青い鳥と追いかけっこ
「えっと…初めまして。ミナカワ リョウと申します。種族は純人族で一応勇者らしいですが魔王軍で一兵卒をしております。それは何故かと問われるならば…」
「ダメ、リョウ! 全く興味を示していないよ。」
「ちくしょう!」
訓練も終わり、リョウはいつものようにロウカォンから教わった魔法の覚え方を実践していた。
難しいことではない。ただひたすら焚き火や水溜まり、植木や砂場といった自然のもので精霊が居そうな場所に自己紹介するというものだ。
「次、次に行きましょ。次こそはきっとうまくいく!」
もはや何敗目かもわからない失敗に項垂れているリョウをティーが慰める。
こちらから見えていなくても精霊からすると見られてる気分にはなる。だから自己紹介は一ヶ所につき長くとも10分、興味を示していない、返事のない時はすぐに諦める。でないと精霊に嫌われるだけ。
そんなロウカォンのアドバイスに従い訓練が終わってから夜遅くまであちこち誰もいないところに自己紹介をするリョウは、もはや魔王軍の七不思議の1つとなりいつになったら諦めるかの賭けがあるほどだ。
そんな扱いなのでこの方法はあまり一般的ではないのかもしれない。ただ、ロウカォンは唯一『魔法を覚えられる』に賭けているらしいのでリョウは信じて今日もこの不審行為に勤しんでいる。
「あ、そこ。そこの草むらに木の精霊がいる。」
「なに! えっと、初めまして…」
「あっ、そっぽ向いちゃった…」
「うがー!」
またやっているよ、クスクス。そんな周囲の笑い声を聞きながら、今日も夜は更けていった。
「ふぁー…」
あれから更に3回程失敗を重ねた頃、ティーが小さくアクビをした。
「大丈夫か?」
「うん… まだ大丈夫……」
そうは言うが目をしぱしぱさせて完全にお寝むだ。
ティーの夜は早い。本人が言うには『魔力の回復には睡眠が一番で、魔力をよく使う魔法使いはよく寝る。』らしいが魔力をよく使うズールーなんかは夜更かし(単に部屋に居たくないだけかもしれんが)だし、妖精族は魔力の総量も多いしでこれはただティーが子供なだけだと思う。
とりあえず眠気で飛行もおぼつかないティーをベッドまで運び、ここからはいつも通り1人で挨拶回りをするリョウだった。
「えっと… ミナカワ リョウと申します……」
リョウは焚き火に向かって話しかけていた。
ティーがいるときは確実に精霊がいる場所に話せるがいないときはこうしているのかいないのかわからない何となく居そうな所に手当たり次第挨拶している。
ロウカォンが言うには見えなくても何となくは感じられるものらしいので何となくは居そうな場所というのは全くハズレというわけでもないらしい。
とはいえ返事がないとやっていることは何もない場所に自己紹介しているだけと変わりがない。
虚しさというか、侘しさというか、寂しさというか… 独特の孤独感が胸を締め付けるんだよなぁ……
1つため息をつき「失礼しました。」と頭を下げて、リョウはとぼとぼと焚き火の前を後にする。
辛いが魔法を諦めるつもりは更々なかった。散々バカにされた挙げ句、クッチャリ圧死させられたラファエラへの恨みはリョウにかなり根深く根付いている。
復讐を果たすのは力がいる。『時間操作』というチートスキルはあれど現状では消費魔力が大きすぎてまだ使えるレベルにはない。
『時間操作』で出来る事は4つある。
1つは『時間停止』。文字通り周囲の時間は止めその間リョウだけが自在に動けるというものだ。だが、1秒間止めるのに魔力を100消費する。
次に『時間減速』。周囲の時間の流れを半減させる効果がある。消費魔力は1秒につき10、誤解がないように言っておくとこの1秒はリョウの体感であり現実の時間だと0.5秒となる。
3つめは『未来視』。未来のその地点の映像を一瞬見ることができる能力だが、見たい未来が1秒延びる毎に消費魔力が100増える。消費魔力がでかすぎて正直全く使えない能力だ。
最後は『過去視』。『未来視』の過去版で消費コストは1分10と他と比べればかなり燃費が良い気がする。ただ現状の魔力だとせいぜい2時間前の映像しか見えず結局使い所がない。
今リョウの最大魔力は200ちょいなので何とか使えると言えそうなのは『時間減速』だけだ。
だが模擬戦で使っても10秒ちょっとの俺のターンでは現状格上の相手を削りきるに至らない。
『鍛練の指輪』を着けておらず装備のチート性能を活かせれば話は変わるが、個人を鍛える訓練で装備の話を持ち出しては気持ちで負けている。
レベルを上げて強くなればいい話だが、ステータスが平均的で何かに特化していない純人族にはそれでは超えられない壁のようなものがある。
それに何より時間がない。
日に日に強くなっていっている自覚はあるのだがそれに合わせて、部隊の錬度が上がるにつれて、開戦の機運が高まっていることをリョウは感じていた。
「クスクス、また失敗。」
また、後ろから嘲笑が当てられる。
無視だ、無視…
リョウはそんな声に構わず辺りを見回す。何となくだがこの辺りに精霊が居そうな気がする。
「えと、初めまして…」
「ブー、はっずれぇ。そこにはなにもいないよー。」
とりあえず近くにあった植木に挨拶してみたリョウに後ろにいる者はからかうように言ってくる。
「だぁー、もう! うっさい、…な?」
イラッとして振り返るが、そこには誰もいない。
?? …どゆこと?
「おーい、こっちこっち。」
声のする方へ、少し上へ視線を上げると半透明な青い小鳥がハチドリのようにホバリングしている。
?? なんだろこいつ、今まで見たことないぞ?
「? そんな面白い顔してどうしたの?」
「…そんな顔してたか?」
「うん、ポカンとした間抜け面してたよ。」
むぅ… でもきっと誰だって鳥の幽霊に話しかけられたらそんな顔になるさ。
「で、お前はなんなんだ?」
「ボク? ボクはおにいさんの探していた精霊の1つ、風の精霊だよ。」
ほへ?
「あはははっ、もっと変な顔になった。」
いや、いやいやいや。これ? これ風の精霊? 勝手に西洋のおとぎ話のシルキーみたいな美少女想像してたけど… これ? いや、半透明だし鳥って風っぽいし本人そう言ってるしこれっぽいな。ってか精霊ってこんななんにもないタイミングで唐突に登場するもんなの? 登場の演出とかないの? ってそうじゃない。精霊だよ精霊。えと、こんなときはどうするんだっけ? …自己紹介! そう自己紹介! 自己紹介だよ自己紹介!
「あの、えと、…初めまして、ミナカワ リョウと申します……」
「あっ、それは耳にタコができそうなほど聞いたからもういいかな。」
…では何をせいと?
「あのさ、おにいさん。ボク今すっごく退屈しているんだ。」
「うん?」
「だからボクと鬼ごっこしない?」
街の灯りから離れ、月明かりだけが照らす森の中、リョウたちの鬼ごっこは始まっていた。
「あはははっこっちだよー。」
「まてこら!」
皆さんは鳥と鬼ごっこをしたことがあるだろうか? あるのならきっとわかっていただけると思うが人間では鳥に全く敵わない。リョウは完全に遊ばれている。
一応風の精霊はリョウの身長より上へは飛ばないというルールがあるが根本的に鳥と人間では早さが全然違う。
しかも相手はただの鳥ではない。というかそもそも鳥じゃない、風の精霊だ。基本はリョウでも追いつけるようゆっくりとセキレイのようなふわりふわり波打つ優雅な飛行をしているが、あと少しのところまで追いつくとツバメのような急旋回や高速飛行をして、手の届かない場所まで離れるとハチドリのホバリングで挑発してくる。
「おにいさん、遅いよ。そんなんじゃボク飽きちゃうよ?」
むちゃくちゃ言うなよ。
リョウは足を止める。
「作戦変更だ。ちょっと待ってろ。」
そう言うとリョウは魔法鞄からチート装備の韋駄天のブーツを取り出し、普段履きの靴から履き替える。
韋駄天のブーツの性能は素早さ2倍と移動速度1.5倍。ただ移動速度が上がる分体力の消耗も大きくなる。
鳥と人間の時点で速さでは敵わないと考えていたのでスタミナ勝負に持っていきたがったがこのスピード差では風の精霊に飽きられてしまう。
チート装備に頼るのはどうとか言ってなかったか?
そんなことはどうでもよい。もしリョウが捕まえられたら契約と言うルールだが、この鬼ごっこの制限時間は風の精霊が飽きるまでなのだ。これは遊びではない。マジなのだ。
しかし韋駄天のブーツに履き替えてもやっぱり風の精霊にはかなわなかった。
「あははははっ、こんなにも足が速くて楽しませてくれる純人族はお兄さんが初めてだよ。」
「そりゃ、どうも。」
かなり息が上がってきたが楽しんでくれたのなら何よりだ。
しかしマズイ。予想はしていたがこの分だと風の精霊は韋駄天のブーツを履き『時間減速』を使っても追い付けそうにない。
後少しのところまで追い付いたら避けられる前に『時間停止』を使えばよいのでは? と思われるかも知れないがそれは出来ない。
いや、出来なくはないがリョウはまだ何かをしながらスキルを発動させることが得意ではない。練習はしているのだがどうしても一度スキルを意識して発動させるため1拍の間と隙が生まれてしまう。そしてその後行動に意識を戻すため、結果生じる間は2拍。
なのでもし最初の1拍の間に急旋回で視界の外に移動された場合、探す時間が発生して2秒では捕まえられない。
効果時間の短い『時間停止』はおそらく1度しか使えない。リスクは侵せない、確実なチャンスを待とう。
さいわい油断してか冷やかし時にボバリングする位置が少しずつ近づいている。2秒で手の届く位置に来るまでこのまま続けよう。
そしてさらに鬼ごっこを続けること数十分、リョウはもはや限界なほどへとへとになっていたがついにそのときがやって来た。
「おにいさんは、もう限界? まっ純人族にしては頑張ったんじゃない。」
風の精霊は完全に油断したのかその距離は目と鼻の先だ。
リョウは逃がさないように両目でしっかりと捉える。
ただならぬ気配を感じたのか風の精霊もとっさに身構えるが、
『時間停止!』
リョウはスキルを発動させる。完全に動きを停めた世界の中、両目はきちんと風の精霊を捉えたままだ。
リョウは一歩踏み出してその距離を無くす。
1秒
腕を伸ばしその手で風の精霊を掴む。
2秒
「捕まえた。」
「はへっ? …捕まっちゃった。」
疲労困憊、そのままぶっ倒れて眠りについたが… ともあれリョウは風の精霊との契約に成功した。