対ズールー
次の日から訓練は始まった。といっても今日はまだ本格的なものではない。まず各自どの程度の実力があるのかと言うことで午前中にスポーツテストのようなことをリョウ達はやらされた。
結果は散々だった。
リョウはそこまで運動神経が悪いわけではない。元の世界では可もなく不可もなくなところだ。
しかし通学は主に電車やバスで徒歩での移動はあまり多くなく、暇なときは友人と駄弁っていただけのリョウが、大きな街まで徒歩半日、暇なときは野山を駆け巡って狩りしてますな連中に敵うはずがない。
魔王様に勇者と呼ばれてちょっぴり夢を見ていたが実際はとくに変わったことはなにもない。
午後になりスポーツテストは1対1の模擬戦となった。
今、リョウの目の前ではティーとロウカォンが異次元な戦いを繰り広げている。
まず上空へと舞い上がったティーがロウカォンへ火の魔法弾を撃ち込む。
属性の違いはあれ、魔法弾はインプ等の下級魔族でも使える簡単な攻撃魔法だ。だが、ティーのそれは他の者達と明らかに違った。
まず量だ。今までの者達は一度の詠唱で1発しか撃っていなかったが、ティーは一度の詠唱で複数弾同時発射したり連射していたりする。
そして魔法弾そのものだ。単純に威力が高い。他の者達だとただ真っ直ぐ飛んでいくだけだった魔法弾が相手の動きに合わせて軽く追尾するかのように曲がる。
そんなティーの魔法弾をロウカォンはかわし、時に叩き落とし、冷静に対処していく。
上空からの攻撃だとかわされた際に地面に当り追尾性を生かせないと判断したのか高度を下げたティーにロウカォンが四つ足で地面を蹴り一気に距離を詰める。
ティーは大量の魔法弾を乱射し迎撃する。
なんかもう多すぎる魔法弾の爆発で眼がチカチカするし、ロウカォンは影だけ残してヒュンヒュン避けて眼が追い付かないしで、とにかく眼が痛い。
流石に全てはかわしきれなかったのか何発かもらったロウカォンだが、後少しで接近戦の距離と言うところまで間合いを詰める。
再び上空へと逃げようとするティーを追ってロウカォンが跳ね上がる。
ん? 遠目ではっきりとは見えなかったが今ティー笑わなかったか?
「************」
相変わらず何言ってるかわからない呪文をティーが唱えると、20はありそうな魔法弾がロウカォンに向かって一斉に発射された。
まさか自分を囮にして回避出来ない空中へ釣り出したのか?
しかし、これで決着か。
リョウがそう考えたその時。
「ワォン!」
ロウカォンが一声遠吠えのような咆哮をあげると衝撃波でも出たのか魔法弾はロウカォンに届く前に次々と爆発していく。
そしてそのままロウカォンは何事もなかったかのようにシュタりと着地した。
「********」
今度はロウカォンが何か呪文を唱える。
するとロウカォンの傷が見る見る治っていく。
そういえば回復魔法が使えるとか言ってたっけ。
しかしロウカォンはさておき、ただの空飛ぶ幼女だと思ってたけどティーめっちゃ強くないか?
ティーはいまのところノーダメージ、だがロウカォンも多少のダメージなら回復可能。魔力的にはティーの方が消費しているような気もするが…
2人の実力はほぼ互角、ただこのまま続けたらティーの魔力が先に尽きるだろうから若干ロウカォンの方が上といったところだろうか?
「*****…」
ティーがまた魔法を唱え出した。
「*****…」
詠唱長いし周りの連中がざわざわしてるし何か大技でも撃つのだろうか?
「********…」
ティーの頭上に巨大な火の玉が現れる。なんか周りがざわざわ通り越してなんかスッゴい焦ってるんですけど… ひょっとしてこれ、ヤバイ系ですか?
「*****…」
「そこまで!」
ティーの魔法が発動する前にジュラ隊長がストップをかける。
この勝負、引き分け。
結局この2人、どっちが強いのだろう?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「次、ズールー対ミナカワ。
2人とも前へ。」
隊長の声で2人は皆が囲む中心へ進み、武器を構えて向き合う。
リョウ達は『鍛練の指輪』と呼ばれるものを装備している。
これには『手加減』という特性がついており、それにより自分の装備の特性と武器の性能が封じられ、さらに相手に重傷を負わせることが出来なくなる。
一応取得経験値が増加するが『手加減』が強すぎて割りに合わない縛りアイテムだ。
ズールーは棍棒をリョウは人間無骨を構える。
リョウの構えは完全に見よう見まねだ。槍なんて使ったこともない。
剣道三倍段という言葉がある。これは剣道の段位が他の素手の武道の段位の三倍くらいの強さだというものだ。別に剣道が強いということではない。剣道が槍や薙刀とまともに戦おうと思うと同じように三倍の段位がいると言われる。
つまりよりリーチや間合いの広い武器はそれだけで強いということだ。
装備はしているが剣や短剣も使って戦ったことがない以上、リョウが槍を選んだのはそういった理由だ。
「始め!」
ジュラ隊長の掛け声でリョウは一気に飛び出る。
様子見なんてしない、そんなことしたってどうせ防戦一方で負けるだけだ。なら当たって砕けるのみ!
十文字槍の使い方なんて知らないが某戦国武将が無双するゲームで信繁さん振り回してるしきっとあってる…はず!
リョウは人間無骨でズールーを薙ぎ払う。
しかし思いっきり大振りになった攻撃はあっさり避けられ、ぶんと音をたてて空を切る。
当然そんな隙を見逃してもらえるわけがなく、逆に腹を棍棒で殴られ吹っ飛ぶ。
っ、いってぇ…
『鍛練の指輪』で棍棒の攻撃力は0だが本人の攻撃力は健在、腹を思いっきり殴られたらやっぱり痛い。
とりあえず遠心力で威力は出るがむしろ槍に振り回されるので信繁さんの攻撃モーションは上級者向けだとわかった。
立ち上がり構え直したリョウは戦い方を変えて今度は槍を小さく速くせこせこちょこちょこ突く。
狙いは前に出ようとする手や脚、かわされたときは手首を捻って鎌の部分で追撃。だが鎌までかわされたら間合いの内側に入られてしまうので無理して当てようとはしない。
完全に小狡い戦法だが昔からスポーツでもなんでもそういった戦い方がリョウにはとても向いていた。
『鍛練の指輪』で槍としての攻撃力は無いため多少のダメージさえ覚悟すれば充分間合いの内側に入れそうだが、人間相手にダメージを負いたくないのか、はたまた実戦であれば槍の傷は軽くないと考えてか… とにかくズールーは慎重に様子を見ている。
それどころか突然バックステップでかなりの間合いをとった。
? どうした?
リョウは疑問に思う。ズールーは別に休憩が必要なダメージもスタミナの消費もないはずだ。
「*****」
っつ、ちょっ、魔法!?
詠唱を始めたズールーにリョウは慌てて間合いを詰めて攻撃しようとするが間に合わない。
剣道三倍段の話だがリーチの長い槍は剣より強い。ならば当然よりリーチの長い弓(遠距離攻撃)は槍より強い。
ティーと違いズールーの魔法弾に追撃性はなかったのでリョウは何とかかわすことが出来た。1発目はだが。
追撃性はなかったが連射性はあった。
2発目で体勢を崩され、3発目はクリーンヒット。リョウは再び地面を転がされる。
ものすごく痛い。多分後一撃良いのをもらったらリョウの敗けでこの模擬戦は終わりだろう。
なら、かすりでもいいからせめて一撃入れたい。
ズールーが主導権を握っているので2人の距離はかなりあいている。リョウは脚に力を込め駆け出す。
「***…」
「させるか!」
リョウは詠唱を始めたズールーに人間無骨をぶん投げる。
当たるはずもなく避けられたが詠唱は止められた。
「**…」
「だからさせねぇって!」
走りながら、今度は背中につけたダーインスレイブを引き抜いて投げる。
やはり避けられたがここまで近付けたらズールーが魔法を発動する前にアロンダイトで届く、はず!
リョウは最後に残ったアロンダイトで斬りかかる。
ガスッドゴッ!
リョウの一撃はなんとか肩に当たったがズールーの棍棒が再び腹に入れられリョウは吹っ飛ばされる。
そういや…そんなんもあったね……ガクッ
「そこまで!」
再びジュラ隊長の掛け声で模擬戦は終わった。
「…おい。」
声がかけられリョウが地べたからふと見上げると目の前にズールーが立っている。
「なんであんな無謀な特攻をした?」
陰になっておりズールーの表情は見えない。
ん? …んん~……
リョウはすこし思案する。
「あんだけ一方的にやられたから、せめて1発だけでも当てたかったてのもあるし…」
「あるし?」
正直に話すのは気恥ずかしいけど、まっいっか。
「もし実戦で同じ風になったとき。逃げれもしなくてただ縮こまって敗けを待つだけなら、せめて少しだけでも手傷を負わせた方が仲間のためになると思った、からかな?」
仲良くなるためにはまず自分から腹を割って話さないと。
リョウは立たせてくれよと手を伸ばす。
「……からだ。」
ズールーはその手を取らず何か言った。
「?」
「お前の攻撃が当たったのは、俺が、レッドキャップが中級魔族では最弱だったからだ!」
「??」
突然自虐的なこと言い出して…こいつどうした?
「いいか! でなければあんな攻撃が当たる前にお前は終わっている‼」
? …あっああ! 要するにもっと頑張れって言いたいのか?
「えっと… ありがと?」
「ふんっ。」
あっいっちゃった。
なんだったんだろ? …ツンデレ? いや、起こしてくんなかったし…ツン? …それって単に嫌われているだけでは?
…うーん……
「なんだったんだろ?」
リョウはふと呟いたが… 答えはなかった。