ビスクと願い
ここはルナ王国の外れ、サクヤの村の山奥にある大きな屋敷での出来事。
そこに住む少女エリーナは外に出ることが許されず、外の世界に憧れて、いつも窓から眺めていた。
見えるのは、庭に生えている大きな木とその向こうに広がる空だけだった。
エリーナが9歳になる誕生日、いつも通りに外を見ていると、一羽の小鳥が部屋の中に舞い込んできた。
羽が傷ついて真っ直ぐに飛べていないようだった。
「まあ、青い小鳥...」
小鳥の羽は美しい青で、光を浴びて輝いている。
「私が羽を手当てしてあげるわ。動かないでね。」
エリーナは一生懸命手当てをした。
傷口を洗ったり、消毒をしたり、包帯を巻いたり、慣れないながら小鳥のために頑張った。
エリーナと小鳥が出会って2週間が経った。
小鳥の羽はもうすっかり治って、部屋の中を飛び回れるようになっていた。
「良かったわね!これでまた外を飛びまわれるわよ。」
エリーナは小鳥を窓のそばまで連れていった。
「さあ、綺麗に飛ぶ姿を私に見せて安心させてちょうだい。」
すると小鳥は勢いよく外に飛び出した。
傷などなかったように羽はまっすぐ光を浴び光っている。
「もう怪我しちゃだめよー!!」
空に響いたエリーナの声は、ちゃんと小鳥に届いただろうか。
小鳥がいなくなってからというもの、エリーナは寂しくて仕方がなかった。
これまで一人の部屋が当たり前だったのに、振り返るとまだあの青い小鳥がいるようで、部屋が広く感じるようになった。
小鳥が旅立ってから数日、エリーナがいつものように窓の外を眺めていると、青い空の遠くがキラリ、光った。
初めは錯覚かと思ったエリーナですが、どうやら違ったようだ。
青い空に紛れて、小さな鳥が飛んでくる。あの時の鳥だ。
「まあ、私の所に帰ってきてくれたのね!」
青い鳥はエリーナの目の前に降りた。
もちろん言葉などは通じませんが、エリーナの手に登ってくる。
「まあ...」
エリーナは嬉しくなった。
「今日の私のおやつなの。ビスケットを分けてあげるわ。」
青い小鳥はエリーナの手から上手にビスケットを食べた。
「あなたビスケット好きなのね!じゃああなたに名前をあげるわ!ビスケットを美味しそうに食べたから、今日からあなたは『ビスク』ね!」
青い小鳥は名前を聞いて、部屋の中を飛び回った。
「喜んでくれて嬉しいわ!」
この日から青い小鳥は毎日エリーナの部屋に来るようになった。
「ビスク!いらっしゃい!今日はクッキーなの。食べるかしら?」
ビスクは器用に食べる。
床に落ちたカケラまでしっかり食べた。
エリーナは嬉しくなった。
おやつの後は、夕方日暮れまで部屋で遊ぶ。
そんな日常が続いてそろそろ2年が経とうとしていた。
ビスクは最近ソワソワしてる。何かあるのだろうか。
エリーナはそんなこと知らないが、最近気付いたことはあった。
ビスクの尾が黄色くなっているのだ。
今までは尾の先まで青色だったが、それが黄色くなっているのだ。
「ねぇビスク、どうして尾が黄色くなっているの?」
ビスクが心なしか首を傾げたように見えた。
「ねぇビスク、明後日は私の誕生日なの。それでね、お母様が明後日は満月の日だと仰っていたのよ。とても素敵な日になりそうだわ!あなたも祝ってくれる?」
ビスクはエリーナの手に羽をこすり付ける。
「ふふふ。ありがとう!ビスク!」
誕生日の前日、ビスクはエリーナの元に現れなかった。
とうとう誕生日当日。
もうそろそろ来てもいい頃なのに、とエリーナは窓の前で待った。それでもビスクは来ない。
いつもの時間を過ぎても、夕暮れになってもまだ来ない。
「何かあったのかしら...また怪我をして動けなかったら...」
エリーナは心配で仕方がなかった。
完全に陽が落ちて、お月様が星たちを見守るようになっても、ビスクはまだ来ない。
それでもエリーナは待っていた。
「ビスクは必ず来るわ。」
エリーナは寝ずに、信じて待った。
気付くとエリーナは寝てしまっていて、窓辺で突っ伏してすっかり夢の中。
すると窓辺に一筋の光が流れ込んできた。
エリーナは目を覚ます。
「この光は何...?」
目を凝らしてみると、光の先から何かが近づいてくる。
その正体がエリーナにはすぐわかった。
「ビスク!ビスクね!来てくれたんだわ!!」
いつものように窓辺に降り立ちましたが、そのいつもとは少し違っていた。
「ビスク、あなたの尾が全部黄色くなっているわ!」
ビスクは頷く。
「やあ、エリーナ。初めてあった時は助けてくれてありがとう!今日は君の誕生日を祝に来たよ!」
エリーナは声が出なかった。
「僕ら青い羽を持つ鳥は、生まれて2年経つ月の満月の日だけ特別な力を得るんだ。自分と相手の願いを一つずつ叶えることが出来るんだ。昨日は準備をしていたんだ。今日も遅くなってごめん。」
「いいのよそんなこと!絶対来るって信じてたもの!」
「僕のために涙を流してくれてありがとう。それに、名前をくれてありがとう。僕は君に言いたいことが山ほどあるよ。」
「私だって、まだまだあなたに言いたいことたくさんあるわ!もしもあなたと同じ姿で出会えたら、もっとたくさん遊んだり話したり出来たでしょうに。」
「君はそんな事を願ってくれていたのかい?」
「ええ。もちろんよ!あなたは最高の友達だわ!」
「僕もだよ。さあエリーナ、夜が開けてしまう前に、君の願いを聞かせておくれ!」
「そんなのもう決まっているわ!あなたと...あなたと同じ姿になりたいわ。」
「あなたの願い、叶えましょう!そして僕も、あなたとともに願います。あなたと同じ姿になりたいと。今宵互いの願いを叶えます。今日を良き日に!そしてこれからも幸福が訪れんことを!」
辺りが光に包まれる。
「エリーナ、また明日会おう。僕らの願いは必ず届くよ!」
光が消えた時、エリーナは眠りに落ちていた。
ビスクの姿もなかった。
目を覚ました時、少女の姿は小鳥になっていた。
それも、きれいな桃色の羽。
やっと願いが叶った。
少女は人間として生まれ、いつも部屋から空を眺めては、自由に飛び回る、可愛い小鳥になりたいと願っていた。
ここはかつての自分の部屋のベッドの上。
こんなにもこのベッドは大きかったのか、と驚いた。
あのいつも見ていた窓も、自分の体の何十倍も大きい。
「嗚呼、これでビスクと同じ姿だわ。やっと対等に話ができるわ!早く来ないかしら!!」
エリーナは期待に胸をふくらませて待った。