12話
時刻は夜。
クラマはあれからひととおり尋問を受け、今は薄暗い留置場の一室にいた。
「召喚施設を出て1日でココに来た地球人はオマエが初めてだよ。スゲェな」
両手両足を縛られて石の床に放り出されているクラマに、看守の男が話しかける。
「いやあ、それほどでも」
「ふてぶてしいヤロウだ。そんなに殴られて、まだ懲りねえか」
クラマの顔には何度も殴られた痣があった。
「そんなコトないよー、もーしないから、ここから出してー」
「出せるかッ。オマエ自分の立場ワカってんの? ダンジョン経営の妨害は、冒険者なら無期禁錮だけど、地球人の犯罪者は例外。お上の判断で処分していいってなってるんだぜ」
「えええええええええええええ!? そんなー! 地球人差別だ! 弁護士を呼んでくれー!」
「そりゃそーだろ。口さえ開けりゃ運量次第で何でも出来る連中だ。捕まえておける檻なんてねぇからな」
「あれ、それだと魔法使いはいいの?」
「アイツらは魔導具がなけりゃ何もできねぇからな。むしろ楽なもんだ」
「ほほー」
「言っとくけど、保釈金はその辺の冒険者には払えっこねぇ金額だからな。お仲間がどうにかしてくれるって考えはムダだぜ」
「……らしいね。さっき耳にタコができるほど聞いたよ」
ふと、看守の男はクラマの首にかかった札を拾い上げて見る。
> クラマ 運量:148/10000
> クラマ 心量:72
「まぁオマエは運がいいよ。こんな運量じゃ縄も外せねぇからな。これがもっと多かったら、捕まった時点で殺されてたろうな」
「そうだね。おかげでこうして楽しくお喋りできる」
「楽しくネェっての! どうしてそんな余裕なんだオマエ。何か逃げる策でもあんのか?」
「いやあ……」
策などなかった。
外ではイエニア達が、なんとかしようと頑張ってくれているかもしれない。
だが、クラマの選んだ選択肢は、今この場所こそが終着点だった。
「変なヤツだ。どっかオカシイんじゃねぇか?」
「いやいやいや、普通だよ普通。どこからどう見ても普通でしょ? ね?」
「地球人のフツーなんて知るかッ」
そう言って、お喋りは終わりだとばかりにクラマから背を向けて、書類に筆を走らせる看守。
それから約1時間後……
「って言ったんだよ、僕はね。でもマザキの奴は僕の想像の範疇を遥かに超えてたね。彼はなんて返してきたと思う?」
「オイオイ、もったいぶるんじゃねぇよ、早く言え!」
「そう、奴は――下着のラインがあれば、中身の是非は問わない。既にその役割は果たした――と」
「そいつ哲学者かよ……」
看守はゴクリと喉を鳴らした。
「僕にも理解しきれない。深みにいるね、彼は。でもそれだけじゃないんだ。彼のすごいところは……」
そこでバン、と音をたてて扉が開かれた。
「何をしている、貴様ら」
入ってきたのは痩せた中年の男。
黄土色の髪を後ろに撫でつけ、オレンジ色の瞳にメガネをかけている。
クラマは初めて見る男だった。
「ディーザ様。いやコレはコイツがうるさいんでちょっと」
看守はバツが悪そうに誤魔化している。
クラマはその名に覚えがあった。こいつがディーザか、と眺める。
「ふん、ろくに仕事もせずに囚人と談笑か。まぁいい、こいつを運び出せ。あぁ、口枷を噛ませておけよ」
どうやら、どこかへ連れて行かれるらしかった。
が、クラマにとって口を塞がれるのは非常にまずい。万が一でも逃げ出すチャンスが、完全にゼロになるからだ。
「やあやあディーザさん、会いたかったよ」
「なんだ? 私は貴様の名前すら知らん」
「いやあ、女の人にモテる男だって聞いてさ。是非その秘訣を教わりたくて」
「くだらん。どこから出た妄言だ」
「そうなの? いやあ、僕も綺麗な人と付き合いたいなあ。例えば……冒険者ギルドの経理役とかね」
その瞬間、ディーザが手を伸ばし、クラマの顎を砕かんとばかりに握りしめた。
「誰から聞いた、その話」
「いぎぎ……さ、さあ……だれだっけなぁ……」
ディーザはしばらく間近でクラマを睨みつけていたが、やがて地面に叩きつけるように放り出す。
「ふん、吐かないなら別に構わん。言わなくても結果は同じだ。オノウェ隠蔽の痕跡があったらしいが、私なら拾い上げられる」
言って、ディーザはクラマに背中を向けると、後ろに控えていた看守へ怒鳴りつける。
「おい! さっさと口枷を嵌めろ! 使えんやつめ」
言われて看守は口枷を持ってクラマの所へ歩いてくる。
「そういうワケだ。悪ぃなあ、これも仕事でよ」
クラマは顔をそらして抵抗をする。
ディーザの言葉と雰囲気から、今より悪い所へ連れて行かれるのは明白だった。
それならいっそ、今ここでなけなしの運量を使って、逃亡の可能性に賭けるべきか。
思考を巡らせる時間はない。クラマは口を開いて――
「釈放だ!!」
突然、丸々と太った中年男が現れた。
紫の瞳に、密度の薄くなった薄紫色の頭。
男は一目で富裕層と分かる豪奢な身なりをしている。
「ヒウゥース様……何故ここに」
先ほどまで傍若無人な振る舞いをしていたディーザが、男の前では畏まっている。
「聞こえなかったか? 釈放だ! 保釈金が支払われた」
「まさか……」
ディーザと看守の目が驚きに見開かれる。
しかしディーザは納得いかないようで、ヒウゥースと呼ばれた富豪の男に意見を告げる。
「地球人の犯罪者は危険分子となります。そもそも、保釈金を出してきたのは彼を受け持った冒険者でしょう? ならば騒動に加担していた仲間のはずだ。その者も捕まえて処罰すべきです」
「ディーザ! だからお前は……ダメなんだ! ない! ないんだよ! 商才が!!」
大仰に手を振って力説するヒウゥース。
「しかし……」
なおも反論しようとするディーザ。
その肩に、ヒウゥースは手を置いた。
「支払ったのはラーウェイブの王女だ。貧しい小国だが、繋がりさえ出来れば金を作る方法はある。それに本人も、騎士でありながら見目麗しい姫君。いくらでも使い道が浮かんでくるわい」
どのような使い道を思い浮かべているのか、ニターッと口元を釣り上げるヒウゥース。
ディーザはなおも不服のようだったが、それ以上の反論はしなかった。
そこへ、部屋の外から争うような声が届いた。
「……そっちはダ……待っ……」
足音と共に扉が開く。
「クラマ! どこですか、クラマ!」
「イエニア……!」
入ってきたのはイエニアだった。
クラマの姿を見つけたイエニアは安堵の表情を浮かべて……その顔についた痣の数々を見て、鋭い眼差しに変わった。
イエニアが入ってきた後から、制服を着た職員が遅れて入ってくる。
「ダメですって、立入禁止ですよ! ……あ! ヒウゥース議長、ディーザ施設長……こ、これは……」
職員は中の有様を見て、完全に腰が引けていた。
その一方でイエニアは、敵意すら籠もった目でヒウゥースを見据える。
「これは失礼しました。追加で科料をお支払いしましょうか?」
ヒウゥースは視線の険しさなどどこ吹く風で、ニコニコしながら返答する。
「いいえ結構! おい、そこのお前、彼の縄を解いてあげなさい」
「へい」
看守がクラマの拘束を解いて、クラマの手足が自由になった。
「それでは行きましょう、クラマ。歩けますか?」
「ああ、大丈夫」
そうして、イエニアはクラマを連れて留置場から出ていった。
ヒウゥースは終始笑顔を崩さず、ディーザは鋭い視線でクラマを睨み続けていた。