再会の選択
涙を拭ったその手でドアをノックする。
-コン、コン
「母上、ビスクです」
「お入りなさい」
ビスクがドアを開けて中に入ると、グレイは横に控えた。
相変わらずガラス張りの部屋は明かりが眩しい。
ビスクは目を細めた。
明るさに少し目が慣れて母を部屋の奥に見つけたが、もう一人、母の前にビスクに背を向けて立っている。
リボンのついたワンピースに見覚えがある。
ウエーブのかかった桃色の髪が部屋の光でツヤツヤと光っている。
背中まで伸びた髪を揺らし、ふわっと振り返る。
茶色の目に光か灯る。
「ビスク!!!」
その少女はビスクを見るなり走り出して、抱きついた。
懐かしく感じて、初めてのようにも感じた。
ビスクは抱きついている少女の背に両手をまわす。
「エリーナ、久しぶりだね...!」
「えぇ、ほんとに...!」
ビスクの肩に顔をうずめると、少女の肩は震え出した。
ビスクは背中をさすり、強く抱きしめた。
「ありがとう!」
-3日前
「さあ、選びなさい。あなた次第よ。まだ貴方は若いし、先もある。重要な選択だから本来は私が決めるけれど、今回のことがあるから、私はあなたに任せます」
ビスクは俯きかけて顔に影がかかったが、ビスクの腕の中でエリーナが見たビスクの目には影はかかっていなかった。
むしろ輝いているようにも見えた。
「ビスク、私のために無理はしないで?」
「大丈夫だよ。僕はこうなることを望んでいたのかもしれない。時期は確かに早いけれど、これしかない」
ビスクは顔を上げた。
「母上、僕は王になります。そうすればエリーナを元の姿に戻せるし、自分も人型でいられるんですよね?」
「そうよ。けれどわかっている?王になってしまえば、貴方はこの国を出られない。出来ることも制限されるし、この国の全ての責任を負う立場になる」
「わかっています。軽く考えているわけではありません」
ビスクの母は息をはく。
「意思は固いようね。わかつたわ。私は今日を持って貴方に王位を譲ります。ただし、貴方はまだ若すぎるから、政の場には私も同席します。いいですね?」
「わかりました。ありがとうございます」
「ビスク、こちらにおいで」
ビスクは母の近くに行った。
すると、自分の耳から付けていた2つのピアスを外した。
片方は三日月の形、もう片方は丸い形をしていた。
「ビスク、左の耳をお貸し」
そう言ってビスクの左の耳に丸い方のピアスをつけた。
「これは太陽を表しているの。この国を明るく照らす王になるように願いが込められ、先代から後継者に受け継がれている。そしてもう一つ」
母はビスクに三日月形のピアスを手渡した。
「母上、これは月?」
「そう。太陽の光を浴びて輝き、太陽と共に国を照らす。太陽と月は互いに背中合わせで無くてはいけない存在。つまり王の相手である王妃や王配が受け継いでいくもの」
「待ってください」
エリーナが割って入ってきた。
「何故二つとも女王様が付けていらしたのですか?」
「私の王配はもう死んだからよ。はじめはあの人が持っていたわ。居なくなってからは私が付けていたの。だって、ずっと前から引き継がれてきたんですもの。先代と夫の意志は私が未来に繋ぐ。次の世代になるまで私が背負って立つためよ」
「...ごめんなさい」
「いいのよ。貴方にはどうせ話そうと思っていたし」
「え?私に?」
「だって貴方、ビスクと結婚するんでしょ?」
「...っ!母上!何を言っているんですか!?」
「あら、違った?貴方が王になってこの子の願いを叶えたいっていうし、一緒にいたいって言ってたからすぐにでも結婚するものだと思ってたわ」
エリーナは赤くなって何も言えなかった。
「そうだけど!そんなに急ぐことではないと...」
「じゃあ私がこの子を人間の姿に戻せば済むんじゃないかしら?」
「...いいえ。それも考えました。けれど、僕は、僕がこの手でちゃんと最後までやり遂げたいと思ったのです。エリーナを鳥の姿にしてこの国まで来てもらって、僕のせいなんです。だから、僕は自分でエリーナを戻してあげたいんです。それに...」
女王は首をかしげた。
「王になれば人型になれるでしょう?鳥であって鳥じゃない。人間であって人間じゃない。今の僕はただの人間の姿です。これではこの国に居づらい。けれど王になれば、堂々と胸を張っていられます。この大好きな国で過ごせるのです」
「なるほど。貴方がしっかり考えていたのはよくわかりました。それではこの三日月のピアスは私がまだ持っていましょう。エリーナさんには人間の姿に戻ったら1度生まれ故郷に帰ってもらいます。もし、それでもこっちの国で暮らしたいのなら戻ってきなさい。そしたらこの三日月のピアスをあげるわ。どうかしら?」
「わかりました」
2人は頷いた。