94話『クラマ#10 - ヌアリ宅、最後の団欒』
食事の時間だ!
ノウトニーがくれた薬のおかげで、少しは食欲も出てきた。
……おそらくこれが、この街でゆっくりと団欒できる最後の機会になる。
今こうしてる間にも憲兵が踏み込んでくる可能性はあるけど……まあ、その時はその時だ。
僕はパフィーに促されるままに席についた。
が……
「狭い!」
サクラが叫んだ。
うん、狭いね。まぁね。
4人ほど寝ているけれど、それでも計17人。
普通の家じゃ入らないよね。
日本語を喋れないヌアリさんに代わって、娘のテフラが謝ってくる。
「ごめんなさい、入りきらない人は隣の部屋に料理を持っていきますから」
「あっ! べ、べつに文句があるわけじゃないから……!」
「寝床を提供してくれるだけでも有り難いのです。その上、食事まで用意して頂き、感謝の言葉もありません」
イエニアが丁寧に頭を下げた。
僕はそれに追従する。
「そうそう、こんな大所帯で押しかけちゃって、本当に申し訳ない。それなのに失礼なことを……ねえ?」
僕はチラッとサクラに目を向けた。
「な、なによぉ……悪かったわよぉ……」
「いえいえ、気にしてませんから。それより皆さん、温かいうちにどうぞ」
「はーい! いっただきまーす!」
と、元気にフォークを手に取るサクラだが、その動きが急に止まった。
「……………………」
「これ……」
見ればメグルも硬直している。
他のみんなが美味しそうに食事を口に運んでいる中で、彼女たち二人だけが固まっている。
僕はテーブルの上の料理を見た。
ははあ、なるほどね。
「えっと、これ……虫……よね?」
食卓は見事にイルラユーヒの幼虫で埋め尽くされていた。
料理を運んでいるテフラが申し訳なさそうに言う。
「こんなに人が来るとは思わなかったから備えがなくて……うちで育ててるやつですけど……」
「いやあ、ここのイルラユーヒは最高に美味しいからね!」
「ご迷惑でなければお代を受け取ってください」
「いえ、皆さんにはお世話になってますから……あぁ、うーん……」
代金を支払いたいというイエニアの申し出に対して、テフラは断ってはかえって失礼と感じたようで、少し考えた後で答えを提示してくる。
「それじゃあ団体さん価格の半額ということで」
「ありがとうございます」
僕らはダンジョン出入口での上納を回避したおかげで、なんだかんだで資金は残っているのだった。
そんなわけで。
そう、この家は食用の虫の養殖を生業としているのだ。
この人数で押しかけた時点で、この食卓は予想できたことであった。
未だに昆虫食に馴染んでいないサクラとメグル。
彼女たちは互いに泣きそうな顔で視線を合わせていた。
そこでサクラは、少しだけ入っている虫以外の料理に目をつけた!
「あっ、三郎! ……じゃない、ニシー。これ交換しない?」
ニシー?
「サクラ、そのニシーって……」
「あっ、そうだ! 今度から三郎じゃなくて普通に本名で呼んで欲しいって」
へえ……そうか。
三郎……いやニシイーツさん、ようやく……。
いいことだ。
これなら、そのうち彼も本当に僕の友達になってくれるかもしれない。
イエニアが呼び名についてサクラに質問する。
「なぜニシイーツではなくニシーなんですか?」
「ニシイーツって言いにくいから、ニシー」
「結局、あだ名で呼ぶのは変わらないんですね……」
それに三郎……ニシイーツさんが答える。
「第一候補がシーツだったから、それよりはマシ」
いつの間にか、あの特徴的なゴザル口調もやめている三郎さん。じゃなくてニシイーツさん。
……しばらく三郎さん呼びが抜けないやつだ、これ!
サクラは一郎さんと次郎さんに向けて言う。
「他の二人も私の考えた名前が嫌だったら言っていいのよ?」
「アッシは何も不満はありやせん。むしろアッシはもう一郎が本名と思っておりやす」
「おれ……俺っちは……」
次郎さんは、一郎さんとさぶろ……ニシイーツさんを見比べて、最後にサクラを見た。
「……いや、次郎のままでいいっスよ! わりと気に入ってるんで。ええ」
「そう? ならいいけど……」
次郎さんの顔、少し固さのある愛想笑いだ。
次郎って呼び名を気に入ってるというのは嘘だろう。
彼は他人の顔色を窺うのが癖になってる。
良く言えば空気を読める人だ。
さぶ……ニシイーツさんは明らかに顔つきが変わって、何らかの決意をしてる。
適当に追従すると逆に反感を買いそうだ。
それならここは自分が我慢すれば、サクラを傷つけず、一郎さんを孤立させることもない。
……と、そんなところだろう。
その後は、そのまま何事もなく食事が進んだ。
そうして、皆より先に食べ終わったティアが席を立った。
「セサイル様たちの所へ料理を運んで参ります。少しくらいなら食べられるかもしれませんので」
それにニーオ先生が反応する。
「貴女なら任せて良さそうね。私も後から行くから、お願いするわ」
「はい。畏まりました」
ティアが歩きだそうとしたその時だった。
ふと思い出したように、サクラが言う。
「ところでさ。あの子にも持っていかなくていいの?」
「あの子?」
「なんか奥のベッドで死んだみたいに寝てる子。っていうか誰?」
……ついに来たか。
ヤエナの話題が。
「クラマが連れてきたんですよね?」
イエニアの言葉を受けて、皆の視線が僕に集まる。
さて……
「僕もよく分からないんだよね。ヤエナって名前くらいしか。ダンジョンの奥で出会ったんだけど……彼女が起きたら話を聞いてみるといいんじゃないかな?」
僕は何食わぬ顔で、そんなことをのたまった。
この件に関してはヤエナに丸投げだ。
彼女を使うと決めたのだから、どこまでも使い倒していくつもりだ。
それに僕はもう眠すぎて眠すぎて、今にも皿の中にヘッドダイブしそうなくらいなのだ。
「そうですね……落ち着いて話ができるといいのですが」
――それから、食事の後。
食後すぐに寝るのはあれだけど、さすがにきついので横になりたい。
そんな僕が席を立ったところで、ダイモンジさんが話しかけてきた。
「あ……クラマくん……みんなのぶんの服を……防刃仕様に仕立ててみたよ……まだ4人分しかないけど……よかったら使って……」
「ありがとうございます」
「彼女たちのメイド服も……防刃で作っておこうか……?」
「うん。おねがいします」
「わかったよ……疲れてるみたいだから、ゆっくり休んで」
「うん。おねがいします」
僕はふらふらと寝所に向かう。
ところでさっき、ダイモンジさんは何を言ってたっけ……?
いいや、それより今は動けるうちに必要なことをしておかないと。
ケリケイラ……ケリケイラは……いた!
人ごみの中にいても頭ひとつ出てるからよく目立つ。
僕はケリケイラに話しかけた。
「ケリケイラ、いいかな? ちょっと頼み事があるんだけどさ」
「あ、私にですか? いいですよー、私にできることなら何でも言ってください!」
うーん、いい返事だ。
今の彼女は、僕らの役に立ちたいという気持ちに溢れた状態だ。
普段以上に頑張ってくれるだろう。期待できる。
というわけで僕は彼女に用件を話した。
「できる範囲でいいから、代謝促進の魔法でセサイルを回復させておいて欲しいんだ。もちろん本人が了承すれば……だけど」
とはいえ、ここで断るようなセサイルじゃない。
どういう経緯でセサイル達が捕まったかは分からないが、セサイルさえうまく使えれば、戦力差はどうにかなるはずだ。
後は安心して休める……
「えっ」
「……え?」
どうしたんだろう。
そんなに慌てて。
代謝の促進というのは、たいていの魔法使いが使用できる、基礎的な魔法だと聞いた。
まさか……いや、まさか……ねえ?
「えーっとー……代謝促進の魔法は……あんまり得意じゃないっていうか……成功したことがないっていうか……いや、そのー……」
「………………」
「……すみません」
お……お、おぉ……。
そう、か……こういうことも……ある……か。
「あぁいや、できればいいなと思ってただけだから。気にしなくていいよ」
僕は普段通りの顔で、そんなふうに取り繕った。
しかし表情とは裏腹に、僕の頭の中には「無能者ぉ!」というディーザの声がリフレインしていたのだった……。
どうしよう? これ……。