狼と赤頭巾とあと幼女
魔王のお膝元、魔王都郊外にある軍の演習場。
「ミナカワ リョウ、16歳。種族は純人族、出身は異世界です。よろしくお願いします。」
リョウの挨拶に周囲がざわつく。
無理もない、異世界出身の人間とは勇者を指す。しかもここで行われているのは魔王直属軍に新設された部隊の顔合わせだ。新設されたのは三千人隊だが顔合わせの為だけに三千人全員を1度に集める必要もないので各百人隊毎に行っている。
「純人族だって?」「どうして家畜が?」「おで、食べたいブヒ?」「待つゴブ、異世界出身って言わなかったかゴブ?」「勇者なの?」「おで、腹へた…」「勇者だとしたらどうして魔王軍に?」そんな声があちらこちらから聞こえてくる。
まるで休み時間の小学生のようにちっともまとまりがなく、ほぼ百人がガヤガヤするからうるさくて鬱陶しい。
まぁ魔王直属軍と言っても精鋭というわけではないから仕方がないか。
リョウはため息をつく。
この辺りを理解してもらうために少し魔王軍について説明しよう。
まず魔王軍は魔王直属軍と各種族の軍の2つに大きく分けられる。中世の王とそれに仕える諸公の軍を想像してもらうと良いだろう。
この例で言えば全体は国軍、王のものが王軍、諸公のものが諸公軍となるのだが、魔族は国を名乗っていない。魔界という呼び方もルクトフェルミナ全域を魔族のものと考えているため境界を示すとしてあまり好まれない。なので全体を魔王軍と呼び、魔王のものを魔王直属軍と呼ぶ。
そして魔王直属軍はさらに精鋭部隊、近衛部隊、一般部隊の3つに分けられ、直属という言葉でイメージされる魔王様が直接指揮をとる部隊は精鋭部隊だ。
ちなみに今回新設されたのは一般部隊所属で魔界全域に募集をかけて集めたものだ。そのため7~8割はゴブリン、コボルト、インプ、オークといったあまり強くない下級魔族で構成されている。
今日顔合わせの新設部隊、種族を問わない混成部隊、つまるところ完全なる烏合の集である、まとまりが生まれるはずがない。
「おで、人間族食べたことないブヒ。」「「おでも」「オレも」「ゴブも」「ボクも」」「おでたち、みぎあしもらうブヒ。」「じゃあボクたちひだりあし!」「ずるいゴブ、ならゴブたちはりょううでほしいゴブ。」「オレたち内臓!」「馬鹿だなぁ、人間族は脳ミソちゅるっといくのが旨いんだぜ?」「「つうだぁ~」「つうゴブ。」「つうブヒ。」」
ガヤガヤガヤガヤ。
うん、…ヤバい…… まとまりが生まれるはずがないがなんかオーク中心に危険な結束が生まれつつある。
冷や汗だらだらです。
でも大丈夫、一応これから軍隊に入るということで魔王様にもらったものをリョウは装備している。
脚:韋駄天のブーツ、腕:闘神の籠手、身体:聖人のローブ、頭:大賢者の額飾り。あと武器が剣:アロンダイトと短剣:ダーインスレイブと槍:人間無骨。
全部チート装備、昔魔王様と死闘を演じた勇者パーティーの遺品です。大半は壊れていたのでとりあえず使えそうなものをリョウが寄せ集めた結果、こんな方向性のわからないコーディネートになってしまった。
一応伝説の装備だが、防具は特殊スキルはあるが装備としての性能は該当のステータスを何倍にも引き上げるタイプなので数字上レベル1のリョウにはほとんど効果がない。それ以前にどの装備も該当ステータスが防御力じゃない。逆に武器は倍化ではなく固定値なのでどれもぶっ飛んだ攻撃力をしている。特性は『人間特効』『英雄殺し』『呪詛』と元々勇者達も念のため荷物に入れていただけの武器なので、対魔族としては使いづらいが喧嘩に使って冗談で済むような攻撃力ではない。
どうしよう… 人間族食べるやつもいるとか言ってましたが、やつもいるじゃなくてほぼ食べるやつらじゃないですか、魔王様?
…これから上手くやっていけるのか…… 激しく不安である。
「やんのかゴブ!」「うるさいブヒ、生こそ正義ブヒ!」「いいや、フライだ!」「違うよ、お鍋だよー!」
ワイワイガヤガヤ。
一時はまとまりかけた一団に亀裂が走る。原因は調理法。
食材の味をシンプルに生派。調理こそ文明の起源、焼き派。油でカラッとジャンクに揚げ派。みんなで仲良く野菜も食べよう、鍋派。端っこで何か言おうとしているがかき消されているマイノリティは蒸し派かな?
…どうでもいいが俺の意思を無視しないでほしい。ってかなんでこいつらまるごと調理する発想しかないんだ? 切り分ければいい話だろ?
ってダメダメ。食われるの俺だった、全然よくない切り分けよくない。
リョウは兵隊になりに来たのであって食材になる気はない。
ふっ、まったくこのcrazyな状況に膝が笑ってやがる。長いローブの裾に隠れて生まれたての小鹿の如くプルプルだぜ。
だがハードボイルドっぽく表現しても全然格好良くない。
「いい加減に静かにしろ!」
リョウの調理法会議に参加せず背筋をただしていたリザードマン達が怒鳴り声をあげた。
ドラゴン族の下位に属するリザードマン族は中級魔族だがこの部隊の1割強を占めている。理由はこの隊の隊長がリザードマン族だから。
ある意味当たり前の事であるがリョウは隊長ではない。いわゆるしがない一兵卒である。
勇者かもしれないがいきなりレベル1のリョウに隊長を任せることはない。
リョウだって自分の事警戒してる秘書と親密度高めたり、何故か最初から信頼度MAXな部下たちにちやほやされたり、自分の事舐めてたり敵対視してる魔王軍幹部達のピンチ救って友情育んだりしたかった。とてもしたかった。
いつか絶対ハーレムもとい最強の軍団造り上げてやる‼
誰に対してかは知らないがリョウはそんな野望を胸の内で宣誓する。
「隊長のお言葉であーる。」
「黙して聞くよーに。」
リョウ達の前で見下ろすように二足歩行のダチョウのような大きなトカゲ、ロードランナーに跨がったリザードマン達が叫んだ。
明らかに上官らしきリザードマンの声に騒いでいた連中も大人しく前へと向き直る。
「精悍なる勇士たちよ、よくぞ集まった! 我輩がお前らを率いるリザードマン族のジュラ百人隊長である。」
ロードランナーに乗った3人のリザードマンの真ん中、1人少し高そうな鎧を着けたリザードマンがジュラ隊長か。そして左右のさっき妙に語尾を伸ばしていたのが副長のカゲトとゲトカ。
なんか全校集会の校長思い出すな。
…ヤバい、なんか思い出したら眠くなってきたかも……
「…おい、そこの人間!」
「…はいっ、寝てないです!」
ジュラ隊長の声にとっさの条件反射で答えたがリョウは完全に寝てた。
「…隊長の挨拶の途中、しかも自分のことを食い物としか見ていないやつらに囲まれてよく眠れるな。…豪胆なのか間抜けなのか……」
「いやその、…あはははっ」
不真面目な学生何年もやってれば立ったまま寝るぐらいの芸当は身に付く。
「はぁ、まぁいい。いいかお前ら、お前らが食おうとしているこの人間は魔王様の所有物である。勝手に食えばお前らの一族には厳罰が下されるだろう。わかったな!」
「「えー!」「うそブヒ、食べたいブヒ!」「食わせろゴブ!」「ブー、ブー!」」
ブーイングの嵐。
上官に抗議するほど食いたいのかよ…
可愛い女の子モンスターに比喩的な意味で食われるのはOKだがむさ苦しいモンスターに文字通りの意味で食われるのは勘弁してもらいたい。
リョウは襟元から『従魔のペンダント』を出し、周りに見せる。
これは飼い主しか外せない呪いがかかっているので近くにいる者達にしか見えない。
まぁ、見えたところでどうせ遠くのやつは書かれている飼い主の名前までは読めないからいいか。
「「ほんとだー、『魔王』って書いてあるー」「本当だゴブ。」「本当に魔王様の物だブヒ。」」
少し間抜けな感じもするが本当に『魔王』と書かれている。
唯一無二の『魔王』とは役職名でもあり種族名でもあり個人名でもあり、そして現象名でもある。
曰く、魔王とは繁殖行為を行わない生物であり、今いる魔王が死ねば新しい魔王が発生し魔物を率いる現象らしい。
リョウにはよくわからないが魔王様が言ってたから間違いない。
とにかくリョウが魔王様の物で食べてはいけないことを理解したのか、一同不満はあれど静かになる。
「では本日は顔合わせで我々もこれから千人隊長との話し合いがあるのでこれにて解散とする。訓練は明日朝イチから始めるので各自早めに就寝をするように、以上解散!」
隊舎にやって来た。有事の際に集められる所謂半農半兵な各種族の軍と違い魔王直属軍はすべての兵が常備兵であるため立派ではないがきちんとした隊舎がある。
部屋は2段ベット2つに机が1つの4人部屋。だがここのルームメイトが小隊と言うわけではない。
そもそも顔合わせでのジュラ隊長の話を聞いた感じ魔王軍には伍は無さそうだ。
だがリョウは別に伍を作ろうとは思わない。
よくある物語のように向こうの世界がこちらの世界より進歩していて正しいとは限らないからだ。
伍とは古代中国で始まった五人一組で行動することにより生存率を高めより強敵と戦えるようにする戦術だ。
この世界には魔法がある。もし魔法でバーンですぐ散り散りになってしまうとしたら?
この世界は人対人ではなく人間族対魔族である。もしここに隔絶された力の差があり5対1で問題なく戦えたとしたら?
伍は不要である。
まずは実際を知ることから始めなくてはいけない。
自室の前までやって来た。
「フゥー…」
リョウは大きく息を吐き、頭の中をリセットする。
何とかして違いを見つけないと。
これから会うルームメイトの名前と顔を覚えるためだ。
種族の違いは簡単にわかる。ゴブリン族は身長1mほどで肌は緑色で頭に小さな角がある。インプ族も身長は同じくらいたが肌は暗い赤で角はなくコウモリのような羽根と尻尾がある。コボルト族も大きさは同じだが見た目は立って歩く犬。オーク族は身長が俺とほとんど変わらないか少し低く見た目は立って歩く豚。リザードマン族は俺よりでかく身長180cmくらいの立って歩くトカゲ。あと他の種族は隊に1人ずつしかいない少数だ。
種族の違いはわかるが個別の違いがわかりません…
とはいえルームメイトになる以上わかりませんではいけない。
がんばれ、俺!
しかし、扉を開け中にいたのは2m超えの狼、俺よりでかいリザードマンと同じサイズのガタイのよい赤頭巾、あとは幼女が1人…
どうやら少数種族が集められたようです。
「ようやく揃ったな。」
狼が言った。
中に居た魔族達はリョウを待っていたようだが何か約束をしていた覚えはない。
「俺は狼魔族のロウカォンだ。とりあえず寝る場所決めたいから自己紹介のついでに希望を言ってくれ。」
確かに約束はしていないがそれは決めなきゃいけないことだな。
「はいはい、ティー上がいいー!」
幼女が元気よく手を上げる。
幼女と言ってもリョウと視線の高さは変わらない。おっきな幼女ではない。背中に半透明な蝶の羽があり飛んでいる。
「そっか、上がいいのか。でもおじちゃんお嬢ちゃんの名前がわかんないんだ、自己紹介もしてくれるかな?」
獰猛な見た目に似つかわしくない優しいしゃべり方。
この狼、とても面倒見が良いかロリコンかどっちかだな。
「ティーだよ、妖精族の15歳。魔法が得意だよ!」
15ってこれで俺の一歳下なだけなの?
服装は魔法使いっぽく黒のとんがり帽と黒のマントだが体型はぺったんするー。飛んでいなければ幼女のハロウィンコスプレにしか見えない。
「見た目も中身もガキだが妖精族はあんたにとっちゃ付き合い安いやつだぜ。」
ロウカォンがリョウだけにこっそり話しかける。
「どうしてだ?」
「妖精族は魔王様と人間の間、中立にいる連中だからだよ。なんかの事情でどっちかに付くやつもいるがそれでもよっぽどのことがない限りどちらにも友好的だ。」
「はん、コウモリなだけだ。」
ロウカォンの説明に赤頭巾が口を挟む。
「レッドキャップのズールーだ。家畜やコウモリとは仲良くする気はないからよろしく。
寝るとこはそいつらの下でなけりゃどこでもいい。」
その言葉にちょっとイラッとする。ティーもむっとしたような顔だ。
「純人のリョウだ。寝るとこはどこでもいい。」
イラッとするがここはスルー。こういったやつは相手をしないのに限る。
「ちっ、腰抜けが。」
ズールーが小さく言う。どうせ手出しできない口先だけの野郎だ、放っておこう。
「で、ベットはどうする?」
リョウはロウカォンに聞く。
「ん? そうだな。俺が左の下でズールーがその上。リョウは右の下でティーがその上でどうだ?」
「「わかった。」「いいよー!」「…ふんっ」」
ズールーの態度は相変わらずだが異議はないらしい。
しかしこんなやつの下で寝るとかロウカォンはいいやつだな。俺だったら気分的に絶対嫌だが。
「じゃ、決まりだな。それじゃなんかの縁だ、おごってやるから飯でも行こうぜ?」
ロウカォン本当にいいやつだなぁ。