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98話『クラマ#12 - 目覚め、最後の作戦会議』



「ウェェェェェェイ」


 ………………………………。


「ウェェェェェェイ」


 ………………………。


「…………」


 ………………。


「ヴェオオオオオオ!」


「ぎゃあー!? いだだ、痛いっ!」


 こめかみに走った鋭い痛みで目が覚めた。

 目の前には狂ったように僕の頭をクチバシでつつく緑の小鳥!


「くおおおおおお! 何をするかこいつ!」


 僕はむんずと荒れ狂う狂鳥を(つか)みあげた。


「ヴェオオオオオオ!」


 緑の鳥――フォーセッテの子供は、じたばたと暴れる。

 こいつ、憲兵に貸家を押さえられたから、ついでに押収されたかと思ったのに。

 一体どこから現れたんだ。

 ……っていうか。



> クラマ 運量:0/10000



 うわああああああああああああああああ。


 僕はフォーセッテを(ひも)で縛り上げた。


「ンンンンンンン!」


 ふう……。

 まったく、てこずらせよってからに。

 フォーセッテを部屋の(すみ)にポイッと放り投げた僕は、ようやく落ち着いて周囲を見渡した。

 いくつもの大きなベッド。

 煉瓦(レンガ)を上から白く塗った、清潔感のある内装。

 ここは……医務室か。

 冒険者ギルドの医務室だろう。

 医務室を使えるということは、ここにいた冒険者たちはイエニアあたりがうまく取りなしてくれたんだろう。


 そんなことを考えていると、不意に声をかけられた。


「ようやく起きた? ずいぶん騒いでたけど、元気は充分そうね」


「ニーオ先生。あの……僕はどれくらい寝てました?」


 窓から見える様子は朝。

 僕が気を失ったのは朝方に差し掛かった頃だったはず。

 ということは……


「ほぼ丸一日ね」


「げ」


 ぐわあ。寝すぎた。

 ……いや、ティアが起こさなかったということは、まだ大丈夫なのか?

 とにかく、まずは状況を確認しないと。


「よっぽど疲れてたんでしょうね。死んだみたいに寝てたわよ。今は……顔色はいいわね。起きれる?」


「うーん、できればもう少し横になりたいですね。先生の膝枕で」


「軽口の方も万全……と。じゃ、私の出る幕はないわね。みんなロビーの方で待ってるわよ、早く行ってあげなさい」


 軽くあしらわれてしまった。悲しい。

 まあいいか。

 レイフに胸枕してもらおう。


「ありがとうございました。行ってきます」


 僕が会釈して出ていこうとした時だった。

 ニーオ先生から声がかかる。


「ああ、ひとつ言っておこうかしら」


 なんだろう。

 僕は振り向いた。


「ここにきて、今さらもう無茶するなとは言わない。ただ……ちゃんと帰ってきなさいよ。あなたがいないと、悲しむ人がいるんだから」


「……うん。そうか……そうだね。ありがとう」




 そうして医務室を出た僕は、皆がいるロビーに来た。

 最初に僕の姿に気がついたのは、パフィー。


「クラマ!」


 胴部を狙うパフィーのタックル!

 体調が万全な僕は、しっかりそれを受け止めた。

 そして続けて周囲からどよめき。


「……クラマ?」


「なに、クラマだと!?」


「やっと起きてきやがったか、この野郎!」


 ロビーにいる数十人の冒険者たちが一斉に反応した!


 ………………?


 なんだろう。

 なにか違和感がある。

 僕の姿を見てみんな反応したんだけども、誰もその場から動かない。

 せいぜいが椅子から立ち上がるくらい。

 彼ら冒険者は、何かあればすぐに背中をバンバン叩いて、お酒を飲ませてくる人たちなんだけど。


 それと、みんなの表情が暗い。

 僕を見てから、すぐに顔を戻して目を伏せる人。

 すがるような目で僕を見つめる人。

 これらが半々くらいだ。


 この他にも何か……何だろう?

 どこか、おかしいような……。


「パフィー……僕が寝てる間に何かあった?」


「そう! そうなのよ! あのね――」


「くぅぅぅぅらぁまぁぁぁぁあああ!!!」


 なんだ?

 声。大音量。横から。

 そして脇腹に衝撃!


「ぐぅお!?」


 強烈な頭突きをボディで受けてよろめいた。

 なんだなんだ。

 新手の刺客か?


「ぐらまぁぁぁあ!! メグル……メグルがぁぁぁ!!」


 サクラだった。

 刺客の正体は無慈悲なサクラミサイル。

 きみはもう中学生なんだから、助走つけた全力の頭突きはさすがに痛いですよ。


 それはともかくとして……


「メグル? メグルがどうしたって?」


「メグルがいなくなっちゃったのよぉ! ううん、メグルだけじゃなくて……他の日本人もみんな! いきなり外に歩いていっちゃって!」


 ――あ。

 それだ。

 違和感の正体。

 僕はもう一度ロビーを見渡した。

 やっぱりいない。

 これだけ冒険者がいるのに……その中に黒い髪だけが、ひとつたりとも見当たらない。


「これは……まさか……」


 そこで後ろから声がかかる。


「おはようございます、クラマ様」


「ティア。まさかみんな一斉に?」


 僕は一足飛びに質問した。

 相手がティアだから、これで通じるはずだ。

 地球人の中で僕とサクラだけが無事というのは、発信器の有無しか考えられない。

 つまりヒウゥース達は、発信器を埋め込んだ人間の体を操る魔法具を持っていたということだ。


 その可能性は僕も一応考えてはいた。

 なぜなら、僕が奴らの立場ならそうするからだ。

 地球人に運量を使わせるのに、いちいち一つずつ指示を与えなくてはいけないのでは扱いにくい。

 可能であれば魔法具で操りたい。

 とは思っていたけど……それにしたって……


 ティアは若干驚いたように眉を吊り上げた後、すぐに平常に戻って答えた。


「はい。地球人の皆様、51名。全員が同時に歩き出し、運量で冒険者の方々の行動を阻害して、ヒウゥース邸に入っていきました」


「あるのか……そんな事が……」


 まさか51人もこの近くまで来て魔法具を発動させたって事はないだろう。

 ヒウゥース邸からここまで結構な距離がある。

 そんな広範囲で出来るものだとは……さすがにこれは予想外だった。


 向こうの切り札は軍隊の出動要請だと思い込んでいた。

 しかし、奴らはその先を隠し持っていた。

 切ってきたわけだ。

 それをとうとう、ここにきて。


「……って、ちょっと待って。ディーザは知ってたんじゃないのこれ? ……っていうかさ、なんで隠れてるのそこで。ねえディーザ?」


 ディーザは受付窓口のカウンターの裏にしゃがみ込んで身を隠していた。

 ローブを目深に被って顔を覆い隠して。


「ば、馬鹿者が、私に話しかけるな! この中に私がいるのが知れればどうなるか、想像するに易いわ!」


 うーん、怯えているなあ。

 無理もない。

 だって、地球人を操る魔法具を作ったのって、彼でしょ。

 異世界から地球人を召喚する詠唱を開発した、天才詠唱学者だもの、彼。


 ひとまずその場をティアがまとめる。


「そのあたりも含めて、会議室で改めてお話ししましょう。クラマ様もお食事が必要でしょうから、会議室へ朝食をお持ちいたします」


「あ、そうだね。実はさっきから、腹の虫がぎゅるんぎゅるん騒いでるんだよね」


 そういうわけで、僕らは冒険者ギルド2階の会議室へと場所を移した。




 僕の他に会議室へ来たのは、ティア、イエニア、パフィー、それからディーザと教授だ。

 なめらかで造りのいい長テーブルを取り囲んで、それぞれが好きな席につく。

 ……………。

 レイフはどこかな?


「おっまたせー♪」


 突如、会議室の扉が開かれる。

 明るい笑顔で料理を運んできたのは、見知らぬメイドさん。

 いや違う。

 メイド服を来たレイフだ!


「うおおー! きたーーー!!」


「はいはい、ごはんは逃げないわよ?」


 メイドレイフは肉、野菜、スープと、出来たての美味しそうな料理を並べていく。

 湯気と香りが食欲をそそり、ぎゅーっとおなかが唸りをあげた。


「おおーっ、豪勢だなぁー! ここで作ったの? これ」


「そうよー、私が作ったんじゃないけど。これだけ人がいるから食べ物が足りなかったんだけど、そしたら近くの農家の人達が持ってきてくれたのよ」


「いやー、ありがたいね」


「他にもいろいろ手伝ってもらったし。この料理も……なんていったっけ、あの酒場……恍惚亭? のマスターが作ってくれたのよ」


 いかがわしい店にしか聞こえないんだけど?


「うん。納骨亭だね」


「そう、それそれ! みんなクラマのこと心配してたわよ?」


 この街に来てから、ここまで積み重ねてきた慈善活動が(こう)(そう)しているようだ。

 人に恩を売っておけば、いざという時に役に立ってくれる。

 みんな人は薄情だというけれど、実はそんなこともないと僕は思っている。

 どうも、みんな心の底では憧れてるみたいなんだな。

 熱い絆とか、いつかの恩を返すとか、そういうの。

 普段ドライなことを言ってる人ほど、いざその機会が訪れると過剰に尽くす傾向がある。

 納骨亭のマスターなんかは、このタイプの典型だ。恩を売っておいて損はない。


 レイフは他のみんなの席にも軽い食事と水を置いて、会議室から出ていこうとする。

 それを僕は呼び止めた。


「あっ! ちょっと待ってレイフ。ここにいてくれないかな?」


「ん? 別にいいけど……どうしたの? 私がいないと寂しい?」


 うん。


「いや、そうじゃなくて。さっき襲ってきた青い目の男……あいつは絶対にイエニアとパフィーとレイフを狙ってくるから、ほんの少しの時間でもひとりにならないで欲しいんだ」


 あいつのしようとする事はすべて潰していく。

 そこで横からイエニアが僕に尋ねてきた。


「この前もクラマはあの男の襲撃を正確に予測していましたね。どういう関係なのですか? クラマはあの邪神の信徒と」


「ホモの変態だよ。僕をつけ狙ってる」


「そ、そうなのですか……」


 だいたい間違ってはいないはずだ。

 僕の言葉にレイフも納得してくれた模様。


「それじゃあしょうがないわね。クラマが襲われないように、近くで守ってあげなきゃ」


 言って、レイフは空いている席についた。

 そしてパフィーが一言。


「ホモの変態ってなにかしら?」


 ――しまった!

 墓穴を掘った……! ホモだけに……! この僕がみずからケツを掘ってしまう愚行を……っ!


 軽やかに回答したのは、レイフ。


「男の人を好きな、すけべえな男の人のことよ」


 なんてこと。

 それを受けて、パフィーは少し思案して言った。


「それって、クラマと同じじゃない?」


 なんてこと!


「異議あり! その解釈は正確ではない!」


 否定はできないが、あの男と同じというのは容認できない!

 全力で否定しようと脳裏に理論を(めぐ)らせたところで――


 冷たいティアの声。


「そろそろよろしいでしょうか? 盛り上がっているところに水を差すようで、大変恐縮なのですが」


「あ、はい……すみません……」


「あらら、ごめんなさーい」


 さすがに無駄話をしている暇はなかった。

 それに、ご飯も冷めちゃうしね。

 僕は大人しく目の前の料理に手を伸ばした。




「それでは、クラマ様がお食事をしている間に現在の状況を確認しておきましょう」


 僕はモグモグと鶏肉を頬張(ほおば)りながら(うなず)いた。


「まずは双方の戦力から。相手方は屋敷の建物内に配下が約200名。正門付近に操られた地球人が51名。それから、敷地の庭に傭兵が20人程度いることが確認されています」


 多いなあ。


「対するこちら側は、現在動ける冒険者の方が128名。地球人を取り戻そうとして、いくぶん数が減っております。この他に、17名の憲兵の方が協力を申し出ています」


「そんなに……!?」


 と驚いてみせたけれど……だめだ、全然足りない。

 僕は口の中にあるものを飲み込んで、ティアに()く。


「んぐ……ふぅ。ティア、時間の残りはどれくらい?」


「あまりありません。国軍はすでに目視できる距離まで近付いているそうです。長く見積もっても、夕刻がリミットかと」


「そうか」


 今日中……いや、あと数時間のうちにすべてを終わらせる必要があるわけだ。

 おっと、そういえばここには教授もいるんだった。

 彼にも分かるように説明しないと。


「ティア、首都から来てる軍隊については、皆には……?」


 僕の問いに答えたのはティアじゃなく教授。


「すでにティア嬢からお聞きしました」


 おっと。それなら話は早い。


「さあて……どうかな、みんな? 夕方までにヒウゥース邸を攻め落とせる?」


 僕はその場の皆に視線を流す。

 最初に口を開いたのはイエニアだ。


「難しいですね……そもそもこれだけの戦力差がありながら、なぜ向こうは攻めずに待っているのでしょう? 地球人を操り続けるにも、相当な心量が使われていると思うのですが」


 僕はイエニアの疑問に答える。


「それはタイムリミットがあるからだね。彼らが屋敷を空けて攻め込んできた場合、こっちが別口から屋敷に侵入する目が出てくる。ヒウゥースさえ捕まえればこっちの勝ちだから、向こうにとってはそれが最悪のシナリオだ」


「不公平だわ! 向こうからしたら、軍人さんたちが来るのを待てばいいだけなのに!」


 おっと、ここでパフィーが遺憾の意を表明。


「そうなんだよね。だから、向こうはそれまでの間だけ守れればいいんだ。確かに攻めてもだいたい勝てる戦力差があるけど、最も負けの可能性が低くなる方法をとってる」


「あくまで油断せず、ということですか……難敵ですね」


 それはどうかな。

 勝ちが半ば決まった後でも、負け筋を潰し続けることが正しいか……?

 これはなかなか難しい問題だ。

 ルールの決まった盤面上の戦いであれば、その正しさは疑いようがない。

 けど、実際の戦いでは、時間が伸びると不確定要素がどんどん増えていく。

 勝てる時に勝つ。という姿勢が必要な局面もあるはずだ。

 現に今日、そのせいで彼らは負ける。


 ただ……このままだと……こっちの勝ちにもならないんだよね。


「……そうだね。時間もないし、はっきり言ってしまおう」


 僕はナイフとフォークを置いて、みんなに改まって告げた。


「攻め落とすのはできるよ。できるけど……こっちの目的はヒウゥースの屋敷を落とすことじゃない」


「どういうことですか?」


「僕らの目的はヒウゥース邸に囚われてる仲間の解放と、屋敷内にある不正の証拠映像の配信だよね?」


「ええ、そうですが……あ……」


 イエニアも気付いたようだ。


「そう、冒険者のみんなの目的は違う。ヒウゥースに操られてる仲間を救出することなんだ」


 僕の言葉に、黙って頷く教授。


「極端な話ね、遠くから槍や石を投げまくれば運量を突き抜けるのは簡単なんだよね。でもそれは死人が出るからできない。ヒウゥース側もそれを分かってるから、建物の外に配置して矢面に立たせているんだ。使い捨ての防火壁にするつもりでね」


 そこでようやく教授が重い口を開いた。


「……なるほど効率的だ。金の亡者の考えそうなことですね」


 教授はヒウゥースのこと嫌いみたいだね。

 この言いようだと、お金儲けするひと全般が嫌いなのかも。


 そこにイエニアが提案。


「では地下から攻めるしかないのでは?」


「そうなんだよね。地下から攻めるしかない。……だから、それは一番まずい」


「まずい……読まれやすいということですか?」


「うん。僕が相手の立場なら、まず一番に地下の防備を固めて罠を張る」


「なるほど、道理ですね」


「だからこっちのとれる手は、四方の塀を乗り越えて侵入して、なんとか誰かが突破してヒウゥースを人質にとる。これしかないと思う」


 皆も否定はしない。

 が、反応は悪い。

 分が悪いと思っているのだろう。


「難しそうだけど、いけると思うんだよね。なんでかっていうと、屋敷の中の200人は実質150人になるから。50人の人間を魔法具で操ってるわけだからね」


「いや、200人だ」


 突然そう告げたのは――ディーザだ。


「……どういうこと?」


「すべての地球人は、ひとりの男が操っている。あの魔法具は、私がそう設計した」


 ちょ。


「……できるの? そんなこと?」


「知らん。試験運用などしておらん。……が、現に出来ているのだから、出来るのだろう」


 あ……あなたさぁ……。


「それ……心量は足りるの?」


「心量は魔道具の子機を持っている人間……要するに屋敷にいるヒウゥースの配下全員から送られる」


 何なんだこの天才は!! いいかげんにしろ!

 見ろ! パフィーだってあんぐりと口を開けているぞ!


「パフィー、どうなのこれ?」


「で……できるはずないわ! いえ、魔法具自体は理屈が通るわ。でも……ひとりで何十人も同時に操るなんて、そんなのぜったいに無理よ! あの動きは自動化もされてない、50人全員がまったく違う動きをしてたもの! おかしいわ!」


「私はヤイドゥークの奴が出来ると言うから、そのように設計したまでだ。奴は自分をマルチシンカーと言っていたが……何のことかは分からん」


 ……ふむ。

 何のことか分からんというのには僕も同意だ。

 この辺を話しても仕方ないだろう。

 ディーザの言う通り、現に出来ているのだから、こっちも出来るものとして受け入れなくてはならない。


 パフィーが黙ると、代わりにイエニアがディーザに向けて言う。


「知っていたのなら、あらかじめ言って貰えれば対処のしようもあったのでは?」


「ふん、分かっていたからといってどうなる。地球人をすべて手足と口を封じて金庫にでも詰めておくか?」


「む……」


 そこを守る人員も食事や排泄の世話する人も必要だ。

 不意に操られても運量を使わせずに……。

 あまり現実的じゃない。


 今度はイエニアが黙ってしまったので、僕が交代する。


「他に向こうの切り札ってあるの?」


「知らん。……と言いたいところだが、ある。連中には最後の奥の手がな」


「ほほう、それって?」


「気球だ。今回のような武力放棄を考えて、どうにもならなくなった場合、屋上にある気球で逃げられる。乗れるのはヒウゥース一人だけだがな」


「そうか……なるほどね」


 僕らの目的からするとヒウゥースを捕まえる必要はないけど……これは使えるかもしれない。


 しかし……まあ……参ったね、これは。


 みんなの顔色が暗い。

 これは相当苦しい。


「うぅん……それでも無理ってことはないと思うけど……難しいね」


 決して無理というわけじゃない。

 けれど、侵入すれば当然、中で戦いになる。

 そこで一気に抜けられないと、操られた地球人が戻ってきて挟み撃ちにされる。

 ……うまく抜けた人がいても、結局は残って足止めする人達は乱戦になる。

 たとえ成功しても、相当な被害が出る。


「それしかないなら仕方ありません。我々には覚悟を決めてやるしか選択肢がないのですから」


 こういう時に音頭を取ってくれるのはイエニアだ。


「そうなんだよね。ただ……」


「…………………」


 教授の沈鬱(ちんうつ)な面持ちを見ればわかる。

 この作戦は成功しない。

 致命的な問題を孕んでいるからだ。


 それは、冒険者のモチベーションが上がらないこと。

 このやり方では、救出すべき対象と戦い、あるいは自ら殺してしまう可能性がある。

 士気というのは重要だ。

 騎士であるイエニアは、どんな状況でもある程度のレスポンスを発揮できるよう修練しているのだろうが……冒険者たちは、そうはいかない。

 最悪、こんな作戦を提示した時点で、先走って勝手に地球人を救いに走る可能性すらある。


「……………………」


 沈黙が会議室に重く沈み込む。

 僕は椅子から立ち上がった。


「……ちょっと……席を外していいかな。頭を冷やしてくるよ」


「はい。しかしあまり時間はございませんので、お早めに」


 ティアの言葉に頷いて、僕は会議室の扉を開く。


「うん。すぐ戻るよ」


 ……さて。

 僕はどうするべきか。


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