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異世界召喚する際は、事前にご連絡願います

異世界召喚する際は、事前にご連絡願います

作者: 大福 苺

初めて書きました。短編で少しずつ書くことに慣れたらいいな、と思っています。

文章とか表現とか気にせず読んでいただけるとありがたいです。


「うわ~。ないない。これはないわ~」


浴室から出たら、そこは異世界だった。



◇◇◇◇◇◇


 柊真琴 16歳。

 高校入学とともに腐女子デビューを果たした女子高生。


 今日は親友のえっちゃんとイベントに行くので、朝早起きしてシャワーを浴びている。

 お目当ての同人誌を手に入れるため、期末テストで学年1位を取ってお小遣いアップしてもらい、親戚のおじさんが営む喫茶店でのバイトも頑張った。

 

「目標や夢があれば、人間、何でも出来る」が口癖のお父さんを、陰で「暑苦しい!」と言ったけど。お父さんは正しかったよ。

 私、目標に向かって頑張ったおかげで、腐女子街道まっしぐらです!


 鼻歌交じりで浴室から出ると、なぜかそこは映画でよく見る、お城の「王の謁見の間」でした。


 突然のことに立ち尽くす私。

 頭の中では「茫然とはこういうことを言うんだね」と冷静なツッコミも忘れずに。


 あれ?私シャワー浴びてたよね?

 今、浴室の扉開けたよね??


 中世の貴族のような服を着た人や鎧の人が、ぼやけた視界に入る。


 なんか、みんなこっちを凝視してる。

 そりゃお互い驚きますよね、この状況。

 ほら。あの腹黒ドSそうないかにも宰相って感じのおじ様や、あちらの脱いだら細マッチョと思われる騎士っぽいイケメンお兄さんも、みんな目を見開いて顔を赤くしているし。


 ん?顔が赤い?


 すると、前方からお姫様のような可愛らしい女の子が慌てて駆け寄り、自分が纏っていたローブを剥ぎ取って、ふわりと私を覆った。茫然としながらも、その行動に「なんて男らしいんだろう」と思いながら、ふと我に返る。


 …あ。私、全身びしょ濡れの真っ裸だった。


 浴室に羞恥心というものを置いてきてしまった私は、うわ~、ないわ~とドン引きしながらも、腐女子デビューどころか異世界デビューも果たしたのであった。




◇◇◇◇◇


 バブロス国の王城、謁見の間にて。


 強大化する魔王討伐の最終切り札として、異世界から勇者を召喚する儀式が行われることとなった。

 本日この場に主要人物が集められ、魔術師たちにより召喚されるものを今か今かと固唾をのんで見守っていた。


 部屋の中心に描かれた魔法陣から目が眩むような白い光が放出し、もやもやとした煙とともに人影が見え、一斉にどよめきが起こる。

 徐々に光が薄まり、煙が消えかかっても人影がその場に残っているのを見て、皆が勇者召喚に成功したと歓喜に打ち震えた。

 騎士団長がそのものへ声をかけようと近付く。肩に触れようと腕を伸ばしかけたその時。

 広間に静寂が訪れた。

 

 魔法陣の中央に、全身びしょ濡れ真っ裸の少女が佇んでいた。


 誰もが少女を凝視し、困惑しながらも顔を赤らめていた。

 すると、突然王女が少女の元へ駆け寄り、自分のローブをかけ与え、傍観していた周囲のものへ向けて恐ろしい形相で威嚇した。


 静まり返った室内には、びしょ濡れ真っ裸少女の「うわ~。ないない。これはないわ~」という呟きだけが響いた。



◇◇◇◇◇


 異世界に劇的な登場を果たした真琴は、現在王の執務室にいた。


 マッパという羞恥プレイを晒した後、お姫様のような可愛らしい女の子(のちに王女アリシアと判明)に連れられ、一旦彼女の部屋へと押し込まれた。

 レースやリボン、刺繍をあしらった、フリフリでゴージャスな衣装をあてがわれたが、断固拒否。代わりに、コスプレで着るようなものとは違う、ちょっと地味目なメイド服を頂きました。その際王女様が、「真っ裸の方が恥ずかしい…」と呟かれたが、もうそのことは忘れて頂きたい。

 その後、騎士と思しき青年(のちに騎士団長リカルドと判明)に連れられて、現在に至る。


「我らは、この世界を救う異世界からの勇者を望み、召喚の儀式を行った。そなたは勇者か」


 重厚な椅子に腰かけた男が、そう問いかけてきた。

 その男は、どこからどう見ても王様(のちに国王ガデスと判明)だった。


「は?」


 自分でも間抜けな顔をしていると思う。この人、今なんて言った。

 確かにここは、私がいた世界(というか浴室)とは違うから、異世界かなって思ったけど。勇者って。

 あれか?エク◯カリ◯ー的な剣を振るって魔物を討伐するという、あれのことなのか?


「いいえ。私の名前はマコト。女子高生です。ただの腐女子です!」


 声を大にして言ってみた。肩書?でいうなら学生だろうか。

 案の定、王様が「じょし…こう…せい?」と、頭にはてなマークを浮かべていらっしゃる。


「あ、学生です」


 正しく言い直したら、この部屋にいた王様以外の皆さんがざわざわとしだした。きっと、「勇者召喚失敗じゃね?」とか言い合っているのだろう。

 ご期待に沿えず申し訳ない。


「勇者ではないのなら、そなたはなぜここへ?」

「はい?」


 このおっさん(王様)を殴ってもいいだろうか。

 そっちが勝手に召喚しておいて、なぜここへ、だと?

 

 拳を握り王様を睨み付けていると、横から、腹黒ドSそうな(願望)宰相らしきおじ様(のにち本当に宰相のガンダルと判明)が出てきて、王様に何か耳打ちをした。


 きゃっ!何その絵面!

 王と宰相は腐女子心を刺激した。


 ドS腹黒、きたこれ!


 おもわずそう呟いてしまったことは言うまでもない。


 しばらくして、ゴホンゴホンと咳ばらいをしながら、王様が笑みを湛えておっしゃった。


「そなたを歓迎する」


 うそくせぇ!



◇◇◇◇◇◇


 バブロス国第一王女 アリシア・ニア・バブロス 16歳。


 異世界から勇者様を召喚するというので、王に許可を頂き、わたくしも立ち会うことに致しました。

勇者様とは一体どんなお方なのでしょう。

 強くて凛々しい感じかしら。

 精悍なお顔立ちかしら。


 儀式前はそんなことを考えていたわたくしでしたが、いざ召喚された勇者の姿を見た時の衝撃は凄まじいものでした。

 神々しい美しさをもつそのお顔におもわず、「女神降臨!」と、心の中で叫んでおりました。ああ、この絶世の美女が勇者様なのかし…

 魔法陣から白い光ともくもくとした煙が消え、残された勇者様のお顔から下へ目を向けると、なぜかびしょ濡れの真っ裸でした。

 ハッ!として室内を見回すと、殿方が全員勇者様を凝視し、顔を赤らめているではありませんか。わたくしは咄嗟に勇者様へと駆け寄り、自分のローブを彼女に被せました。そして、少女に無遠慮な視線を送る殿方へ厳しい視線を送ったのでした。


 こうして魔の視線から勇者様(のちに名前はマコトと判明)を匿い、何か身に着ける物をご用意しようと私室へ連れ帰りました。しかし彼女は、わたくしのドレスは可愛すぎて着るのが恥ずかしいと仰いました。


 真っ裸の方が恥ずかしいと思うのですが。


 おもわずそう呟いてしまいましたが、こちらの世界を基準として考えるのは良くないことだと思い直し、代わりに侍女の服を差し出しました。

 彼女は珍しそうに服を眺め、「おお!メイドのコスプレか!」と不思議な言葉を発しながら、楽しそうにお召しになられました。


 女神のような勇者様。


 いつか異世界の話をお聞かせください。



◇◇◇◇◇◇


 バブロス国王騎士 団長 リカルド・ハウゼン 22歳。


 王の執務室へ異世界から召喚した少女を連れてくるよう命じられ、今向かっている最中である。


 異世界から召喚された時、彼女はびしょ濡れの真っ裸だった。今は王女に衣類をあてがわれ、なぜかメイドの服を着ている。

 

 魔法陣から出現した時は、その場にいた誰もが「女神か!」と思ったに違いない。それほど彼女は美しかった。そしてまた、誰もがそのいでたちを見て思ったに違いない。「ありがとうございます!」と。

 

 室内にいた男どもは一様に顔を赤らめ、見逃すものかと彼女の姿を凝視していたが、彼女の元へ素早く駆け寄った王女の絶対零度の視線により、皆、目を逸らすほかなかった。


 野郎共がそんな不謹慎なことを考えていたとは知らないであろう、当の本人(のちに名前はマコトと判明)は、城が珍しいのか、キョロキョロと辺りを見回しながら、私の後ろをついてくる。なんとも愛らしく美しい少女である。

 その彼女が、私の制服の裾を引っ張りながら聞いてきた。


「お兄さんは騎士ですか?」

「はい。私は騎士団長のリカルドと申します」


 彼女はくりくりとした可愛らしい瞳をキラキラさせて、「リアルキシ、マジパネエ」と呟いた。なにかの呪文だろうか。意味不明で不思議な言葉だが、なぜか嫌な気はしない。

 

 気づいたら、彼女の頭を撫でていた。

 彼女は一瞬ビクリと体を震わせたが、すぐに蕩けるような笑顔を向けてくれた。


 いつか少女にこの城内を案内してあげよう。


 そう思いながら、王の執務室へ続く廊下をゆっくりと歩くのだった。



◇◇◇◇◇◇


 バブロス国宰相 ガンダル・モイスト 27歳


 今、王の執務室で異世界の少女の尋問を行っているところだ。

 名はマコトというらしい。


 儀式にのっとり勇者を召喚したはずだが、少女は自分は学生だと言った。

 しかも、「婦女子です」とわざわざ言わなくても見ればわかることまで得意げに宣言する。あの裸体を見た感じでは、こちらの世界で12~13歳くらいだろうか。

 いや、言い伝えによると異世界人は年齢不詳と言われている。もしかするとまだ幼女…もしくは老婆かもしれぬ。老婆であの体だとすると…。ごくり。

 いかんいかん、思考がやばい方へ脱線するところだった。宰相ともあろう者が、なんと不謹慎な。反省反省。


 心の中で己を叱咤していたその時。

 何も考えていなさそうなガデス王が少女に向かって、「勇者ではないのなら、そなたはなぜここへ?」と宣った。

 恐る恐る少女を見やる。拳を握りしめ、禍々しいオーラを発しているではないか。私は急いでガデスの元へ駆け寄り、その面を殴りたい衝動をなんとか抑え、彼の耳に囁いた。


「ガデス王。異世界から彼女を召喚したのは我々です。彼女の許可もなしに、こちらの都合で、勝手にです。そして異世界人の力は魔王を凌ぐほど強大だと伝えられています。彼女の怒りをかえば…この国は殲滅してしまいますよ」


 ちらりと少女を見ると、顔を赤く染めながら「ドエスハラグロ…キタコレ」と呟いていた。怒りで攻撃魔法でも唱えたか!?と思ったが、何も起こる気配はない。

 ホッとしつつ、ガデスを見る。彼も顔を青白くさせたようだが、そこは何といっても国王である。すぐその顔に笑みを湛え直し、少女に一言。

「そなたを歓迎する」と何事もなかったように言い切った。


 なんとかその場をやり過ごせたことに安堵し、私は少女へと歩み寄る。


「不愉快な思いをさせてしまい申し訳ありません。私は宰相のガンダルと申します。突然のことでお疲れでしょう?今日はこのまま城でゆっくりお過ごしください。明日、改めてお話させて頂いても宜しいですか?」

「はい。よろしくお願いします」


 少女ははにかみながらそう答えた。私の中で彼女の好感度が上がったことは言うまでもない。


 後ろに控えていた騎士団長のリカルドへ目配せをした。

 彼は頷き、少女を伴い退室した。


 この後、王に反省を促したのは言うまでもない。

 考えて物を言え!お前は国を滅ぼす気か!と。



◇◇◇◇◇◇


 宰相のガンダルさんから、今日はもう自由にしていいと言われたので、騎士団長のリカルドさんにお城の中を案内してもらうことにした。


 ここはバブロス国と言うそうで、街には魔術師や冒険者が多く住んでいて、街の外には魔物が闊歩しているという、とてもファンタジーな世界だった。

 その魔物の親玉が魔王で、最近ちょっと調子に乗っているらしい。そこで、異世界人の力を借りて本気で討伐してやろうということになり、召喚の儀式を行ったとか。

 異世界人からしてみれば、はた迷惑な話である。


「ねぇ、団長さん」

「リカルドと呼んでくれ」

「じゃ、リカルド。こちらの世界からすると、異世界人はみんな勇者なの?」


 ずっと気になっていた。

勇者を召喚したとみんなは言うけれど、どう見ても私は勇者には見えない。体力的にも頭脳的にも。人望があるわけでもないし。だいたい腐女子だし。BLのことなら朝飯前だけど、争い事となるとからきしだ。

 

 じっとリカルドさんの目を見つめていたら、ほんのり頬を赤く染めた彼にそっと逸らされた。なんぞ?今のなんぞ!?腐女子心をきゅんとさせるその仕草とか!

 リアル騎士は小悪魔だった。


「そうですね…。文献や言伝えによると、異世界人は魔王をも凌ぐ力を持つと言われています」


 何そのハイスペック。異世界人恐るべし。あ、私のことか?


「魔王の力が強大になった今、あれを倒せるのは、もはや異世界人しかあり得ません。他国どころか異世界に頼るしか術がないとは。情けないやら悔しいやらで、己の力不足に腹が立ちます」


 自嘲気味に彼はそう言った。

 愁いを帯びた騎士は、よりいっそう腐女子心を満たしたのであった。


「勇者様が住む世界はどんなところなのですか?」

「マコトでいいよ。私が住んでる世界には、魔法も魔物も魔王もいないよ。よその国では戦争があったりするけど。でも、すごく便利な物がたくさんあって。私が住んでる国は、面白いし楽しいよ。」

「マコトが羨ましいです。そんな夢のような世界があるのなら、一度は行ってみたいですね」

「そうだね。逆にリカルドさんが私の世界に召喚されることがあったら、いろんな所へ案内してあげるからね!」


 ヲタクの聖地とか。このコスプレなら絶対人気者になるよ。

 そんな失礼なことを考えながらにまにまと頬を緩ませ、リカルドを仰ぎ見た。彼は口元に手を当てて小さな声で何かを呟いている。え?なに?と聞き返そうとしたら、ちょうど向こうから王女様が小さく手を振りながらやってくるのが見えた。それに応えて、私は元気よく手を振り返す。

 この王女様って、本当に可愛いんだよね~。ますますにまにましちゃうよ。


 目の前まで来た王女様は、赤く染めた頬に手を当てながら可愛らしい声で、そんなに見つめないでくださいませ!と恥じらった。


「今から庭園でお茶を頂こうかとおもっておりますの。勇者様とご一緒したいと思い、お誘いに参りました」

「マコトって呼んでいいよ。王女様からのお誘い、お受け致します」

「わたくしのことはアリシアとお呼びください」


 王女様は上目遣いでそう仰った。

 ぐふっ!なにこの可愛い生き物!連れて帰りたい!

 そう思いながら庭園へ続くらしい回廊を歩いていたら、いつのまにか右手をアリシアに、左手をリカルドに握られていた。

…親子の図だ。そう思ったけど、空気を読む私は口には出さなかった。


 城から庭園に出ると、映画で見るような光景が広がっていた。

 咲き誇るバラに、おおきな噴水。向こうの背の高い緑の生け垣は迷路になっているんだろうか。そんなことを考えながら、中央にセットされたテーブルと椅子に目をやる。美味しそうな色とりどりのお菓子がテーブルの上に並べられ、側にはこれまたイケメンな執事っぽいお兄さんが控えていた。


 椅子に腰かけようとしたら、その執事っぽいお兄さんがスッと椅子を引いてくれた。おもわず「おお!リアル執事喫茶!マジパネエ!」と驚嘆してしまい、執事さんが一瞬きょとんとした顔をしたけれど、素早く穏やかな笑顔に切り替えて、どうぞと着席を促した。

 さすがプロ。


「本日はオレンジティーをご用意いたしました」


 そう言って、執事さんは並べたカップに注いでいく。そのしなやかで優雅に見える一挙一動に、私は感激し過ぎて泣きそうになった。


「執事さん。素敵です!」


 潤んだ瞳で執事さんの顔を見つめ、賛辞の言葉を呈すると、執事さんはボッと顔を赤らめた。


「わたくしのことはセバスチャンとお呼びくださいませ」

「私はマコトね」


 なぜかセバスチャンまで瞳を潤ませて、艶っぽい熱い視線で見つめ返してきた。

 なんかこの人、色気がダダ漏れなんだけど!そういう担当か!?


 そんな私たちを見ていたリカルドが、ちょっと不機嫌面でセバスチャンを睨んだ。セバスチャンはそんな彼の視線に気づいて、わずかに口角を上げる。

 

 なになに?この二人って…がはっ!そういう関係!?ギャー!!リアルBLきたこれ!


 お茶を楽しんだ後、私はリカルド、アリシア、セバスチャンの三人と一緒に、お城のあちこちを見て回ったが、私の頭の中ではリアルBLの妄想が暴走して、まったく見学どころじゃなかった。

 ごちそうさまです!


 こうして召喚一日目の夜は更けていったのである。


◇◇◇◇◇◇


 バブロス国 第一王女専属執事 セバスチャン・ディモール 18歳。


 本日、異世界から勇者様が召喚された。

 私共はその場に立ち会うことなど許されぬ身分。

 ですが、お顔を拝見してみたい。

 先ほどからアリシア様が「あれは女神様よ!」と鼻息荒く興奮されているご様子。

 とても気になります。


 儀式が終わり、王の執務室での尋問も終わったということで、アリシア様が勇者様をお茶にご招待したいと仰せに。

 それは良い案でございますね。早速ご用意致します。

 そう言ってわたくしは、お菓子とお茶をワゴンに乗せて、庭園で準備することとなりました。


 しばらくすると、庭園の入り口から微笑ましい三人の親子の姿が…もとい、アリシア様とリカルド様に手を繋がれた、見目麗しい少女がこちらへやってくるのが見えました。

 まさに絶世の美女とは、こういう方のことを言うのかもしれません。あまりの美しさに衝撃を受け、動揺していることを悟られぬよう、姿勢を正し外面をはりつけ直します。


 少女が椅子に腰かけようと手を伸ばす前にサッと椅子を引くと、彼女は驚いた表情で私を見ました。くりくりとしてなんと清らかで可愛らしい瞳をしているのでしょう。

 席に着いたところで、本日のお茶のご説明をし、カップに注いでいきます。すると、勇者様が潤んだ瞳で私を見つめ、素敵、と仰せになりました!

 その瞬間、私の体を電流のように激しい感情が駆け巡り、体中が熱くなるのを感じました。初めての体験に、おもわず瞳を潤ませてしまいましたが、失礼があってはいけないと、少女の瞳をジッと見つめ返しました。

 気が付くと、執事さんではなく名前で呼んで欲しい!という思いのたけをぶつけていました。


 彼女は優しく微笑みながら、自分のことはマコトと呼んでほしいと仰せになりました。

ああ、なんと優しく心の広い、暖かい方なのだろう。この方に私のすべてを捧げたい…!などど不謹慎なことを考えていると、向かいに立つリカルド殿と目が合った。

 

 ふざけた妄想かましてんじゃねぇぞと言っているような、それはそれは冷たいまなざしでございます。

 私はリカルド殿に向けて、お前は少女に「素敵」と言ってもらえたのか?羨ましいだろう?という気持ちを込めて睨み返しました。おもわず口角があがってしまったことは言うまでもありませんが。


 お茶の時間が終わり、この後場内を見て回るということでしたので、私もお供させて頂くことに致しました。


 終始、少女が私とリカルドを交互に見つめては、何かをお考えのようでしたが、わたくしたちは仲が悪いのではありませんからね?ただのライバルですからね?


 天気の良い日にまた、マコト様とお茶の時間をご一緒できることを、心よりお待ち申し上げております。



◇◇◇◇◇◇


 翌日、謁見の間にて。


 再度、勇者召喚の儀式を行うということで、主要人物が集められた。


 私は、チャレンジャーだなぁと感心しつつ、壁際にもたれて見守っていた。

 右斜め隣には凛々しいお顔のリカルドが立っている。昨日私のマッパ姿を思う存分堪能したであろう重鎮共が、チラチラとこちらを見てくる。

 うざい。イケメンならまだしも、おっさんは許すまじ。そんなチラ見から私を匿うように、リカルドが立ち位置をずらす。

 

 リカルド、マジいい人!


 魔術師の手により広間中央の床に魔法陣が描かれた。

 魔術師が何かを唱え始めると、床から白い光が放たれた。


 すごい!本物の魔法だ!なんかドキドキする!


 魔法陣からもくもくとした煙がたちこめたかと思った瞬間、中に人影があるのが見えた。

 成功したんだ!

 そう思って周りを見渡すと、みんな歓喜に打ち震えているご様子。リカルドも目をキラキラさせて見守っているようだ。

 どんな勇者がきたんだろう。私と同じ国の人かな。だったら話しやすいし、そうだといいなぁ。


 光が薄まり、煙が徐々に頭の方から消えていく。

 現れたのは、背の高そうな男の人だった。しかも黒髪!首の肌が私と同じ黄色っぽいし!あれ日本人じゃね?ここからだと顔が見えない角度で立っているので断言はできないが。


 更に煙が消えて、上半身が露わになる。

 おお!理想的な細マッチョ!ありがとうございます!…って、ん?なんか濡れてない?…まさか!?

 

 ざわざわとしていた室内に、ちょっと何とも言えない空気が漂い始めた。


 とうとう煙は全て消え失せ、全体がくっきりはっきりと見えるようになった。

 思った通り、召喚された異世界人は全身びしょ濡れの真っ裸だった。

 デフォなの?もうこれ、「召喚=裸体で」がデフォなの!?

 もう、これだけは召喚する側に言っておきたい。召喚する際は事前にご連絡願います、ってね。


 でも、おいしいもの見れたよ。今はこの召喚方法考えた人に感謝!

 そんなふうに思っていると、向こうの方から、キャッ!というアリシアの可愛らしい声が聞こえたような気がした。

 

 私的にはちょっとツボだったけど、見守っていた他の人たちは、またか~でも男か~と、残念感丸出しであった。あれ?でもなんかあの人…。


 リカルドがつかつかとその男性に近づいて行き、自分が持っていた布を差し出した。


 あ、一応用意してたんだ。


 男性は茫然と立ち尽くしていたようだが、差し出された布を下半身に巻き付けるという防衛本能は持ち合わせていたらしい。浴室に羞恥心を置いてきた私とは違い、大したお人のようだ。

 それにしても。先ほどから妙にあの男性が気になる。

 なんかこう、尋常でない親しみがわいてくるというか、無性に愛おしさを感じるというか。まぁお互い、突然、知らないわけのわからない世界へマッパで来ちゃってるからね。仲間意識?みたいなのが強いのかも。


 ガデス王が椅子から立ち上がり、異世界から召喚された腰布一枚の男性に向かって声をかけた。


「我はバブロス国の王ガデス。魔王討伐のため、古より伝わる魔法を使い、異世界より勇者を召喚した者である。そなたは勇者か?」


 しんと静まり返った室内に、王の声だけが響く。

 周りがジッと見守る中、問われた腰布一枚の男性は小さく首を横に傾げ、ああ、という感じで答えた。


「俺は学生。男子高校生です」

「あ!!」


 男性が言い終わると同時に、私は叫んでいた。

 一斉にこちらへ視線が集中する。

 腰布一枚の男性もこちらを見た。


「ああ!?」


 男性が、信じられないという感じの顔で叫び、腰布一枚ワイルド細マッチョを惜しげもなく晒しながら、こちらへ駆けてきた。


「真琴!!心配したんだぞ!!!」

「お兄ちゃん!!」


 腰布一枚ワイルド細マッチョはうちの兄でした。

 そりゃ親近感もわくわ。

 ギュウギュウと私を抱きしめながら、私の頭に顔を埋め、くんくんと匂いをかいでいるご様子。

昨晩はちゃんとお城の湯殿で洗ったし!くさくないし!

 顔を上げると、匂いをかぐのをやめた兄と目が合った。


「どこ行ったかと、父さんも母さんも心配してるぞ!」

「ごめんなさい…」


 家のことを思い出し目に涙を浮かべると、そっと兄が目元に口づけをした。


「俺が来たからもう安心だ。お前を一人にはしない。死ぬまで俺は真琴と一緒だ!」


 なんかこそばゆいことをサラッと言ったね、この人。


「俺は柊要。おれの腕の中にいる美少女真琴を世界で一番愛している兄だ。妹は返してもらう。とっとと俺達を元の世界に戻せ。さもないと、この世界を殲滅する」


 なんかイタいことと怖いことを続けてサラッと言ったね、この兄は!


 室内にどよめきが起こる。みんな、兄が私を抱きしめたあたりからポカーンとしてたけど。どうやら今の一言で我に返ったらしい。

 ゲフンゲフンと咳をしながら、ガンダルさんが慌ててこちらに駆け寄ってきた。


「カナメ殿、少々お待ちを」

「待てない。俺は早く真琴と二人きりになりたい」

「お兄ちゃん!?」

「真琴が行方不明になってから向こうでは30分も経ってはいないが、待ち合わせに来ないとえつこちゃんから家へ連絡が入った時は、俺は狂いそうになったんだぞ!」

「えっちゃん…。そうだ。私、イベントに行くつもりでシャワー浴びてて。浴室出たらなぜかもうここに居て…」

「浴室出たらここへ?」

「うん。びっくりしたよ!お兄ちゃんと一緒だよ~。全身びしょ濡れ真っ裸のままで…」


 そう言かけ、ハッと兄の顔を見た。見て後悔した。

 

 怒った兄は大魔王でした。


 急に室内の温度が氷点下に下がり、私と兄の周囲以外はブリザード。室内なのに吹雪いている。なに、そのチート!


「駄目だよ、お兄ちゃん!アリシアやリカルド、ガンダルさんだってこの部屋にいるんだよ!死んじゃうよ!」


 王様はいいのか。


 バシバシと兄の腕を叩きながら、止めるようお願いする。ちょっと本気で怖かったので、体が震え、じわじわと溢れ出した涙が頬を伝う。兄が私の顔を見つめて頬にちゅっとキスをした。


「わかったから。泣くな。お前に泣かれると俺は…」


 そう言いながら、兄の手が私の腰を撫でまわす。

 ちょ、ちょっと!!どこ触ってるのよ、オニイサマ!?

 あれ?この人本当に兄だっけ?血のつながりガン無視なんですけど!?


 グーで殴りました。


 無事ブリザードは収まり、室内は常温へと戻ったのだった。



◇◇◇◇◇◇


 柊要 17歳。


 桜木高校2年生。

 成績は常に学年1位、全国15位内をキープ。

 スポーツ万能、生徒会長も務める男子高校生だ。

 うちの学校の女子や他校の女子からは、なぜか王子様と呼ばれている。意味が分からない。


 そして、一つ下の妹を溺愛する男でもある。


 友人に言わせると、俺の妹「真琴」への執着は異常らしい。俺的にはただのシスコンと思っているのだが。


 そんな愛する妹が、突然行方不明になった。

 日曜日は友人のえつこちゃんと朝から出かけると言っていたのだが、そのえつこちゃんから家へ、真琴が待ち合わせの時間が過ぎても来ないが何かあったのかと連絡が入ったのだ。

 

 母さんと父さんはちょっとしたパニックに陥り、俺はすぐさま真琴のスマホへ電話を掛けた。すると、なぜか洗面所の方から着信音が聞こえてきた。急いで行ってみると、洗濯機の上にスマホが置きっぱなしになっているではないか。

 よく見ると、シャワー室を使った形跡もある。真琴の着替えらしき服が綺麗に畳まれて脱衣所の棚の上に置かれていた。

 

どういうことだ?何があった?


 俺は狂いそうになりながら、近所を探し回った。その時の俺を見た人はきっと、「壊れている」と思ったかもしれない。俺は真琴のこととなると、周りが見えなくなり手加減ができなくなる。

 

 散々走り回って汗をかきまくった後、こんな姿真琴には見せられないなと思い、一旦家に戻ってシャワーを浴びることにした。

 

 服を脱ぎ捨て浴室に入ると、ほのかに真琴が使っているシャンプーの香りがした。以前旅行に行った時に、真琴の好きな香りで調合してもらった世界で一つだけのシャンプーだ。俺の一番好きな匂いでもある。

 この匂いをかぐと、俺の体は熱くなり、真琴を抱きしめたくて堪らなくなる…


 ハッ!悶々としている場合ではなかった!


 俺は適当にシャワーを浴びた。だいぶ火照ってしまったこの体を早く冷まさなければ。万が一、真琴が帰宅していて鉢合わせでもしたら…。

 

 浴室を出ようと扉を開けた。


 突然辺りが白い光に包まれ、反射的に目を閉じる。しばらくすると、なんかざわざわとした人の気配を感じたので、そっと目を開けた。

 白い光は薄れ、もくもくとした白い煙は徐々に俺の周りから消えていく。視界が晴れてきたのでよく見てみると、そこは、映画でよく見るお城の「王の謁見の間」によく似た部屋だった。

 前方から「きゃっ!」という女の声が聞こえたのでそちらに目をやると、王様らしい恰好をしたおっさんと、お姫様のような恰好をした女の子が、こちらを凝視していた。


 あれ?俺、浴室の扉を開けたよな?なんだこれ?


 茫然と立ち尽くしていると、横からスッと白い布が差し出された。見ると、騎士のような恰好をした青年が傍に立ち、俺の下半身を見下ろしていた。

 なんだこの布?そう思って、俺は改めて自分の体を見る。


 びしょ濡れの真っ裸だった!


 あの女の子も、俺のある一点を凝視しているようだ。


 しまった。悶々としてたから、もたげたままだった!

 

 俺は何食わぬ顔でその布きれを腰に巻いた。見られたもんは仕方ねえ。男は度胸だ。

 すると、呪縛が解けたように王様みたいなおっさんが口を開いてこう言った。お前は勇者か、と。

 は?俺は首を傾げた。このおっさん今何て言った?

 

 異世界…魔王…勇者…。ああ、なるほど。俺にその魔王とやらを討ってほしいわけか。

 俺は他力本願な奴が大嫌いだった。


 俺は学生。男子高校生です。

 

 そう言うと、今度は後ろから、あっ!という叫び声が聞こえた。その声は…!

 俺は急いで声の主を探した。部屋の壁際に立つ、一人の美しい少女が俺の顔を見て「心底驚いた!」という顔をしていた。そんな顔も可愛らしい。

 

 真琴!!心配したんだぞ!!!と叫びながら、真琴を抱きしめる。

 お兄ちゃん!と俺のことを呼ぶ妹に、より一層愛情が深まり歓喜する。


 真琴の頭に顔を埋め、くんくんと匂いをかいだ。

 ああ、本物の真琴だ。体が熱を帯び始め、再びもたげようとするものをなんとか抑えつつ、二度と離すものかと更に強く抱きしめた。

 両親が心配していると言えば、俺を見上げるつぶらな両目に涙が溢れる。そんな愛らしい妹に、俺はそっと口づけた。


 妹を保護した。後は家へ帰るだけだ。


 さっさと元居た世界へ戻しやがれ!俺は早く妹と二人きりを楽しみたいんだ!そんなこと思いながら、王を脅した。

 宰相っぽい、王より断然出来る男、みたいな青年?が俺たちの元へ駆け寄り、少し待ってくれと懇願してきたが、あいにく聞く耳は持っていない。


 真琴がチラチラと、お姫様のような女の子や騎士のような男のことを見ているのが気にくわなかった。

 えつこちゃんの話をすると、途端にわき目をやめ、俺を見つめてくる。そうしていると、何か不穏なことを言い出した。

 

 全身びしょ濡れ真っ裸で…ここに…来た、だと?

 

 俺の中で何かが弾けた。あまりに激しい怒りで我を見失いそうだ。気付くと、俺と真琴の周囲以外は猛吹雪だった。床や天井、あらゆるものが氷ってゆくのが見えた。

 腕の中に居た妹が、泣きながら止めてと叫んでいる。今叫んだ「リカルド」って誰だよ?そう聞き返そうとしたが、可愛らしい妹の泣き顔を見ていたら、怒りが冷めた。


 もう一度妹の顔に口づけし、泣き止んだところでまた体を強く抱きしめる。俺、なんか今すげえ真琴不足で死にそう。補充補充。


 調子こいて体中撫でまわしたら、妹にグーで殴られた。



◇◇◇◇◇◇


 びしょ濡れマッパの異世界召喚という珍事件から1年が過ぎた。

 あの後、私たち兄妹は無事に元の世界へと戻ってきたのだ。

 

 去り際にアリシアに行っちゃ嫌だと泣きつかれ、なぜかリカルドに求婚され、セバスチャンに至ってはこちらの世界で私に仕えるとまで言出して、兄を大いに怒らせた。


 こちらの世界に戻ってからは、より一層腐女子生活を満喫している。いつ何が起こるかわからないこのご時世。好きなことをとことん楽しまないと、出来なくなった時のダメージはハンパないからね。

 

 兄は相変わらず重度のシスコンです。最近は拍車がかかり、出来もしない結婚を前提に交際を申し込まれました。あの人大丈夫かな。かなり心配です。


 あ、あとひとつ報告が。


「真琴ちゃん!」

「あ、ガンダルさん!」

「待った?」

「いえいえ、私も今来たところです!」


 なんと、あの宰相のガンダルさん。王の側近辞めて(ていうか見限って)、こちらの世界で転職しました。腹黒ドSだけど出来る男の彼は、半年間アメリカの大手ベンチャー企業で働いて、その後独立。日本で起業して、今や立派な青年実業家です。そしてなんと彼は、無類のヲタクでした。

 今日は二人でイベントに出かけるところ。私がBL好きの腐女子だと知ってからは、頻繁に情報交換をしています。


「じゃあ行こうか」

「はい!」


 ガンダルさんがさりげなく手を繋いでくる。彼は異国の方なので、こういうスキンシップは普通です。私も慣れてしまい、今では兄以上の…


 これを言うと兄が出てきそうなので、止めておきますね。


 さあ、今日も元気に腐女子街道まっしぐらです!



END


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