11話
「どうするつもりですか、クラマ?」
イエニアが尋ねた。
その場の全員の視線がクラマに集中する。
すでにクラマの拘束は外されており、場のペースは完全にクラマが握っていた。
全員に向かって、クラマは答えを告げる。
「掘ろう。上まで」
「う……」
イエニア達はその一言で察した。
サクラ達は何のことか分からず、怪訝な顔をする。
「え、なに? どういうこと?」
クラマはレイフから地下1階の地図を借りると、その一点に人差し指をあてて説明する。
「ここの真上が、僕らが泊まってる貸家だ。ここから家の中まで、上に向かって掘り進む。……どうだろう、イエニア。パフィーの魔法と、サクラの運量で、いけるかな? なんなら、そこの梯子を壊して持っていってもいい」
「それは………多分……いや、できます」
イエニアが想定するに、そう難しくもなく、問題なく可能であった。
だが、いくつかの問題がある。
「待ってください。さすがに時間がかかります。それにこの場を離れれば、すぐにでもバリケードを壊して追ってくるでしょう」
「うん、そうだね」
クラマは頷いて、言った。
「だから、僕がここで時間を稼ぐ」
全員が息を呑んだ。
「降りるのを見られなければ、中は迷路だし、かなりの時間を稼げると思う」
「だ、だめよそんなの!」
声を張り上げたのはパフィーだった。
イエニアも同じ思いだ。
「そうです、それに――」
それに……なぜ、見も知らぬ彼らのために、そこまでしなくてはならないのか?
イエニアは、その言葉を飲み込んだ。
それは彼女が騎士である以上、決して口にしてはならない言葉である。
何かを言いかけて口をつぐんだイエニア。
止まってしまった空気を、レイフが引き戻す。
「……さて、結局どうするのかしら? 厳しいけど、考える時間はないのよね。どうするにしたって、早く決めないと」
クラマは己の答えを提示した。
イエニアに決断が求められている。
問題は他にもあった。
発信器の性能が分からない。個別認識が可能で、今この時も位置を特定されているかもしれない。
そうであれば終わりだ。
だが、その可能性は低いとも、イエニアは考えていた。
50人を越えるこの街の地球人すべてに、そこまで高価な魔法具を用意できるとは考えにくい。
しかし、可能性が低いからといって、パーティー全員の破滅を賭けていいものか……?
自分が手を汚せば、少なくとも自分たちパーティーの安全は保証される。その手段、技量がイエニアにはあった。
イエニアはパフィー、レイフ、そしてクラマの顔を順に見て、結論を出した。
「やりましょう」
そこからは早かった。
イエニアはサクラ達も含めて全員に指示を出して、梯子から地下へ降りさせていく。
クラマもパフィーが降りる前に心量を渡し、パフィーは魔法でここでの会話の内容を隠蔽した。
> クラマ 運量:74 → 76/10000(+2)
> クラマ 心量:57 → 20(-37)
> イエニア心量:300 → 269/500(-31)
> パフィー心量:333 → 266/500(-67)
> レイフ 心量:418 → 415/500(-3)
最後にイエニアが降りる前に、クラマは言った。
「ありがとう」
「……いえ。無茶はしないでくださいね」
そうして、クラマはひとり残された。
「さあて……どうしたもんかなあ」
クラマはしばらくサクラ達の真似をして、バリケードの奥から消費税削減やベーシックインカム導入を大声で訴えていたが、やがて様子が変わったことに警備員も気がつく。
「おい、何かおかしくねぇか」
「確かに。声がひとりしか……」
警備員たちは警戒しながらバリケードに近づいていく。
すると白い煙がバリケードの隙間から漏れ出してきた!
そして中から叫び声。
「ウワァーーーーーーーッ!! 火事だあああーーーーーっ!!!」
「な、なんだと!?」
もうもうと立ち込めてくる煙に、警備員は後ずさる。
「ヒィィィ~! 焼けるぅぅ~~~! 死ぬ~~~! 助けてくれェェ~~~~い!!」
「お、おい! 水だ! 水持ってこい!」
奥から警備員がバケツのような大きい容器を引きずってくる。
「よし、そっち持て! せーのでぶっかけるぞ!」
それをバリケードの隙間から見てとったクラマは、バリケードを飛び越えて外に出た!
「せーの……」
「ぶええええええええええええ!! だずがっだあああああああああああああ!!!」
バッシャーン!
クラマのタックルで地面に水がぶちまけられる!
「うわっ! し、しまった、水が……おい、水汲んでこい!」
言われた男は駆け出そうとする。
「……!」
クラマはその男の足を掴んで引きずり倒した。
「うおぁ! 何をする!」
「怖かったよおぉぉーーーーー!! オトーチャーーーーーーーーン!!」
「わかった! わかったから手を離せ! な!」
そんなドタバタを繰り返す。
およそ1時間ほど過ぎた頃。業を煮やした警備員たちによって、クラマはロープでぐるぐる巻きにされた。
「……あれっ!?」
消火活動をしていた警備員が頓狂な声をあげる。
「どうした?」
「いや、これ……」
バリケードの中から拾い上げられたのは、ずぶ濡れの煙玉だった。
警備員たちの目線がクラマに集まる。
「……おっと?」
突き刺すような視線の中で、クラマに出来たのは、ただ愛想笑いを浮かべることだけだった。




