを取って、サイドテーブルに置かれた水桶にひたして絞り、再び自分の顔に乗せる。

 そうして天井の木目を眺めていると、クラマは部屋の外から微かに足音が近づいてくるのに気がついた。


 クラマは顔を上げずに、目の端だけで出入口を見る。

 すると仕切りになっている垂れ幕を手で避けて、そろそろと入ってくる人影があった。


 レイフだ。


 レイフは物音をたてないようにクラマのベッドに近付くと、そろりそろりと、ベッドに乗り上げ……


「なにをしているの」


 クラマの声でレイフが止まる。

 レイフは少しだけ硬直したが、すぐに妖しい笑みを浮かべた。


「なにって……夜這い?」


 クラマは頭を動かして、自分の上に乗ったレイフを見る。

 レイフはクラマに覆い被さるように、四つん這いの姿勢で見下ろしている。

 今現在、クラマの眼前には、重力に引かれて最大限にその大きさを主張する2つの熟れた果実があった。


「………………」


 クラマが何も言わないでいると、レイフはフフッと笑ってベッドから降りた。


「冗談よ。あなた、私には興味ないものね」


「いや! やはり誤解がある。アレはそういうことではなくてですね」


「まあ、それはいいとしてね。今日はあなたにちょっと話があって」


「あんまりよくないんだけどなぁ……」


 クラマのか細い訴えを無視して、レイフは静かに語り出した。


「あなたには教えておいた方がいいと思ってね。今日、あなたを留置場から出すために払った保釈金の額」


「……!」


 クラマは視線で話を促す。


「50万ロウ。だいたい、一般的な冒険者の稼ぎ2年から3年分ね。これだけで、そこそこ立派な家が建つわ」


 クラマには、この国の住宅事情や冒険者の懐事情が分からないので、日本円に換算するのは難しかったが、とにかく相当に高い金額だということは把握した。


「これをイエニアがひとりで全部出したの。でも、彼女は言わないだろうから」


 クラマにもなんとなく分かる。

 少なくとも、イエニアからクラマに教えることはないだろう。


「おそらく、彼女がダンジョン攻略のために祖国から持ってきた軍資金のほとんどを使ったはずよ。あんまりお金のある国じゃないから」


「………僕に、そんな価値があるだろうか」


「あら、それを聞いちゃう?」


 レイフはいたずらっぽくクラマを見つめた。


「いや……」


「ふふ、まあ地球人を失ったパーティーは再召喚が認められるけど。それとは関係なく、彼女はあなたを見捨てることができなかった。そして彼女の立場では、サクラたちを切り捨てることもできない状況だった。実質、彼女に選択権はなかったのに、仲間を危険に晒して責任だけを負う形になってしまった」


「ああ」


 分かっていた。

 そういう状況になると分かって、その流れを作ったのは、他ならぬクラマ自身だったからだ。


 そんなクラマの考えを知ってか知らずか、レイフは続ける。


「でもね、別にあなたを責めてるわけじゃないの。あなたもイエニアも、お互いに自分のやるべきだと感じた事をやっただけ。それが結果としてパーティーに不利益を生んだり、全滅したとしても……別にいいのよ」


「いや、それは」


 さすがに全滅は駄目だろう。

 クラマはそう思って目で訴えたが、レイフはそれに微笑みで返した。


「いいのよ、それが仲間だもの」


「………………………………」


 クラマは何も言えずに、レイフの目を凝視した。

 と、レイフは困ったように照れ笑いを浮かべる。


「なんて。かっこいいこと言っちゃった。まだ仲間としての信頼関係も築けてないのにね」


 レイフの言葉が、ちくりとクラマの胸に刺さった。

 信頼関係を築けていない。

 それはそうだ。

 なぜならクラマ自身が、彼女達のことを信用していない。

 だから留置場に入れられた時も、助けが来るとは考えていなかったし、それに――


「クラマ。胸の傷のこと、隠してたでしょ?」


 クラマの心臓が強く鼓動を打った。


「それは――」


 クラマが何かを言おうとするのを、レイフが制する。


「ああ、うん、ごめんなさい。分かってるのよ、クラマの立場からだと、私たちを信用できないのは当たり前だもの。何も悪くないのよ。……むしろね、これに関しては私たちの方に問題があるのよ」


「問題……?」


「ええ。まぁ、その……ぶっちゃけると嘘ついてるからね、私たち。色々と」


 てへへ、と困ったように笑うレイフ。

 クラマもまさか直球で嘘を告白されるとは思っておらず、返事に詰まる。


「だから信用して、なんて、口が裂けても言えないのよね。だからね、ひとつだけ、私からお願いしたいことがあるの」


「お願い?」


「そう、お願い。聞かなかったことにしてもいい、私の個人的なお願い」


 何だか分からなかったが、クラマは頷いた。


「あなたのできる範囲で、イエニアのことを気遣って欲しい」


「イエニアを?」


「そう。彼女、見た目しっかりしてて、強い力を持っているけど、まだあなたと同い年くらいの女の子なの。慣れないリーダー役で、普段しない気遣いと、仲間の命を預かるプレッシャー。そして、失敗は絶対に許されない使命がある。……かなり無理してるのよ、あの子」


「そうか……そうだね。うん、わかった」


 そう、彼女達はそれぞれ、目的があってダンジョンの踏破を目指している。

 そしてそれを成功させると、クラマは約束しているのだ。


「目的があるのはパフィーも、レイフもそうだし。約束したからには頑張らないとね」


「あ、私はいいのよ別に。たいした理由じゃないし」


 ケロッとそんな事をレイフはのたまった。


「え、いいの?」


「ええ、いいのいいの。イエニア達に比べたらどーだっていい事だから」


 からからと笑うレイフに、クラマはどうにも上手く返す言葉が見つからなかった。


「じゃ、こんなところでね。ごめんなさい、長いこと付き合わせちゃって」


 そう言って背を向けたレイフを、クラマは引き止めた。


「あ、そうだ。睡眠薬ってないかな?」


 レイフは立ち止まって肩越しに振り返る。


「睡眠薬? ああ……そんな腫れだものね。眠れないわよね」


「いや……普段から寝付きが良くなくて」


 地球ではほぼ毎日、睡眠導入剤を使用していた。

 レイフは少し思案して、


「うーん……薬は持ってないけど、代わりのものなら……」


 そう言って、少し足を開いて、下腹部のあたりでもぞもぞと手を動かしている。

 暗くて背中を向けているのでクラマにはよく見えない。


「んっ……しょ……あっ」


 そして振り返ったレイフは、刃のない短剣の柄部分だけを手にしていた。


「これね、魔法具っていって、魔法使いでなくても決まった詠唱をするだけで魔法を使えるものなのよ」


「うん、わかった。それはいいけど、今どこから出したの?」


「うふふ。で、魔法具ごとに決まった魔法しか使えないんだけど、これは心量が100から最大で200以下の生き物を眠らせることができるのよ。心量の少ない地球人はほぼ必ず眠ってしまうから、ダンジョンでは使えないんだけどね」


「うふふじゃないよ。ツッコミをスルーしないでくださいよ」


「そんな、代わりに突っ込みたいだなんて。疲れてるのに、若いわね~」


「もういい! もういいでーす! いいからその魔法を使ってみてくださーい!」


 そんなクラマの熱烈なリクエストに応える形で、レイフは詠唱を始めた。


「オクシオ・イテナウィウェ……ホエーウー・ユヒ」


 レイフの持つ短剣が、淡い光を帯びる。

 ダンジョンの中で見たパフィーの胸当ての光と同じはずだったが、なぜだかクラマには、目の前の光がどこか暖かさを持つように思えた。


「眠れ、眠れ、夜のとばりは舞い降りた。

 まぶたは落ちる。だれもが同じ。

 枕をならべ、夢路をたどり、いざないましょう」


 まるで子守唄だった。

 魔法の効果からしても、その感想は間違っていないのだろう。


「ねんね、ねんねこ、夜のおとどに包まれて。

 ゆりかごの中で、まどろんで」


 とても優しくて、慈愛に満ちた、穏やかな調べ。

 まだ魔法の効果は出ていないのに、頭がぼんやりしてくるのをクラマは感じていた。


「眠れ、母の胸に」


 ――落ちていく。


 急速な睡魔は抗うこともさせずに、瞬く間にクラマの意識を黒く塗りつぶしていく。

 完全に意識が途切れる寸前、意識と無意識の狭間でクラマは、


「どうして繕えなかったのだろう」


 そんな言葉を、思い浮かべていた。


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