物語の始まり
『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬ。』
そんなことわざだか都々逸をご存知だろうか?
これは異世界転生物だから察しの良い読者はお気づきだろう、これが俺、皆川亮の死因である。
状況のわからない読者の為に詳しく説明しよう。
修学旅行で訪れた北海道の牧場、普段は真面目な生徒会長とお堅い学級委員長がなんかいい感じ… そんなん当然ヒューヒューからかうだろ?
そしたら世紀末覇者の愛馬みたいなのにモヒカンよろしくぶっ殺されたわけだ、オーケー?
…はぁ、異世界転生物だから俺もとっとと転生したいのだが……
「ダメ、ダメよ優子。そいつはひどい男だから!」
おそらく転生担当であろう女神がビール片手に録り溜めしたドラマを夢中で見ていてかれこれ3時間半ほど放置されています。
顔はおそらく女神なので整っていて美しい、そしてスタイルも完璧である。ただ服装が…なんと言いますかミニでヒラヒラしたアイドルみたいな格好が…うん、はっきり言って年齢と合わず痛々しい感じにしている。
正直缶ビールのあてに柿ピーとアルファベットのついたチョコを選ぶ時点で行き遅れ確定だから本当さっさと俺を異世界に逝かせてくれと思うのだが…相手をしてくれない。オープニングの明るい曲で励まされエンディングの落ち着いた曲で余韻に浸る、CMはきっちり送るのに真剣だから…まじで相手にしてくれない。
異世界転生物に溢れすぎて既に下火になった今日日、ここら辺の話はせめてさっさと纏めるのが主流なのにまったく話が進まない! ぶっちゃけ時計とテレビの画面で視線を行き来させることしかやることがねぇ‼
わかったことといったらドラマの内容ぐらい。とりあえず今はヒロインの優子がドS部長の海原とライバル社社長の放蕩息子山岡の間で揺れ動いていた所を山岡に言い寄られてる。
…この情報必要か?
仮にだ、仮に俺がこのドラマの世界に転生したとしてもだ。現役高校生だった俺にできそうな役は優子がよく使うコンビニ(海原が女性(実はただの営業先の相手)と歩いているのを目撃したりする)のバイトくらいだ。「しゃーしゃいしゃせー」しかセリフ無いしどう考えたって物語の主人公に成りえない! そんなことしたら間違いなく視聴者がブチキレる。
そんなこんなでさらに時間だけが無駄に過ぎ、時計はもうすぐ17時になろうというところ。ようやく動きがあった。
ドラマの佳境、海原が車に跳ねられた所でいきなりダメ神がDVDを停止した。
「ん~… 今日も1日よく働いたわ~。」
そう言って伸びをし体をほぐすダメ神。
こいつ、散々放置しときながら自分は定時であがる気か!?
「って待てやこらぁ‼」
仮にも相手は神だと言うことで大人しく待っていたが流石に堪忍袋の緒が切れた。俺はダメ神を怒鳴り付ける。
「うっさいなぁ… もうすぐ営業時間終わるんでまた明日来てくれない?」
「ふ、ざ、け、ん、な!」
いやもう神とか女性とかどうでもいい、とりあえずこいつをひっぱたきたい。
「神界、残業手当でないんですけど? めんどくさいんですけどぉ?」
「半日近く放置しといてんなこと知るかボケ!」
「うわっ、ひょっとしてクレーマー? クレーム窓口ここじゃないんでそっち行ってもらえますぅ?」
「全部お前が原因だろうが!」
本気で殴ってしまいたい衝動に駆られる。
「ほんっとこれだから最近の若者はキレやすくて困るわ~…」
「うっせぇよババア。」
「はぁ? 女神ですけど? 歳とかとらないんですけどぉ? カルシウムと信仰心足りてないんじゃないですかぁ?」
「知るか! 良いからとっとと仕事しろ!」
「はぁ!? ったくまぁいいわ。あんたネチネチしつこそうだし、めんどうだけど特別にしてあげるわ。まったく感謝しなさいよね。」
そう言ってBBAは1冊のバインダーを手に取る。
「名前は『皆川亮』性別男性で16歳。…どうせあんたみたいなのはすぐ死ぬし、面倒だから説明飛ばすけどいいわよね?」
「よくねぇよ。」
次の人生がかかっているのだ、説明は聞く。正直あまりこいつと会話してたくないが仕方がない。
「…ちっ… 普段アプリの同意文とか絶対読んでない顔の癖に…空気読めよ…」
「なんか言ったか?」
「いいえ、なーんにも… じゃ勇者に転生させるから魔王倒してね、以上!」
「以上! じゃねぇよ、はしょんな‼」
確かにアプリの同意文なんて読んだりしないがこの説明はあんまりだろう。つぅかそれとこれを一緒にすんじゃねぇ!
「はぁ、めんどいなぁ。いい? 人間は生きてる間の善行と悪行の差し引きで天国に逝くか地獄に逝くかが決まるの。
でもこれの差し引きがゼロの時、たとえば流産とかで産まれる前に死んだり、毒にも薬にもならない生きてる意味の見いだせない人生やったりしたら転生でやり直す事になるわ。
で、あんたは今回天罰を受けて死んだ。天罰を受けると罪を償ったってことで悪行がリセットされるんだけどシステム上のエラーで何故か善行もリセット、てなわけであんたは転生するわけ。
でもまあそれまでのことが全部無しってのもあれなんでリセット前に善行が多ければプラスのボーナス、悪行が多ければマイナスのボーナスが与えられるの。
そういったこともあるし2回目の挑戦ってこともあるしで目標を持つってことで勇者やってもらうわよ。わかった? わかったらそこの白い箱から1枚のクジひいて。」
女神が指差した先には白と黒の箱が1つずつ置かれてある。
説明はすごい雑な気がするが言わんとすることは理解できたし、女神が若干逆ギレ気味なのも鬱陶しいのでさっさと済ますために俺は箱へと手を伸ばす。
「…ちなみにこの箱の中身は?」
一応引いとく前に聞いておこう。
「辛うじてだけど善行のほうが多かったからプラスのボーナスよ。転生した途端呪われてるとかの方が希望なら黒の箱をどうぞ。 …どっち引こうがどうせあんま関係ないことだし……」
「なんか言ったか?」
「いえなにも、それよりどうでもいいけどさっさと済ませてくんない?」
さっきから女神の言葉に所々引っ掛かりを覚えるが俺は白い箱からクジを引く。
引いたクジには『スキル:時間操作』と書かれていた。
よっしゃ、たぶんだがチートスキルきたぁ!
そう思った矢先だ。
「じゃ、特別に今のままの姿で魔王の目の前に転生させてあげるから。」
女神は最高の笑顔でそう言った。
はぁ!?
「散々女神を馬鹿にしてくれたお礼ってやつ? まっ頑張ってね、勇者様♪」
バイバイと女神が手を振る。
「なっ? ちょっまっ…」
言い終わる前に床がパカッと開き俺は奈落へと落ちる。
確か女神は言っていた、『どうせすぐ死ぬ』『どっち引こうがどうせあんま関係ない』。
こういうことか畜生!
あのくそアマ、いつか絶対殺す。
遠ざかり、小さくなっていく頭上の光を見つめながら、俺はきつく心に誓った。
「ん~… 終わったぁ。」
そう言って女神はのびをする。
転生する前でまだ弱いとは言え勇者を魔王の前に転生させたのだ、かなり力を使ってしまった。今日はもう取って置きの入浴剤を入れたお風呂にゆっくり浸かってぐっすり寝たい。
「これは… ゴミでいいかな?」
女神はバインダーの書類をクシャッと潰して廃棄予定のゴミの山にポイする。
これにより後日したっぱ女神達が地獄を見ることになるが… それはまた別の話。