そのうんうんと垂れる口の前と後にサーをつけろ!
魔法鞄の特性を勇者から離れると消滅から勇者が死亡すると消滅、持ち主以外にはただの鞄に変更しました。
突然の死亡から半月程経ちました。お父様、お母様、妹ちゃん、如何お過ごしでしょうか? 俺は異世界で元気に過ごしております。
「くぅらぁー! そこ、だらだら走るな‼」
日の出と共に手早く朝食を済ませ、昼までひたすら走り込み、少し昼休憩をしたら更に火の中水の中草の中森の中土の中等々、あの子のスカートの中を除く特殊な環境で走り込み、素振りや模擬戦をして、日が沈んだら夕食を食べた後に自由時間をもらって、そして泥のように眠るという大変健康的な毎日です。
「走れウジ虫共! 貴様らに出来ることは走ることだけだ! 一心不乱に走り抜け‼」
食事が口に合うのか不安でしたが幸いなことに人肉は高級食材のためまだ口にする機会が御座いません。ただあまり調理をしない文化だとは聞いておりましたが時々食卓に味付けのない生肉が並ぶのは困り者です。
「いいか! 戦場では走れるやつが手柄をたて、走れないやつから死んでいく。お前らはどちらになりたい?!」
「「走れるやつです‼」」
「よし! ならば走れ‼」
「「はい‼」」
…本当にもう…こんな毎日です …まる と心の中の変な手紙に区切りをつけ俺は再び走る方に意識を戻す。
ただ走ってるだけだがただ走ってる訳じゃない。みんなガッチャガッチャとフル装備で走っている。勿論俺も。
鎧じゃないから重くはないがローブだから暑苦しい、そして走る上で人間無骨が邪魔すぎる。
自分の武器も邪魔だがそれ以上に周りの連中の武器が邪魔、てか槍とか矛とか棍棒とかみんなゆらゆらさせながら走ってるから怖すぎる。
「まっへ、まっへ、…もう、ちょっと、ゆっきゅり……」
後ろから息も絶え絶えな声がして俺はペースを少し落とす。どうやら走ってる間にレベルが上がり知らず知らず走る速度も上がっていたようだ。
「悪い。」
俺は後ろを走っていたティーに謝る。
いや、走ってないな羽のあるティーは飛んでいる。
他にも羽のあるインプなんかも飛んでいる。最初はズリィと思ったが足で走っているか羽で飛んでいるかの違いで同じように疲れるらしい。
俺がペースを落とすと集団のペースも落ちる。ロウカォンやズールー、リザードマン達を除く部隊の大半を占める下級魔族達は人間である俺に負けるかと無理をしているだけなので俺がペースを落とすと素直に落とす。
「ティ、ティーは、魔法使い、なんだ、よ? 体力、無いん、だよ? なんで、毎日、走らせる、の?」
「うん、わかったから。とりあえず息整えような?」
ティーは魔法部隊への配属を希望していたそうだが募集がなくて一般部隊に配属されたそうだ。
しかもとことん走らせることで有名らしいジュラ百人隊。
ティーにとっては地獄でしかない。と言うか連日フル装備でハーフマラソンは誰にとっても地獄だ。
隊長、副長はロードランナー乗ってるし、まじで妬ま…げふん、羨ましくなる。
まぁ、羨ましいが騎兵隊を除くと副長以下には騎乗が認められていないから仕方がない。
「ふぅ、でもリョウも最初はバテバテだったじゃん。どうしてそんな涼しい顔して走れるようになったの?」
俺が早いとこ騎乗が出来る地位になろうと誓いを胸にしていると息の整ったティーが聞いてくる。
「レベル上がったからな。」
実戦はしていないが訓練でもレベルが上がる。元がレベル1だったせいか、勇者の特性か、さっき上がった分も合わせると10ちょい増えた。しかも勇者の特性でレベルアップ時のステータス上昇も大きい。
他の兵士が5も上がっていない中俺だけどんどん成長していくので下級魔族達は涙目である。まぁ、流石にロウカォンやティー、ズールーあと一部のリザードマンと言った元からそこそこレベルの高い中級魔族には勝てないが模擬戦で下級魔族に負けることはまず無くなった。
「くぅらぁー! そこ、何をくっちゃべっている‼ 5周追加!」
ジュラ隊長の怒声が飛び、俺達は再び黙々と走る。
そして地獄のマラソンはなんやかんやどんどん周回が追加され結局いつも通り太陽が真上に上がるまで続けられた。
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待望の昼休憩である。といってもよくある中世の物語のように昼御飯はない。まぁいざ戦争が始まったとき戦闘中「お昼になったから一時休戦!」、なんて出来ないから当たり前と言ったら当たり前な気がする。
では、何をやっているのか? 食欲の権化であるオークなんかは干し肉や痛みにくい固いパンなんかを持ち込んで食べているが普通の兵士は水しか持ち運んでいないのでそれを飲んで木陰で寝るか駄弁るかだ。
というわけで俺もティーとロウカォンといういつもの3人で駄弁っている。
「ほら。」
俺はティーに水の入った皮袋を渡す。
勇者に特典として魔法鞄というスキルがあった。
鞄は腰に着けるポーチ程の大きさだが体積や質量、時間経過を無視してそっちでいうところの軽トラ、こちらの世界なら荷馬車1台分の荷物を収納出来るという能力だ。ただアイテムではなくスキルなので持ち主の勇者以外にはただの小さい鞄でしかなく、勇者が死ぬと消滅して中身が辺りにぶちまけられる。。
特典としては他にも鑑定所でないと出来ないレベルやステータスの確認を自分で出来たりする。多分だがこういった特典は勇者として転生したが呪われたり、チートスキルがもらえなかったり、もらえてもレベルが上がるまで使えなかったりする者の救済処置だと思う。
まぁ、おそらくすぐに死ぬと思われてラファエラからそこらへんの説明をなにも受けていないから実際のところは知らないが。
ともあれそんな便利なスキルがあるのでティーやロウカォンの分もリョウが荷物持ちをしている。最近ではロウカォンと仲のよいコボロト達が水をねだりに来るときもある。
自身も強くなり、一部だが部隊の他の仲間とも仲良くたってきたけど。
「魔法だけさっぱりなんだよなぁ…」
リョウは2人をみてため息をつく。
大分強くなったと思ってはいるのだが模擬戦で2人に全く敵わない。火魔法が得意なティーには上空から一方的にボコられ、明らかにこちらに稽古をつけている感じで戦ってくれるロウカォンは木の魔法で回復されてちっとも削れない。
魔法が使えてもインプとか下級の魔族は物理でごり押せるが中級で魔法の使える奴等には手も足も出ないのが現状だ。
上を目指すには魔法は必須だと思うのだが…
「はぁ…」
「ショボくれてんな。」
「ロウカオン。」
「ロウカォンな。
気持ちはわかるが適性低いんだ、こればっかは精霊の気分次第だから焦っても仕方がないぜ?」
わかっちゃいる、わかっちゃいるんだが…
その日の午後の模擬戦でも火と土の魔法が使えて防御力強化と遠距離の出来るズールーに、リョウはフルボッコにされたのだった。