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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

結晶体少女

作者: 風連

夏休みの始まりは、佐藤さとう梨香りかの後ろを付いて行って、バイトの面接に行った、藤本ふじもと亜梨沙ありさだ。

緊張感がそれなりにあったが、アッサリ受かって、拍子抜ひょうしぬけしてしまっていた。

ファミレスなので、初めてのバイトとしては、まあまあだろう。

新人の2人は必然的に、シフトを離された。

それは亜梨沙には、想定外だった。

人見知り気味の亜梨沙には、初日のプレッシャーがのしかかって来ていたのだった。

三時間のマニュアル講座の後、直ぐに実戦で、先輩の加川かがわ早苗さなえさんに着いて、店に出されたのだった。

救命胴衣きゅうめいどういを着用してるかのように、加川の後ろをついて歩くだけで、三時間が過ぎた。

もっとも、客がいなくなった後の片付けが、主な仕事で、午後の3時から6時なんてのは、店としては、閑散としている時間帯だった。

注文を取って、料理をテーブルに運ぶ加川が、かっこ良く見えた程だ。

帰宅すると、足がバンバンで、変な所に力を入れていたのだろう、あちこち痛かった。

頭も身体も疲れていたが、携帯に明日からのシフトを書き込んできたのを見ると、何だか嬉しかった。

直ぐに、梨香に、知らせた。

梨香からも、クタクタだと、返事が来た。

梨香は、ランチの三時間働いていたので、凄かったらしい。

『頑張ろうね。』と、お互いを励ましあって、亜梨沙は寝落ちしていた。

翌日は部活が待っていた。

茶道部の亜梨沙と梨香は、秋の文化祭でお茶をてて、おもてなしをするのだ。

その時、浴衣を着るのだが、その資金を捻出する為のアルバイトだった。

茶道部の活動は、学校がある時は、週に2、3回で、夏休み中は、1週間に1回なのは、外からお茶の先生が来てくれるので、それにあわせてあったからだ。

学生の負担にならないようにと、着物ではなく、浴衣を着るのが伝統なのだが、亜梨沙も梨香も出来たら、3枚買いたいのだ。

お目当の浴衣は一式3万円ぐらいで、2枚目と3枚目は、小物や下駄の付いていない、着物だけを狙っていた。

それでも、五万円は、飛んでいくだろう。

浴衣も良いものは高い。

お年玉の貯金もあったが、梨香からバイトの話をもらって、親の許可も出たので、思い切って、働いて買う事にしたのだった。

お茶の先生は、毎回サッパリとしながらも仕立ての良い着物を来て学校にやって来ていた。

必然的に、亜梨沙たちの目もえる。

40代中頃の篠崎しのざきとも先生は、今日は藍色に銀砂ぎんしゃがかった羅織らおりの着物に、渋い白っぽい麻の帯を締め、銀の帯締めをしていた。

それで車を運転して来るのだ。

1年の亜梨沙と梨香が、お湯を沸かしポットに入れ、茶器を揃えていると、篠崎先生がスッと入ってきたのだが、夏真っ盛りなのに、そこだけ、涼風が吹いているようだった。

点前てまえ袱紗ふくさに慣れてきてはいたが、篠崎先生の手を見てるだけで、アッと言う間に、1時間が過ぎてしまっていた。

亜梨沙の家では、お茶を点てる人も、ましてや抹茶を飲む人もいなかったので、お茶の事を梨香と話すのが、楽しくて仕方なかった。

それにバイトも加わったので、益々2人は仲良しに見えた。

梨香は何をやってもそつなくこなすが、亜梨沙は少し、自分の中で物事がまとまらないと、外に出したりはしないタイプだった。

加川の教育は手慣れていて、そんな亜梨沙でも、2日目には、声を出す事も、注文を受ける事も、どうにかこなし出していた。

バイトも3時間から、5時間になり、まかないのご飯がついたりもした。

やがて梨香は、時給の良い夜にシフトを変更していた。

亜梨沙は、親の許可が下りないので、朝食タイムに入ることが多くなった。

朝食タイムだと、時々ひとりと、いう時もあったが、常連さんが多く、むしろやりやすかった。

毎朝、開いた途端に、コーヒーとトーストを食べに来るおじさんや、ランチまでのんびりしていく夫婦などと、軽く言葉を交わすようになっていた。

茶道部に入っていたおかげが、所作が綺麗ね、と、褒められた事もあった。

少しかがんで、テーブルに滑らすように置くと、水の入ったコップが無駄にカタカタいわないのだ。

そこの所は、梨香共々、最初から褒められた事だったのだ。

飲み物はフリードリンクだったので、珈琲やジュースを運ぶ事はなかったが、たまに一杯だけの客に運ぶの時が腕の見せ所だった。

目標の五万円まで、あと少しに迫っていた頃、梨香が突然、バイトを辞めた。

時給の違う梨香は、目標に達していたから、それはそれで不思議はなかったが、事後報告だったので、亜梨沙は少し気分が悪かった。

部活であやまられたので、許したが、しこりは消えない。

梨香から、まだバイトを続けて行く気なんだね、と、言われたのも引っかかった。

亜梨沙も後少しで目標に届くが、バイトを辞める気はない。

夏休みが終わりかけ、蝉の声にも交代劇が現れだした頃、茶道部で浴衣を買う日が来た。

お盆が過ぎると、浴衣は安くなるが、モタモタしてると、店自体から消えてしまうのだ。

量販店でも、売れ残った浴衣のセールが、始まっていた。

茶道部が狙うのは、少し大人っぽいのだから、ギャルッポイ子達が買って行く派手なのは、無くてもかまわかった。

梨香は、白地に緑の濃淡のある唐草柄からくさがらを選び、亜梨沙は藍色に白で縞柄しまがらが水の様に渦巻き流れる柄を気に入って買った。

中に着る下着もそろっての一式物だったが、予算より安く手にはいった。

残りの2枚の浴衣は、2年と3年と時に買う事に決めていた。

もちろん別の浴衣を持っていたので、それでこの夏の花火大会や盆踊りに梨香と行っていた。

そちらの方は、ピンク地やオレンジ地に、色とりどりの花や蝶が描かれて、帯も派手で、髪飾りやフリルのえり飾りなどして、今時の浴衣その物だった。

バイトのおかげか、梨香も亜梨沙も少し痩せて、浴衣が良く似合った。

学校が始まり、部活の数も増えたので、土日の朝だけ、亜梨沙はバイトを入れていた。

8時から1時までだが、朝のバイトは少ないので、頼りにされていたし、まかないのご飯を食べてから帰ってくるので、親受けも良かった。

朝の常連さんに囲まれて、亜梨沙は楽しくバイトを続けていたのだった。

学園祭は、滞りなく終わった。

椅子式のお点前は中々評判が良く、用意していた和菓子が切れて、篠崎先生自ら買い出しに出てくれた程だった。

お菓子目当てでも、必ずお茶の一杯は飲んでもらえたので、部員みんな満足だった。

茶道部は、ここで休部になる。

3年生は、そのまま受験に入るが、1年と2年は、次の春まで自宅で、お茶を点てる事になっていた。

梨香は、塾に行くと言う。

普段なら、右にならえで、亜梨沙も塾に行くのだろうが、今回はバイトを優先した。

何か言いたげな梨香だったが、それからの2人は土日を片方は塾、片方はバイトと、別れたのだった。

亜梨沙もこんな自分が不思議だったが、バイト仲間も出来、それなりに楽しかった。

バイトと塾が終われば、2人は待ち合わせて、お茶もした。

秋の中頃、梨香が学校を休んだ。

メールしてもラインしても、既読も返答も無い。

意を決して、滅多にかけない自宅の電話に、かけると、梨香のお母さんが出た。

具合が悪くて寝ているからと、電話は直ぐに切られたのだった。

「寝てるので、しばらくメールや電話を携帯にかけないでおいてもらえると助かるんだけど、、。」

これには、『はい。』と、返事するしかない。

心配だったが、家に居るし、親も側にいるんだからと、気持ちを切り替えた。

授業のノートを昼休みに作り、帰りに梨香の家に向かった。

呼び鈴を押すと、梨香のお母さんが出て来た。

「熱はないけと、まだ寝てるのよ。」と、言われノートを渡すと、帰る事にした。

梨香の部屋は、玄関の上だったが、堅くカーテンは閉じられ中を伺うことは出来なかった。

そのまま梨香は学校を、休みつづけた。

その上、お見舞いもノートを持って行くことも、担任の和田先生からも親からも止められた。

秋の紅葉も落ち葉に変わる頃、見知らぬ番号からメールが来た。

佐藤梨香だった。

亜梨沙は、その短い文に、『了解しました。』と、返信した。

そこは、4階建ての古いアパートで、屋上への鍵が壊れているのだ。

それを知ってるのは、梨香と亜梨沙とそのアパートに住んでた小学校の同級生の3人だけだったから、亜梨沙は約束の時間にその屋上に向かったのだった。

屋上には、梨香がいた。

本当に久しぶりだった。

「梨香。」

亜梨沙の声に振り向いた梨香は、げっそりと痩せていた。

「ありがとう、来てくれて。」

梨香はストーカーにあっていた。

優しそうなランチに来るサラリーマンが、ある日、豹変したのだ。

「急に、ね。

毎日百も二百もメールが来て、怖かった。

お父さんとお母さんが警察に行ってくれて。

私は、部屋から出る事も出来なくなって。

こんな事、誰にも言えなくて。」

梨香がブルッと震えた。

亜梨沙には、かける言葉もない。

そんな目にあっていたんだ。

「梨香。」

駆け寄る亜梨沙を避けて、梨香は角の方に逃げていった。

「来ちゃダメ。

そこにいて。」

涙声の梨香が、キラッと光った。

「わかる。

これが見える。

綺麗でしょ。」

梨香の指先が、夕陽に照らされながら、キラッと輝き出していた。

「何かのかたまり

お医者さんもわからないけど、結晶が出来るの、私の身体。」

見る間に、結晶は手を駆け上がり、梨香の両肩まで、埋め出していた。

ぎこちなく動く右手で払うと、結晶はパラパラと下に落ち、地面に着く頃には、水蒸気の様に、消えてしまっていた。

「どうして。

どうなったの。

梨香、平気なの。」

次々生まれる結晶をはたき落としながら、梨香が笑った。

「多分、自分を守る為の殻を作ってるんじゃないかって、言われたわ。

でも、ダメ。

もう、学校にも行けない。」

「でも、でも、ストーカーは、捕まったんでしょう。

戻れるよ、元の梨香に。」

走って行って、抱きしめてあげたい。

亜梨沙は、結晶で包まれ、夕陽に紅く染まる梨香をジッと見つめた。

「こんなでも、動けるのが不思議でしょう。」

ギシギシいいながら、梨香が屋上の角の一段高くなってる縁石に、足を乗せた。

亜梨沙が、動けないでいるのを感じながら、梨香は一歩、足を空中に踏み出した。

亜梨沙は、喉を締め付けられていて、声が出ないのだ。

夕陽の中を、梨香が二歩目の足を出した。

結晶に支えられて、梨香はその場に浮かぶ様に立っている。

「亜梨沙、動画に撮ってくれる。」

梨香の言葉は魔法の様に、亜梨沙の身体の呪縛を解いた。

震える手で、亜梨沙は携帯を梨香に向けた。

梨香の結晶は、空中を歩く梨香を支えるために、次々現れて、小さな階段を作り出していた。

梨香は、結晶の階段をギシギシと鳴る足を少しずつ動かして、作りながら登っていった。

アパートの屋上の端から端まで、結晶の階段アーチは続いた。

梨香が、屋上の縁石に足をかけると、繋がっていた結晶の橋は、パラパラと崩れて消えていった。

「ね、凄いでしょ。

死ねないわよ、私。

首を吊ろうにも、結晶が守ってしまうから。

ナイフも刺さらないわ。」

亜梨沙は、いつの間にか、ペタンと座り込んでいた。

夜の闇に浮かぶ街の灯りが、結晶を包み出し、あらゆる光が反射している。

「ただ、誰も私に触る事は出来ないの。

私は、遠くの外国の病院に行くわ。

治るまで日本には帰ってこられないと思うの。」

梨香がポロンと、泣いた。

その涙を結晶がおおい、涙は何処かに消えていった。

結晶が、パキパキと音を立てて、梨香を包み出した。

そこには梨香ではなく、結晶で出来た人形が立っていた。

亜梨沙が思わず手を伸ばすと、結晶がパキパキいいながら、尖った先を向けて来た。

「触っちゃダメよ。

手なんて簡単に切れちゃうから。

時々、メールしても良いかな。

本当に時々、だろうけど。」

亜梨沙は、かろうじて、頷いた。

小さなありがとうが、微かに聞こえた。

その後は、どう言えばよいのだろう。

屋上に、見知らぬ人達が現れて、銀色のマントの様な物で、梨香を包んで担いで、行ってしまったのだった。

残された亜梨沙は、その後もただ泣くだけだった。

梨香の家は引っ越して行った。

その後、亜梨沙宛に、小包が届いた。

あの日の学園祭で着た浴衣だ。

梨香からの手紙はなかったけど、お母さんのが入っていた。

「代わりに着てあげて下さい。」と、書いてあった。

亜梨沙の携帯には、夕陽を反射させて輝く美しい、結晶体の少女が、空を結晶の階段で歩く姿が、残っていた。

本当に時々、あの番号から、メールが、届く。

文章はとても短かったが、亜梨沙はそれをいつも待っていた。

2年生、3年生と、亜梨沙は、唐草模様の浴衣を大事に着た。

いつか2人で着ようと、2枚の浴衣を大切に取ってある。

梨香からのメールは、間が長くあき、文章は益々短くなって来ていたが、亜梨沙は今日もメールを送る。

食べた物の事、朝の雲、鏡に映った自分、道端の花や草、散歩していた子犬たち。

「可愛いね。

宏紀ひろき君。」

半年ぶりに梨香からメールが、届いた。

亜梨沙は、大学に行き、証券会社に勤め、そこで伴侶を得て、この春、男の子を産んでいたのだ。

男の子だったので、『梨香』とはつけられなかったが、梨香と話しながら、名前をつけていた。

宏紀は、もう3ヶ月になっていた。

梨香からの返信は、次は何時だろう。

宏紀が1歳の誕生日だろうか。

亜梨沙は、もう少し大きくなったら、宏紀に話しあげるのだ。

結晶に包まれた不思議な少女の話を。

彼女は結晶に守られて、世界最強なのよ、と。


今は、ここまで。


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