100話 - アギーバの街の挿話
サーダ自由共和国――通称『中立国』。
この国の片隅にある、現在進行形で目まぐるしい発展を遂げる地方都市。
それが、ここアギーバの街である。
急激な発展の裏には黒い理由があった。
近年始まった、冒険者にダンジョンを解放して支援する政策。
この政策により、ダンジョン探索に必要な力を持つ《地球人》を、政府が無料で召喚して冒険者のパーティーに提供する……。
こうした建前の下で、政府は秘密裏に邪教の信徒と結託。ダンジョン内で冒険者と地球人を捕らえ、奴隷として売り捌いていたのだ。
この非人道的な行いを発案・主導したのが、評議会議長――すなわち、国家主席たるヒウゥースという男であった。
だが、ヒウゥースの陰謀はクラマという地球人と、彼の仲間たちの手によって暴かれた。
それらすべてを強引な力によって無かった事にしようとするヒウゥース。
奪われた地球人を救い出し、ヒウゥースを打倒しようとする冒険者たち。
平和なだけが取り柄だった農園都市アギーバ。
この地における史上初めての大規模な戦いが、今ここに始まろうとしていた。
最初で……そして最後の戦いが始まる。
冒険者側の先鋒を務めたのは“教授”ことウォイフ=ウェイハ。
彼は冒険者の大半、100人近くを率いてヒウゥース邸を襲撃した。
しかし、操られた地球人が待機する正門からではない。
彼らは西側の塀を乗り越えた。
目指すはヒウゥース邸本棟より西側。
使用人や奴隷が寝泊まりをしている、居住区画である。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
「おらおらぁ! 死にたくなけりゃ道をあけろォ!」
「げえっ!? なんだこの数!?」
正門以外の敷地内を守る傭兵たちは驚愕した。
ある者は冒険者の群れに飲み込まれ、ある者は脱兎のごとく逃げ出した。
塀を乗り越えて侵入した冒険者たちは、圧倒的な人数差をもってヒウゥースに雇われた傭兵を蹴散らす!
……戦闘とも呼べない衝突の後、すぐにウェイハ教授は仲間を率いて、ヒウゥース邸の本棟ではなく居住区へ。
居住区に入ると、どよめきと共に、大勢の奴隷たちがわらわらと顔を出してくる。
捕えられていた奴隷の総数、36名。
彼らは突如現れた冒険者たちの顔ぶれを見て驚いていた。
それもそのはず。
彼らの多くはすでに面識がある。
なにしろ、ここにいる奴隷のほとんどが、ダンジョン内で捕えられた元冒険者なのだから。
教授は彼らの前に、ギルド倉庫から持ってきた武具の数々を投げ出して言う。
「皆さん、これまで捕らわれの身で、よく耐えてくれました。しかしそれも終わりです! さあ、武器を取ってください! あの醜く汚い為政者に、我々の怒りと、冒険者の力を見せてやりましょう!!」
教授の檄。
それに呼応して歓喜の声があがった。
歓声は周囲と共鳴し、やがて大気を震わす鬨の声へと変わる。
次いで彼らは我先にと武器を取り、防具を身につけていく。
その間に教授は後ろの仲間に尋ねた。
「向こうから何か動きは?」
「なーんもないねぇ。地球人も動かないみたいよ?」
「そうですか……それでは彼らの準備が整い次第、本棟に突入しましょう」
まずは予定通り。
しかし順調な事の運びとは裏腹に、教授は憂うような表情を浮かべた。
「どうしたん教授? 何か気になることでもあんの?」
「いえ……楽な役を貰ったと思いましてね」
「あぁー……そりゃあ……アイツに比べたらな」
流れる微妙な空気。
教授はその心配する気持ちを、苦笑とともに振り払った。
「まあ、ここまできたら信じるしかありません。“赤熱の双剣”……“怒れる餓狼”。英雄セサイルを」
そうして準備が完了した元奴隷たちと共に、ウェイハ教授率いる冒険者の集団は、ヒウゥース邸本棟へと突入した。
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「傭兵達が蹴散らされたらしいわ。じきに侵入した冒険者たちは、この本棟に来るでしょう。……地球人を動かさなくていいの、ヤイドゥーク?」
ヒウゥース邸本棟の地下、「操作室」と呼ばれる部屋。
コイニーはヤイドゥークに声をかけた。
「ああ、これでいい。1階は突破されるが、2階には相当数を配置してる。2階に上がれる道は少ないから時間は稼げる。そしたら中に入った冒険者連中を、外の地球人とで挟み撃ちして終わりだ」
答えるヤイドゥーク。
その姿を、コイニーはちらりと横目で見る。
「……相変わらず、変な魔法具ね。あのディーザが作ったんでしょ? 大丈夫なの? これ」
現在のヤイドゥークの状況。
狭い小さな部屋で、巨大な椅子に嵌め込まれるように座り、いくつもの線が繋がった檻のような兜を被っている。
その様子はまるで、拷問にかけられる囚人のよう。
「ああ見えて“本物”だよ、ディーザってやつは。本人は相当コンプレックスこじらせてるみたいだがね。あんな天才を凹ませるなんて、まったく帝国魔法研究所の所長ってのは、恐ろしい女だねぇ」
「その魔法具で50人を同時に操れる仕組みっていうのが分からないけど……あなたにしか使えないっていうのも」
椅子と兜がセットになった魔法具。
……いや、それは正確ではない。
ヒウゥース邸の屋敷全体が、ディーザの設計したひとつの魔法具だった。
この操作室にある椅子で操作し、兜で五感を盗み、屋敷の中にいる魔法具の子機を持つ者から心量を吸い上げる。
ここまで大規模かつ複雑な複合魔法具は、魔法具が最も発達している魔導帝国でもそうそうお目にかかれるものではない。
そして、それを操れる人間も。
「……ま、体質みたいなもんだ。魔法なんて屁理屈を理屈に通すようなもんだし、そーゆーもんだと思ってくれ」
「ふぅん、そういうものね……」
納得は出来ないが、さして興味もないコイニーはそれで引き下がる。
狭い操作室に沈黙が訪れる。
その中でヤイドゥークは、51人の地球人の視界を同時に認識し、同時に動かして、周囲の警戒を行っていた。
それは、常人には有り得ない所作。
右手と左手で同時に別の事をするだけでも、人には困難な作業になるというのに。
別々の視点、別々の動作を、51……正確にはヤイドゥーク本人も合わせて52の視点を、同時かつ正確に操る。
《多重思考能力者》
――彼の師は、彼にそのような特異な能力があると言った。
師といっても、子供の頃、わずか数日を共に過ごしただけの男だ。
男でも見とれるような渋いハンサムな中年男は、しかし顔に似合わぬ年寄りじみた口調で、幼いヤイドゥークにこう告げた。
「おぬしには魔術師としての才がある。だが心せよ。おぬしが魔法使いとして、その才を振るう時――その身に避けられぬ滅びが訪れるであろう」
男の不吉な予言。
それを忘れたわけではなかった。
むしろ一字一句違わず覚えている。
その後、脱走が発覚した彼は奴隷商に連れ戻され、厳しい“教育”を受けることになった。
彼がヒウゥースやコイニーと出会ったのは、その後の話だ。
多重思考のひとつを使って過去の記憶を思い起こしていたヤイドゥーク。
しかし突然その表情が強張る。
「……おい……おいおいおいおい、ちょっと待て……!」
「……? どうしたの、ヤイドゥーク」
心配するコイニーに答える余裕もない。
何十もの地球人の視界を通して目に入ってきた光景に、ヤイドゥークは戦慄して叫んだ。
「おま、ふざ……ざっけんなっ! そんなのありかよ!?」
「ちょっと、ヤイドゥーク!? 何があったの!? ヤイドゥーク!!」
コイニーも初めて目にする、取り乱したヤイドゥークの姿。
彼女は困惑してヤイドゥークの肩を揺さぶった。
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――時は少しだけ遡る。
ヒウゥース邸から少し離れた大通り。
その中心で、魔法使いの冒険者たちが一斉に詠唱を唱えていた。
「いいぞ! なんだ貴様ら、やれば出来るではないか!」
指揮を執るのは布を厳重に巻いて顔を隠した男。
その正体はディーザである。
詠唱を終えた魔法使い達は、ひそひそと会話する。
「誰? あの偉そうなの」
「さあ? でもクラマがこいつの指示に従ってくれって」
「そんならしょうがねえな」
ディーザの詠唱指示によって行われたのは、周囲一帯の地盤の軟化。
それを終えたら次に続くのは、サクラだ。
「よーし、いくわよー! エグゼ・ディケ! 鉄球の衝撃で地面が崩れ落ちなさーい!」
サクラの体が金色の光に包まれる。
それを見て居合わせた面々が、用意した鉄球を大通りの中心を目がけて放り投げる!
「せぇーーー……のっ!」
放たれた鉄球は放物線を描いて、地面に着弾。
その瞬間、轟音をたてて周囲一帯の地面が崩落した!
> サクラ 運量:10000 → 2178/10000(-7822)
「うわーーーーっ! ほんとに崩れたぁー!」
「危ないぞ! 離れろーっ!」
ガラガラと地下空間に崩れ落ちていく地面を、遠巻きに眺めるサクラ達。
すると……それは来た。
「ヴェオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
噴き出す瓦礫と土砂!
現れる。
飛翔する緑の巨体。
地面にぽっかりと空いた穴……地の底から、地上へと。
そいつは激しい地響きと共に大通りへ着地した。
ボールのように丸々とした体。
大きな翼。
可愛らしいシルエット。
しかしこれらに不釣り合いなのが、ノコギリじみた恐ろしげなクチバシ。そして凶悪な眼光。
もうもうと巻き上がる砂埃の中、冒険者たちはその巨体を見上げた。
「で……でけぇ……!」
砂埃を巻き上げ、地の底から飛翔して、地上にいる魔法使い達の目前に現出したモノ。
緑の凶鳥――風来の神の眷属――フォーセッテ。
その成体である。
「ヴェオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
荒れ狂う巨鳥は雄叫びをあげて襲いかかった!
冒険者たちへ――いや、
「ぎゃあああー! こっち来たあああああ!!」
その場にいる唯一の地球人。
サクラへと。
「おい! 早く馬を出せ!」
フォーセッテが地球人のサクラを襲うのはクラマの予想通り。
冒険者はサクラを馬に乗せて逃がそうとする。
が……
「だ、駄目だッ! 馬が暴れて……! このっ……!」
「ブルッ! ブルオオオッ!!」
用意していた馬が言うことを聞かない!
聞く者の臓腑を震わすフォーセッテの雄叫び。
これに興奮した馬が無茶苦茶に暴れ出していた。
「ええーっ!? どっ、どうするの!?」
移動手段を失い慌てるサクラ。
そこに緑の巨体が飛び込んでくる!
「あ――」
運量を使う暇もない。
これは死んだ、とサクラは思った。
飛翔した巨鳥は砲弾のように地面に着弾!
噴き上がる土砂。
激しい地響き。
恐怖に目を閉じ、縮こまったサクラはしかし、予想していた痛みや衝撃が訪れないことに違和感を覚え……ゆっくりと閉じた目を開けた。
「……ケリケイラ?」
サクラの目の前にはケリケイラの顔。
間一髪で滑り込んだケリケイラが、サクラを抱えてフォーセッテの脅威から逃れていた。
「走りますよ! 捕まっててくださいねー」
言って、ケリケイラは駆け出した。
サクラを抱きかかえて。
「うーわ! 早っ!」
ケリケイラは人ひとりを抱えているというのに、サクラが走るよりも速かった。
「あはは、荷物をたくさん持てるのだけが取り柄ですからねー」
しかし黙って見ているフォーセッテではない。
「うわ! こっち見てる!」
再びサクラへ照準を定める緑の凶鳥。
それを止めようと、横から三郎ことニシイーツが飛び出した!
「待てェい! これを見ろ!」
彼がフォーセッテに掲げて見せたもの。
それは――
「ンンンンンンン!」
がんじがらめに縛り上げられた緑の小鳥。
そう、フォーセッテの子供である。
「……ヴォ? ヴォ……ヴォエエエイ……!」
困惑した様子で動きを止める親鳥。
それを目にしてサクラは思った。
「な……なんか……かわいそうなことしてる!」
「しょーがないんですよー、背に腹は変えられないんですねー」
サクラを抱えて走り去るケリケイラ、それへの道を阻むニシイーツ。
ニシイーツの眼前にそびえ立つは、自身の数倍もの身の丈の怪物。
その威容を前にして、恐怖に膝を震わせながらも、ニシイーツは勇気を振り絞って立ち塞がった。
「だっ、大丈夫なのかコレ……大丈夫なのかコレぇ!? なあ!?」
フォーセッテの子供はクラマが保険として持たせたものだ。
サクラに何かがあった時に、サクラの代わりにフォーセッテを目的地まで誘導できるようにと。
「ンンンンンンン!」
「ヴェオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「うひぃーーーーーーーーーッ!!」
親鳥はニシイーツの手からクチバシで子供を奪い取った!
そして、そのまま口の中に飲み込んだ。
「く、食ったぞ!」
フォーセッテの生態はあまり知られていない。
彼らは通常の食事をとらず、体内で食物を消化する機能も持たない。
子供を取り戻したフォーセッテの親鳥は、その鋭い眼光でニシイーツを睨めつける。
「う……」
恐怖におののくニシイーツ。
フォーセッテはその分厚く硬い翼を大きく広げた!
羽ばたき。
巻き起こる風。
暴力的な風圧が目の前のニシイーツと、その場にいる冒険者たちに叩きつけられた!
「うわあああーーーーーーーっ!!」
塵のように吹き飛び、壁に、地面に叩きつけられる人々。
暴風が吹き荒れた後…その場に動くものは誰もいなかった。
「ヴェオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
フォーセッテは雄叫びをあげて追う。
己に定められた絶対殺害目標たる、《地球人》を目指して。
「うわっ! こっち来た!」
ケリケイラの腕の中でサクラが叫ぶ。
ヒウゥース邸まで間に合うかどうか。
サクラはケリケイラに密着するよう腕を回して抱きついた。
そこで、ぬるりとサクラの手が滑った。
「……?」
サクラは自分の手を見てぎょっとした。
「え……血……?」
ケリケイラの頭に回したサクラの手は、べったりと赤く濡れていた。
「ちょっ……! け、ケリケイラ!? 大丈夫!?」
ケリケイラは答えない。
ただ、走った。
途切れそうな意識の中で。
自らを待つ人のもとへ。
一心不乱に走り続けて、目的地は目前。
ヒウゥース邸。
彼女が正門をくぐる直前、ひとりの人影を通り過ぎた。
その、通り過ぎざま。
声が届いた。
「よくやった。後は任せろ」
そうして、サクラとケリケイラはヒウゥース邸に到着した。
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大通りを真っ直ぐ通って、このヒウゥース邸の正門へと向かってくる緑の巨体。
ヤイドゥークはそれをいくつもの地球人の目を通して目撃した。
「うっそだろオイ!? どっから持ってきたんだあんなモン!」
フォーセッテの存在を知らないヤイドゥークには、全くもってわけがわからない。
まさに青天の霹靂だった。
そして、おそらくこの作戦の指揮を執っているであろう地球人、クラマ=ヒロの正気も疑った。
「あ、あのやろう……ここの地球人を皆殺しにするつもりか……!?」
しかしそれはそれで、非常に有効な手段だ。
ヤイドゥークが操る51人の地球人がいなくなれば、ヒウゥース側の敗北は必至。
冒険者側の戦力と相殺ならともかく、こんな盤外から突如として持ってきたモノに潰されるわけにはいかない。
「くっそ……エグゼ・ディケ!」
ヤイドゥークは地球人の口を借りて唱えた。
金色に輝きだしたのは、彼が操る地球人51人のうち20人。
20人の運量を使って願いをかける。
「あの向かってくる緑の鳥を…………鳥……を……」
だが――そこから先が出てこない。
運量による願いというものは、生物そのものに直接は干渉しない。
“周囲の何か”を動かす形で考えなければならない。
操られた地球人を取り返しに来た冒険者たちは、その身につけた武器や道具の不具合、周囲の木が倒れるなど、そしてそこから複数人で一斉に襲いかかることで返り討ちにした。
しかし、そうしたやり方はここでは通用しない。
鳥は武具など持ち合わせていない。
加えて人間の数倍の巨体。
木が倒れようが下敷きにできない。足止めにもなりはしない。
巨鳥は恐ろしい速さで迫ってくる。
もはや目前に近付いている。
ヤイドゥークは悩んだ末に、告げた。
「……体の半分だけ地面に沈ませろ!」
次の瞬間、地盤が崩れてフォーセッテの体が腹まで地面に埋まる。
サクラ達と違って用意のない状態での願いである。
20人の運量が3割ほど減った。
「エグゼ・ディケ! 周囲の塀! 木! すべて倒れて、思いきり勢いよく緑の鳥に降りそそげ!」
ヤイドゥークは間髪入れずに唱える!
今度は残りの31人を使う。
ヤイドゥークの願いを受けて、周囲のありとあらゆるものが突如として壊れ、崩れ、フォーセッテの上へと降りそそいだ!
それはあまりに不自然な光景だった。
31人の運量が半分まで減少する。
しかしながら、その甲斐あって宣言通り。
壊れた塀から成る石のつぶて、形よく裂けて作られた木の槍……天然の危険物が、次々とフォーセッテの体に飛来した。
しばらく後……大量の土砂に埋まったフォーセッテ。
「やったか……?」
ヤイドゥークは呟く。
だが、次の瞬間。
「ヴェオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
瓦礫を吹き飛ばして地上に帰還するフォーセッテ。
軽く跳躍した巨鳥は、地響きをたてて地面に着地した。
その体は、まったくの無傷!
丸々とした体躯に似合わぬ鋼鉄のごとき羽毛は、磨き上げた武具ですら傷つけることは難しい。
「ダメかよっ! こりゃもう全部使ってでも……エグゼ・ディケ!」
唱えるヤイドゥーク。
しかし……
「……んん?」
地球人の体が光らない。
運量を使えていない。
訝しむヤイドゥークの目に、地球人たちの首から下げた運量・心量の計測器が見えた。
運量を使えないのは当然。
すべての地球人の運量が、ゼロだった。
「は……はあ? オイ、この鳥まさか……風来の神の……!?」
気が付いたとて、もはや手遅れ。
ヤイドゥークが操る51人の地球人は、ただ体の弱いだけの、町人以下の非力な存在と化した。
そしてこの状況を作り出した当のフォーセッテはというと……すぐには地球人に襲いかからず、何故かその場で小刻みに震えていた。
「……?」
何が起きているのか。
それは、どこか苦しげな様子にも見えた。
ヤイドゥークは不可思議な挙動をする巨鳥を注視する。
すると、やおらフォーセッテは上を向き、声を漏らした。
「ウェ……ウェェェェイイ!!」
ポン! ポンポンッ!
なんと、いくつもの緑色の卵が地面に転がった!
「う、産んだーーーーー!?」
風来の神の眷属、フォーセッテ。
希少な生物であり、その生態は謎に包まれている。
特にその繁殖について。
これは世界中いずれの文献にも記されていない。
周囲の地球人から運量を吸い取り、それを卵として産み出す――。
その衝撃の事実が確認された、歴史的瞬間であった。
だが、そんなことは今の彼らには何の関わりもないことである。
卵を産んだフォーセッテは大きく翼を広げた!
そして繰り出される。
猛烈な羽ばたき――!
「ぐっ……おわああぁぁぁっ!!」
吹き荒れる暴風!
人の身で耐えることなど不可能。
ヤイドゥークの操る51人の地球人は、そのすべてが吹き飛ばされてヒウゥース邸の中庭を転がった。
もはや成す術はない。
後はこの地球人に異様な殺意を燃やす怪鳥に蹂躙されるだけ。
その愛らしいシルエットに反した凶悪な眼光。
死を運ぶ凶鳥の視線が地球人の群れを見渡した。
獲物に向けて、踏み出す一歩。
そこへ――
「よう。メシの時間は終わったか?」
怪物の前に立ち塞がったのは一人の男。
男は双剣を手にして、気負った様子もなく自然体。
むしろ獲物を見つけた肉食獣のような笑みを口元に浮かべている。
亡国最後の将、“赤熱の双剣”英雄セサイル。
その二つ名の通り、両手に持った剣は朱く光り輝いていた。
現れた男の姿に無視できないものを感じたのか、フォーセッテは歩みを止めた。
「へっ、分かってるじゃねえか。そうだよ、お前の相手はこのオレだ。じゃあ――やろうぜ」
英雄と怪物の戦いが、ここに幕を開けた。