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109話『レイフ#1 - エピローグ②』

「ほらクラマ、もう少しよ? 頑張って」


「うぇ~い……らいじょ~ぶ……ぼかぁー、まらまらいけんく……」


「はいはい、ゆっくり歩いてね」


 私は今、酔い潰れたクラマに肩を貸して、宿屋の廊下を歩いている。


「もう、無理して冒険者の人達に付き合うから……お酒弱いのに」


「ごえんなふぁい……」


「ふふ、いいのよ。こういうのも楽しいもの。でもイエニアの小言は覚悟しておいてね?」


「うぇい……」




 ここはラーウェイブ王国の国境沿いにある領地のひとつ。

 私たちの目的地は首都なのだけど、その途中で街に立ち寄り、補給と休憩をしている形だ。

 昼の間に街中を回った感じ……街並みは牧歌的で素朴な……悪く言えば貧しい暮らしぶりだった。

 地方でもそれなりの産業規模と生活水準を持つ帝国とは、まるで違う。

 ラーウェイブが小国であることを意識させる街並みだった。


 そんな中でも、いつもと変わらないクラマには頼もしさを覚える。

 あれだけの大役を引き受けた後だっていうのにね。

 ……不思議な人よね。


「はい、着いたわよ。よいっしょ……っと」


 宿の部屋に着いた私は、クラマをベッドの上に寝かせた。

 ありがたいことに、一人につき一部屋をあてがってもらっている。

 これだけの数の冒険者を泊めるのには宿の数が足りなかったけれど、人々が自主的に民家を空けてくれたらしい。

 人気があるのね、この国の王様は。

 そんなところも帝国とは正反対。


「クラマ、気分は大丈夫? お水を持って――」


 と、クラマに声をかけてみたところ。


「すー……すー……」


「あら、もう寝ちゃったのね」


 そのまま私も自分の部屋へ――と戻るその前に。

 ベッドの上で寝入っているクラマの傍に、私は腰かけた。


 そして、その寝顔を覗き込む。


「……ふふ、かわいい」


 普段は無邪気な子供のようでありながら、それでいて同時に大人びている……どこかミステリアスなクラマの姿。

 それが、取り繕った外向けの顔だと私は知っている。

 だけどこうして、すやすやと寝息をたてている時の表情は……年相応の、まだ幼さの残る男の子だった。


 ふと、私は窓の外を見上げた。

 四角い窓枠に張りついているのは、黒く、ただただ黒い深遠の闇。

 クラマに教わった、ここではない異世界の話を思い出す。

 夜の空はただ黒いだけではなくて……月や星というものが空いっぱいに広がっていて、まるで宝石を散りばめたようだと。


「うぅん……宝石、ねぇ……?」


 想像してみる。

 丸や四角いキラキラとした宝石が、夜の空にいっぱい浮いている景色。

 ……なんだかすごい騒がしそう。

 そんなにいっぱいあったら、昼間よりも明るくなるんじゃないかしら?

 謎に満ちた異世界の話。

 クラマの言う通り、もし自分の目で見られたなら……とても素晴らしくて、夢のある話だと思う。

 ふふっ、なんて。

 叶わないことでも、夢を見るのは素敵よね。


「ねえ、クラマ。どんな夢を見ているの?」


「……んぅ……」


 寝ているクラマは答えない。

 私はとうに、夢を見ることは諦めた。

 かつて、帝国貴族の婚約者が冤罪で処刑された時。

 矮小な自分には復讐すらも果たせないと知ってしまった時。

 あれから私は、自分の人生に夢を持つことをやめてしまった。

 ただ刹那の快楽に身を委ねて、そのまま腐り落ちるように消えてゆければいいと……そう思っていた。


 今は違う。

 夢を持てないのは相変わらずだけど……今を必死で生きている彼らのために、こんな自分でも何か出来ることがあればと考えている。



 ……嘘。

 夢を持てないなんて、そんなこと。

 本当は、少しだけ期待していることがある。




 ――ちょっと待った。そこも誤解があるんじゃないか。僕が好きなのは――


 ――分かったわ、パーティーを抜けるのはやめる。その代わりに……今の言葉の続きは、ダンジョン攻略が終わってから聞くわ。




「…………クラマ?」


 そっと名を呼ぶ。

 もちろんクラマは答えない。

 だから私は続けた。


「ねえ、いつまで待たせるつもりなの?」


 寝ている彼は答えない。

 まったくもう、本当に。

 ここぞっていう時にだめなひと。


「しょうがないわね。待つのは女の役目だし……でも……」


 布団に沈み込んで寝入っているクラマの横顔。

 私はその頬に、そっと唇を近付け、キスをした。

 軽く、ただ触れるだけの口付けを。


「……これくらい先に貰っても、いいわよね?」


 そうして私はベッドから降りて立ち上がる。



 ……クラマは何か心に大きな闇を抱えている。

 私にはそれがよくわからない。

 パフィーは何か勘付いているみたい。

 イエニアは……いつか、クラマがそれを打ち明けるようなことがあれば……たぶん、その時が彼女にとっての試練になる気がしている。




 ――だけど、僕が隠してるのはそれだけじゃない。


 ――でも……それは言えない……それだけは、どうしても……。




 結局、あの街にいるうちは、“その時”は来なかったけれど。




 ――実はね、私もクラマにまだ嘘をついてるの。


 ――クラマが教えてくれたら、私も教えてあげる。




 クラマが打ち明けてきたら、私も教えなければいけない。

 いつか打ち明ける時が来るのかしら。

 私が彼についた嘘。


 ……何も嘘をついてないという嘘を。


 話していない事はあるけれど、隠し事なんてひとつもしていない。

 あの時は落ち込んでいるクラマをやる気にさせるため、私は「嘘をついてるという嘘」をついたのだ。

 あれから何度かダンジョンに潜ったけれど、彼が秘密を打ち明ける事がなかったから、私の嘘もばれることなく隠れたままだ。


 これが、ついに最後まで暴かれなかった私の嘘。


 小さくて、どうでもいいような、たったひとつの嘘だった。






 イエニアやパフィーと出会い、クラマを召喚して、アギーバの街では本当に色々あった。

 つらいこともあったけど、こうして振り返れば、夢のように楽しかった日々。

 ……これからきっと帝国と戦争になって、つらいことや悲しいこと、悲惨な出来事がたくさん訪れると思う。


 けれど、もしも願いが叶うならば。


 いつか来る別れの日まで、あの街で過ごした日々が、良い思い出でありますように。


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