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開戦へ

「さあ、今日はみんな俺の奢りだ! 好き放題飲んで食ってくれ‼」


「「うおー! ロウカォンサイコー‼」」


 いつぞやの場末の飲み屋は盛大な活気に沸く。今日はティーとリョウのほかに主にコボルト達だがジュラ隊の他のメンバーが何人もいる。

 リョウが今日の訓練の模擬戦で風の魔法を披露した結果、ロウカォンは大金を手にしたからだ。

 風の精霊から教えてもらったのは基礎となる攻撃魔法、防御魔法、補助魔法のそれぞれ初級のものだ。攻撃魔法はみんなも使っている魔法弾、防御魔法は魔法鎧で風は遠距離攻撃をそらす効果があり、補助魔法は速度強化だ。

 披露したのは魔法弾で風の魔法弾は発生も弾速も速いが実体が無い分威力も低くゴブリンにしりもちつかすのが精一杯だった。

 まぁそうでなくとも模擬戦の結果は筋肉痛+睡眠不足で散々なものだったが… 隊舎のあまり質のよくないベットも野外と比べたら天国だとよくわかった。


 そんなわけで眠気と戦うリョウは1人、端っこで飲んでいたのだがすでに赤ら顔なロウカォンがやって来た。


「どうした? 今日の主役があまり飲んで無いじゃないか。」


「ロウカォンか… 正直体がしんどい……」


 今リョウが飲んでいるのは、賭けの話を知ったコボルトのオヤジが密かに用意してくれていたちょっと良いエールだが… 


 いや不味くないよ、美味しいよ? ただこれを飲み干したらすぐ寝てしまいそうなくらい眠いだけで…


「そういえばリョウ、ロウカォンの名前をちゃんと発音出来るようになったね。」


 フォークにフルーツぶっ刺して幸せそうなティーもやって来た。


 そういや確かにいきなりちゃんと呼べるようになったな。


「魔法以外でもちゃんと成長してるってことさ。」


「はっはっはっ、ちげぇよ。」


 得意顔でどやったらロウカォンに笑われた。


「うちは元々シャーマンの家系でな。子供の名前に精霊言語と近い発音を入れる風習があってな、リョウが精霊と契約したから自然と発音出来るようにようになっただけさ。」


 どやったからすごい恥ずかしい。


「しかしまたなんでそんな風習が?」


「ん? ああ、そういった名前を呼んだり呼ばれたりすることで精霊達に少しでも興味をもってもらおうってやつさ。」


 ロウカォンはゴブレットの酒をぐいっと飲む。


「でもそんな話きいたことないよ?」


 ティーもフルーツをもぐもぐ頬張っている。


「そりゃ精霊が自然に見える妖精族には必要の無いことだからな。それにこんな子供のまじないみたいなもんでも俺たちのような魔法適正の低い連中からしたら秘術みたいなもんさ。だからこれは誰にも言っちゃダメだぜ?」


 ロウカォンはそう言って軽くウィンクするが、酔って大声なんで店内にだだ漏れである。現にコボルト達が「ロウカォンロウカォン」と連呼している始末だ。


 しかしこうして仲間と駄弁っていると眠気はあるがだんだんエンジンがかかってきた。


 よし、俺も飲むか!


「オジサン! 『とりあえず肉の盛り合わせ』1つ‼」


 『とりあえず肉の盛り合わせ』とはモンスターだったりなんだったりとにかく店主がその日安く買えた肉を焼いたり茹でたりして皿に積み重ねただけのカオスメニューだが眠気ですぐに酔いが回ってきたし、つまみも欲しいし気にしない。


「はっはっはっ、食え食え。ってリョウ酒空いてるじゃねぇか? オヤジ! エール2つ追加‼」


「ティーはフルーツおかわり!」


 相変わらず無口なおっさんコボルトは何も返事をしなかったが、厨房であくせく働くその背中はどこか少し嬉しそうに見えた。




 宴もたけなわになった頃、入り口で少し騒ぎがあった。

 リョウの席からはよく見えないがおっさんコボルトがすごく焦った感じでその客の対応している。


「邪魔をする。」


 そう言ってその客が入ってきたのだが。


「って魔王様!?」


 そう、やって来た客は魔王様本人だった。

 店内が騒然とするが魔王様はまっすぐリョウの元へ歩いてくる。


「えっと… 今日はどんなご用で?」


「なに、滅多に家に寄り付かない野良猫のようなペットの様子を少し見ようかと思ってな。」


 魔王様はリョウの向かいの席に座る。

 その優雅で気品溢れる振舞いから場末のボロい飲み屋なのにまるで映画か何かのワンシーンのように見える。


「よくここがわかりましたね。」


 べつに隠れてるつもりもないがそんなによく来る店でもないし、この店の立地も良くない。


「リョウに渡した『従魔のペンダント』には飼い主に居場所がわかる効果があると話したはずだが?」


「そういえばそういってましたね。」


 そんな話をしているとおっさんコボルトががっちがちになりながらエールを持ってくる。

 魔王様にこんな物をお出しして良いのだろうか? だが何もお出ししないわけにもいかない。そんな葛藤が見てとれる表情だ。


 ご苦労、と魔王様は優しい顔でゴブレットを受け取りエールを飲む。


「そういえば風の精霊と契約したそうだな。衛兵たちの騒ぎになっていたぞ。」


「あっもうそんなところにまで噂が広がっていましたか。」


「ああ、余も飼い主として鼻が高い。」


 魔王様は嬉しそうにいった。


「それで、というわけでもないが、明日正式に伝えられるが新兵達の練度も上がったのでいよいよリッツボーンヒル攻略に向かってもらいたい。」


 ちと寄れと魔王様に手招きされ横に立つと、ふわりとその両腕が背中に回される。


 そしてそのまま『従魔のペンダント』が外された。


「人間であるリョウは街の偵察を命令されるやもしれん。そのときこれを着けたままだとバレて命の危険があるだろう。

 外したので魔法的効果は無いが身分証明にはなる。これはリョウが持っておれ。」


 そう言って『従魔のペンダント』が渡される。


 あー、そういうことか。魔王様外見中性的だから抱きしめられるかとドキッとした。


「しかしこれで余がリョウを縛るものはなにもない。

 信用しておるのだ、裏切ってくれるなよ?」


「裏切りませんよ。」


 リョウがそう答えると魔王様は嬉しそうに笑い、そして来たとき同様優雅な立ち居振舞いで帰っていった。





「よかったのですか?」


 夜の街を歩く魔王様に店外で待っていた従者が声をかける。


「なにがだ?」


「あの人間のことです。偵察と見せかけて街に逃げるかもしれません。誰か監視役をつけるべきです。」


「そんなことをしたらリョウに危険が及ぶだろう。」


 人間が人間の街に忍び込むのと魔族が忍び込むのでは難易度が全然違う。もし監視役が見つかれば人々はリョウを不審がるだろう。


「しかし、」


「疑わば用いるなかれ、用いらば疑うなかれ。」


「は?」


「怪しいと思うなら味方にするな、味方にしたのなら信用しろ、ということだ。

 なに、これでも魔王だ。相手を見る目くらいはある。リョウが信用できないと言うのなら余を信用してくれ。」


 その言葉に従者ははっとして頭を垂れる。


「…出過ぎたことを申しました。」


「いや、お前は余を案じてくれたのだろ? 余はその忠義を嬉しく思うぞ。」




 涼しい夜風を浴びて颯爽と歩く魔王。


 それは人々に災厄をもたらす悪魔にはとても見えないものだった。

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